第009話 『その日、敵を認識した』
「まず急務は、レベル上げと学園への編入ね」
本来のゲーム史では、1年後の未来から始まる。メインストーリーは進めなくてもMMOは遊べるけれど、進めないと通行不可なエリアとかがあるので、大体はみんな進める。
その中でも最初の分岐があり、学園への入学ルートと、入学しないルートだ。
入学するにも2つルートがあり『入学金として金貨30枚用意する』か『要職に就いた貴族から、推薦状を貰って特待生として入学する』の2つになる。
MMOでは実時間とメインストーリーの時間は噛み合っておらず、好きなタイミングでイベントを進行させることが出来るため、ゆっくりお金を貯めてもいいし、コツコツクエストなどをこなして人気を得て推薦状を得るのもいい。
しかし今回は、実際に時間が動いているリアル世界のため、ゆっくりコツコツとはできない。
それに、金貨30枚は今後の活動資金に使用するため、こんなところで浪費するわけにもいかないし、それに稼げるクエストがこの街では限られてくる。
最後に次の入学試験まで1か月と少々しかない。
金貨30枚は、割と詰んでいる状況だ。なので貴族からの紹介状となるわけだが、いくらカワイイとはいえ、まだまだ名無しの根無し草だ。貴族に対する伝手がない。
しかし、ここで使える手が1つある。それは、今が正史の1年前であるということ。
本来の正史で過去1年間に起こった難事件などを、未来に持っていく事なく解決することが出来るということだ。そうすれば偉い人からの覚えも良くなるだろう。
そしてこの高いステータスがあれば、その事件の難易度がどれだけ高くとも、最初の街であることも含めて、対応していく事は難しくない。
「今この街で起きている女性の行方不明事件。しばらく帰っていないギルドマスターと副ギルド長。恐らくこの事件は、メインストーリーの件と繋がっているんでしょうね……」
1年後の正史。本来の歴史では、ゲームスタート時には最初の街は、闇ギルドの支配下になっていた。
闇ギルドは欲深い悪徳貴族の配下であり、王国西側の地方を管理している公爵家の全てを奪い取るため、この地に派遣されてきた。
悪徳貴族は、魔王復活をもくろむ魔族と結託し、己の欲望のために果てはこの国を乗っ取ろうと目論んでいる。
その手始めがここ『港町ポルト』であり、この街を拠点として資源の横流しや闇市場、資金の横領、住人の誘拐に手を伸ばした。
誘拐された女子供は、特製の隷属の首輪をはめられ、王都の『入れ替わりの早い事で有名』な娼館に連れていかれる。
副ギルド長は行方不明となった者達を探すため調査に出るが返り討ちにあい、連絡途絶。
心配になって調べ始めたギルドマスターであるメアリースも、罠にかかり悪徳貴族の手に渡り、劣悪な環境により死亡。ギルドにはメアリースの姿を真似ただけの偽物が用意された。
『港町ポルト』の領主の娘も誘拐され、領主を脅し実質の支配下に置いた闇ギルドは、公爵家の影響力を弱めていった。
同時にこの街以外でも悪徳貴族は暗躍し、公爵家は知らないうちに養分を吸い取られることになる。公爵家は手助けを受けることを条件に様々な見返りを要求され加速度的に衰退。長女は死亡し、次女を捧げる段階で主人公が関わりだす。……と、プレイヤーは割と絶望展開のなかで現れる救世主ポジションな内容だった。ちなみにその次女が最初のメインストーリーのヒロインにあたる。
そして今の段階は、副ギルド長の生死は不明だが、メアリースは罠にかかったのは2日前。まだこの街にいて救い出せる可能性が高い。
メアリースが完全にギルドから離れ、実権を握られれば、この街にいる美女や美少女は最優先で誘拐されるだろう。
実際そうなったからこそ、ゲーム開始したばかりの時は、この地域には美少女NPCは出現しないし、盗賊も多かった。納得である。
そして恐らく、今ギルドにいるクルルを含め、受付嬢も全員誘拐されていくのだろう。あの場にいたお色気でカワイイ女冒険者達もそう。
……許せないわ。あんなカワイイ子達をオモチャにして消費していくなんて。カワイイ子はオモチャにせず、カワイがって愛でる物よ。早々に潰さなきゃ。
……あ、昨日の絡まれもその一環かな? 最初の声掛けは最高にカワイイ私から? わかってるじゃない。
潰すのは勘弁してあげよう。身ぐるみ全部で許してあげるわ。
「そのためには、レベル1のままでは不安ね。魔族の手が入った闇ギルド……ステータスには不安があるし、状態異常対策も取っておきたい。このまま突撃したら私がオモチャにされかねないわ」
オモチャにされるシラユキ……見たい。絶対カワイイし、それはそれで見たいけど。
セーブ&ロードが出来たらたぶん絶対やるけど! 今の私ではそこから自力で戻れそうにないから、我慢ね。
「超特急のレベル上げ、やりますか」
冒険の準備をするために、着替えを始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
時刻は昼前、冒険者ギルドにたどり着いた。
革装備は確かに冒険者の格好ではあるのだが、正直ダメージを食らう心配はないし、いい感じのドレスとかでもいいかもしれない。
汚れても、レベルが上がれば魔法で除去出来そうだし。でもドレスの素材や相手の攻撃によっては切り裂かれるかな? それはそれでカワイイかも……考えておこう。
「あっ、シラユキさーん!」
ちょうどカウンターが空いたクルルと目が合うと、嬉しそうに手を振ってくる。ついでに尻尾もブンブンしてる。カワイイじゃない。この娘をひどい目になんて、遭わせてたまるもんですか。
掲示板の方に向いていた足が『ふら~っ』とクルルの方へと、自然と向いてしまう。
「今日はどうされたんですか?」
「北の森の討伐対象と、買取薬品の確認に来たのよ」
「それでしたらカウンターでもご案内しますよ!」
「いいのかしら、忙しいんじゃない?」
「いいんです! 何だか今日、人が少ないみたいですし」
……あれ? もしかして闇ギルドがもう動き出してる? よくギルドを見渡したら女性の割合があまりにもすくない。
気のせいであってほしいけど、あまりのんびりもしていられないかもしれない。早急にレベルを上げてしまって、今日中に仕留めておく必要がありそうね。
「なら、まずは北の森のリスト見せてもらえるかしら」
「はい、こちらになります」
クルルが『北の森』と書かれた薄い冊子をテーブルに置いた。
「北の森で危険な魔物はオークです。ゴブリンと一緒になることは滅多にないですが、女性が優先的に狙われる点は変わりません。最近入口近くでも見かけたという話を冒険者さんや商人さんから聞きます。もしかしたら、誰かが捕まったことで増えてしまったのかもしれません。……シラユキさんも気を付けてくださいね」
「オーク程度なら問題ないわ。でもありがとう、心配してくれるのね」
「い、いえ、そんな! ……余計なお世話かもしれませんが、受付嬢はみなシラユキさんの無事を祈っております」
「……ありがとう。他に獲物はいるかしら?」
「あとはフォレストウルフやワイルドシープがたまに見かけられます。あ、フォレストウルフは牙、オークは右耳が確認部位ですので、よろしくお願いします」
頷くとククルが微笑み返してくれる。撫でまわしたい。
「次に薬品の買取ということでしたが、シラユキさんが作られるんですか?」
「ええ、まだ手元にはないけれど、HPポーションと解毒薬の値段が知りたくてね。あとリト草とゲドク草の値段も知りたいわ」
「多才なんですね! リト草は3束で銅貨8枚、HPポーションは通常品質で銅貨10枚。めったに出ない高品質で銅貨20枚になります。ゲドク草は3束で銅貨10枚、解毒薬は通常品質で銅貨15枚。高品質で銅貨30枚になります」
「へぇ、薬品は高いのね」
「はい、常に品薄でして、すぐ無くなっちゃうんですよ」
「そうなのね。今は忙しいけど、手が空いたらリト草やゲドク草を買い取って薬品にして売ってもいいかしら? 原価割れしなければ多少の値下げはするわよ?」
「えっ、いいんですか!? 是非ともお願いします!」
スキル上げも出来てお金も稼げる。なんてボロイ商売ですこと。ちなみにリト草3束あれば、ポーションは2個出来る。ゲドク草も同じ。ぼろ儲けである。
……ダメなパターンの作り方をしていた場合、3束でも1個出来たり出来なかったりする場合があるけど、NPC界隈のレシピ、もしかしてそのレベルじゃないわよね……?
「それじゃ、行ってくるわね」
「はい、行ってらっしゃいませ!」
クルルに見送られギルドを離れる。行ってらっしゃいか……言われると心地良いものなのね。
ギルドを出てしばらく進むと野暮ったい男の声がした。
「あ、姐さん! 待ってくれ!」
聞き覚えはある気がするけど、声がカワイくないから知らない人ね。
「シラユキの姐さん! 頼む、話を聞いてくれ!」
名前を呼ばれたからには止まらざるを得ない。振り返ろうとしたが、その前に声の主が前に立ちはだかった。誰かと思えば、昨日吹っ飛ばした男だった。
「今急いでいるの、邪魔しないでちょうだい。それともまた、吹っ飛ばされたいのかしら?」
「あいや、その……先日は大変失礼しました! 姐さんの美しさに声をかけずにはいられなくて……」
「ふぅん、そ、それで? 急ぐ私を引き止める用件は、それだけかしら?」
下らないこと言い始めたら問答無用で引っ叩くつもりだったけど、美しい、ね。……少しは話を聞いてあげても良くってよ?
「あ、そうでした。……実はここだけの話、この街は今、闇ギルドの奴らが手を伸ばしてるんです。それで今、美しい姐さんが優先ターゲットになってまして……」
「知ってるわ。それに私の見立てでは、貴方もそのギルドの一員だったと思ったのだけれど」
「えぇっ!? さ、さすが姐さん。お詳しい……。実は自分は数日前に闇ギルドに誘われた口なのですが、姐さんの強烈なビンタで目が覚めまして、足を洗ったんです」
そう言って照れたのか頬をかいた。……どうやらウソを言ってるようにも見えないし、本当に懐かれてしまったみたい。調教師のスキルを使ったせいかしら?
なんだかちょっとカワイく見えなくもないわね? ……彼に対する評価を少し改めましょうか。
「そう……でも私、闇ギルドに用があるのよ。貴方たち、先日ギルドマスターを攫ったんでしょう?」
「そんなことまで……! その通りです。さすが姐さん、すげえぜ……!」
「そしてこれから、この街の女の子をどんどん連れていくつもりなのでしょう? そんな横暴見過ごせないわ。私はこれから北の森に行きます。日暮れ前には戻るでしょう。彼らにはそう伝えてきなさい」
「ま、まさか待ち構えるんですか?」
「そうよ。その後本部も叩きに行くわ。……まさかあなた、私がたかだか十数人に囲まれた程度で負けると思っているのかしら?」
「あ、姐さんマジですげえや……! 姐さんは逃げも隠れもしねえ! きちんと奴らに伝えてきます!」
「よろしくね」
自身の胸に拳をドンっと叩き、ニカっと笑ってみせた彼は街の奥へと駆け出していく。やっぱり闇ギルドの本拠はあの方向か……と思いながら、ふと先ほどの男について思案する。
「そういえば、あの男の名前、知らないわね。昨日見はしたけど、もう覚えてないわ」
まぁ、機会があれば
さて、思わぬ収穫も得た。明確な敵対意思も示せた。あとはやってのけるだけだ。
私は門番にも行き先を告げ、北の森へと足を進めた。
『……ああ、目に熱がこもる私も、カワイイわね』
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