第019話 『その日、奥の手を食らった』
中に入るとそこにいたのは3人。破砕の衝撃に気を失った構成員、幹部であり顔に傷のある男アラネス。そしてこの地域を担当している、闇ギルドの支部長だ。
未来では、闇ギルドのギルドマスターだったはず。今後の活躍で昇進していったのね。
まあ、そんな未来が訪れることはもうないけれど。
「へへっ、シェリー先輩、ご無沙汰〜。元気にしてました?」
ああ、そうそう、アラネスはこんなチャラい男だった気がするわね。
それに対してシェリーは無言で睨み付ける。
「あっ、この人だよ! 私たちを追いかけてきたの!」
リリちゃんが魔力を籠めた手でアラネスを指さした。今にも『サンダーボール』を撃ちそうね。良いのよ、不意打ちでやっちゃっても。
「ああん? なんだこのガキ。追いかけ……あ、あん時のか!」
「おいアラネス。てめえ、またヘマしてやがったのか」
「いやー、そのー……」
「アラネス、子供達は無事なのか!?」
「あー、2人同時に聞いてこないでほしいっすわー。子供はまだ無事ですよ。今はまだ、ね」
『ニヘラ』と笑いながら答えた。なんかムカツク顔ね。殴っていいかしら。
「荷物の中にガキがいるかと思えば、お前の尻拭いか。面倒ごとを増やしてくれる」
支部長は頭を抱えている。こいつの名前なんだっけなぁ……。ストーリー上では『パッ』と出て『パッ』と消えたからあんまり覚えていない。
それはともかく、数日前に捕まった子供達が荷物としてまだ捕まっている。ということであれば、ギルドマスターもまだいるということになる。良い事を聞いたわ。
それにしても、何だか私蚊帳の外みたいね? イベントシーンの会話は基本スキップしないで静かに聞く派なんだけれど、無視されているみたいで嫌だわ。
「はじめまして。貴方がこのギルドのトップで間違いないかしら? 私のシェリーやリリちゃんがお世話になったみたいだから潰しに来たわ。覚悟なさい」
「お初にお目にかかる。私が闇ギルドの支部長、ゼルバだ。なかなか威勢の良いお嬢さんだ。……だが、少し調子に乗りすぎだな。お灸を据えてやろう」
ゼルバ、ゼルバ……なんだかそんな名前だった気もするわ。数日間だけ覚えておいてあげよう。
そのゼルバが指輪を嵌めた右手を高らかに掲げる。
「『術式起動:麻痺』」
『状態異常『麻痺』レジスト失敗。魔法効果により無効化されました。デバフアーマーは効果を失いました』
「……は?」
「何っ!?」
えっ、私のステータス値を貫通した!? 余りの衝撃に思考停止してしまったけれど、それは向こうも同じみたい。
連続使用されたらヤバかったわ。
「『デバフアーマー』」
ふぅ、セーフセーフ。
「な、何故だ!? 金貨300枚する必中の指輪だぞ! 発動を低減させる魔道具対策としては万全のはずだ!」
その指輪を見る。フレーバーテキストの出るアイテムは、プレイヤーはじっと見つめるだけで詳細が出てくる。
ただ、一度も効果が『観測』されていないアイテムだけは、『鑑定の魔道具』が必要になるけど。
**********
名前:必中の指輪(麻痺)
効果:対象を必ず麻痺させる。ステータス無視。回避不能。
使用可能回数:0/1
**********
1回こっきりの魔道具だった。しかしとんでもなく恐ろしいアイテムだわ。初期レベルで突っ込んだら負け確じゃない。
それにしても、これはどこから入手したモノなのかしら? 私が知らない装備品を持っていることも驚きだし、悪人が手にして良いモノじゃないわよこんなヤバい代物。
「少し驚いたけれど、使い捨てのようね? これで抵抗はお終いかしら?」
「くっ……アラネス、いけ! こいつらを倒せたなら今回の失敗は無かったことにしてやる!」
ゼルバが苛立ったように指示を出した。何かゼルバが手元をゴソゴソしている。まだ何か出す気かしら?
でもさっきと似たようなことで邪魔されても面倒だし、今はシェリーを見守りつつ見張っていよう。
「うへぇー、しんどー。でもま、やるっきゃねえわな」
「シェリー。やっておしまい!」
一度、生で言ってみたかったセリフだ。ムチが欲しくなってくる。
リリちゃんはそばで待機しててね。
「ああ。……アラネス! 借りは返させてもらうぞ!」
「おっ、最初はシェリー先輩っすか。良いんすか? お友達の手を借りなくて」
「ふん、背後からしか女性を狙えない臆病者など、私1人で十分だ」
いつになくシェリーが燃えている。これが普段の武闘派シェリーなのかしら?
「あららー、嫌われちゃいましたね。でも、自分そんなに弱くないっすよ」
「貴様こそ、今までの私と思わない方がいいぞ」
2人が前に出て対峙する。前口上は同点かしら? でも、その間に下準備を仕込めたシェリーの方が上手ね。魔力がすでに右手に集っている。
「見ていろアラネス。『ウォーターボール』!」
シェリーは氷と水に関しては出会う前からスキルを10まで上げており、魔法書を使ってボール系の魔法を修得していた。それでも今まで安定して出せていたのはピンボールサイズのものしか出せなかったという。魔力をほとんど動かせていなかったみたいだし、仕方ないわね。それが今ではスイカサイズだ。
そして水属性は風属性と同じく、一見無害に
「すげえな先輩! いつの間にこんな威力の魔法を! って言いたいところだが、よりによって水かよ。せめてここは氷魔法出すべきじゃね?」
嘲笑うアラネスを無視して、シェリーは魔法を発射する。
そして水の玉はアラネスの顔にぶつかり、
「もガッ!? ガボゴボ!」
「なんだと!?」
アラネスは必死にもがくが、水を掴むことはできない。ジタバタともがく姿は些か滑稽だ。
張り付いてしまえば、あとは術者の気分次第。というのは一見最強に見えるが、きちんと魔力を守りに回せば効果を発揮できない。
魔力は何も、攻撃魔法に回すだけが全てではない。体を循環させ、相手の攻撃が当たる部位に、魔力を放出することで相殺させることが可能だ。
相殺するには、相手が使用した魔力と同等量の魔力を出せばいい。少なければダメージになり、多ければ自身の魔力が無駄になる。
属性魔法に対して属性を籠めた膜を張った場合なら、魔力はさらに半分で済むが、この話は長くなるので割愛。
しかしこの世界の住人は魔力の扱いが正直言ってへたくそだ。知らない人間がほとんどなのだから、『ウォーターボール』で相手の顔に張り付けるというのは、実際お手軽最強魔法だろう。
「魔法は使い手次第……シラユキの言う通りだな。このまま窒息させてもいいが、それでは私の気が治らん」
アラネスの前に陣取り、シェリーは構えた。
「あの時……お前に騙され刺されたとき、痛かった。体も、心もだ! 倍返しにしてやるぞ、アラネス!!」
シェリーはアラネスの正面で腰を落とし、右腕を下げた。あの構えは……『武闘家』専用の『格闘』スキル『正打・鉄拳突き』ね。『格闘』武器スキル30で撃てる大技だ。打つ為には敵の真正面に立ち、あの構えで力を溜めてから放つ。
射程は己の拳が届く範囲。非常にシビアかつ条件が面倒な技で、決まれば威力が通常攻撃の8倍になるロマン技だ。本来ならタンク役が必須の技だが今のアラネスは隙だらけだ。正面で溜めるのは難しい事じゃない。
「『正打・鉄拳突き』!!」
『バキャッ!』
シェリー渾身の一撃を胴体に喰らったアラネスは、肺の中の空気を全て吐き出した。顔に張り付いた水が制御を外れ、気泡と共にはじけ飛ぶ。
肉体が壊れる音を発したアラネスは、勢いよく吹き飛び、壁に激突した。……ピクリとも動かない。死んだかな?
それにしても水魔法は、呼吸する生物には最適ね。気道さえ塞いでしまえば相手が勝手に死ぬんだもの。
ただ魔力がきちんと使えれば、相手の魔法を弾く事が出来るし、十分なステータスがあれば避けることも出来る。結局のところ、当たらなければどうということはない、という話ね。
コレだけ使えれば良いというわけではないが、初見殺しにはなる。ゲームのように復活が出来ない場合は、初見殺しこそ最強の魔法なのだ。
この魔法に関して、知識を広げるのは良い事か悪い事か、判断に悩むわね……。一緒に防御の方法も教えれば平気かなぁ? 信用のおける偉い人に判断をぶん投げようかしら。例えば初期ヒロインとかに。
「シェリー、お疲れ様」
「ああ、ありがとうシラユキ。君のおかげで借りを返せた」
「でも良いの? 殺しちゃって」
「構わんさ、と言いたいところだが、奴を奴隷にして売れば結構な金額で売れただろう。すまないな」
「そういうことじゃなくてね?」
「はは、わかってる。優しいなシラユキは。私は大丈夫だ」
「そう? なら良いのだけれど」
情報源としてはあのチャラさだ。そもそも信頼できないし、口八丁で適当なことを言い出しかねない。毒になりかねないなら、居なくても別に構わなかった。
ただ、シェリーが心を病まないか気になっただけなんだけれど……この世界の女性は強いのね。
『チラッ』とゼルバに視線を向ける。……あら? アラネスが死んでもそこまで絶望してないわね。やっぱりまだ何かあるのかしら。
さっきの魔道具の件もあるし、油断はしないように行きますか。
「さて、貴方の手駒はもう居ないわ。大人しくなさい」
また腕でも掲げるようなら切り落としてやろうかしら? でも死んだら厄介ね。
奴は貴重な情報源だし……状態異常魔法は暗黒属性。6属性にもあるけど、全部100以上要求してくるのよね……。
暗黒属性のスキルが0でも、一応撃てないことはないけど、身体全体じゃなく運悪く脳や心臓だけダイレクトに効果が出ても難儀だわ。
「ロクに反撃もできずに死ぬとは、使えん奴だ。だが、手駒が居ないだと? 勘違いしてもらっては困るな。手駒はここに居るさ!」
ゼルバは黒い魔力の塊を放ってきた。速い! ……でもまぁ、テラーコングの拳よりは遅いわね。
黒い魔力は帯状に広がっている。避ければリリちゃんやシェリーに当たりかねない。私は相殺させる為、腕に自身の魔力をコーティングさせて払い落とそうとした。
しかし黒い魔力は、私の魔力に触れると纏わりついてきた!
「なっ!?」
そのまま、私の腕を起点に黒い触手が全身に広がろうとしてくる。っていうか動きがキモい! 生理的に受け付けない!
魔力を高めて弾こうとしても、高めた魔力ごと、私の身体が黒い魔力に飲まれていく。何これ!? 怖い怖い怖い!!
「シラユキ!」
「お姉ちゃん!」
黒い触手は尚も広がり、首から下が完全に飲み込まれた。抗おうとするも身体は微動だにしない。まるで私の命令が届かないかのように……。
「理解したかね? 今から君が、私の手駒だ」
その触手が私の顔を飲みこもうとする映像を最後に、私の意識は、深い水の底へと落ちていった。
そこで、懐かしい声が、聞こえた気がした。
『貴方って本当に、世話が焼けるわ。ねぇ、マスター?』
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