第5章 焔神・轟臨-4
ぽろりと漏れる声=リキを除いた8人にも伝達される。
「センター? それがあなたの名前?」
警戒+困惑+畏怖+虚栄=ピカト・ライファの鋭い声。対して気軽にセンターは頷いた。
「そうだよ。流石にそれ以上は教えられないけどね……っと」
虚空をさまようセンターの視線──ネフィリムを通り越して輸送機のファンドラへ=ウインク。
「へっ?」
捕捉されたファンドラ──何を見ているんだ? と背筋を悪寒が這い昇る感覚に震えが止まらず/誤魔化すように口を開く。
「それで、どうやって手助けをする。こんな状況で」
もう1分もすればグリゴリが地上に到達するのは目に見えている。もう少し早ければ手立ては多かっただろうに──助っ人へ冷たい視線×7。
「あはは。統合国家の神機に見つかりたくなかったからギリギリを狙ったんだよ。でも、そうだね、黒色の君と虹色の君がいれば倒せたはずなんだけど」
一斉に醒者の顔に浮かぶ疑い+驚き+呆れ+期待=責めるような視線──それこそ早く来て言ってくれよ。
「どうやるのかしら。教えてくれない」
詰め寄るピカト・ライファ──一刻も早くこんな状況から逃れたいと目が座っている。
「そうだね、じゃあ君と君、手伝って。他の人は少し離れていた方がいい」
指名されたピカト・ライファとシシェーレ──なぜか逆らい難いものを感じてセンターの側に寄り、他の醒者は遠ざかる。センター──軽く微笑して4人に告げる。
「黄光のあなたは黒光の彼を、藍光の君は虹光の彼女を守ってあげて。その瞬間は無防備になるから。それで、虹光の君が一番大事だ。君の光ならあの焔の星の光にも届くから。その剣で撃ち出すんだよ。それと黒光の君は虹光に光を乗せるんだ。うん、君たちは、自分の光が本当は何なのかを知る時が来たんだよ」
センターが撫でるようにイリスとケルケオン、シシェーレとピカト・ライファに触れる。それだけで4人には世界が一変して見えた。
自らの内から湧き上がる光の源は高次元から射しこんでいる太陽のような熱源で3次元世界に見えるのはそれが落とす影にしかすぎず人の身で光を使えるのはどれほどの奇蹟であるのかしかしそれは地上に降りてきたネフィリムやグリゴリも同じでバランスを崩せば消えてしまう光に過ぎず──
言われた本人にも全く把握しかねる感覚──しかしやるべき事ははっきり理解した。
イリスとケルケオンが並んで中心に。シシェーレとピカト・ライファは2人の両脇に。4人を守るようにその背後にセンターが立つ。
イリス──透光剣・カレイドスコープに虹光を流し込んでいく。
ケルケオン──手の内に光を溜めながらカレイドスコープの刀身に軽く触れる。
シシェーレ──ケルケオンとセンターに注意しながらもイリスの側に立ち、藍光をその手の内に込める。
ピカト・ライファ──背中でケルケオンに触れ、両手を軽く握り前に出す。
イリス+ケルケオン=黒光がカレイドスコープを包む/虹光が孵化するように黒光を破る──虹色の中に黒色が混ざり8色の虹となって剣身から溢れ出した。暴走するかのようにのたうち回る光の奔流=うねるように周囲を襲う八岐の竜のよう。光の圧力に耐えきれずカレイドスコープに亀裂が入る。
背後から見知らぬ光が暴れているシシェーレとピカト・ライファ──この光に飲み込まれて死んでしまわないかと気が気でない。
その心配はいらないと白銀の光が4人を包み込む。
「そう、狙いは真っ直ぐ。心を預けて、正面だけを見て」
誰にともなく呟くように、それでいて慈悲の声音を持った少年のいと優しき声=まるで救世主のよう。その光を超えて、イリスとケルケオンの視線の先には地面に触れようとしているグリゴリの頭だけ。
イリスの意思=終わらせる/守る──全てを投げうつように/意思を束ねるように/天へ弓引くように──虹光が発射された。
止まらぬ鼓動が発する熱波の膜を突き抜けて/地獄すらも焼き尽くすような焔熱を斬り裂いて/神を神とする白と赤の光を超えて──虹の光がグリゴリの胸部から上を削り取る。頭部どころではなく、発射と同時に空間そのものが消失したという結果を生じさせた光は直線を保ったままグリゴリを遥かに越えて灰雲に突き立った。
赤子が泣いているように聞こえる声はグリゴリの悲鳴なのか。瞬間の静寂──神機の真紅光砲&エスタスの檸檬光刃&ペブルの翠光&フェンの赤光の爆発がネフィリムを完全に撃滅せしめる。
しかし4人には届いていない。白銀光は消えいつの間にかセンターが去って、それ以上の衝撃が彼らを包んでいる。
灰雲が割れた。無窮の光、雨の間隙、翼の梯子、天使の欠片。事象の地平を越えて射し込んだ光は太陽のものではなかった。白とすら見えぬ眩いばかりの純然たる神光だった。
その深奥に覗く、ちらと動く影。それがネフィリムなのかも分からぬうちに光が落ちた。
虹光が穿った線を直線に降り注ぐ神光が4人の醒者を包み込む。一瞬の出来事に反応できず/反応する間もなく灰雲は閉じて神光は消える。身体に変わったところも無く、神光が何らかの変化をもたらしたとも思えない。それでも眼が醒めたような世界が圧倒的に変わってしまったような奇妙な感覚が身体にへばりついて取れない。
周囲を見れば未だ冷めやらぬ大地に安全な場所は足が踏んでいるところのみで、グリゴリの直上だった場所は地面が抉れ融け出した土が赤熱の沼を作っている。地平線までを見回してもネフィリムのビームやグリゴリの熱波で生命が根絶された世界だけが残っているのみ。3人+1人+4人の醒者は人類の痕跡が溶け去った大地に立っていた。
空には既に神機の影も無い。恐る恐るといった速度でペブルとファンドラを乗せた輸送機が近づいてくる。
「姉さん、大丈夫?!」
しんみりした雰囲気をぶち破る声=ペブル。戦場で離れ離れになる不安の裏返しがリキ以外のヘッドセットを揺らす。
「声が大きいぞ」
呆れ半分安堵半分の声でリップルが返す。ほっとした吐息が伝わってくる。
ふと隣を見たシシェーレは気づいた。イリスが自分の腕に腕を絡めていることに。もう片方の手から刀身が内側から破裂したカレイドスコープが落ちる。
自分とイリスのヘッドセットを外し、シシェーレは小さな声でその耳に囁いた。
「大丈夫です。もう、どこにも行きませんよ」
びくりと身体が跳ねるイリス──我慢の限界と力が抜けて膝から崩れ落ちる。シシェーレを掴んだ腕だけが唯一の支え。
「え? え? 大丈夫──ですか?!」
慌てて抱きかかえるシシェーレに身体を預け、イリスは心地よさそうに瞼を閉じた。
他の醒者はそんな2人を微笑ましいものだと見ている。
輸送機が地平線の向こうから姿を現した。
***
グリゴリの撃滅から2時間後。取り急ぎの報告を受け記録映像を確認したアリマ・マツダはほっと一息ついていた。まずは人類の危機が去ったことに感謝し、それを為した醒者たちに褒賞でも与えようかと思案する。それだけのことをやってのけたのだと認識させると共に、彼らに休息を取らせるためでもあった。予備戦力として、並みの力を持つ醒者を既に応援として呼んである。イリスやケルケオンほどの醒者は、たとえグリゴリの襲来といえど、どの都市も手放さない。通常のネフィリムに対応できる醒者が精いっぱいだ。
だが、これ以上のグリゴリが来ないのであればそれで充分。彼らは初の出撃以来に死を覚悟しただろう。ここで出撃させては変なトラウマが植え付けられてしまうかもしれない。まだ、今回の出撃の影響も分かっていないのに──である。
しかし、現状で不安もある。黒と虹の光が混ざったのはまだいい。醒者のことなど40年以上の研究でも正体が分からないのだ。いまさら少しの情報が入ったところで彼らの扱いが変わるわけではない。だが、その光が灰雲へと突き刺さり雲の向こう側へと貫通したことは非常にまずい。とても、いち醒者の技としておくわけにはいかない。
未だ以って解明されていない、人類から空と太陽とその向こうの宇宙を奪った灰雲を突破する手段があると知れれば、その秘密を明らかにするほか無くなってしまう。ただでさえ負担の多い醒者にこれ以上負荷をかけていいのか──
だが、負担をかけざるを得ないこともある。
灰雲の向こうから降り注いだ神光。それを直接浴びた4人に起きた変化は、その作用も含めて必ず突き止めねばなるまい。今後産まれ落ちる醒者、いつか辿りつくであろう灰雲の上、この地球の行く末に掛けて。
そして、そのキーとなるのがセンター・キファだ。
白銀の醒者、センター・キファとはノルグの紹介で一度だけ会ったことがある。自分の子供ほどの相手なのに、なぜかこれまで醒者を相手にしたときでさえ出なかった恐怖を感じたものだ。信神教会にいる未登録の醒者。そして、過去より現在までアリマ・マツダが見てきた中で最大の力を持った醒者と言っていい。
その本名は暁を意味する神の名。いつか、共に地球を救うことになって欲しいと考えている。
そして、その思考の連想から思い出した。彼の親玉と話すことがある。
1人きりの自室でかつてスマートフォンと呼ばれた電話機を手に、アリマ・マツダはイビリーヒスィ・ノルグと話しこんでいた。互いに目の前の心配事も消えて軽い雰囲気である。
「ああ、助かったよ。いくら醒者が俺の管理下にあるとはいえ別の企業に借りを作りたくはなかったのでな。これから大変な時期になる」
『お前が引っ掻き回すのだろう? いやなに、巻き込まないでくれればいい。それなら例の件、よろしく頼むよ』
「それはお前のところがどれだけ恨まれているかで変わるがな。しかし醒者が欲しいだと、まあ無理難題を押し付けおって。半年は待て」
『仕方ないさ。我らが白銀の醒者様の要望だ。だが、勝手にそちらから来る分にはいいだろう?』
「人間工場の時に何か仕込んだな。……いや、いい。だが半年だ。それまではこちらの元に置いておくぞ」
『充分だとも』
気楽な調子で核弾頭の数十機にも匹敵する醒者の扱いを決めている。当人──どころか司令部や管理部、ひいては連合企業全体からしてみればたまったものではない。それでも醒者を管理する最高決定権を彼が持っている限り、いかなる形になろうとそれは成し遂げられる。
「ノルグよ、共に歩む選択肢は無いのか?」
ぽつりとアリマ・マツダが漏らした。それは聞きようによっては弱音にも思えた。
『アーリマ。お前はお前の道を、俺は俺の道を。そう決めたから俺は教会を作った。一緒にいると決めていたならセフィラとクリファは俺が管理していた。そうだろう? でもね、道は違えど目指す地点は同じ。だからたまに手を取り合っていられる』
「……そうだったな。俺たちはそれぞれのやり方で人類を救済する」
『その道が重なることになれば、いつかは隣を歩くかもしれないがね』
「そうなることを祈っているよ」
通話を終えたアリマ・マツダはふっと息を吐いた。友人と呼ぶにはもっと深い関係。同盟者、戦友、好敵手。ある程度は妥協できるが決して触れ合うことはない相手だ。しかし、そんな関係だからこそ感じられる心地よさもある。
「もう少し、近くにいてもいいのだがな……」
その言葉は、この男には珍しく寂しさを秘めていた。
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