第4章 天道・夢想-5

 アナウンスが統合国家の空港に到着したことを報せる。連合企業と統合国家の間に商交はあるし、ネフィリムが出ないと予測される時間ならば外に出ることも可能だ。ただし、裏から行くならばネフィリムが出ている時を狙うのが一番いい。醒者とネフィリムの他に地上に出ているものがいない以上、誰かに見られる心配もない。

 統合国家の空港に入ると、まず司令部の格納庫とは程遠い様相をした天井が見える。あくまで武器・兵器の安置場所である実用一辺倒な場所とは違い、かつてあった青空を再現するために光が射し込むライトを使い、大人数が利用することを前提とした大きさの造りになっている。 見上げるばかりに広さが意識されるし、そこかしこに広告が存在しないことは少し珍しい。

 発着場を出て一同は進む。早歩きで行進する一団は人の目が存在しない整備路等の裏の道を進む。空港を出てもそれは同じだ。一般の民衆が過ごしている区画の一つ下の区画は各種インフラを整備・管理する場所。ご丁寧に有人の送迎車が待っていた。

「統合国家へようこそ。ここからは私が案内を致します」

 造り笑顔の挨拶に誰も表情を動かさない。一同は送迎車に乗り込み、幾度も道を曲がり進むこと数十分、目的地に到着する。引き続き運転手が案内を務め送迎車を出て上に向かう。

 建物の地階を経由して地上に出ると、真っ白な光が青色を伴って天井の向こう側から降り注ぎ過去の再現をしていた。それは連合企業のものよりも若干の黄色みがあって、慣れる間もなく連合企業に戻るだろう。

 すぐに別の大きな建物の中へ入る。今度は地上階だけを進んで人の目も気にしていない。通り過ぎる人も1、2人しかおらず、こちらを注視することもなく一瞥しただけで去っていく。事務員のような案内人とパンクファッションの女性を先頭にしたいかつい男性複数という光景はここではありふれたものなのだろうか。そうこうしている内に部屋に辿り着く。

 扉に手をかける。中から物音はしないが、重そうな扉が音を伝えていない可能性もある。開けるぞと後ろに合図をして扉を引いた。鍵がかかっている。逃がさないようにするため……ではないか。他の人が入らないようにとの用心か。それでこちらを締め出してしまっては本末転倒ではないのか? いや、誰か鍵を持っていればいいのか。

「鍵は?」

「この部屋は本人認証でしか開かないのでして……」

 申し訳なさが全く存在しない声で案内人が言う。自分が選ばれた理由もこれかもしれない。ため息が出る。

「壊しますね」

 了承を待たずに殴った。黄光は最小限。さしたる抵抗も無く金属とプラスチックが破断する音で扉は中央に向かってひしゃげ、円錐形になって部屋の中に山を作った。上下のレールから外れた扉がゆっくりと部屋の中に倒れ込む。

 部屋に入ると、そこには2人の男が倒れていた。座ったままの姿勢で睡魔に襲われたらしく腕を下敷きにして半ばソファから落ちている。老人の方はよだれを垂らしていびきをかいている。

 近づいて軽く触れても意識が戻る様子はない。合図をすると、男たちは老人に起床剤を打ち、若い方──シシェーレを手早く拘束服に包んだ。慣れている手付きを見るとこういう任務を専門としているのかもしれない。特殊部隊みたいな感じか。

「う……ああ、お前たちが使者か」

「はい。シシェーレ・ルシャナの確保に参りました」

 老人の対応は案内人が務めている。案内人は老人に通信機を渡した。どこかへ連絡をかけて通話をしている。

「よし。──ああ、アリマだな。太陽の確保を確認した。そっちの部隊からも連絡が行っているだろう。よし、この借りは後でたっぷり返してもらうからな」

 話している相手はアリマ・マツダか。最近シシェーレにご執心のようで、つい先日も信神教会へと醒者を調査に行かせたらしい。

「終わりましたが、どうしましょうか」

 特殊部隊の1人がピカト・ライファに声をかけた。シシェーレは拘束服の上から金属の枷で身体を抑えつけられ身動き一つできない状態。ただ、その代わり重量も相当なことになっている。複数で持つにも少々手間だ。

「わたしが運びます」

 ピカト・ライファはシシェーレを肩に担いだ。もはや馬鹿馬鹿しくなったのか特殊部隊も何も言わず、元来た道を歩き出す。早歩きで戻り送迎車に荷物を押し込めた。統合国家の空気を吸っていたのは2時間程度。とんぼ返りで連合企業に戻った。

 

   ***

 

 シシェーレが目覚めた時、拘束服に身を包まれその上から金属の輪が身体を押さえつけていた。身を動かす隙もないほど厳重なくせに肌に触れる素材は肌を傷めないようにとの判断なのか柔らかく、そのギャップに苦笑が漏れる。

 しかし、金属による拘束程度で彼を完全に抑えることなどできない。藍光がシシェーレの手を染める。下腕、上腕を伝って光はシシェーレの全身を覆っていき、彼に人智を超越した力を与える。

 ぱん、と乾いた音を立てて拘束が弾け飛んだ。シシェーレはただ腕を広げただけで、金属が疲労していたということもない。ごく基本的な身体強化だけだ、技を使ってもいない。

「あンのクソジジイ……」

 シシェーレの口から暴言が漏れる。だが、この場合は仕方ないだろう。人を嵌めて逃げてきた相手に渡して、本当にクソなのだから。

 さてどうするかと彼は部屋の中を見まわした。驚きの目が8つ向けられている。見れば、何かを測定しているようでその管理に4つの目。残りの4つは武装をしているところを見ると監視だろう。

 拘束服を破って2人に投げつける。武装をした2人が銃口を向けてきたので、抑えつけようとアームを伸ばしてきたロボットを投げつける。これで4つの気絶体が出来上がりだ。

 しかし、逃亡しようとする彼の思惑はかなわなかった。立ち上がろうとしたシシェーレの眼前に立つ女性。パンクなファッションに身を包んだそれを醒者だと彼の直感は見抜いてた。

 女性が右の拳を振りかぶる。単純な殴打だと見たシシェーレ──拳を前に出されるより早く自分の左腕を前に出す。力を受ける/流す/暴発させる構え──だった。拳の速度に危機を感じたシシェーレが反射的に身を引こうとしたが間に合わず/殴打の力の方向はそのままに/シシェーレの腕を押して顔面に拳が叩き込まれていた。

 構えは力の誘導──相手よりも非常に小さな力で相手の力をいなす技。ゆえに、それよりも遥かに大きな力の前ではガードと変わらず/むしろガードよりも軽く。人が津波に走って行くが如し。

 女性=ピカト・ライファ──相手が動いたという事実を確認する間もなくただ殴るだけ。一瞬で意識を失った男の状態に一切の興味を持たず/一瞥すらせずに一歩引いて再拘束の場所を開ける。

「おや」

 そこでピカト・ライファはようやく監視と検査についていた4人が気絶していることに気がついた。

 ここは司令部の一室。既に連合企業に戻ってきている。彼がそのことに気づいているかは分からないが、ここで暴れても無駄だと知らせてからの方がよかったかもしれない。

「あらら、これは派手にやりましたね」

「わたしじゃないわよ」

「分かってますよ。寝起きとはいえさすが醒者です」

 やや疲労が見える声でマヤ・サカノウエが入ってきた。彼女は醒者に関連する医療関係の統括で、ここにいる醒者なら必ずお世話──厄介になっている。それなりの激務を乗り越えて生きてきただけの疲労を示す皺が刻まれている顔は、爛々と光る眼を中心に数百年折れなかった古木のような力強さが溢れている。

「ほら、起きなさい」

 気絶している職員をはたいて起こし、追加の拘束服と拘束具を持ってくるように要求を出し、機材の取り換えと部屋の移動を求めて即座に指示を出す。十数分もすればシシェーレは別の部屋でさらにきつい拘束を施されていた。それでも脱出の危険があるからと、自分も同じ部屋にいることになる。

「いつまでこうしていればいいんですか」

「アリマ・マツダが直接話すみたいですよ。それまで眠らせておくので、ええ、その時までですね」

「目算は」

「さて、彼も忙しいですからね。ちょっと分かりません。でも半日も放っておかないとは思いますが」

 つまり、最悪半日をこの場所で過ごすということだ。

「必要なものがあれば届けさせます。要望があれば伝えてください」

「……じゃあ、私室の作業机の上にある製図セットを持ってきてくれませんか」

 いくら裁縫の技術があったところで、大きなものとなれば図面を作成しないと糸と布を扱うまでには届かない。むしろデザインを決めて図面を引くことが最大の難関。ここを最初に納得のいく形まで決めておかないと完成しても完成しきらない。この作業の途中で呼び出されたのだから一刻も早く作業に戻りたかった。

「分かったわ。……これは?」

「手慰みに作っていたもので。完成したので」

 所在なげに手に持ったままだった布を彼女に渡した。このまま持っていても仕方ない。

「頂けるんですか?」

「ええ。もう、必要ないので」

「そう……じゃあ貰っておきます。でも、こういうものは対価を受け取った方がいいのですけど」

 緑色の布に紅色でツバキを縫い付け細い金色で葉と枝の輪郭をあしらった簡単な刺繍だ。暇つぶしにそこまでの思い入れもない。

 マヤが去って入れ替わりに検査員が入ってくる。注射や点滴を行い心地よい睡眠に導入。夢すら見ない深い眠りに封じ込める。司令部に従わない醒者はきっとこうして意識を閉じ込められていくのだろう。この男がいなければ、それが虹の醒者の運命となっていたに違いない。

 場所を空けてもらい準備をしていると図面と製図セット一式を運ばれてきた。部屋の隅で机に向かう。ようやく落ち着いて作業ができる、とまず作業状況を思い返す。図案は海に天使が舞い降りた図で、青空と白雲を背景に水のきらめきや光芒の加減も入れたい。自分が見たこと無い世界。それをどこまで表現できるだろうか。

 大雑把な全体図は既に完成しており、別の製図用紙に詳細を加筆していく。中央は空白で海と光を強調。天使は空に、左右両側から降りてくる。片方は翼を広げ、片方は翼を持たない。空に太陽は無く、水面からの反射光を一番大きな光にする。空は青く水平線は白く、上にいくにつれてグラデーションがかかるように。

 イメージを練り込んでいくと筆は自然と動いていく。自分の思考が勝手に出力されていく奇妙な感覚の下、全体を見ながら出力されたものに修正を加える。色の濃淡、発光源の位置と角度、顔の向きと目の向き、瞳の角度。どうすれば自分の思い描くものになるだろうか。

 他人への訴求力? 価値の向上? そんなものは頭に無い。ただひたすらに頭の中に浮かぶ風景を封じ込めていく。どこにもない一瞬を切り取った世界をそこに映し出す。そして自分の手で紡ぎ出すために。

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