第008話 『その日、目的が決まった』
社会に出たとき、俺は一人だった。親とは疎遠で一人暮らし。親しい友人もおらず、恋人もいない。特にこれといった趣味もなく、大学を出たらすぐに大手の会社へと就職した。
幸い要領はよかったようで、仕事に関しては何の問題もなくこなすことが出来た。人間関係だけはよくわからなかったが。
そして金を使うような趣味もなく、ただ生きていくために金を集める。目的も目標もなく、それだけの理由で仕事をしていた。
そんな中、有り余る金の使い方がわからず、試しにギャンブルに手を出した。といっても宝くじだが。
そして何の因果か当選してしまい、大金が転がり込んだ。もしもそこで、気を良くして深みにはまれば、また別の道に進んだのかもしれないが……当の俺は困惑した。今ですら金の使い道が無いのに、多少の贅沢では使いきれない金銭が手元にあるのだ。
俺は会社を辞めた。特に続ける理由が無くなったからだ。これ以上金が増えても困るということで、ギャンブルからも手を引いた。
そしていくつかの月日が過ぎ、新しい趣味を模索している中、とある広告が目についた。フルダイブ型のMMORPG『ワールド オブ エピローグ』の広告だった。
ゲームは子供の頃にハマっていたが、いつしか手を出さなくなった。理由はなんだっただろうか? 忘れてしまった。
そんな俺が気になったのは、この文面だ。
『課金することで自分自身のアバターの性別、声質、体格、細部に至るまで、自由自在に!』
俺は、他人に興味はなかったが、自分自身にはもっと興味がなかった。そして、異性に多少の興味はあれど、執着したことがないことに焦りもあった。
このどうでも良い殻を脱ぎ捨て、自分だけの新しい異性を創造できる。その事実に、俺は心を動かされた。
さっそく俺は行動を起こした。ゲームをするにあたり必要な物は全て購入した。早速作成に取り掛かろう! そう意気込んではみたものの、自分が心を動かされる異性とはどんなものか、全く想像がつかなかった。
俺は困り果てた。そもそも自分が気になる異性とは、どんな存在なのか。そこから調べなければいけなかった。
俺は調べることになりふり構わなかった。年代は10代、20代、30代で。様々なジャンルを国内のアイドルの写真集、海外の有名な写真集、イメージビデオ、果てはゲームキャラクターの設定集など、ありとあらゆる女性の画集、映像を購入した。
全てを読破し、何度も見返し、観察し、これはと思うパーツや仕草をメモに残し、ゲームを起動した。
そしてすべての項目を変更できるよう課金をし、キャラ作りに取り掛かった。
必要なパーツは全てメモに残してある。作成には大して時間は必要なかった。
「出来たぞ! ……?」
そこには奇妙なナニカが出来上がっていた。
「……なんだこれは。本当に女か? ……いや、そもそも人間か? ……これは、生物としてどうなんだ?」
どう評価しても奇形のクリーチャーだった。
「くっ……削除だ!」
人生初の作品がクリーチャーとはな……妙に自信満々で作成したものの、どうやら俺にはセンスがないようだ。今まで『女性』という生き物に執着をしてこなかったせいか、体のバランスなんて理解していなかった。
「無知のままでは理想は作れないか。……まずは練習だな」
次に俺は集めた資料をもとに、ジャンルと年齢帯ごとにベスト5を作り、それぞれの女性を見よう見まねでアバターを作成して経験値を積むことにした。
全てのベスト5を作り終え、リストに保管し並べる。作成したアバター情報を一時的に保存するための項目だ。もちろん課金でリストは限界値まで増やした。
改めて作ったアバターを見ると、そこには美少女から美女まで、様々な女性が並んでいた。
どの女性も何かしら俺自身が良いと思った女性だった。明確に何が良かったのかよくわからないが、感じ入る部分があった女性も中にはあった。
今まで興味を持っていなかったはずの『異性』も、ここまで並ぶと多少の感慨があった。……パーツだけ集めたクリーチャーとは大違いだな。
あれも参考までに残しておくべきだったか? いや、あれは精神に多大なダメージが入る。残していては俺の心がもたない。
その後はひたすらアバターを作っては修正し、作っては修正を繰り返した。食事とトイレ以外は、常にアバター作成に携わっていた。
この時の俺は少しおかしかったのかもしれない。最後には寝ずの3日なども経験し、『彼女』が完成していた時、俺は果たして正気を保てていたのだろうか。
完成した『彼女』は、二度とゼロからの作成は不可能だろうと感じた。やはりどこかおかしかったのだろう。
「出来たぞ……ああ、感慨深い。君こそ、俺が求めていた女性だ。なんて美しさだ! まるで女神だな! ……いや、彼女を表す言葉はそんなものでは足りない。自分の語彙力のなさが恨めしい! だが……そうだな」
写真集から飛び出してきたような女性アバター達、彼女を作り上げる過程に出来た100体以上のプロトタイプ達、その全てを一つ一つ、細部まで確認し、改めて『彼女』を見る。
「……やはり、うちの娘が一番カワイイな」
『彼女』以外、すべてのアバターを削除する。声質は、特に考えていなかったのだが、彼女の姿を見て、自然と決まった。
ゲームをスタートし、『彼女』の名前を決めるところから始まった。名前は、『彼女』に決めたときから決まっていた。
「君は世界一美しく、世界一カワイイ。君の名前は白雪だ。……むっ、漢字は駄目? 課金でも漢字が許されないだと!? ……やれやれ、仕方ない、君の名はシラユキだ、これから宜しくな」
余談だが、その後のバージョンアップで極東地域が追加された際、キャラクター名に漢字の使用が許された時は軽くキレそうになった。
しかし、その時点でもう「シラユキ」は「シラユキ」であったため、変更する気は全くなかったのだが。
『彼女』……シラユキでゲームを始めてからは、世界に色がついたように感じた。そうすると、一切の興味をもなかった他の人間……アバターではあるが、それに対して無機質な感情ではなく、カワイイかどうかの情動を抱くようになったのだ。
まぁ、ウチのシラユキが一番カワイイのは間違いないのだが。シラユキのカワイイが分かるからこそ、他のカワイイも理解できるようになった……ということだろうか。
それからはシラユキのカワイさを輝かせるため、まずは見た目から磨いた。欲しい装備をデコレーションし、着飾っていくが、何かが物足りなかった。いや、正確には一部の要素が邪魔をしていた。
そう、『俺』が邪魔だった。シラユキを彩る中で『俺』という存在が邪魔をしていた。いくら外面を良くしても、中身が『俺』なのではイイ物も悪くなる。
そう思った『俺』は、シラユキの仮面を被ることにした。シラユキが何を考え、何を思い、何を感じて生きているか。それを考えている内に、自然と言葉遣いも考え方も、別の物に切り替わった。
その日から『俺』は『私』になった。『私』が産まれた。
そこからは常に最高のカワイイを目指した。時にはスランプもあれば、停滞もしたが、『私』には苦楽を共にする仲間……友人が出来始めた。
なぜか皆、私を初めて見ると「キレイだ」と褒めてくる。違う違う! 確かに私はキレイだけれど、それ以上にカワイイでしょうに。
でも、自分からそれを言うのは、なんだか間違っている気がした。仕方なく私は、皆を誘導させるために他の人のカワイイ部分を褒めた。勿論本心からだ。カワイく見せるために、他の人のデコレートもし始めた。
そうしているうちに、私の琴線を理解したのか、皆が私をカワイイと言ってくれるようになった。とてもうれしかった。
ハルト、ミーシャ、ミキ、サキ、他にもたくさん……かけがえのない仲間たち。
沢山の人たちに囲まれても、やはりシラユキが一番カワイかった。
みんなが『私』を見てカワイイと言ってくれる。
みんなが『私』を褒め称えてくれる。
いつからだろうか? 『私』ではない『彼女』が、そばにいると感じるようになったのは。
『彼女』がそばにいないと、落ち着かなくなったのは。
『彼女』のいないリアルが、空虚な白黒世界に見え始めたのは。
『私』は、『彼女』がいない世界なんて、考えられなくなっていた。
『私』が死ぬとき、『彼女』はどうなってしまうのだろう。
『彼女』が死ぬとき、『私』はどうなってしまうのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
知らない天井が見える。
「シラユキの夢、か。ああ、夢の中のシラユキも、やっぱりカワイイな……」
むくりと起き上がると、鏡に映る私がいた。白のスケスケのベビードール。下着はつけてるが、薄着だったので少し肌寒い。
インナーや革装備は鏡の前で散らかっていた。鏡の私と対面した後、ファッションショーをしたんだっけ。
着るものは少なかったので、ポージングでバリエーションを増やした。革装備のお尻の破壊力は凄かった。ベビードールとはまた違う色気を感じた私は、しばらく興奮が収まらなかった。
下着なしのインナーのみというのも、またヤバかった。語彙力がヤバくなるレベルでヤバかった。……興奮しすぎて、下着を含めてまた身体を洗うことになったが。
ホテルのオジサマが食事に呼んできてくれたが、ベビードールで対応してしまった。店に来た時以上にオジサマがフリーズしてしまったので、ようやく私は自分の格好に気付いた。
迂闊だったが、カワイさを褒めてくれた上にこの服もくれるというのでありがたく頂戴した。というか褒めてもらった嬉しさで羞恥心はどこかに飛んでった。我ながら単純だと思う。
寝る前も考えていたが、これからどうするか。あの夢は、『私』の原点だ。やっぱり『俺』と、『私』の原点は、シラユキなのだ。
シラユキの居ない世界に色がつかないように、シラユキが居ない世界なんて考えられない。今は私がシラユキだけれど、本来のシラユキは『彼女』だ。
私が今一番求めている物。……うん、シラユキ。
私は今……いいえ。常にシラユキを欲している。
それを考えると……うん、目的は決まった。
「……この世界でもシラユキを造ろう」
今、やりたいことを口に出すと、すとんと自分の中に染み込んだのを感じた。
ほんとうに私、シラユキの事大好きなんだものね。
「シラユキを思いっきり抱きしめる。そしていっぱい愛でる! いっぱいキスする! いっぱいイチャイチャする!!」
欲望もそのまま口に出す。気合は十分溜まった。あとはその目標を達成するのに必要なものを昨日買った羊皮紙に残そう。
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☆目標☆ シラユキを抱きしめる
☆課題☆ 特級ホムンクルスの作成
☆必要な素材☆
①:覇龍の魔核
②:ジュエリージェムジュース
③:アラウルネの花びら
④:天上の聖杯
⑤:ヴラドブラッド
⑥:シラユキの生体データ
⑦:精霊の抜け殻
☆必要生産スキル☆
錬金術スキル73
調合スキル58
鍛冶スキル48
☆特記事項☆
ハイクオリティ品での作成
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「こんなところね。①と②と⑤は魔物の討伐。コレは王国付近を拠点にすれば、いずれ達成出来る」
①の覇龍は実装初期の隠しボス。今のステータスでは歯が立たないが、王国で活動すればなんとでもなる……はず。
②のジュエリージェムジュースは、特殊なスライムのレアドロップだ。王国近辺のダンジョン奥にいたはず。
⑤のヴラドブラッドは読んで字のごとく吸血鬼の血塊。王国近辺に何体か居たはず。シラユキの糧にしてあげるわ。光栄に思いなさい。
「③、④、⑦は王都の学園に入れば、その入手までの時間が短縮できそう。特に④は生産スキルでの作成だし、スキル上げの環境のためにも、学園への入学は必須ね」
学園への入学方法を考えないといけない。今日が2月13日。3月中旬の入試試験には十分間に合う。
「⑥は言うまでもないわね。私の毛髪とかで十分でしょ」
……毛髪で足りない場合何を入れればいいのかしら。爪とか? 唾液とか? ……ラ、ラ〇ジュースとか?
まあその辺も、学園で調べればわかるでしょ。たぶん。
「特記事項は一番大事ね。シラユキの身体に中途半端や不完全、妥協は一切許されない。完璧に仕上げてみせるわ」
目的は決まった。あとは動き出すまでよ。
『……頑張る私も、ステキでカワイイわ』
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