第041話 『その日、腕相撲をした』
「アダマンタイト鉱石?」
「ああ、そいつが実在するのか知りたい」
まさかアダマンタイト鉱石の事を聞かれるとは思わなかった。この鉱石は、この近辺で採れる物の中では、上から数えて4つ目に位置する鉱石だ。
上からオリハルコン、ヒヒイロカネ、ダマスカス、アダマンタイト、ミスリルと続く。ただしそれも最初のアップデートが来た後の話だ。それまではミスリルが一番上だったはず。
後に続く大型アップデートの数々や、和国が実装された辺りでさらに鉱石の種類は増えていった為、最終的にはプレイヤーにとってアダマンタイトは、一般的な鉱石に成り下がっていた。
何が言いたいかと言うと、アダマンタイトは当初存在すらしていなかったのだ。
そのアダマンタイトが
そして、実在を危ぶまれているという事は、現在の最高峰はミスリルかその前後となる。ここまではアップデート前と同じ状態だ。
だがこの世界は魔法が残念なのだから、高難易度ダンジョンや強い魔獣が出没するエリアの探索が出来ていないはずだ。
採取が可能なエリアに辿り着く実力がないのであれば、堀りに行く以前の問題よね。それなら伝説化していても仕方がない。
さて、最終的に重要なのはこの世界はどこまで前の世界と同じであるかだ。違いはもう、既に何度か見ている。だからこそ安易に「どこそこにあります」なんて無責任なことを言う事は憚られる。
まずは確認から必要ね。
「ちょっと調べるわ。そこで待っていなさい。『探査』」
手元の探査MAPに白と青の濁流が描かれる。白は街中の為。青は周囲が鉱山なので、鉱石類が鉱脈となって。そして鉱脈の中に所々に赤い密集点がある。恐らくそこが坑道に当たるのだろう。
人里に近い鉱山は、コウモリや
私自身が未探査のため道順や形状は不明である。また、地中に関してはレベルが低いので把握が出来ない。
その為鉱脈の流れや、敵性存在の配置からある程度の情報しかわからない。ただ、その情報だけでも、経験則でありそうな雰囲気ってのがわかる物なのよね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
シラユキちゃんが『探査』で何かを調べ始めてから何分か経過した。『探査』に関してどう言うものなのか、先日テントで聞いてみたけど、『狩人』や『レンジャー』などの専用スキルと聞いて驚いたわ。『狩人』にはそういったスキルが無いと思っていたから。
『探査』は周囲に何があるのかわかるので非常に便利だけれど、それをよく知っておかないと、出てきた青や赤がなんなのか特定ができないみたい。共有してもらった『探査』も、シラユキちゃん基準でのものだから、たとえ共有してもらった私が知っていても、シラユキちゃんが知らないと表示されないんだとか。
ただこのメンバーの中に、シラユキちゃんよりも素材や魔物に詳しい人なんていないと思うけれど。今シラユキちゃんは、近くにその鉱石があるのか調べているのかしら? 珍しいものなら、奥深くにありそうだしママも手伝えるかしら……。
沈黙に痺れを切らしたように、メルクさんが呟いた。
「長えな。嬢ちゃんは何をやってるんだ?」
「お嬢様が待てと言ったのです。大人しく待つしか無いでしょう」
アリシアちゃんがメルクさんに言い放った。なんだかいつもより高圧的な感じがするわ。目も少し冷たいし、ママがこんな風に見られたら泣いてしまいそうね。
「ガハハ! 口を開いたと思ったらそれか。やはりお前、どこかで見たと思えば何時ぞやのツンケンメイドだな? 人族のクセしてエルフみたいな目でこっちを見ていやがると思いはしたが、まさか本当にエルフだったとはな」
「そうですね、お久しぶりです」
アリシアちゃんが『ぺこり』とお辞儀をした。知り合いなのかしら? アリシアちゃんって顔が広いのね。
「……ああ? 調子狂うな。エルフならドワーフが話しかけた途端烈火のごとく怒り出してぶつかってくるもんだが……お前さん、この前会った時とはちげえな。何があったんだ?」
「……あの頃の私は浅はかでした。エルフこそ至高で、その他の種族は同列かそれ以下。ドワーフは最下位だと。しかしお嬢様に出会えたことで気付かされました。お嬢様こそが至高で偉大な存在。その他の生物は全てお嬢様の足元にも及びません。お嬢様は等しく我らに英知を分けてくださいます……。下々で争ったところで何も生みません」
なんだか難しいお話をしているわ。メルクさんも『ポカーン』としている。あら、リリも飽きちゃったの? もう少し待っててね。
「アリシアちゃん、もう1杯お茶を頂けるかしら」
「はい、お母様」
「意味が分かんねえ……」
メルクは小さく呟いたが、誰の耳にも届かなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『探査』を終えると、アリシアとメルクがお話をしていた。エルフとドワーフは昔から確執があるみたいだし剣呑そうな雰囲気も感じたけど……取り越し苦労だったみたいね。
大昔に種族間で大規模な諍いがあったとかで、エルフは長命な種族の為全体的に嫌っていて、ドワーフは1部の長老連中が嫌っているとか。メルクは若そうだし、気にしていないのかな。
「ま、エルフだドワーフだとネチネチ気にしてんのは爺婆くらいだ。俺としちゃあお前さんが気にせんならそれで良い」
「この姿をお嬢様が気に入ってくださっているのです。それであれば、私が姿を隠す必要などございません」
「ガハハ! そうかいそうかい!」
ちょっと冷めてしまったお茶を1口頂く。さすがアリシアのお茶。冷めてもおいしいわね。
「終わったわ。とりあえず、鉱山を直に見て、そこから判断する事にしたわ。たぶんあるとおもうけど、見つけたら持って帰ってくるわね」
「え? ああいや、俺が聞きたかったのは、この世界にあるかどうかだったんだが……」
煙の立たないところになんとやら。存在しない物が伝説になるわけないじゃない。創作なら知らないけど。
「私の考え通りなら存在するわ。ただ、無責任なことを言うのは好きじゃないの。だから鉱山へ入る許可を貰えるかしら」
「ううむ……構わねえが一連の騒ぎで鉱山も長らく放棄してんだ。中では魔獣が繁殖してる可能性がある。ついでに間引いてくれるならこっちとしちゃ大助かりだ」
鉱山に魔獣はつきもの。家族の成長には欠かせないから、しっかり活用させていただこうかしら。
「わかったわ。それとは別に、鍛冶屋で工房を使わせてもらいたいの。どこか良い店はあるかしら」
「ああん? 誰か鍛冶の経験でもあるのか?」
「私がやるの。どうせ掘るなら、つるはしそのものから私が自作したいしね」
「おいおい、どんだけ多才なんだ? 手紙には調合も出来るとか書いてたぜ?」
「真の錬金術師は、鍛冶も調合も魔法も討伐も採取も、全部出来るべし。私の持論よ」
というよりは、鍛冶や調合で出来た品が、錬金術の素材になるという時点で、錬金術を極めるなら他も極めるしかない。というだけなのだけど。
ただそれを格好良く言ってみただけね。
「マジかよ……すげえなあんた」
「流石です、お嬢様」
マジックバッグからテラーコングの右耳を2つ渡しておく。この耳のサイズですら、人間の顔ほどある。
「とりあえず、こっちは渡しておくわ。凍らせたままだけど平気かしら」
「おお、助かる。お前さんの言う鍛冶屋なら、一番いいのはハワードの店だな。場所はギルドを出て左に行けば右手沿いに奴の店がある。俺の名前を出せば入れてくれるぜ」
「そんなのでいいの?」
「ガハハ! この街で俺の名を騙る奴なんていやしねえよ」
メルクからはついでに、この街で一番良い宿屋の情報を聞き、手紙と紋章、ギルド証を返してもらう。
そして部屋を出ると……案の定そこはお祭り状態だった。アリシアはさっそくネコミミフードを被ると、「ご武運を」と言って『リカバリー』の対象を探しに行く。私の指示とはいえ迷いがないわね。
リリちゃんとママは小柄さも相まって端っこの方から『スススッ』と抜け出していく。そして私はというと、堂々と正面から渦中に入って行った。
アリシアには、この街に来る前に簡単に指示をした。ヤバイ魔物が暴れ、補給が滞った街なら、ギルドには必ずケガ人がいる。私よりも優先して『リカバリー』をかけていくようにと。
そして討伐の報が知らされ人が集まった場合、奴と出くわしたケガ人が真っ先に真偽の確認に来るだろう。それにも『リカバリー』をかけ、数を稼ぐようにと言っておいた。
案の定ここにいるのはケガ人だらけ。正直道中で10回ほどリリちゃん達で回数を稼いだが、不要だったかもしれないほどに沢山いた。
そして私はアリシアが回復して回るまでの時間稼ぎだ。リリちゃんとママは潰されかねないので避難してもらう。
「英雄だ! 英雄が現れたぞ!」
「はあ? 女じゃねえか、こんな細腕であいつをやったってのか!?」
「おお、べっぴんさんじゃのう……」
「この人がマジックバッグから奴らの手を取り出したんだ! 間違いねえ!」
ワラワラと人が集まってくる。うーん、男の比率高いわね。9割近くかしら……。
女性もいるにはいるけど……、私の周辺が男性で密集していて近づけないみたい。遠目からキャイキャイ話しているので手を振ってみよう。
「「「きゃー!」」」
黄色い声援が来た。うん、良い気分。
「なあ、ホントに嬢ちゃんが倒したなら俺らよりつええはずだ! 俺と力比べしねえか!?」
「おいずるいぞ! 俺もやってみてえ!」
「俺も俺も!」
「ワシもじゃ!」
腕相撲かしら。テーブルを取り出してきてワイワイしている。私、まだやるなんて言ってないのに楽しそうね?
受けてあげてもいいけど、この後予定詰まってるしなぁ……あっ、そうだ。
「1人1人の相手なんて面倒ね。まとめてかかってらっしゃい」
腕を置いて挑発するが、周囲の冒険者達が唖然としていた。そして周囲のギャラリーも沈黙する。……あら?
そして彼らが何かを口走ろうとしたとき頭上からまたしても声が響いた。
「ガハハ! 楽しそうなことをしているな! 俺も混ぜろ!」
「あら、メルク。構わないわよ」
「ありがとよ!」
その言葉と共にメルクは2階から飛び降りてくる。歩いて来るのももどかしいみたいね。
「おいお前ら! あのオーガすら涙したシェリーが手も足も出ないと嘆いた相手だぁ! 俺たちの魂見せてやろうぜ!」
その言葉に周囲のざわめきがまた強くなる。オーガが泣くって……シェリーったら、巷では随分とブイブイ言わせてたのね。
オーガはオークよりも1ランク上の魔物で、強さは最下級でもオークの精鋭兵より若干弱い程度の連中だ。確かにシェリーなら、オーガ数匹程度なら同時に相手取れるだろう。
「あの鬼のシェリーが……」
「俺、密かに憧れてるんだ」
「俺も俺も!」
「ワシもじゃ!」
この人たち、会話のテンポが良いわね。パーティか何かなのかしら。
「お前らがウダウダやってる間に、特等席は貰ったぜ」
メルクが正面に立ち、私の手を握る。私、屈んだ状態なんだけど、ドワーフにとってはちょうどいい高さなのね。
「あっ、ギルマス! 抜け駆けかよ!」
「おいずるいぞ! 俺もやるんだ!」
「俺も俺も!」
「ワシもじゃ!」
4人の男たちがメルクの手を覆うように握る。ドワーフ2の人族3かぁ……正面の肉圧感やばいわね。
そこへエスタちゃんがやってきた。
「わぁ、なんだか面白そうなことをしてますねー」
「あらエスタちゃん、丁度いいわ。ジャッジしてくれるかしら?」
「お任せあれー」
『とたとた』と木箱を持って来て、それを土台にして私たちの間に立つ。ああカワイイ、ずっと見ていたいわ。
「それでは不肖、このエスタがジャッジを務めさせて頂きます。皆さん準備はいいですかー?」
全員が頷くのを確認しエスタちゃんが銀貨を取り出した。
「それでは、コイントスをしますので、コインが落ちたら始めてくださいー」
『ピンッ』とコインが飛び、テーブルに落ちていくのを見守る。
さて、どうやろうかしら……。開始と同時に畳みかける? うんまぁ、実力差はそれでも通じるだろうけど、なんだか不意打ちみたいでイヤね。
『カチャン』しばらく耐えてみる? うーん、微動だにしない腕っていうのも中々恐怖を煽るわね。そこから一気に倒すのではなく、ゆっくりと倒してあげるのもいいかしら。うんうん、そうしましょう。
さて、コインは……あれ? テーブルに落ちてる?
試合は……うん、前の形相がすごい。そして私の腕は微動だにしていなかった。
「おおっとー! そろそろ1分経とうとしておりますが、まるで動きませーん! シラユキさんすごいですねー!」
「あら、ありがとう」
「お返事をする余裕まであるみたいですねー! さすがテラーコングを一捻りと豪語するだけはありますー!」
私そんなこと言ったっけ? まあでも、相手が辛そうだし、そろそろ終わらせてあげよう。ゆっくりと相手側へと手を倒していく。
その腕は何の抵抗も感じる事無く、相手の腕を倒したのだった。
「しょーり! シラユキさんのしょーりですー! 皆さん拍手ー!」
拍手喝采に、歓声があがる。試合をした相手にも「頑張ったな!」と声がかけられている。
「こりゃあ確かに、シェリーの嬢ちゃんが匙を投げるわけだ。勝てる気がしねえぜ……」
「じゃ、私は帰るわね。何かあれば……まあ少なくとも明日にまた来るわ。丸1日あれば、この腕を回収してもいいでしょう?」
「おう、いいぜ。じゃあまたな」
メルクと別れ、アリシアやリリちゃん、ママと合流して高級宿へと向かう。
そして道中、アリシアには考え事をしていてボンヤリしていたことを指摘され、怒られるのだった。というかリリちゃんやママにもバレていたらしい。
……顔に出てるのかな?
そして4人でそのまま高級宿『デュナミス』に着いた。カッコイイ宿名ね。
そしてダブルベッドが2つある部屋を借りる。一番広くて高級な部屋と伝えておいたので、十分なスペースがある。
私達は現在、不要になりそうな荷物はマジックテント内のコンテナに収納してある。その為もしもその荷物が必要な場合、一度マジックテントを設置する必要があるのだが……この広さがあればマジックテントを置くのには申し分ない。ちょっと設置するとき傾くかもしれないけど……中には影響ないわ。
一応寝泊まりする場合ここのベッドはちゃんと使うけどね。せっかく借りたんだし。
「それじゃあ、私達はその鍛冶屋とやらにいくわ。2人はどうする?」
「折角だから、お散歩してくるわ」
「お散歩なの!」
この母娘なら、街を歩いてもノームの姉妹に見られそうだ。
「そうよね、お店がまともに動いている保証はないし。……ああ、そうだ。さっきは完全に忘れていたけど、ギルドへ3つお使いを頼んでいいかしら」
「任せて。何をすればいいの?」
「ありがとママ。1つ目は道中で狩ったゴブリンの耳とか、ギルドに提出しておいて。ポイントはママとリリちゃんの物でいいわ。2つ目は私のギルド証、Cランクのと交換しておいて。最後に、私とアリシアが作った薬をギルドで売っておいて。品薄で高騰してて、もしこれにポイントがつくようなら、4人で分配の方針で。値段は定価で良いわ。2人の予備はちゃんと確保しておくのよ」
「わかったの!」
ポーションが入ったマジックバッグと、ギルド証を渡しておく。これまでの討伐部位は全部、ママのマジックバッグに入っている。
「ポイントに関しては言いたいことがあるけれど、わかったわ。夕飯までには帰ってくるのよ? アリシアちゃん、お願いね」
「任せてください、お母様」
「ええ? ちゃんと帰るよ?」
「シラユキちゃんは夢中になると止まらないから」
「お母様は、お嬢様の事をよく理解されておいでですね」
「むむ……言い返せない」
この数日間で、私の事把握したらしい。……嬉しいな。こういう風にちゃんと見てくれる家族って、ありがたいわね。
『マスターってば、一度集中したら周りを気にしないものね!』
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