第3章 神仰・告白-5
同時に目覚める機械たち。感覚はいつも通り、通信は元通りに繋がり作戦室からの声も届くようになる。
『応答! 応答願います!』
耳をつんざくような声がファンドラの耳を刺す。
「聞こえた! こっちは無事だ!」
つい生の声で話してしまう。だが、そうしてしまうくらいに振動は増していたし取り乱してもいた。
『攻撃を中止! ファンドラを確認しました!』
嬉しい言葉が聞こえた。だが、まだ安心できない。今までの攻撃でここが崩壊する可能性もあるのだから。
ファンドラは出口を探す。機器類が復活した今なら容易いこと。音響反射による探知、建造物の構造から探して、通路を右に進めばいいと分かった。その先には昇降機。この状態でも動いているか分からないが、縦に繋がる穴があればそこから出ることはできる。
『位置、確定しました』
扉を炸薬で爆破して天への扉を開ける。暗闇が続いているが、空中からの衝撃は止まって音響測定も可能になっている。光学装置も使って測定結果は高さ約50メートル。上部に昇降機の箱が止まっているから少し苦労する。しかし、シャフトに影響は無く、放置していても落ちたり崩れることは無さそうだ。
『これならば上から開けた方が速いですね。輸送機からドローンを降ろしますので待っていてください』
「いや……」
安全が確保されているのなら、先に情報を吸いだしてから逃げた方がいいのは確かだ。コントロールルームやそれに類する設備があるはずだ。例え遠隔で操作しているのだとしても、情報を受信・送信することはしなくてはならないのは確か。
ファンドラは道を戻る。廊下を反対に走り、目についた端末からハッキングを仕掛ける。ハッキング用の端末は中継に過ぎない。それを介して作戦室からプログラムを走らせ、情報を吸い上げる。
『これは管理のかな? まさに安普請って感じですね。補強が入ってるけど古い処理なんで対応できますよ。怪しいものは別にある感じだからそれは見つけてくださいね』
走りながら聞き流すファンドラは1つの部屋を見つけた。何かがおかしいと五感が微かな違和感を訴える。異変を察知するために立ち止まって、全身の知覚を上げた。ファンドラは気づく。その場所だけ人の臭いが感じられるのだ。
(突入する)
『ちょっと待って、地図があったから……ああ、ここか。ダメだね、その部屋だけ管理が別になっている。権限も何もかも独立してるしよっぽど重要なものがあるんだね』
言葉を話している内からファンドラは準備を始めている。周囲に認証機器が見当たらない横開きの一枚戸。表面の材質は強化プラスチックだが、内部はどうなっているか不明。金属でも使われていれば、炸薬だけでは突破できない。
この部屋の主はここにどうやって入ったのか。ファンドラが注意深く見渡すといくつかのセンサーが見つかった。それによって、人を選んで扉を開けているのだろう。
(どうにかして誤魔)
『センサに誤認させるのは効率的ではないね。そもそも感知と認識は機能別になっていることがほとんどだ。何らかの方法で片方を騙せたとしても、もう片方がその機能を監視している形になる。両方をどうにかするなら現地に行かないとどうにも難しいだろうね』
楽はできない、とファンドラは嘆息しながらそれを組み立てる。超音波振動ナイフを大きくし長方形にしたようなそれは、全体を細かく振動させながら空気を攪拌させては刻み、刃を震わせる。もはやナイフとは呼べぬ刃はチェーンソーにも似て、しかし刃は回転しない。超音波ソーと呼ばれる刃は静かにファンドラの手に握られた。
『あっ、待った! 強硬手段で中に入ったら部屋ごと消去される可能性もあるよ!』
(爆発するなんて言うなよ)
『そこまでは分からないけど、データ類が消去されることは考えられるね』
(ならどうしろと)
『その場所を発見しただけでもお手柄だ。後は作戦室から人を送る』
声が変わった。インステル・アルト=カーディナルが直々にファンドラに声をかける。
『それよりも通信が切れた時に何があったのかが大事だ。考えうる限り全ての電子的手段が封じられたのだぞ。これが局地的な手段ならまだしも、戦術的に使用しうるものであれば戦争どころの騒ぎではないわ。その原因究明を第一とした施設の探索に移ってもらいたい』
(了解)
返す言葉に少々の不満をにじませつつファンドラは頭の片隅で考える。自分の思考を察知されたくない時、ファンドラは感情を盾に小さな思考で考える。考えを読まれない為にファンドラが編み出した方法だ。
──あの電子阻害の原因は、いったいこの場所にあるのだろうか。突拍子も無い考えではあるがあのセンターという男がその原因であるようにしか思えない。しかしそんなことがあるだろうか? そもそもセンターという男自体が謎なのだ。地上から工場への一瞬の移動といい、自分のことを醒者だと知っていたことといい、不可解の塊である。あの男について調査してもらう必要がある。それは確かだ。しかし、人を送るといっても2時間は待機となる。その間に自分でも手掛かりを探せないか。
とりあえず、とファンドラは目前の部屋を無視して工場の探索に入る。
工場内は広く、そのほとんどが生産の役割を担っている。円筒は合計で32800本。10万人に1人の割合で神子が生まれるなら、3回の稼働で1人の神子が生産される計算だ。
ファンドラはしていたロボットを捕まえた。腕が3本体内から伸びる円筒のようなゴミ箱に似ている。
(こりゃ動く作業台だな……)
ハッキング用端末と接続し、生産プログラムでもないかと探らせる。
『発見しました。大体3つの区画に別れて生産をしているようですね』
円筒の列を見るヘッドセット内に区切りの線が引かれた。それがラインの違いのようだ。
『成長促進剤……栄養の導管……夢見とは何でしょうか』
(神子が造られる工場なら、それを示すものは無いか)
『見当たりません。しかし、何かが隠されている形跡も無いですね』
『原料が特殊だって可能性もあるね。でもボクとしては、ただの人を作るだけの工場だと思うよ。神子は人の中に混じっているんだから、人工的に生産された人だとしてもその中に神子がいてもおかしくないもの』
『スレイ、推測はほどほどにしておけ。余計な情報を入れられてファンドラの判断が鈍ってはいけない』
スレイ・エシュタット。作戦室でも電子機器や演算装置──広義のコンピューターの分析を主としている者。本人は妙に人間くさい仕草をするが、ファンドラの扱いはかなり特異なコンピューターくらいにしか考えていない。
『分かったよ。でもね、余計な情報とは言うけど、今は不要でもそれに近いものが見つかったら脳が自動的に関連付けてくれるかもしれないじゃない。そういう意味では無駄な情報なんて無いね』
『それは我々の役割だろうが。ファンドラには先入観の無い視点で物事を見てもらわなければ困る』
『それは無理だね。人が人である以上、授受の情報に偏りは生じるし、だったら先に偏らせておいて違和感を持ってくれた方がいいね。その方がぼくもやりやすい』
作戦室で口競り合いが始まる。
(うるさい)
なぜかいつも通りの言葉が耳に障る。なぜか自分には関係ないはずの言葉が耳に障る。なぜか人の言葉が気になって仕方ない。
──所詮、こいつらは自分のことなど機械の部品の1つとしか思っていないのだ。
──センターに言われたことが気になっているのか? どうせあいつらも部品の1つというのは変わらないのに。
──だとして、人間扱いされるのがそんなにも心地よかったのか?
うるさい!
ファンドラの声は脳内を通り越して作戦室に響いた。普段使われないはずの音声変換が起動し彼の叫びを伝える。作戦室も、滅多に無いことに凍り付く。
『ええと……』
やや口を濁らせながら、クレアはファンドラを落ち着かせようと声を出す。
『落ち着いてください、ではなくて。状況を報告してください』
その間に、普段なら雑音として処理され浮かび上がってこないファンドラの無意識下の情動を読み込んでいく。
──怒りの元凶、感情の引き金、深層心理の要求。ファンドラの行動の源泉に当たる違和感を繊手で探る。クレアが見ているものは模式図化された脳内回路。ファンドラの脳内を時間と空間と記憶と電気の4ベクトルを以って彼女の視界に表示された世界はファンドラの思考そのものの混沌。その中から、必要な情報を見出さなければならない。
声がする。クレアの感じている事はファンドラの思考に現れた泡のようなもの。そんな中で、自分の声がファンドラに与える影響で変わる景色から異変を探っていく。
声の反響の中に泡が膨らんで弾ける。その中からも泡があふれ出る。
クレアは泡の音に耳を傾ける。雑多な喚き声のような中にはきちんと音色と呼べるものが重なっていて、声にはならないけれど意思を読み取るには足りるもの。特にファンドラの才能は音楽。苦しみの原因があるなら、それは音で表現されてもおかしくないはずだ。
クレアの意識は泡と音の海に沈降していく。しかし思考ははっきりと肉体に宿って声を出す。
「ファンドラ。誰も喋ってはいません。聞こえてますよね」
ゆっくりとした声。それになだめられたように、クレアの目の中で弾ける泡は小さくなっていく。その中に混じる異質な音。誰かの声。聞いたことのない、男の声。はっとしたクレアは咄嗟に訊いていた。
「ファンドラ。誰かいたのですか」
相手の興奮を誘う言葉だったのかもしれない。しかし訊かずにはいられなかった。ここで痕跡を見失ったら、何かの手掛かりがファンドラの意識の奥底に沈んでしまう気がした。
言葉の効力は絶大だった。沸騰するように泡が湧き起こり音が浮上する。
パチン、パチン、パン! パチン、パチン、パン! パチン、パチン、パチン、パン!
音の流れに身を浸し意識の肌触りで変化を感じ取る。その中に頭を突っ込んでさらに奥へ。泡が湧き出る深奥へと進んでいく。段々と音が声に変わっていく。ファンドラ。彼を呼ぶ声。誰だろう。記憶には無い。ファンドラの人間関係の中にも該当するものは無い。今度はファンドラの声。ファンドラを呼ぶ声の持ち主に柔らかな声音で言う。『センター』。
「センター……?」
中央、中心、もしくは施設か。ファンドラがいる工場? それにしては声が変だ。まるで親しいかのような、恩人に向けるかのような声。それに、この異変の中から聴こえるということは、
「ファンドラ。センターという者について、知っていることはありませんか」
その言葉はファンドラの脳に響いた。話すことは決まっていた。それなのに、先に口にされただけなのに、自分以外がその名を出しただけなのに、拒否感が腹からこみ上げてきた。吐き気にも似た奔流は喉奥でぐるぐると回って出てくるのか来ないのか。焼けつくような不快感を、ファンドラはどうにか言葉にして吐き出した。
「知っている」
直後、クレアの視界では、もう限界だというように泡が逆さになった滝のように吹き上がって、衝撃でクレアは吹き飛ばされた。意識上の感覚は消失し行き場の無くなった神経伝達は肉体を代用してフィードバックを行い、結果、クレアの身体に幻想の衝撃を走らせる。
クレアの身体が跳ねた。口から漏れる吐息は細かく小さく、意識を半分持って行かれている。見ていられない、とインステルが救護班を呼んで連れて行かせる。
クレアの行動はファンドラを不用意に刺激した。しかし、ファンドラから情報を引き出したのも事実だ。クレアの代わりにインステルがファンドラに話をする。
「落ち着いたか。それなら、原料の調査に向かってくれ。それが終わったら、人員到着までに通信喪失時に発生した出来事の経緯をまとめておいてくれ」
調査と、あとは実質的な待機である。本来なら帰投してからでもいいことだがファンドラの状況が悪い。それに、再度の通信遮断が発生しないとも限らない。ファンドラを遊ばせておくのは勿体ないが必要なクールダウンだ、と。インステルはそう判断した。
「了解」
苦々しげな口調を隠すようにファンドラは吐き捨てるように言う。だが、ふと思いついて再度口を開いた。
「歌っていいですか? 気分が落ち着くんで」
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