第035話 『その日、神様扱いされた』

 私はアリシアと昼食をとってから、2人で教会へとやってきた。

 手助けを……とのことだったが、何をすればいいのだろうか。シェリーでは解決できない事、それはつまり冒険者ギルドでは解決が出来ないトラブルってことで……、そして私であれば何とか出来るという話。

 なんだろう。根本的な問題なのだろうか。


「わかんないなぁ。何をすればいいんだろう」

「私は恐らくですが、察しがつきました。その件であれば、確かにお嬢様でしか解決することが出来ませんね」

「ええー? アリシア分かったんだ。うーん、まずは見て回ろうかな」

「それが宜しいかと」


 教会の敷地に入ると、正面から中の様子が窺えた。扉は大きく開き、いつでも歓迎しているような様子だ。教会の中では沢山の人がお祈りしているみたい。お祈りって、普通に生活する中では見慣れないはずのもので、本来はこういう特別な場所でするものだと思うんだけど、見慣れてしまったなぁ。日常的に使う人が隣にいるから。……私に向けて。

 そして敷地内には、教会に入るためとは違う列が出来ており、その先には小屋が……いえ、あれはマジックテントの類ね? 神官服の女性が列の整理をしているみたい。あれはなんだろう? 炊き出し?


「すみません、少しいいかしら」

「はい、いかがされましたか?」

「この列はなにかしら」

「え? ああ、旅の方ですか。ここでは住人のケガを格安で治療しているのです。時間はかかりますが、ポーションより安く提供させていただいています」


 治療かぁ。診療所のような物? でも『リカバリー』があるから回復場所? ポーションを使うまでもないけど、気になるケガを治してくれるならありがたい施設なのね。でも、時間がかかるって言っていたわよね?

 そういえば先ほどから列が一向に進んでいないわ。


「教えてくれてありがとう」


 神官さんにお礼をして、少し離れたところから見守る。

 何分か経過するも、やはり列は動かない。でも並んでいる人たちも急かす様子はなく、むしろ日常的にこの遅さなのだろうか。

 中にいる人が休憩しているようにも見えない。それなら立て札なり看板なり建てるし、整理の人も教えてくれるはず。こう考えている間もまるで進まないこの遅さ。


 ……教会の問題が、何となくわかったわ。確かにこの街の冒険者では解決が出来ないし、私にしか解決出来ないというのも納得できた。


「思っていた以上に、この世界やばいかもしれないわね」

「やばい、ですか。何がどうやばいのかは解りかねますが、お嬢様はそれを救って下さるのですね」

「私は手を差し伸べるだけよ。それを掴んで前を進むかは、その人たちの頑張り次第だわ」

「それでも、面倒くさがらずに、見て見ぬふりをしないのが、お嬢様の素晴らしいところです。んっ」


 もう、この子は私を褒め殺すつもりかしら。嬉し過ぎてディープになった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 教会の中に入ると、ステンドグラスから差し込む光が、1人の神官に降り注いでいた。あの優しそうな顔の初老の男性が神官長かしら。

 祈りを捧げる人達は、私達が来たことに気付かず、一心に祈り続けている。目に見えぬ神々なんかより、目に映る神の対比で作られた私を見た方が幸せになれるんじゃないかしら。


 余計なお世話かな?


「ようこそいらっしゃいました。お噂のシラユキ様ですね、貴女様のご活躍は耳にしております。街の住人としてお礼を言わせてください。……それで、本日はいかがされましたか?」

「私を知っているなら話が早いわ。シェリーから言われてきたの。この教会を助けてほしいってね」

「シェリー殿が? ありがたいお話です。しかし、助けですか……困りごとといっても、魔物のトラブルも街のトラブルも、シラユキ様が解決してくださったようですし、改めて冒険者の方にお願いするようなことは何もないかと……」


 まあ、普通はそう思うよね。日常的なトラブルはなく、ただ根本的に起きている問題は、本来個人が解決できるようなものではないのだから。私を除いて。


「聞きたいことがあるの。教会は神官達に、リカバリーの魔法書を末端まで行き渡らせているのかしら」

「……それは、残念なことに出来ていませんね。件の魔法書は王都にあるダンジョンで稀に入手できます。しかし、供給源がそのダンジョンしかありませんので、優先的に習得できるのは王都の教会に属する要職の者達で、新人には回ってこないのです。この街で魔法を習得しているのは、元々王都に居た私だけとなります」


 ……やっぱりそうなのね、失念していたわ。攻撃魔法があの惨状なんだもの。回復魔法だって同じになるに決まっている。それに彼が今言ったわ。供給源がだって。

 それはつまり、『紡ぎ手』が回復魔法を供給できていないことを意味する。確かに『紡ぎ手』の職業解放条件は、『魔法使い』と『魔導士』のレベル30だ。『神官』は必要としていない。

 その結果が、回復魔法が使えないために魔法書を作成できず、『リカバリー』の魔法が供給されないという悪循環に陥ってしまっているのね。


 『リカバリー』や『ハイリカバリー』は、別に『神官』などの回復職でなければ使えないというわけではない。回復職が『リカバリー』などの効果を底上げするエクストラスキルを持っているだけで、覚えてさえいればどの職業でも使用することが出来る。下手したらこの世界には、その概念すらないのかもしれないわ。


 ……よし、まずはばら撒こう。


「神官さん、あなたの神聖魔法スキル値はいくつあるのかしら」

「私ですか? そうですね、32だったかと思います」

「リカバリーだけでそこまでスキルを上げた貴方に敬意を表しますわ。ここの椅子を、お借りしますね」


 『神官』は『ハイランク』の職業だ。ノーマル職の『魔法使い』レベル30で転職できる。若い人もいたから、もしかしたら遺伝で『神官』を持っていた人もいるのだろう。

 しかし聞く限りでは魔法に関しては遺伝がされないと見た。彼らは神官長の『リカバリー』を見様見真似で使い続け、今まで人々を癒し続けてきたのだろう。その行為は素直に尊敬する。

 ちなみに『神官長』という職業は無い。ただの役職名なので、この人も『神官』だろう。


 私は、教会に設置されている長椅子に、いつもの羊皮紙、羽根ペン、黒インクを取り出し、書き込み始めた。

 よし。まずはこれでいいでしょう。


「神官さん。これを見て下さい」

「これは……!」


 すぐさま中身を理解したのだろう。顔を上げ読むのを中断しようとした素振りがあったが、無駄だ。魔力を強く籠めた『魔法言語』は、それが途切れない限りはずっと読み続けてしまう副次効果がある。利点としては集中できるという点だが、中断出来ないというのは果たしてデメリットかどうか。まぁ、戦闘中に読み始める猛者はいないだろう。

 それに、ダンジョンドロップの魔法書は別段魔力は籠められていない。この効果が発動するのは、今のところ私お手製の魔法書だけだろうから、たぶん大丈夫だろう。


 神官長さんの手に握られた羊皮紙が燃え尽きた。彼は驚き固まっている。

 しばらくの後、再起動を果たした神官さんが顔を上げ、恐る恐る確認してきた。


「シラユキ様、これは……本当に宜しかったのですか?」

「構わないわ。貴方のような人にこそ、この魔法は必要よ。この魔法を使っていろんな人を助ける事を願うわ」

「おお、ありがとうございます……!」


 神官さんが涙を流し打ち震えている。そんなに嬉しかったのね、喜んでもらえて光栄だわ。


「なら次ね。この教会に勤めている神官は何人いるの?」

「7人おりますが……まさか」

「全員呼んで下さい。可能であれば、外に並んでいたケガ人も連れてきて頂戴」

「おお……シラユキ様は神の御使いなのでしょうか、すぐに連れてまいります!」


 慌ただしく神官長さんが駆けていく。お祈りしていた人も何事かと顔を上げていた。煩くしてごめんなさいね。

 神の御使いかぁ、天使の翼っていう着脱可能なオプションが錬金術で作れたわよね。いつか作ってみたいなぁ……。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 神官長達が戻ってくるまでに、人数分の『リカバリー』の魔法書は用意した。全て魔力を籠めているのでそれぞれ輝いている。さっきから背後にいるアリシアから熱い視線を感じる。またお祈りモードに移行しているのかしら。

 教会内でお祈りしていた人達は、私を認識してからは静かに成り行きを見守っていた。


 ほどなくして神官長さんが戻ってきた。後ろには神官さんやケガ人を連れている。


「シラユキ様、お待たせしました」

「ありがとう。ケガ人の方々もわざわざありがとう。すぐに治してあげるから待っていてね。神官さん達は、横並びになってくださる?」

「皆の者、シラユキ様の言うとおりに」


 訝し気な神官さんもいたが、神官長の命令は絶対なのだろう。素直に並んでくれた。


「貴方から順番に神聖スキルの数値を教えてくださるかしら」

「17」

「21です」

「9です!」

「11です」

「15だ」

「14です……」

「15です」


 9の子は最年少ね。といっても私と同じくらいの子だけれど。恐らく彼女は遺伝による子なのかな?

 年代が近い事もあってキラキラした目でこちらを見てくれている。私の事を知っている子かもしれないわ。嬉しい反応ね。

 他の子は皆魔法使いからの転職かしら。若くても20代前半。上は初老の神官長まで。幅広い人員ね。


「神官長から聞きました。皆、リカバリーの魔法がない中、街の住人達を必死に助けてきたのだと。貴方達の奉仕の精神に、私は感動したわ。貴方たちのような子達にこそ、このを受け取ってほしいの」


 そう告げて彼らの手にいつもの手口で『リカバリー』の魔法書を渡していく。誰もがそれを魔法書だとは思わないだろう。その為みな、すんなりと受け取り読み込んでいく。

 そして気付いたところで、一度魔法書に目を通したら、最後まで読み進めてしまう副次効果が発動する。嫌でも覚えてしまうのよね、フフフ。……別に呪いじゃないわよ。


 ちなみに『リカバリー』の魔法は神聖スキル5からだ。そして『ハイリカバリー』は25からとなる。

 この神官さん達の中で1人32というのは、神官長さんがどれだけの人を救ってきたかが窺える。『リカバリー』の魔法を覚えているアドバンテージがあったとはいえ、並大抵の事ではない。


 全員が持っていたが燃え尽きたところで、最年少の子が私に向かって膝を突き、祈りを捧げてきた。


「ああ、シラユキ様。美しく博識で、その知識を等しく分け与える神の使いであるとの噂がありましたが、本当でした。ありがとうございます!」


 神官さん達が1人、また1人と膝を突き、祈りを捧げ始め、口々にお礼の言葉をもらす。誰よ、神の使いって言い出したのは。でも、彼らにとってはその噂が真実だと認識してしまったらしい。

 祈りを捧げる人の中には、当初訝し気な顔をした神官さんも混じっていたが、今ではそんな気配すらなく、むしろ憧れの人を見るような目をしている。ああっ、そんなキラキラした目で見られると弱いのよ!


「私は万人に無償で力を与えているわけではないわ。そしてこの魔法は、貴方達が今まで努力してきた事に感動して、対価として渡したものよ。これからも腐らず、精進していく事を私は望むわ」

「「「「「「「「「御心のままに」」」」」」」」」


 正面だけじゃなく背後からも聞こえてきた。神官長どころかアリシアも混じってるわね……。新手の新興宗教をしている気分になってくるわ。


「貴方達、祈りを捧げる前に、その力を必要としている方々がお待ちよ。癒して差し上げなさい」


 『ハッ』と我に返った神官さんたちは、早速『リカバリー』の魔法を使用した。その効果にケガ人達だけでなく、使用者までもが感動に打ち震えていた。

 むしろ神官達は感動のメーターを振り切って泣き始めてしまった。神官さんって涙脆いのかしら。

 そして、またしてもお礼と祈りを捧げてきた。エンドレスか!


 『ハイリカバリー』を全員分用意するか悩んだけれど、今は不要だろう。トラブルの種になりかねない。

 『紡ぎ手』により作ることが出来る『サンダーボール』が金貨80枚で、ダンジョン産が金貨800枚。ならば、ダンジョンでしかドロップしない『リカバリー』は一体いくらするやら。実用性を加味して金貨400~500くらい? それの上位版である『ハイリカバリー』に至ってはもう訳わかんない事になる。金銭感覚壊れそう。

 もしそんなものがこの教会にあると知られたら……うん、やめておこう。


 必要があれば、またこの地に来た時に渡せばいいのだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 別れを惜しむ彼らに、明日街を出るための準備があると告げ、教会を出た。

 明日はたぶん見送りに来てくれそう。見送りは顔見知りにはしてもらったほうが嬉しいので、教えておいた。あ、でも、彼らの事だからいっぱい宣伝しそうだなぁ……。完全に神様扱いだったし。


 少し日が傾いてきたところで、『探査』にリリちゃんとママが引っかかったので、会いに行く。


「リリちゃーん、ママー!」


 遠目からでも接近しても、結局姉妹に見える2人を抱きしめ、両方のほっぺにキスをした。


「あ、シラユキちゃん。ちょうど探していたのよ」

「お姉ちゃん、リリとママね、レベルが3になったよ。あと、雷のスキルは8で止まってるの」


 8かぁ。全く魔法の質を高めない場合の、自主練の限界値に近いわね。ここまで来ると質を高めるか、魔物に当て続けないとスキルは増えないわね。質の向上方法を今度レクチャーしてあげなきゃ。


「おめでとう、頑張ったわね」

「えへへ」


 リリちゃんをナデナデスリスリする。あー、リリちゃんのほっぺた柔らかいなぁ……。


「ママは元々狩人だったから、弓のスキルは上がらないわね。それでねシラユキちゃん、食料の買い込みをしようと思ったのだけれど、相談したいことがあって」

「ああそっか、食料買わなきゃね。買うものとしては野菜類と調味料と、あとは乾燥肉辺りかしら。お肉は森で狩ればいいもの」

「そうね。ただ、マジックバッグって劣化を遅くするらしいじゃない? でもたくさん買いすぎるのもどうかと思って、分量の確認をしたかったの」


 ああそっか、まだママはマジックバッグ初心者だったわね。中サイズ以降の仕組みを知らないんだった。


「ママ、そのことなんだけど中サイズ以降のマジックバッグは、入れたものの時間が停止するの。だからどれだけ入れても鮮度が落ちないわ」

「まぁ、そうなの!? 便利なのね。ママ知らなかったわ」

「中サイズのマジックバッグはアリシアに預けておくわ。まだ容量に余裕があるから、食料くらいなら問題なく入るはずよ」

「かしこまりました。という事は、この中には既に鮮度管理が必要なものが入っているのですね。一緒にしてしまって大丈夫なのでしょうか?」


 あれ? アリシアも中サイズ以降の仕組みを知らない……? もしかして中サイズもほとんど出回っていないのかしら。その点だけを考えれば、ゼルバはいい仕事をしたわ。その点だけを見ればね。

 ちなみに小サイズはアリシアの危惧通り、たまに干渉する。というか魔力の籠ったものは大体干渉しあうから、同一種は別途袋でまとめてから入れる方がいい。


「いいえ、中に入ったものはそれぞれお互いに干渉はしないわ。たとえ毒物を入れていたとしても何の問題もない。まぁ、気分的にそれは嫌だけど、毒素を出すようなものはないわ。凍らせてあるしね」


 あの手とか、あんまり素手で持ちたくない物は凍らせてある。あ、そうだ。中身を知ったらどんな反応するかしら?


「一応預けるんだし、中を確認しても良いわよ」

「はい、では失礼して……」


 そう言ってアリシアはちょっとワクワクした表情でマジックバッグに手を突っ込んだ。そして彼女だけが見える専用のボードに中のアイテムの一覧が表示されている事だろう。

 マジックバッグの使い方は、手を入れて、リストに表示されるものから『取る』と思う事でそれを掴み取ることができる。入れる場合はただ入れるだけだ。液体は容器がいる。

 そしてマジックバッグの口を広げて逆さまにすると、入っているものが全部出てきたりする。


 恐らく例のソレを見つけたのだろう。アリシアには珍しく、固まって動けなくなってしまうどころか、マジックバッグを取り落としてしまった。危ない危ない、ひっくり返っていたらテラーコングの腕や邪竜素材が街中に散らばって騒ぎになっていたところだ。


『マスターもアリシアと一緒で、イタズラ好きなところあるわよね』

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