第010話 『その日、北の森ダンジョンに挑んだ 前編』
北の森。
そこは最初の難所であると同時に、サービスが開始されしばらくしてから、名所が実装された場所でもあった。今回私がこの場所に足を向けたのも、その名所を活用するためだ。
その名も『低レベル専用ダンジョン』。入場条件はレベルが5以下であること。ソロであること。NPCは連れていけない。
この事からプレイヤー以外にこのダンジョンを認識できるモノは居ないということなのだろう。北の森に関して聞いた時も、クルルがこの場所のことを説明しなかったのがその証拠だ。
もしかしたら、実装が後だったこともあり、この世界にまだ存在しないことも考えたが、実際に光り輝くエメラルドスネークの皮なんてものも、前の世界では見たことがない代物だった。
それに、時間が経てばダンジョンが出現する。というのも、リアル世界になった今の状態では、違和感がすごい。この世界が現実として認識できる以上、ゲーム時代と全く同じであるとは言えないはず。
不安を抱える中、目的の場所にたどり着くと……。
「あった!」
入場に使われる石碑を見つけた。多少、背の高い草に隠れてはいるが、ゲーム内でも見たことのある形状をしている。
遠目からは墓跡のようにも見える石碑だった。入口の起動条件は確か、魔法ね。
「森の木々からは離れてるし……大丈夫でしょ」
炎を操り、雑草を燃やす。石碑の周りから雑草がなくなると同時、炎が石碑に吸い取られ、石碑が輝き出した!
「起動した! よし、ダンジョンはこの世界にもある!」
石碑の輝きが消えないうちに、私は手を伸ばした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そこは無機質で真っ白な空間だった。地面も白、壁も白、天井も白。高さは4メートルほど。奥行きもわかりにくいが、『ある』ことはなんとなく分かる。
目の前には二つの扉があり、その上にはそれぞれ文字が浮かんでいた。
『かんたん』『スパルタ』
読んで字の如く、二つの扉は難易度を表している。低レベル専用ダンジョンに難易度? と当初挑んだ時は困惑したが、このダンジョンは『楽してレベルを上げよう』というコンセプトのダンジョンだ。
部屋を潜る度にボスが出現する『フロアボス式』であり、出てくる魔物は全て、その時点で必要となる経験値を持った魔物を周辺地域から呼び出す機能を持っている。
部屋数は入場者のレベルに依存し、レベル1なら5部屋。レベル5なら1部屋だ。どちらの部屋に進んでも得られる経験値はほとんど変わらないが、魔物の質と量と報酬が大きく異なる。
『かんたん』はボスではなく条件を満たす雑魚が合計20体から30体ほど出現する。そして一気には出てこない『ウェーブ型』だ。
簡単だが得られる素材はお察し。敵の弱さに対して楽をした難易度で、若干作業感すらある。
『スパルタ』も付近の地域から必要条件を満たす魔物を探すが、こちらは最低1体から最大3体が出現する。出現するのは雑魚もいれば、ボスが混ざる事もある。
敵の数に対して楽をした難易度で、3体の場合は3体同時の戦闘を強いられる。
だが、得られる素材はレベル相応であり、いい感じに緊張感もあれば、やりがいもある部屋だ。
今回選ぶのは当然『スパルタ』。ゲームでも体は動かしていたが、リアルになった状態で強敵と戦う感覚というのは、このステータスでは今後得られる機会も、そう多くはないだろう。
現実である分、下手すれば死ぬ危険性はあるのだろうが……言うてレベル5でしょ? そんな強敵が出てくるとは思えない。
それにどの程度の経験値を要求されるのか、目安にもなる。いきなりラスボスが現れた! とか、そんな展開は、さすがに、ね? ないよね??
私は意を決して、『スパルタ』の扉を開けた。中に入ると通った扉は消え、無機質な声が流れる。
『条件を満たす魔物の検索……ヒット。半径1キロ以内に目的の魔物を発見。召喚シーケンスに移行します』
現れたのは……。
**********
名前:ワイルドシープ
レベル:7
説明:敵を見つけると真っ直ぐ突撃し、自慢の角で貫く。駆け出し冒険者の事故が後を絶たない。
**********
1匹のワイルドシープだった。
「なぁんだ、後1匹でレベル上がってたのかぁ」
突如呼び出されたワイルドシープは驚いていたが、野生の本能か、私を見つけると勢いよく突撃してきた。あの角で串刺しにするつもりなのだろう。
耐久チェックのために一度は受けることも考えたが、よくよく考えたら一張羅の革装備に穴が開くのは……ワイルド感出てありかもしれないが、今は別の検証をする。
突っ込んでくるワイルドシープの角を避け、頭を押さえつけた。
突進の勢いに、踏みとどまる力との勝負。凹凸のない平らで真っ白な地面。摩擦が起きないと思ったが、滑る事無く踏ん張りが利いた。こちらの踏ん張りが勝ったのだろう。ワイルドシープは逆に押し戻されることになった。
「うーん、私、パワフルだなぁ」
耐久力の確認は出来なかったが、力強さの検証が出来てしまった。満足のいった私は空いた片方の手で剣を振り、首を落とす。
倒されたワイルドシープは、噴き出した血液もろとも光の粒子になって消えた。
そして粒子が消えるとどこからともなく宝箱が現れていた。
ダンジョンの魔物は解体や処理の必要はなく、ダンジョンの養分になる。代わりに、その魔物の名を冠した素材は残留し、宝箱という形で現れる。宝箱は中身が空になるか一定時間経過でダンジョンに呑まれて消える。早めに中身を回収しなければならない。
本来は確定で宝箱がドロップするわけではないのだが、このダンジョンは1室1室がボスの扱いのため、ボス討伐報酬という形で、宝箱が確約している。
「さてと、中身は……角と毛皮とお肉ね。さすがに魔石はないか」
魔石とはダンジョンの魔物だけがドロップし、一定レベルの魔物からしかドロップしない。魔道具を作る際の必需品でもあった。
素材を回収すると頭の中に声が響く。
『レベルが2になりました。各種上限が上昇しました』
「ステータスチェック」
*********
総戦闘力:3354(+400)
STR:418
DEX:418
VIT:418
AGI:418
INT:418
MND:627(+200)
CHR:637(+200)
称号:求道者
*********
「すっごい増えたんですけど!?」
えっ、レベル1の時総戦闘力2099だったよね? 単純に1255も増えたの!?
もうこれだけで基礎値と倍率のヤバさが分かるわ……。レベル1の時の計算式は……。
(Ⅹ+Ⅹ×Y×1)×2.11+200×1=2099。
だった。前半の(Ⅹ+Ⅹ×Y×1)は900。今回は……。
(Ⅹ+Ⅹ×Y×2)×2.11+200×2=3354。
であり、前半部分は1400。差が500。
そこから割り出される答えは……基礎値が400の、成長倍率が1.25倍かしらね。
うーん、破格ね。レベル3になった時、4609なら確定ね。
そう言えばそろそろお昼時かしら。お腹も空いてきたし、昨日取ったワイルドシープのお肉を焼いて、ご飯にしましょうか。今日は時間がタイトだし、鍋を出してじっくりなんて余裕はない。適当に調味料を振りかけてから、串にぶっ刺して強火で炙る。
ワイルドな私! うーん、うーん……。鏡が手に入るまで感想は保留ね。ちなみにお肉は新鮮なままで美味しかったわ。
私は見た目が可愛い料理ならテンション上がるけど、普段は美味しいかそうでないかしかわからない。食レポは……わかんないわ!
「よし、次に行きますか!」
扉を開けると、また扉は消え無機質な声が流れる。
『条件を満たす魔物の検索……ヒット。半径2キロ以内に目的の魔物を発見。召喚シーケンスに移行します』
現れたのは……?
**********
名前:精鋭オーク兵
レベル:13
説明:オークの集落を護るオークたちの中でも強い個体だけが就ける職業。通常のオークより血気盛んで、家畜への優先権を持つ。
**********
「精鋭オーク……しかも3匹!? 勇者のスパルタ部屋レベル5で出てくるのは知っていたけど、それでも1匹のはず。それが3体とか、グランドマスター恐るべし……まぁ今のステータス、勇者の純正ステータスで言えばレベル13相当だものね。……5部屋目の敵が、もう嫌な予感しかしないわ」
ワイルドシープと同じく、突如召喚された彼らは戸惑っていたようだが、私を視界に入れると突如興奮し出した。……っていうか腰布がテント張ってない?
お楽しみの最中だったかしら?
「私のカワイさに興奮したのかしら。でもダメよ、あなたたちが手を出せるほど、私は弱い女じゃないわ」
STR、DEX、AGIの相乗効果の確認をしようかしら。
精鋭オークが反応する前に、駆け出して1体の首を切りつけた。彼らからしたら、突然私が消え、仲間の一体から鮮血が舞ったように見えただろう。私の本気のスピードは、彼らの知覚を大幅に超えてしまっていた。
「今の速度も、何となくだけれど、どの程度速くなったかわかったわ。あとは魔法のスキル上げにでも使わせてもらうわね」
炎、水、風、土、雷、氷。それら全ての属性が6つがワンセットとなり、生き残ったオークへと襲い掛かる。駆け出し冒険者では抗えない暴力の化身のような彼らも、私の高ステータスの前には手も足も出ず、3セット目が終わる頃には粒子へと変わっていた。
「ダンジョンなら素材の劣化を気にせずに戦えるから、好きに暴れられて楽しいわね」
だんだん楽しくなってきた私は、もしかしたら戦闘狂なのかも知れない。でもそんな私も、きっとカワイイわ。
宝箱を開けると、案の定というか精鋭オークセット3つに、装備していた武器が入っていた。
*********
名前:オークの鋼鉄剣2本、オークの鋼鉄短剣1本
説明:オークが作った鋼鉄製の武器。ドワーフが作るよりも品質は悪いが、一般的な鉄の剣よりも切れ味が数段高い。
*********
名前:精鋭オークの肉9個
説明:精鋭オークの肉。通常個体のオークより味が濃厚。また、精力がつくと言われている。
*********
名前:精鋭オークの睾丸3個
説明:精鋭オークの睾丸。とてもクサイ。しかし、様々な薬への素材として有名であり、高値で取引されている。でもクサイ。
*********
「わ、わーい、うれし……くっさ!!」
本気でクサイ。鼻が曲がるとは正にこの事!
精力剤ねぇ。今、女の体だし、別に使ったってしょうがな……いや待てよ? そう言えば、錬金術って現実になったこの世界ではどこまで作れてしまうのだろうか?
もしゲームで存在しないレシピが作れたとして、アレを私にはやしたり……?
うーん、もし仮に作れたとしても、取り外しが出来なきゃ意味ないわ。これも保留ね。
「……でもクサイわ。持ち帰りたいけど触りたくもない」
臭いがつかないように、ソレを土魔法で完全に包み込み、ブロックにしてからマジックバッグに放り込む。
街に帰ったら保存方法を考えないと。もしマジックバッグに臭いがついたら破棄もやむなしだわ。
『レベルが3になりました。各種上限が上昇しました』
「ステータスチェック」
*********
総戦闘力:4609(+600)
STR:568
DEX:568
VIT:568
AGI:568
INT:568
MND:882(+300)
CHR:887(+300)
称号:求道者
*********
「ああ、やっぱりさっきの計算で間違いなかったか。レベル3の時点で剣士のレベル100を超えるとはね……」
だいぶヤバいわね。勇者換算でもレベル19ちょっとってとこかしら? フフッ、だいぶ化け物ね。
「……さあ、お次は何が来るかしら!」
扉をくぐり、また無機質な声が流れる。
『条件を満たす魔物の検索……ヒット。半径15キロ以内に目的の魔物を発見。召喚シーケンスに移行します』
現れたのは……?
**********
名前:キラーアント
レベル:28
説明:坑道の奥地、翡翠の蟻塚に住まう獰猛な蟻。侵入者は見つけ次第、その強靭な顎で噛みちぎる。
**********
名前:キラーコマンダー
レベル:32
説明:翡翠の蟻塚に住まう獰猛な蟻達のまとめ役。単機はそれほどでもないが、キラーコマンダーがキラーアントの指揮に加わると、キラーアントの動きが俊敏になる。
**********
「急に強くなったわね。しかも、もう翡翠級が来るのね。……地上にこんなの出てきたら街が沈むわ。ということは、15キロ先の地底から持ってきたのかしら? でも、このステータスなら怖くないわ!」
堅い殻が相手に剣では不利。というか初期武器に切れ味を期待するのは間違い。ならここは魔法でしょ!
距離を取りながら、ひたすらに各種属性魔法を当てるゲームが始まった。
『……ああ、敵に容赦ない私もカワイイわ』
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