第018話 『その日、闇ギルドは凍り付いた』

 ――時は少し遡る。


 部屋には2人の男がいた。

 1人は壁に寄りかかり、血の付いたナイフを愛おしそうに眺めている。

 こいつはアラネス。闇ギルドの幹部だ。最近まで別の組織に潜入していたが、戻ってくる際にその組織の特級戦力を削ってきた男だ。

 その戦力は使えるため、確保するよう命じていたのだが、手傷だけ負わせて逃してしまったらしい。作戦もアラネス1人で立てると言うから信頼して任せたが、どうやら相手のほうが上手だったようだ。

 その後は門番からも戻ってきたという報告がないため、街の中には戻っていないのだろうが……、全く惜しいことをした。

 そしてもう1人……闇ギルドの支部長を任された私は、椅子に深く腰掛け、部下からの報告を待っていた。


「遅い。いつまで時間をかけてやがる」

「大将、少しは落ち着きなって。作戦は順調、障害はほとんど排除した。ゆっくりやりましょうや」

「だがな、あいつを壁にめり込ませるような女だぞ? 明日の作戦に支障が出かねない」


 私が立てた作戦は、完璧だった。

 街の内側からゆっくりと、領主にもギルドにもバレる事無く、次々と支配下に置いてきた。


 ここの領主であるポルト男爵とは、忌まわしい事だが顔なじみだ。裏がないように近づき、旧交を温めた。こいつは昔から、人を疑うことが苦手な奴だ。私がどんな目的で近づいてきたかも知らず、笑顔で一等地の使用を許可してくれた。まったく、馬鹿な奴だ。

 手始めに部下を使い、街の貿易業と海産業を独占した。平和ボケした連中に、部下の暴力は大層効いたのだろう。簡単に手に落ちていく。

 中々首を振らない連中もいたが、一部は独占することで集まった金で言うことを聞かせた。

 その金を使い、更に力をつけた。考えられる全ての悪行に手を染め、今では街の裏も表も完全に掌握し、冒険者ギルドも幹部以上は全て押さえた。あとは領主だけだ。


 そして集めた金を献上した見返りに、『あの御方』から頂戴した御業。この力をもってすれば、あの馬鹿は私の操り人形だ。もうすぐだ、もうすぐこの街を手中に収められる。

 奴には溺愛する妻と娘が居る。いい加減奴の自慢話にもウンザリしてきたところだ。人形と化した奴の前で、2人共犯してやれば、この気も晴れるだろう。


 だが、それだけでは終わらない。支配領域を拡大するのには、もっとあの力が必要になる。この街にいる良質な女たちを集めて、『あの御方』の下へと出荷をしよう。

 そうすれば近いうちに、私はこの地域一帯の王になれる。

 ……そのはずだった。


 事件は昨日。冒険者ギルドで起きた。

 私は荒くれもの達のまとめ役だった男に、上質な旅の女を探して連れてこいと命じていた。


 そいつは数日前まで、長い時間をかけて説得してきた男だった。

 なかなか尻尾を振らない事に難儀していたが、この辺りの荒くれのトップに君臨する男だ。

 そいつ本人には大した実力はない。しかし、懐柔すれば奴を慕う数多くの部下が同時に手に入ると考えて説得を続けていた。

 荒くれ共は暴力には慣れている。その上、珍しい事に金をちらつかせても反応が悪い。奴がなかなか首は縦に振らないため、しばらくは平行線だった。

 結局はこちらが折れて、部下を含めた家族には絶対に手を出さない、街の人間に危害を加えない約束で、ようやく了承を得た。

 この約束事は、今後の活動の足かせになる。しかし、馬鹿正直に守る必要はない。この街の支配が終わり次第、こいつらはバラバラの支配域に送り付けてしまえば問題ない。

 数十人の荒事に慣れた奴らは貴重だ。一気に蜂起されては面倒だが、扱いを誤らなければ個別に処理できる。


 しかしそんな男が、捕まえようとした女に一撃で倒された。

 それだけではなく、相対した荒くれ共は竦み上がり、女を集めることは出来ないなどと泣き言を言い始めた。

 そしてその女の情報は、瞬く間に街に広まった。情報源は奴の部下だろうが、その拡散スピードは、異常だった。たった1日で街の住人が噂をするようになっていたのだ。


 しかしその情報精度がよくないせいか、眉唾な話もどんどん入ってきた。

 曰く、その女は天上の女神のような美貌だの、その女性に平伏する事こそ生きてきた理由だの、踏まれたいだの、舎弟にしてほしいだの、ペットにして飼ってほしいだの、彼女が出来ましただの、お迎えがきただの……。


 私は今までの人生で、カリスマ溢れる人物を見たことが何度かある。

 そいつらは何かをやってくれそうな期待を見ているだけで感じたり、無条件で信じられそうに思えたり、圧倒的な存在感を感じた。

 しかし、その女はたった1日で噂が街に広がった。その異常な速度に、私は恐れを感じていた。

 このままではマズイと。野放しにしてはダメだと。


 そのために冒険者ギルドや街に広げていた私の部下を集め、確保に向かわせた。

 実力でいえば恐らく副ギルド長クラスだろうか。念のため、数で囲んで麻痺や眠り粉を嗅がせてしまえば、こちらのもの。……そのはずだ。


「シェリー先輩でもあの人数に囲まれたら、一網打尽っす。麻痺粉かけられて、はいお終い。その女がシェリー先輩クラスでも安心ですって」

「そうだな、あの時お前が麻痺粉を使っていればな」

「大将、それは本当に申し訳ないっす。あの人を自慢のナイフで刺せたことが嬉しくって! ただ何かあるたびに掘り返すの勘弁してほしいっす。反省してるんで、そろそろ許してくださいよー」

「ふん、刺したナイフを洗わずに何日もニヤニヤしている奴が何言ってやがる。それに副ギルド長ほどの逸材はこの街に居ないのだぞ。『あの御方』の計画が遅れるではないか。……それに先ほどから嫌な予感が止まない。あの銀髪は絶対危険だ」


 私がここまで来れたのは、自分の実力だけだと自惚れる事はない。修羅場を越えることで磨き上げられてきたこの『直感』が無ければ、とうにくたばっていただろう。


「大将は心配性だなぁ、何も起きたりしま……」


『ガガガガガガ!』


 突如何かを削る音が建物に響いた。


「せん……と思ったんですがね」

「っ! アラネス、その場から離れろ!」

「ぬぉっと!?」


 続いてアラネスの足元から氷の柱が生えてきた。その柱は勢いよく縦に成長し、そのまま天井をも貫いていく。


「ひゅー! 助かったぜ大将」

「氷の魔法だと? ……おいアラネス、この街にそんな奴がいたか?」

「いえ、自分が知る限りはいないっすね。銀髪の仲間でしょうか?」

「となると確保に失敗したか? それにしては襲撃が早い。このギルドの位置を最初から知っていなければ不可能だ」


 もしくは誰かが漏らしたか……。いや、今はそんなことよりも確認だ。部下の1人がこの部屋まで走ってきた。


「し、失礼します!」

「構わん、続けろ」

「襲撃者は3人! 1人は銀髪、1人は副ギルド長、1人はガキです」

「マジかよ、シェリー先輩生きてんの!? やったぜ!」


 銀髪に加え副ギルド長だと!? まさか銀髪が外で匿っていたのか?

 そして何食わぬ顔で街に入り、自身を餌に我々の尻尾を掴もうと……くそっ、やられた!


「続けて報告します! 奴らは正面扉を破壊。そのまま堂々と入ってきたため、麻痺と眠りのトラップを使用。しかしまるで効果ありませんでした! そして一般の顧客がいないと見るや氷の魔法を使いました」

「それがこれか。害はあるか?」

「いえ、この柱には触れても問題ありません。宣戦布告かと思われますが、ただお屋敷の窓という窓が凍り付き、一切開きません」

「……っ! 大将、本当に窓が開きませんぜ!」

「ふん、1匹たりとも逃がしはしないという事か」

「現在お屋敷の人間を総動員して対処に当たらせております!」


 これほどの魔法規模、宮廷魔術師クラスか? 厄介な仲間を連れている。もう1人の少女の方だろうか?

 それに加え状態異常も効果が無いとは……あの魔道具を持っているな? ククク、確かにあの魔道具は強力だが、過信しては危うい事を教えてやらねばな。


 破壊音や部下たちの悲鳴が近づいてくる。どうやらそこまで近づいてきているようだ。


「さて、奴がどんな顔か拝んでやろう」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「はぁっ! せいっ! でやあっ!」


 シェリーの拳が、膝が、脚が、襲い掛かる敵に炸裂する。

 今までの鬱憤を晴らすかのようにシェリーは無双していた。私とリリちゃんはそれを後ろから眺めている。

 ただ漫然と眺めているだけではない。リリちゃんは魔力を練っていつでも魔法が撃てるように準備している。

 私はすることがないので、シェリーのお尻を見ていた。元々腰回りには防具が存在していないらしい。シェリーが動く度、布が盛大に暴れていた。後ろでこれなら前はどうなっているのかしら。やばいわね。


 屋敷全体が凍りついているため、少し肌寒い。シェリーは体を動かしている分問題ないみたいなので、リリちゃんは湯たんぽ代わりだ。温かいしカワイイ。布団に入れてヌクヌクしたいわ。


「片付いたぞ。……シラユキ、何を見ている?」

「シェリーのお尻」

「なっ! ば、馬鹿者。私たちは戦いに来たのだぞ。……と、時と場所を考えてだな……」

「……それもそうね。終わってからじっくり見るわ」

「そうしてく……あ、いや、そういうわけでは、なくてだな」


 それにしても、彼女達への触りたい欲求が止まない。あと、どんな服が似合うかの思考も止まらない。結果、リリちゃんを抱きしめつつも熱い視線をシェリーのお尻に飛ばしていた。

 おかしいなぁ、私ってこんな性格だったっけ? 欲求不満なの?


「それにしても、最初の氷柱は、屋敷の出入り口を封鎖するためのカモフラージュというわけか。確かに、あんな大きなものが生まれたらそちらを見ざるをえないからな。その内に扉や窓を凍らせる。なるほど、理にかなっている」

「まぁそれもあるけど……。まあいいわ、魔法は使い手次第でいくらでも変貌を遂げるわ。だからシェリーも、さっき教えたようにやってみなさい」

「ああ、奴の慌てる顔が目に浮かぶ!」


 氷柱はそれ以外の意味も含んでいるんだけれどね。現在氷柱は屋敷の屋根を突き抜け、さらに10メートル以上の高さまで成長していた。

 ここは王都でもない港町。そこまで高い建造物は、『ロイヤル』や『領主の館』などを除けばそうそうない。

 そこまで伸ばせば、嫌でも目立つ。見えるようになっただろう。


「お姉ちゃん、あそこ!」


 リリちゃんの指さす先には偉そうな雰囲気が溢れる扉があった。

 ああ、たしかにこんな感じの入り口だったわね。


「シェリー、次は貴女の番よ」

「ふぅ、仕方ないな……せいやあ!」


 シェリーの正拳突きが扉の中心をとらえ、破砕した。

 私たちは堂々と部屋に乗り込んだ。


『ふふ、悪だくみする私もカワイイわ』

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