第042話 『その日、アリシアに弟子が出来た』

「ねえアリシア、ネコミミフードを付けてお揃いデートしましょ!」

「はい、お嬢様」


 アリシアとネコミミフードを着て街を歩く。段々と街に活気が戻りつつある空気を感じた。

 ……そういえば宿でママ達と別れる際、アリシアがママに何か耳打ちをしていた。ママはこちらを『チラリ』と見た後ため息をついて、アリシアに頷いていた。……なんだったのだろう?


「さっき、ママとは何の話してたの?」

「ポーションの売り方についてご説明を」

「そうなんだ?」


 それでママは、なぜため息を? 何だろう、何か忘れているような。……まあいっか!

 「あっ」と思い出したかのように、アリシアが言う。


「そういえばお嬢様、100人の回復試練、突破しました」

「ほんと!? おめでとう!」

「ありがとうございます、お嬢様。試練後すぐにレベルも上がりましたし、更に精進するつもりです」


 うーん、やっぱり『リカバリー』だけでも微量に経験値は入るのね。その結果レベル1に上がったと。


「今日は鉱山に行くつもりはないし、職業は戻しておくわね」

「畏まりました」

「『職業神殿』、ローグをポチっとな」

「……やはりステータス、ですか? これが元通りになると安心感が違いますね」

「不自由させてごめんね」

「構いませんよ、お嬢様の為になるのですから」


 そのまま2人で街の大通りを進むと、目的のお店があった。『ハワードの鍛冶屋』……うーん、そのまんまね。

 中に入るとドワーフのおじさんが1人店番をしていた。この人がハワード? それともお店の人?


「おじゃましまーす」

「ああ、いらっしゃ……ああん? なんだ嬢ちゃんたち、ふざけた格好して。人族に、お前さんは……いや、エルフがこんな服を着るわけねえか」

「ふざけてなんかいないわ。カワイイから着ているのよ!」


 胸を張り堂々と言う。こういうのは屈した方が負けだ。自信満々に行かなければ。

 私の自信満々の笑顔に、ドワーフのおじさんも呆気にとられている。


「お、おう……そうか。そりゃすまなかったな。で、その嬢ちゃんがうちに何の用だ? ワシが作った武器や防具なら、隣の店で扱ってるぜ」

「鍛冶場を借りに来たの。メルクから名前を出せば使えるって言われたわ」

「ほぉ、誰が使うんだ?」


 メルクの名前を出した瞬間、顔つきが変わった。ホントに名前の効果があるのね。この街でドワーフを本気にさせる魔法の言葉かしら。


「私よ」

「そんななよっちい腕でかぁ? 冷やかしなら……と言いたいところだが、その名を出されちゃ貸さないわけにもいかねえ。本当にアイツからの紹介か確認するために、作業は見させてもらうぜ」

「構わないわ。それに、魔法の腕と設備が極まっていれば、素材が尽きない限り、鍛冶にハンマーを使うことがないもの」

「はぁ!?」


 この街の人は腕の太さが全てなのだろうか。まぁ確かに、私の腕は細い。美しく見せるには多少なりとも筋肉が必要だけれど、カワイく魅せるにはつけすぎるとバランスが悪い。

 その結果、筋肉に慣れた人達からすれば、無いも同然に見えるのかもしれないわ。だが、この世界のステータスは表面上では見れない。

 まぁ、視覚から想像するイメージって、カワイさの8割を占めていたりするから、その伝道師たる私がその要素に文句をつけるつもりはさらさらないけれどね。

 そう考えるとこの世界における筋肉って、何の意味が? ……何らかの補正がかかるのかもしれないわね。


「……まあいい、鉱石は何を使う」

「鉱山はしばらく使われていないと聞いたわ。今、在庫は何があるの」

「そうだな、銅、錫、鉄、銀、黒鉄、白金プラチナってところだな。精霊銀ミスリルも多少あるが……そこまで数がない。金は売り切れだな」

「そう。まずは肩慣らしに、銅と錫を頂けるかしら。15キロずつ」

「へっ、結構使うじゃねえの。そうだな……合わせて金貨6枚だ」

「あら、やっぱり割高なのね」


 普段の相場の3倍といった所だろうか。最下級の鉱石なのに、結構するじゃない。


「街の現状は知ってるんだろう? 最悪、明日にはまた跳ね上がってるかもしれねえぜ」

「お嬢様、値切りましょうか?」


 アリシアがこっそり耳打ちしてくる。別にお金に困っていないし、ぼったくられているわけでもない。というかアリシアの目がちょっと冷たい……どうやって値切るのか多少興味はあるけど、不要ね。首を小さく振って答えるとアリシアは大人しく下がってくれた。


「値上がりする心配はしてないけど、下がるのを待つほどの値段じゃないし、買うわ」


 私の言葉に訝しむドワーフを置いといて、懐から金貨を取り出し手渡した。まだ街の騒ぎはここまで届いていないのね。


 この支払いを終えても、まだ手元には金貨120枚ほど残っている。ポルトの街で作ったポーションの売り上げ代は、いくらになったかは聞いていないがアリシアに預けているし、今回の分はママに持たせておくつもりだ。

 『白雪一家』シラユキファミリーの懐事情はまだまだ暖かい。ありがとう闇ギルド。


「おう、毎度あり。すぐ使うなら持ってくぜ」


 気が利くじゃない。


「あら、ありがとう。ところで貴方がハワード?」

「おうよ。お前さんの名前を聞いとこうか」

「シラユキよ。一生忘れない名前にしてあげるわ」


 貴方には、私が開発したお手軽鍛冶を見せてあげるわ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 工房に辿り着くと、炉に火は入っていないのに既に蒸し暑い。サウナほどではないが、前の熱が残り続けているのだろう。


「アリシア、かなり熱くなるわ。水の膜を張っていなさい」

「畏まりました」


 作業用の椅子を何も置いていないスペースまで運び、腰掛ける。


「ここを借りるわ」

「おいおい、本当に炉を使わないつもりかよ。……銅と錫だ、ここに置いとくぜ」

「ありがと。じゃあ始めるわね」


 自分自身にも水の膜を張る。今から行うのは、勿論魔法を使ったスキル上げだ。鍛冶スキルは、鉱石の仕組みを理解し、加工を行う事でスキルが上昇する。

 ならば、仕組みを理解し加工するのに炉の炎も魔法の炎も関係がないと踏んだ。その結果のスキル上げ方法だ。

 この方法を発見したときは、鍛冶スキルの革命だと持て囃されたが、結局魔法で作る炎には限界があるため、安定して上がるのは50前後までだ。それ以降は特殊な設備が無いと難しくなるレシピが多い。

 この街に長居するわけではないし、とりあえずは目標のつるはし作成に必要な数値まで、スキルを上げよう。


「『浄化』」 


 まずはゴミが入ったら完成品の質が落ちるので、炉から出たであろう灰や埃などを部屋から取り除く。

 次に炎魔法のスキルを80まで上げたときと同様の、凝縮したファイアーボール……便宜上『灼熱の紅玉』といったところね。これを中空に作り出す。

 さすがにこれを手の上に作り出すと、この後の作業で手が溶けかねない。ステータス的に溶けないかもしれないが、絶対痛いのでヤダ。

 

「『エアウォール』」


 次に溶けた鉱石を流し込む先として、空気の壁を作り専用の容器をいくつか作り出す。正直コレは、インゴット作成用の型でも行けるんだけれど、今から行うのは高速で作り続けるスキル上げ方法だ。

 丁寧に精錬する時間は惜しい。というかこの作り方だと、型を使おうが魔法を使おうが、出来上がるものの質に変わりはない。腕に自信があるなら全部魔法でも大丈夫だと思う。


 この世界の鉱石は、含有率が非常に高い。しかしそれでも、不純物は存在しているため、取り除かねばならない。とりあえず銅鉱4つで500グラムといった所かしら。まずはこれを『灼熱の紅玉』に上から放り込む。

 魔法に異物が入ると制御が途端に難しくなるが、私のスキルなら問題はない。この異物投入の方法を使ってスキル上げも可能であるが、リリちゃんには教えない方がいいだろう。

 制御をミスすると異物が飛び出すか魔法がはじけるのだが、魔法がはじけた場合はまだいい。サンダーボールの破片で火傷をするくらいだ。

 ただ、サンダーボールから飛び出す異物は、時として発射物がレールガンのような挙動を見せ、物体が超高速で弾け飛ぶ事がある。……死人が出るので絶対にさせない。


 銅鉱は、『灼熱の紅玉』に入れるとものの数秒でドロドロに溶けていき、ボコボコと音を出しながら流れ落ちていく。

 その際、銅以外の異物はある程度除去しているが、それだとインゴットの作成には量が心もとなくなるため、を混ぜ込み、かさ増しをする。

 そして混ぜ物の効果により、急速に熱が奪われていく。最後に魔力でコーティングすることで加工は完了だ。銅鉱石4つは2つのインゴットに早変わりした。


 この一連の作業だけでも鍛冶スキルは初精錬ボーナスもあり0から2にまで成長した。生産スキルは20までが簡単に伸びるため、どんどん上げていってしまおう。その後10段階ごとに伸びが悪くなっていく。

 そして生産スキルの上限値はいつだって100で、職業のレベルによって上限値が変わることはない。安心してスキルを上げられるのだ。


 さて、今の作業で大体3分くらいだろうか。銅鉱石はまだまだ残ってるし、全部使いきっちゃいましょうか。


「なんだその作り方は……。確かにワシらドワーフに、その作り方は真似できそうにねえわ」

「あら、魔法を覚えたらそのうち出来るようになるわよ」

「いや、ドワーフに魔法は無理じゃろ」


 まぁ、その返しは想定内だ。皆使えないと思ってるのだし。


「アリシアはエルフだけど、教えたら種族的に忌避する炎でもきちんと使えたわ。炎を日ごろから使ってるドワーフなら、もっとしっかりとした炎が出せるはずよ。ドワーフは炎の扱いなら、右に出るものは居ないんでしょう?」


 アリシアがネコミミフードを取る。アリシアの姿に驚くも、ハワードは言葉を続ける。


「やっぱりエルフだったのか。だが嬢ちゃん、そうは言うがよ、ドワーフで魔法を使える奴なんて一握りしか……」

「御託は良いわ。アリシア、復習がてら、ゼロから教えてみせなさい」

「お任せください、お嬢様」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「いや、教えてくれるのはありがたいが、ドワーフはそもそも魔法に適性がない種族なんだぞ」


 未だにそんなことを言うとは。さすがドワーフ、石頭ですね。ただ、森に隠れ住むエルフも似たようなところはあるかもしれませんが……。


「そのような寝言、お嬢様の前で言わせないようにして差し上げます。そこに立ちなさい」

「はぁー、わかったよ。気が済むまでやるといいさ」


 ドワーフの腕をつかむ。手なんて握りたくありませんし、腕でいいでしょう。お嬢様曰く、魔力は体のどこからでも出し入れが出来るみたいですし。

 ただ、最初に魔法を教える際に手を使わせるのは、手から魔法を出すというのはイメージしやすいからだそうです。その説明にはなるほどと感じ入りました。

 やろうと思えば口から魔法を出して、ドラゴンのブレスごっこが出来ると嬉しそうに仰っていましたが……その笑顔に胸がトキメキました。そしてそのシーンを想像したところで、お嬢様のカワイらしさが爆発してしまうだけでした。

 時折お嬢様は突拍子もない事を言い出すのですが、遊び心の中にも魔法に関する造詣の深さが窺えます。ああ、この御方はお話をするだけで尊敬の念がどんどん高まっていきますね。


「腕を握って何するんだ?」


 おっといけません。お嬢様の事で頭がいっぱいになってしまいました。


「まずは魔力を流します。感じられますか?」

「いいや、わからん」


 ……ドワーフは魔法の使い手が少ないのは、魔力に対して鈍感すぎるせいなのでしょうか。まさか本当に魔法に適していない種族なんてことは……いえ、信じるのはドワーフの価値観ではなくお嬢様の言葉です。

 私に出来ることは、ドワーフでも魔法が使えると信じて教え続けるのみ。


「……ではもっと流してみますか」

「……おお? お前さんの手が熱を帯びた気がするぞ? これがそうなのか?」


 やりました、お嬢様を信じて良かった! それにしてもかなりの魔力を流しましたよ? これでようやく気付くとは、本当に鈍感なのではないでしょうか。


「そうです、それが魔力です」

「ほぉ……これが魔力ってやつか。ガハハハ、ドワーフは体温が高いからのう! 中々気付かなかったわい!」


 体温? 言われてみれば、彼の腕を掴んでいるだけでも、人肌とは思えない熱量を感じます。たしかに魔力はポカポカしていますが……まさかそれが原因で自分の魔力がわからないと!?


「なるほど……ではまず、この魔力に慣れる事から始めましょう。どこにあるのか、感覚で追いかけてください。わからなくなれば恥ずかしがらず、素直に言ってください」

「あい分かった」


 やはりお嬢様が言う通り、普段知覚できない魔力を認識した途端、皆大人しく話を聞いてくれるようですね。確かに私も魔力を初めて認識した時は楽しくて夢中になってしまいましたが……オホン! 昔の事ですね。今は忘れましょう。

 まずはお嬢様が言うように、魔力の存在を感覚で覚えさせ、認識できる力を強めねば。この感覚は時間が経てば忘れてしまうあやふやなもの。

 今回の授業で教え切らねばなりませんね。


「今どこじゃ? ここか?」


「待ってくれ、見失った」


「どこじゃ? ああ、ここか?」


 彼への授業は難航を極めました。体温が高いという事は魔力を感じようとしても、温もりという情報では探せないという事。

 『ポルトの新風』に教えたときよりも時間がかかってしまいます。その上使用している魔力が多い分、私の疲労も嵩む一方。

 それにどうやら一定の場所を通ると見失うようですね……。そこだけ体温が高い? ……いえ、如何にドワーフが珍妙な生き物でも、人としてそれはないでしょう。それに慣れてしまえば体温と魔力の区別はつくはず。となれば……。


「少し高速で動かします。私が良いというまで場所は言わないでください」

「心得た」


 流し込んだ魔力を分割し、体の各所にとどめる……私ではまだ3つが限界ですね。やはりお嬢様の魔力操作能力は逸脱していますね。私では、これ以上に分けると処理が追いつきません。


「……これでいいでしょう。魔力を何か所かにとどめております。全て当ててみてください」

「うむ……右肩、左脇、それから左膝じゃな」

「正解です。……少し波動が異なりますが、4つ目があります。わかりますか?」

「ふむ? ……これがそうだというのなら、右胸にあるが」


 やはり! 右胸にあるのが彼本来の魔力でしょうね。そこを私の魔力が通ると、自分の魔力と私の魔力が交差して見失っていたと思われます。

 お嬢様を『チラリ』と見ると、目が合い微笑んでくれた。やった!! 


「ではその魔力、動く姿をイメージしてみてください。全部を動かす必要はありません。塊から破片にでも千切って、分離してみてください。職人の貴方なら、イメージくらい朝飯前でしょう」

「そう言われて出来ませんなんて言えねえな」


 ここからは私は見えない。だがそれを伝えるのは恐らくダメな気がする。見えているで教育を進めよう。


「……おお。ちょっとだけだが千切れたぞ」

「一度に運べる量に関しては練習が必要です。もうわかっていると思いますが、その塊も、今動かしているソレも、どちらも貴方の魔力です。しっかりと覚えておきなさい」

「これが、ワシの魔力……」

「今回はソレで構いませんので、利き手まで運んでください」

「うむ!」


 目を瞑り集中しているようだ。今どこにあるのかはわからないが、邪魔にならないよう私の魔力は体外に逃がしておく。


「うむ。なんとか持ってこれたぞ」

「では最後に、自分の中でこれだと思う炎を思い浮かべ、それが球状になるイメージをし、唱えてください。『ファイアーボール』と」


 見せるために自分の手に『ファイアーボール』を出すが、彼は目を瞑っているので見えていないらしい。むむ……。


「炎……ワシにとって炎とは、炉の炎じゃ。いでよ、『ファイアーボール』!」


 彼が千切った魔力とは、本当に少量だったのだろう。とてもとても小さな火の玉が現れた。

 しかし小さくとも、そこに宿る熱量は本物で、当たれば火傷では済まないだろう。


「おお……おお! 出た、出たぞ!?」

「おめでとうございます。これであなたも、魔法が使える少数の仲間入りですね」


『へぇ、アリシアって教師の才能あるんじゃない?』

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