第2章:鉱山の街シェルリックス編
第037話 『その日、パーティを組んだ』
少し遠めにポルトが見える。
次にここへ寄る時は、のんびり釣りでもしようかな。港町だっていうのに、結局船も海岸も、ましてや釣れたての魚介類も、何一つとして出会うことがなかった。
いや、一応買い物のときに魚はみたよ? でもピチピチ元気に跳ねてるわけでも訳でもなく、締められてたし……。
うーん、スケジュールがタイトなのが悪いんだ。私は悪くないと……思う。
あっ、海釣りも悪くないわね。錬金術で『ドバッ』と魔導船なんか作っちゃったりして、マイペースに過ごしてみたい。
……さて、見納めは終わった。リリちゃんやママは、もう済ませてるみたいで、リリちゃんの顔からは早く行こうっていうオーラがにじみ出ている。カワイイなぁ。
アリシアはそういうの無さそう? 私が絡むと表情が崩れるが、今のところは本来の表情だったポーカーフェイスだ。
「そんなことはありませんよ、お嬢様。あの街はお嬢様と出会った、大切な場所です」
「うぇ!? 声に出てた?」
「いえ、カンです」
「カンかぁ……」
本物の女の子のカンは凄いや。コレを身に着けたら、私も本物になれるのだろうか……?
早く散歩に行きたいと言っている子犬のようにソワソワしているリリちゃんを撫でて、落ち着かせる。冒険に出かけたいのはリリちゃんだけじゃないんだからっ!
「アリシア、地図出して」
「はい、こちらに」
この地図はギルドで貰った物だ。市販の物より確度が高い。といっても世界地図ではなく、大陸地図ですらない。
せいぜいが、この王国の西方地域一帯を示した程度の物だ。それでもこういった物は非常に貴重である。
空を飛べる魔獣を制御することの難しさから、こういった地図というのは中々お目にかかれないらしい。
そのため測量なんて出来ないし、道を踏み外して森に入れば、もうそこは人が住まない危険な領域だ。正確性に欠けるかもしれないが、街道を行くならまず迷うことはないだろう。
といっても私は寄り道はしまくるし、プレイヤーにはマップ機能があるから、この地図が私の役に立つのは最初だけかもしれないが。
地図に指をなぞらせ、説明する。
「東へと続く街道に沿って歩けば、その内王都に辿り着くだろうけど、最初の分岐を北側に向かって、この鉱山の街を目指すわ。ただ、道沿いに進むなんてつまらないから、時折道を外しながら行くわ。……さて、ここまでで何か質問はあるかしら」
お、珍しい。ママが手を挙げた。
「はい、ママ」
「えっとね、道から外れるってことは、森に入ってもいいのかしら?」
「良いわよ。私たちがついてるんだもの。戦闘は任せるけど、危険な目には遭わせないわ。あと、鉱山の街は急げば2日で着くと思うけど……のんびり魔法を教えながら行くから。そうね……目安として4、5日くらいかしらね」
「わかったわ、ママ頑張るね!」
「リリも頑張るの!」
草原での兎狩りばかりだったしね、そろそろ森に入りたいと思っていたのだろう。
「それじゃ、チーム
◇◇◇◇◇◇◇◇
初っ端から街道を外れ、北の森沿いに進んだ。
『探査』を駆使して、魔物や素材を探す。『探査』に映る魔物に、オークの名前は見当たらない。
ギルドの情報によると、敵対勢力が消えてゴブリンが勢力を増しているらしい。といっても、たった数日では王者に君臨することは出来ず、フォレストウルフと争っているらしいのだが。
このままいけば、オークが食わなくなったことで動物も数を増し、それをフォレストウルフやゴブリンが喰らい、冒険者によって間引かれる。この森の食物連鎖はそんな感じになるだろうか。
私がこの森の生態系を変えたんだなぁ。と思っていたところに、近くで『リト草』の反応がいくつかある。
まずは薬草の完璧な取り方をレクチャーしておきましょうか。『リト草』の前に屈みこみ、皆に見えるようにする。
「みんな、『リト草』の採り方を説明したいんだけれど、その前にどうやって採っているか教えてくれる?」
「一気に引っこ抜くの!」
「ゆっくり抜くと色々千切れるから、私がそう教えたわ」
リリちゃんが元気よく答え、ママがそれに補足をした。まぁ確かに、ゆっくり抜くと『ブチブチ』って逝っちゃうよね。
でも一気に引っこ抜いても、逝く時は逝くわよね?
「周りの土ごと掬い上げ、土を落とします」
少しアリシアがドヤ顔で答える。エルフはたぶん、そうやって採取するのだろう。まぁ、間違いではないが、100点ではない。
リリちゃんとママがアリシアに拍手をしている。ドヤ具合が若干上がりどこか誇らしげだ。カワイイ。叩き落とすけど。
「はい、全員不正解ね!」
「「「!?」」」
全員が驚愕した。といっても驚愕の度合いが人それぞれだが。
リリちゃんは残念そう、ママはちょっとショックを受けている。アリシアは……うん、どうにも表現できない顔をしている。
「それじゃあ説明するね、まずは」
「お嬢様、お待ちを!」
「ふぇ?」
アリシアが片手をあげ制止し、何かぶつぶつと言っている。
……あ、もしかして
「お嬢様……調合による完成品の品質、ですが。……素材の採り方の時点で、既に決まっているのですね?」
「ふふ、正解よ。よく出来たわね」
花が咲くように『パァッ』と笑顔になったアリシアを抱きしめ、頭をなでる。カワイイなぁ……。
「は、はい! 全く同じ工程なのに、結果が異なる時がありまして、それを調べているうちに素材の良し悪しに気付きました。ですので他にも見落としがあるかと思っていたのですが……そもそも採り方に問題があったとは。盲点でした」
「作れなかった段階で、自分には才能がないだとかで諦めない努力家な貴女が大好きよ」
あ、目の前で耳がピクピクしてる。嬉しいのね。……舐めちゃお。
「れろっ」
「ひゃん! あ、やっ、おじょう、さまっ」
「カワイイ反応するじゃない。続き……は、また今度にして」
リリちゃんは不思議そうに見ていて、ママが真っ赤にしながらチラチラこちらを見ている。
「答え合わせね。まず、『リト草』は根っこが傷ついたら効果が落ちるの。少しの傷も千切れもダメ。だから、引っこ抜くのは大体何かしら傷が出来るし、周りの土ごとっていうのも、根の広がり方によってはアウトなの。わかったかしら」
『リト草』の薬効は葉っぱ3割、根っこ7割だ。人によっては葉っぱだけで満足する人がいるようだが、そんなのは0点だ。
「は、はい。納得しました」
「そ、そうなのね。勉強になったわ」
アリシアとママはまだ戻ってきていない。……エルフってやっぱり耳が弱いのかしら。
「お姉ちゃん、じゃあどうやって採るの?」
「なら、今から実演するわね」
『リト草』の周りにある土に魔力を流し、それが広がったら
あとはゆっくりと『リト草』の根っこ側の茎を掴み引っ張り上げると、スルスルと土から抜けていった。
抜き取った『リト草』には傷らしきものは一切なく、土もついてすらなかった。
「これが、完ぺきな取り方よ。わかったかしら?」
「おお……、土魔法にそのような使い方が」
「ちなみにこれ、実際に土へ魔力を流して操作する事になるから、土属性の魔法スキルを上げることもできるわ。30を超えると上がりにくいけどね」
「お姉ちゃん、リリもして良いの?」
リリちゃんがワクワクしたような顔をしている。雷魔法を頑張っているみたいだし、ご褒美をあげないとね。
「ええ。そろそろリリちゃんも、2属性目に手を出しちゃいましょうか」
「わーい!」
「土は大事よ。なぜなら土魔法は雷魔法を防ぐからね」
「そうなんだ!」
土は雷属性を弾く。属性相性というもので、これを活用して雷魔法を地面に這わせることが出来る。
狭い洞窟で使えば敵を一網打尽に出来たりする。
「まずは足元の土に魔力を流して、ゆっくりと動かしてみて。ママも一緒に覚えて良いからね」
「分かったわ」
何も無い所から、魔法を使って生み出す方法を取るしかない炎や雷と違って、土はどこにでもある。覚えるのが一番簡単な属性だ。
「アリシアは早速本番やってみましょうか。理屈はわかるでしょう?」
「はい、勿論です!」
「じゃあ、貴女の真後ろで群生している『リト草』で試してみましょうか」
「えっ? ……あっ、気付きませんでした。お嬢様は見つけるのもお上手なんですね」
アリシアは早速実践に入る。そうよね、問題は『リト草』を見つけなければ実践が出来ないところなのよね。
リリちゃんとママも、今は練習しているだけとは言え、慣れればその内本番をしなければ勉強にならない。探す所からさせるのは時間が勿体ないし、私が『探査』をしてそれを指示しなくてはいけないというのも大変だ。
どうにかして、私の『探査』結果を共有できれば……。
「あっ!」
そうだ、プレイヤーが私だけだからか完全に忘れていた。あるじゃない、共有する方法が!
急に私が声を出すものだから、皆心配して集まってきてくれた。
「お姉ちゃん大丈夫? お腹痛いの?」
リリちゃんがお腹をさすってくれる。天使!
「お腹は痛くないけど、試したいことができたの。皆良いかしら?」
「はい」
「良いわよ」
「うん!」
皆バラバラだけど肯定してくれた。よし!
「『パーティ編成機能』」
目の前に透明なボードが現れた。
**********
シラユキ:不明
アリシア:不明
リーリエ:レンジャー レベル3
リリ:魔法使い レベル3
**********
よし、出てきた出てきた! 私とアリシアが不明なのは『隠蔽』しているからね。
じゃ、とりあえずアリシアをタップ、と。
アリシアの目の前にボードが出た。一瞬驚いた表情を見せるが、内容はゲーム時代と同じなら『シラユキからパーティに誘われました はい/いいえ』だと思う。
彼女は迷う事なくボードをタップした。この子、私の名前があるから簡単に押したんだろうなぁ……。
するとアリシアの頭上および、私の視界の左上に2色のゲージが表示された。アリシアの頭上にあるのは、アリシアのHPとMPゲージだろう。そして視界の左上は、私のものに違いない。
恐らくアリシアの視界にも同じものが出てきているのだろう。アリシアが説明を求める顔をしているが、ちょっと待ってね。2人も誘うから。
続けてママとリリちゃんをタップする。アリシアは『観察』でボードを見る習慣があったから慣れていたけど、2人はボード自体初めてだろう。
困惑が目に取れたので『はい』を押すよう促す。そして2人の頭にもゲージが表示された。これで成功だ!
リリちゃんは視界に映るゲージを追いかけグルグルしている。ゲージの位置は常に視界の左上だ。体が動けばゲージも動き続けるのでその内バターに……あ、目を回した。
アリシアもママも気になっているのか、そわそわと視線が落ち着かない。リリちゃんを介抱しつつ、ゲージの説明に入る。
「まず実験は成功よ、付き合ってくれてありがとう。2種のゲージに関して説明するね。視界の左上にあるのが自分の物で、自分以外に見えているのがその人のゲージよ。上の青いのがHP……つまり生命力ね。今は皆満タンだと思うけど、これが左端、つまり空っぽになると死ぬわ。戦闘によってケガをした際の命の残量が可視化されたようなものね。これは回復魔法やポーションで治るわ。多少減ったくらいなら構わないけど3割減るようなら回復するように心がけましょ。良いわね?」
皆頷いているが、心ここに在らずだ。命の可視化なんて、流石にすぐに理解するのは難しい。
「次に下の緑のゲージ。これはMP……つまり魔力ね。魔法を使えば減るし、時間が経てばゆっくり回復するわ。回復速度は魔法使いとかが速いわね。私はすぐ回復するから、私の残量は気にしないで良いわ」
「『ウォーターランス』……なるほど」
「『サンダーボール』……あ、減ってる!」
少し出遅れたママは、『ハッ』となって2人の頭上のゲージが減っていることで確認していた。うんうん頷いてるけど、出遅れた事は誤魔化せていないわよママ。
カワイかったのでママを後ろから抱えるように抱きしめる。目が合うと照れたようにそっぽを向かれた。うーんカワイイ。
何度か『サンダーボール』を出し入れしていたリリちゃんが首をかしげている。
「あれー?」
「どうしたの、リリちゃん」
「お姉ちゃん、リリのゲージが少し減ったままだよ?」
リリちゃんの言う通り、魔力ゲージが少し減っていたまま回復していなかった。ああ、やっちゃったわね。
「これは魔力に戻す方法を教えたときに説明した『ロス』よ。魔力への変換を失敗してしまったのね。失敗はわかりにくいから、こうやって可視化されれば変換の練習にも使えるわね」
「そっかぁ……。リリ、頑張って覚えるね」
「出来ないとすぐに困るわけじゃないから、ゆっくりでいいわ」
なでりこなでりこ。
「上の生命力ゲージに関しては怖くて検証できませんが、とても有用な能力ですね! 活用させて頂きます。……これが確認したかった事ですか?」
「いいえ、これはオマケよ。ちょっと待ってね……」
「これがオマケ……」
ママを抱えながら改めてボードを見ると、パーティになったことで狙い通りの文字が追加されていた。『共有する情報を選択してください』を押す。
すると『探査』と出ているが、他にも共有できるものがあっただろうか……? まあいいや。とりあえずタップ、と。
3人の前に、私の探査結果のマップボードが現れた。
ママは周囲の地形やマップを何度か確認し、それが何なのかを理解した。
「シ、シラユキちゃん。もしかしてこれは、この辺りの……」
「そうよママ。白色は人間、青はパーティメンバー、緑は素材で赤が敵性存在よ。野生動物は映らないわ」
「すごいすごい!」
「でも過信してはダメよ。これは表面上の物を表示しているだけで、地面の中までは分からないから、それに夢中になって足元を疎かにしてはダメよ? 良いわね」
「わ、わかったの!」
「便利だけど、自分の感覚も忘れちゃダメってことね。ママも気を付けるわ」
「承知いたしました。お嬢様の顔に泥を塗らないよう気を付けます」
アリシアは硬いなぁ。夢中になって転んだりしたら嫌だから言っただけだから、そんなに気を張らなくていいのに。
「それじゃ、日が暮れるまでのんびり採取しながら進みましょ。リリちゃんとママも、土のスキルが1になったら採取に挑戦しましょうか」
「「はい、先生!」」
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、『探査』データを更新したり休憩を挟んだりしながら、採取や戦闘を何度かこなし、ゴブリンとの戦闘を終えた。その瞬間、リリちゃんとママのレベルが同時に4に上がった。
レベルアップ通知が全員に来たことと、上昇を一緒になって喜ぶ親子がまたカワイイ。微笑ましく見ていると、アリシアが耳打ちしてきた。
「お嬢様、このパーティー機能ですが、まだ話されていない効果がありますよね?」
「あら、どうしてそう思うのかしら」
本当にこの子は、すぐに気付くなぁ。飽きさせない子ね。飽きたりはしないけど。
「先ほどまでの戦い、リリが攻撃してお母様はそのバックアップについておりましたが、基本は見守るだけでした。本来であればお母様のレベルは上がらないはずです」
「それ、私も思ったわ。あまり攻撃が出来ていなかったのに……。リリは気付いていないみたいだけどね」
さすがにママも気付いたか。何もしていないのにレベルが上がったんだものね。
「うーん……そうねぇ」
ゴブリンを倒してからずっと土いじりしてるリリちゃんを見る。……なにしてるのかしら、スキル上げ?
うん、そうね。頑張り屋のあの子だもの。ちゃんと教えてあげよう。
「リリちゃーん、大事なお話あるからこっちにおいで」
「うん、なーに?」
『トテトテ』と走ってくるさまがカワイイ。改めて皆に説明をする。
本来レベルを上げるのには経験値が必要という概念から説明した。
例えばゴブリンを倒せば100入るとした場合、1人で倒せば100が丸々入るけど、2人で倒した場合はそれぞれが生命力を削った割合で分配される。
パーティの場合はこれが均一化される。2人パーティなら全員8割、3人と4人なら7割。5人と6人は6割だ。
「だからさっきの戦闘の場合、リリちゃんとママだけじゃなく、私やアリシアにも入っていたわ」
「なるほど……ちなみにこのスキルは、お嬢様にしか使えないのでしょうか?」
「いいえ、錬金術で同じ効果の魔道具が作れるわ。王都についたらいつか作って、ばら撒いてやるわ」
今のままだと前に出ない僧侶や、貢献度の低い職業がレベルを上げにくいもの。序盤の遊び人とか詰んでるわね。
「とても便利だと思うけど、教えるのを躊躇っていたのはどうして? ママよくわからないわ」
「……うーん、私が前に出て暴れるだけでも2人には経験値が入るから、知らない方がいいかなーって」
「そうだったのね……。でも、信じてくれてありがとうシラユキちゃん。ママもリリも、貴女に任せて後ろで休んだりなんてしないから、大丈夫よ。安心していいわ」
「ママー!」
優しく微笑むママ……好き! 抱きしめていっぱい甘える!
「よしよし、シラユキちゃんは良い子ね」
頭を撫でられてとろけていると、そこへリリちゃんが裾をグイグイ引っ張ってきた。
「リリね、お姉ちゃんみたいな立派な魔法使いになりたいの! だからリリも頑張るよ!」
「リリちゃん……貴女も良い子ね」
ママにナデナデされながら、リリちゃんもナデナデしてあげる。
パワーレベリングが出来てしまう事を危惧していたけれど、杞憂だったわね。
アリシアも私が思っていたことを感じていたのだろう、リリちゃんを微笑ましく見ていた。
『リリちゃんもママも、楽な方に流されないところが好きよ』
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