第5章 焔神・轟臨-1

 連合企業の地底都市、エウロペ十二。エウロペシリーズでも一番端にある都市の、さらに一番端のアトラースの柱の1つ。その建物はいつもと変わって緊張が支配していた。

 アリマ・マツダが告げたグリゴリという言葉。それだけで、世界を背負ったアトラースと同じ重荷を背負ったのだ。

 司令部と呼称されている建造物だが、作戦の指揮を執り醒者のモニタをする場所という意味での司令部も存在する。通常の出撃では醒者が独自の判断で行動をとり、またそれで済むためにモニタだけに使われている。しかし今回の出撃は違う。グリゴリという埒外の敵に対して対応を崩さぬよう、常に指示を出せる態勢を整えている。

「これから作戦概要を説明する」

 司令部に集められた醒者は10人。

 漣波の醒者リップル・アースウィと砂礫の醒者ペブル・アースウィ。

 剛力の醒者ピカト・ライファ・アースウィと反転の醒者ケルケオン・アースウィ。

 闘技の醒者リキ・アースウィと刀の醒者エスタス・アースウィ。

 灰燼の醒者フェン・アースウィ。

 音の醒者ファンドラ・アースウィ。

 虹の醒者イリス・アースウィ。

 そして武勇の醒者シシェーレ・アースウィ。

 この都市にいる現役で稼働している醒者の全員だ。直接醒者が集められたのは、ここ数年で1度もなかった。つまり、これから行われる作戦はそれだけの人員を以ってかかる必要があるということ。

 インステル・アルト=カーディナルは目の前に並んだ醒者に畏怖の眼差しを送る。ここにいる者だけでいったいどれだけの戦力だろうか。そして、彼らの前に待っている破壊がどれだけになるだろうか。シミュレーションでは戦力は充分。しかし、それはこれまでのグリゴリと比較しての話だ。

 この中で、グリゴリの襲来を実際に目の当たりにしたことがあるのは、インステル自身にフェン・アースウィとエスタス・アースウィのみ。グリゴリの襲来はネフィリムに比べ極端に少なく、年単位で間が空くこともままある。最初がネフィリム襲来の翌年、41年前。最近では18年前にエウロペで、10年前と4年前にアメリカで。ここにいる醒者の中で戦闘に参加したのはエスタスのみだ。

 この数日間、その恐ろしさを記録映像で体験させたとはいえ、現実にグリゴリを前にした時の畏怖感まで再現しているわけではない。ネフィリム以上の畏怖を抱かせる相手に対峙することに、どれほど力がいることだろう。

 震えをこらえつつインステルは作戦の計画書を読み上げる。

「本作戦の撃滅対象はグリゴリ。ネフィリムの上位個体であり、全身から炎熱を噴き上げ他のネフィリムを統率する、ネフィリム以上に脅威となる存在である。これを撃滅せしめることこそ地球の未来となる。また、いかなる犠牲を出すとしても必ず作戦を成功させるべし。とはいえ醒者を失うことでも未来への道は狭くなる。各員必ず生還すべし。

 なお、作戦に際してアリマ・マツダからの伝言がある。──『これからお前たちの前にはどこからか援軍が現れる。その正体は決して不明である。だが、地球を守るための味方には違いない。協力はしなくていいが、決して邪魔だけはするなよ』。以上」

 読み上げた本人でさえ疑問を顔に浮かべている。しかしおおよその想像はついているからか諦めをも表情が語っている。

 それは醒者も同じだ。裏側の事情を知っているファンドラは苦笑を隠し、シシェーレは露骨に嫌な顔をする。長く醒者をやっているピカト・ライファ、リキ、エスタス、フェンも反応は似たようなもの。世情に疎いイリスと若者のリップルとペブルだけが首をひねっている。

「あまり大きな声では言えないが、別の組織の手を借りることもあるということだ。特にグリゴリは全ての組織団体から忌避されている。それだけの危機、ということを理解してくれればそれでいい。ただし、援軍とはいっても彼らには連合企業と争う理由がある。下手なことはしないでくれよ」

 彼らを見かねてインステルが付け足す。余計なことをして刺激しなければいいが、と早くも内心で頭を抱えている。

「以上だが、何か質問はあるか」

 そんな心中を察してか、誰からも声は上がらない。ここでいくら話を重ねたとしても現実にそれを見なければ何もできないと悟っているのだ。

 もう一度インステルは全員を見回す。普段よりも緊張した顔に何となく満足を覚えて、それをかき消すように声を張り上げた。

「出撃!」

 インステルの号令で全員が動きだす。格納庫は司令部の1階層上。3機の大型輸送機に分かれて搭乗し地上を目指す。さらに1機が予備や物資運搬で後を追い、合計4機がグリゴリ撃滅に向かっていく。

 その3番機の中。妙に互いのことを意識している2人がいた。

 シシェーレとイリスである。

 隣の席に座っているが互いに視線が交差しないように、それでも相手の顔をちらちらと窺っている。どちらも意識しあっているのは明らかなのに雰囲気がもどかしい。それは同乗しているフェン・アースウィにも痛いほど伝わってきている。

「熱い……」

 2人に聞こえる声で言うが、肝心の2人には伝わっている様子はない。そもそも2人以外のものを情報として認識しているのかさえ不明だ。

「死亡フラグ……は口に出さなければいいんだっけね……」

 うんざりした口調だが、2人を見守るような視線を投げかけている。その奥で作戦の概要を思い返している。

(今回の要はイリスとケルケオン。2人がグリゴリを倒すまでの時間稼ぎをすればいい。増援については……なんだろうね。統合国家やどっかの宗教団体の醒者でも来るんだろうけど……虹や反転と同程度の力を持った醒者が近くにいたかね。無尽の醒者、朱華の醒者、侵食の醒者、くらいかね。でも統合国家のどこにいるかは非公開だし……アメリカやアフリカは遠いし……。これなら連合企業からも応援を出してもらえば良かったんじゃないかね)

 それとも応援が来ることを前提としていて、他の目に触れさせたくないのか。

 だが、それは別としてイリスとケルケオンだけで充分なのではと思うこともある。

 フェンも記録以上に詳しいことは知らない。しかし、醒者の力は世代を経るごとに強くなっていることは確かだ。砂礫と漣波、それに虹と反転。単なる力押しの力から光を扱えるようになってきている。

 そんな最新の世代が4人もこの都市に集まっているのは果たして偶然なのだろうか。それに、5~10歳ほどの育成途中の醒者もここの司令部には存在する。

(陰謀……というよりも何かの計画かしらね)

 自分は第1世代半ばの醒者だ。エスタスや引退したリステロは第1世代。リキやファンドラは第2世代。イリスやリップルとペブルのようにまだ少年・青年期の第3世代はそれなりに数が多い。万遍なくいる……と言うには絶対数が少なすぎる。それに、単純に醒者の発見数が増えているだけかもしれない。そもそも醒者の研究自体が進んでないから、何を言っても憶測にしかならないのだ。

(そんな中で恋愛というのは、珍しいというか研究対象というかね……)

 聞いた話では初恋同士。イリスは環境からして仕方ないとはいえシシェーレという男があの年齢になって色恋沙汰を発症していなかったのは意外だ。

(まあ醒者の力を持っているってことは、一般人とは違うってことだしね)

 身体だけではない。その精神性も純粋な人とは違う。ネフィリムと戦い修練を重ねていくうちにヒトとしての心は擦り切れただの武器とそれを握る手のように、自分が道具にしか思えなくなっていく。いつか殺されるのではないか。誰かを殺すのではないかという恐怖が心をすり潰していく。それが嫌で引退したリステロは、よくやったものだ。

(思い出すよ、あの日々を)

 ネフィリムになると迫害され若いうちに殺されていった仲間も多い。戦って死んでも安堵の目しか向けられない。その死体でさえいつ動き出し襲ってくるのかと怯えられ灰すら残らぬほどに焼却される。

 それこそ、今のように巨大な組織の庇護が無ければ人類はネフィリムに滅ぼされるよりも先に醒者や自身の子供たちを殺し尽くしていただろう。

 自分もそうだ。光る子供を育ててくれた親がいて、何気なくしていた行為が才能に結びついて、無理に自分を追い込むところまでしていなければ醒者に倒される側にいただろう。──まあ、いつでも殺せる準備はできていたと実の親に告げられた日は反抗期に入ってやろうかと思っていたけれど。それも懐かしい思い出。醒者にしては珍しく交流は今でもある。

 ある程度安定していた国に裕福な親の下で育ったから良かったけど、そうでない環境で育てばネフィリムになる前に殺される可能性は大きくなる。中には政府が強制的に神子を徴収する国もあったが、大半は神化を止められなかったらしい。そもそも第1世代は神化を止める方法が分からなかった時期でもあるし。

 まあ、第1世代の醒者は、偶然生き残ったとしか言いようがない。

 だからこそ醒者同士でくっついているのを見ると平和になったものだと実感する。末永くお幸せに……と言いたいところだけど、現状はその逆。夫婦2人でパートナーになってネフィリム退治に駆り出される未来しか残っていない。

 いや、イリスだけは逃れる方法があるか、と思うフェンの耳に指令が入る。

『これより醒者を配置につける。各員準備せよ』

 輸送機が降下し、破壊によって遮るものが無くなったかつて街だった荒野に着地。醒者たちがポイントを確認し持ち場につく。それぞれ間隔を離してどこから降りてきても対処できるように待機。輸送機は離れた場所へ移動する。

「そろそろか……」

 エスタスが上を向いて独り言つ。ヘッドセットを通して会話は共有され、全員の間に緊張が走る。空にはまだ何もない。だが、重苦しい圧力という予感は全員が感じていた。

 全員が光を身に纏い、ある者は武器を構え、ある者は手を広げ、ある者は自然体で立っている。

 誰もが空を見つめてその時を待つ。焔の神を弑する時を。

 そして、世界が光を受け入れる。

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