第034話 『その日、きちんと報告した』

 リリちゃんとのハグを堪能し、メンバーの予定を聞いてみるとリリちゃん親子はレベル上げをするとのこと。とりあえず草原で肩慣らしするとか。森に入らないよう改めて念押ししておく。

 アリシアは特に急ぎの予定はないとのことでついて来てくれるみたい。そうしているとオーク組の冒険者と舎弟1号が、他の冒険者達と一緒に帰ってきた。どうやら改めてオークの残党調査を買って出てくれたみたい。一緒に居た冒険者達は私を見るなり目を輝かせ始めた。あの子達にとって私はどう映っているのだろうか……?


 いつまでも彼らの事をオーク組なんて呼ぶのも可哀想ね。

 彼らにもきちんとパーティ名があると先ほど聞いていた。名前は『ポルトの新風』とのこと。皆ここの生まれらしいし、ありきたりでも良い名前だと思う。


 彼らも報告書の提出が終われば暇みたいだから、今から魔法を教えてあげると伝えると大喜びだった。……ああ、そう言えば。


「舎弟1号。私、あなたの名前聞いてないわ」

「あっ、失礼しました! ガボルと言います。でも、姐さんなら舎弟呼びでも構いやせん」


 相変わらずしけた顔ね。と言うか、初日のムカつくくらいの元気はどこへ行ったのかしら。


「そ。ところで貴方が闇ギルドに入った理由は聞いたわ。家族や仲間、街のみんなを守るため仕方なくって話をね。それはわからないでもないわ。だけどね、それじゃあその場しのぎにしかならないわよ。あいつらの事だから、貴方たちはバラバラに配置されて団結できない状態に追い込まれて個別に取り込まれるか消されていたわ。情けなくないの?」


 このガボルがやられっぱなしのダメな男か、強い意思を持った男なのか。それを確認しなければ。


「それは……そうっすね。俺たちが気づいた時には、奴らの力は強大で、しばらく断ったりしてましたがいい案がそれしかなくて……」

「貴方の選択肢がそれしかなかったのは、貴方が弱いからよ。それは理解しているわね?」

「はい……その通りっす」


 悔しそうね。これなら期待できそう。


「なら簡単よ。強くなればいいわ。今から私はこの子たちに魔法が使えるように鍛えるわ。貴方はどうする?」

「い、いいんですか? 俺が参加なんかしても」

「良いわ。まだ、この街を守る気概が残っているならね」

「やります! やらせてください!」


 先ほどまでの、街の皆への申し訳なさからくる萎れかけた表情が一転して、燃えるような熱い目をしている。心に再び火がついたようだ。


「よろしい。なら、ついてきなさい」


 そのあとはガボルと新風、それぞれに魔法を教えた。

 剣士の男の子とリーダーちゃんには、攻撃にも使える炎を。

 狩人ちゃんには索敵に便利な風を。

 魔法使いのお姉ちゃんには炎と水しかないそうだったので、土と風を。更には4種のランスの魔法書を渡した。「家宝にします!」とか言い出したので、1ヶ月の間使われなければ燃え尽きると伝えておく。嘘だけど。

 急いで覚えてくれるらしい。頑張ってね。


 そして新風への手ほどきはアリシアに一任し、ガボルにはマンツーマンで4属性全てを叩き込んだ。出来ないなんて泣き言は言わせないつもりだったが、彼は最後まで諦めなかったので、私も火がついたんだと思う。

 ただ、限られた時間では全ての属性を3に上げることは難しく、炎だけ3で他は1だった。とりあえずは明日までの宿題ね。


「いいこと、貴方達。スキルが上がればそれ相応の威力にもなるし、今回のトラブルだって防げるようになるかも知れない。けれどそれをするためには、使う場面を事前に想定していないといけないわ。実際にその時になって突発的に使おうとして、実践できるのには才能と経験がいるわ。だから、スキル上げもそうだけど、いつどんな場面で役に立つか常に考えながら行動しなさい。良いわね?」

「「「「「はい、先生!!」」」」」

「よろしい。では解散!」


 手を叩き講義を終了する。街に入り、皆がバラバラになったところで、忘れずにガボルを呼び止めた。


「舎弟。今日は時間がかかりそうだったから切り上げたけど、明日までには他3属性もスキルレベル3にしておきなさい。良いわね?」

「任せて下さい! 必ずやり遂げます! あと、今後の目標も立てたんですが、聞いてくれますか?」

「あら、言ってごらんなさい」


 言われずとも目標を立てるような上昇志向のある子は好きよ。


「姐さんの目的が落ち着いて遊びにこられる時までに、スキルレベル30を目指します!」

「あら、言うじゃない。でもそれを為すには1つ壁があるわ。分かるかしら」

「はい、俺のレベルが低いってことっすよね。こっちも、誰にも舐められないくらい強くなります!」

「貴方の言葉、信じるわ。やり切ってごらんなさい」


 出会った当初は、まさかこんな風になるとは思わなかったけど、良い傾向じゃない。応援したくなるわ。サムズアップするガボルを優しい気持ちで見上げていると、ガボルの向こうから声が聞こえた。


「あんた、お仕事はもう終わったのかい?」

「え? か、かあちゃん!」

「かあちゃん!?」


 かあちゃんってことは、母親? でも声が若い気がする……でも母ちゃんって別の意味合いもあったわよね?


「なんだいその驚きようは。まさかあんた、また人様に迷惑かけたんじゃないだろうね!?」

「ち、違うって! 魔法の練習をしてたんだよ」

「魔法だぁ?」


 訝しげな声が聞こえる。まあ確かにガボルのガタイで魔法と言われても『何言ってんだこいつ』となるのはわからないでも無いが。

 ……っていうかガボルの体が大きすぎて向こうの人が全く見えない。あなたデカ過ぎなのよ。


「あっ、信じてないな! 気持ちはわかるけどよう! 見てろよー……『ファイアーボール』!」

「……え?」


 魔法を覚えたことでその形はきちんと丸みを帯びていた。しかしステータスの低さも相まり、多少歪であり火力もなさそうだ。まぁこれは、練習あるのみね。


 かーちゃんとやらの顔を拝んでみようと、回り込んでみた。すると肝っ玉母ちゃんと言われても納得しそうな、エプロン姿の女性の姿があった。ガボルほどではないが筋肉もついてる。けど体格は私より少し上くらいだろうか。

 女版ガボルではなくてよかった。


 彼女は歪な『ファイアーボール』を見上げポカーンとしている。対するガボルは自慢げだ。というかこの顔は調子に乗っている。お灸をすえねば。


「おい、そこの調子に乗ってるやつ」

「え? あ、姐さん! これはその」

「明日までに宿題が出来なかった場合は地面に埋めるわ。覚悟なさい」

「は、はいぃ! 必ず!!」


 そこで女性はようやく私の存在に気付いたみたい。目が合った。あ、綺麗な目をしてるわ。


「輝く銀髪……あんたがもしかしてシラユキさんかい?」

「ええ、そうよ」

「おお、そうかい! うちの旦那が世話になったみたいだね! この馬鹿が道を踏み外す前に目を覚まさせてくれたって話じゃないか。感謝してる、ありがとよ!」


 快活な笑顔で肩をバンバン叩かれた。あ、これは舎弟は尻に敷かれてそうね。


「あら、奥さんだったんですね。ごめんなさいね、勝手にコレ壁に埋めちゃって」

「いいさいいさ! ちょっと前まではウジウジしてて鬱陶しかったくらいだ。良い薬になったみたいだし、何かあればまた遠慮なくやっちまってくれ!」

「そうですか、今、彼に宿題を出していたところなんです。炎は終わったので、水と土と風の魔法も明日までにちゃんと使えるようにしないと地面に埋めるので、ちゃんとやっているか見ててあげてくださいな」

「おうさ、任せときな!」

「良かったわね舎弟。愛されてるじゃない」


 それを聞いたガボルは頭を掻きながら明後日の方向を見ていた。素直に喜べないのだろうか。


「私は今日は帰るけど、さっき教えたこと忘れたりしないように頑張りなさい。良いわね?」

「わかりやした!」


 ガボルとその奥さんとお別れし、そのままギルドへと向かう。少し距離を置いていたアリシアが横に並んだ。


「お嬢様、お疲れさまでした」

「アリシアもお疲れ様。新風の面倒を見ていてくれてありがとう」

「今後もお嬢様が人に教える機会は増えていくと思います。であれば、今のうちに私も教えられるようになっておかねばと思いまして」

「ほんと、貴女は最高に出来たメイドね。頼りにしてるわ」

「光栄です、お嬢様。少しでも貴女様の負担を減らせるのならば、いつでもサポート致します」


 メイドというか、もう既に片腕と呼んでもいいレベルの活躍ね。2日目にしてもう、彼女のいない生活なんて考えられないわ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 そう言えばと、まだ用事があったことを思い出したので、私たちはもう一度ギルドへと立ち寄った。そしてそのままギルドマスターの部屋へと入っていく。


「おじゃましまーす」

「ああ、いらっしゃいシラユキ。準備は出来ているぞ」


 書類とにらめっこしていたシェリーが、顔を上げ笑顔で歓迎してくれた。そしてメアは、書類に埋もれている。集中しているのか、顔を合わせたくないのか……たぶん後者ね。


「ほら、シラユキ。君とリリの紹介状だ。領主様からも先ほど届いたので2枚ずつだ。受け取ってくれ」

「ありがとう、これで旅に出られるわ」

「いつ頃街を発つのだ?」

「明日ね」

「あ、明日か!? ……ここから王都へは片道1週間の馬車が出ている。もう少しゆっくりは出来ないのか?」

「そのことなんだけど、私達徒歩で行こうと思っているの。ちょっと長くなるからお茶でも飲みながらにしましょ。メアもそんなところにいないで、こっちに来なさい。イジメないから」

「はう! ……わかりました」


 ソファに座り、アリシアが注いでくれたお茶を飲みのどを潤す。他人の部屋なのに、なぜ『シレッ』と迷うことなくお茶を淹れられるのだろう。これもメイドのスキルなのだろうか。

 テーブルに周辺の地図を広げた。このことは、説明するか非常に悩んだことだが……彼らはもうNPCじゃない。この世界に生きる人間なのだ。であれば、これは知っていなくちゃいけない。

 私は北の森の、ある一点を指した。そう、例のダンジョンだ。


「ここに、ダンジョンがあったわ」

「ダンジョンが、この地にあったのか……!?」


 ダンジョンは資産であり資源だ。これがあるなしで街の活気に違いが出る。しかし、このダンジョンは資源としての活用はほぼ不可能だろう。

 万人が挑めるわけでもないし、条件が厳しい上に魔石を輩出する強さの魔物も、そうそうでない。封印するのが世のためだ。


「ダンジョンのルールは中に入ったら、記載がされていたわ。入場方法は魔法を石碑に当てる事。そしてレベルが5以下である事。1人でしか入れない事。その人の強さに応じた魔物が召喚される事。レベルが5を超えるまで部屋を突破していかなければならない事よ。今までは魔法を使える人が少なかったから、ここに迷い込むなんてことは無かったでしょうけど、これからは私が広げていく事でそうもいかなくなるわ。だからギルドには報告する必要があると思ったの」

「シラユキの事だ。嘘を吐いているとは思わないし、信じたい。……しかし、ギルドとしては証拠が欲しい。……なにか、ないか?」


 シェリーが渋面で告げてきた。まぁそうよね、ダンジョンは出来れば活用したいし、資源になるなら領主への報告も必要だ。


「証拠はもう言ったわ。強さに応じて魔物が召喚される、と。シェリーはその目で見たはずよ。つい最近ね」

「……まさか、オークか!」

「ええ、3匹同時に召喚されたわ。私がレベル2のときにね」


 『チラッ』とアリシアに視線を送ると、感嘆の中にどこか納得したような顔をしていた。


「なる、ほど……。君が規格外の強さを持っていることはわかっている。レベル2の時にそいつらが出たということは、あと3部屋。更なる強敵が出てきたことも容易に想像がつく。……つまり、そこで出た魔物が、徒歩での移動と繋がっているのだな?」


 シェリーは本当に頭が良いわね。武闘派とか言われてるけど、魔法職でも全然やっていけそうな気がするわ。隣でメアがうんうん頷いている。この子の場合本当にわかってるのか疑問ね。


「シェリーは理解が早くて助かるわ。メアは無理しなくていいのよ」

「わ、わかりますよぉ!」


 ほんとかなー。……まあ良いわ。


「……近くの町で、テラーコングが出たそうじゃない」

「耳が早いな。いや、ワークスか。相変わらず奴は独自の情報網を持っているな。そうだ、鉱山の街『シェルリックス』。その近辺でテラーコングの番が発見されたらしい。既に何人もの冒険者や旅人が犠牲になったと聞くが、突然その噂がばったりと……」


 気付いたシェリーが考え込む。アリシアもお祈りポーズだ。メアは……やっぱりよくわかってなさそう。


「そういう事か。まだあの街の住人はいつ来るか知れない奴らの影に怯えているだろう。それを、助けに行くんだな」

「最悪、他にも番が居る可能性があるから、その確認も含めてね。いないようなら討伐の証拠を渡してくるわ」

「本当に君は素晴らしいな。そんな無類の強さをもっているのに、驕らず、優しく、気高い。憧れてしまうよ」

「ありがと。でも、容姿を褒められる方が嬉しいわ」

「ふふ、そうか。本当に君は可愛らしいな」

「えへへ」


 シェリーに頭を撫でてもらった。撫でることもカワイがってる感じで好きだけど、撫でられるのもカワイがられてる感じがして好き。


「ところで、その……最後の部屋に居たのがテラーコングだったのか?」

「……聞きたい?」

「……いや、やめておこう。まったく、この国はどうなっているんだ」

「まぁ最後の部屋の奴とか、テラーコングも、もしかしたら例の『あの御方』とやらの差し金かもしれないし、そのあたりも調べておくわ。結果的にランベルト公爵の領地が無茶苦茶になれば、奴らの目的も叶うのかもしれないし」

「ふむ……わかった。『シェルリックス』のギルドマスター宛の手紙を今から書こう。あとはそうだな……いや、なんなら全員宛にしてしまうか」


 そう言ってシェリーは、メアの席に座ると手紙を書き始めた。もうシェリー、そこを自分の席にしたら良いんじゃない?

 『チラリ』と視線を送るとメアと目がかち合った。


「今、シラユキさんが考えていることがわかりますよ」

「あの席シェリーの席でよくない?」

「言ってきた!? 言わなくてもわかるって言ったのに!」

「ほら、言わなくてもわかるでしょっていうのは、最近傲慢な考えだと思ったの。やっぱり会話って大事よね、口に出したらしっかり伝わるんだもの」

「そんなの、時と場合によるじゃないですかー!」


 メアは涙目になってしまった。なんだろう、メアってイジメたくなるのよね。これもカワイがりというやつね。


「大丈夫よ、今のあなたは昨日までのあなたと違って、きちんと。ねえ?」

「あ、はい! そうでしたね!!」


 慌てたように激しく頷いているメアをよそに、シェリーが手紙を持ってきた。もうハンコが押されている。メアとは一体……。


「これがギルドマスター宛の手紙だ。これには訪れた街のギルドマスター全員に署名してもらってほしい。最後に王都のギルドマスターに渡せば完了だ。そこでランベルト公爵に謁見する許可を貰えるだろう」

「うん、わかった。ありがとね」


 受け取った手紙を大事な物用のマジックバッグに放り込む。これはゼルバが使っていたポーチ型を使わせてもらっている。手ごろなサイズで使いやすいのよね。引き渡す前にくすねて置いてよかったわ。


「どういたしまして。先ほどの話に戻るが、ダンジョンはギルドが管理し、危険も多そうだから入らないように注意喚起しよう。これしか対策がないからな。……さて、これでシラユキの用事は終わったかな?」

「ええ、おかげさまでね」

「なら、2つ相談があるんだ。出発は明日という事なので、時間がないなら断ってくれて構わない」

「聞くわ」

「ありがとう。1つ、この街の教会を訪ねてほしい。そして可能であれば手を貸してほしい。あそこの問題は、シラユキでないと解決が出来ないと思う」

「へぇ、教会ね……。わかったわ。解決できるかはわからないけど、この後寄ってみるね」

「そしてもう1つは、その……昨日貰った魔法の使い方の相談がしたくてな」

「私も! シェリーに聞いたけど、魔法の使い方とか教えてほしいの!」

「わ、私も質問宜しいでしょうか」


 3人とも聞きたいことがあるなんて、勉強熱心ね。そう言うの好きよ。


「構わないわ。何でも聞いてね」


 あぁ、シラユキはモテモテだなぁ。特に女の子に。


『カワイイ子にモテた方がマスターだって嬉しいくせに』

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