第3章 神仰・告白-4

「っっなっ!」

 そこは工場だった。白色の光が満たす空間は通路。ガラス張りの向こうには巨大な空間があり、透明な液体を満たした巨大な円筒が無数に配置され、その中には胎児が浮かんでいる。円筒の間をたまに作業用ロボットが巡回し、人の姿は全く見えない。

「本当にこんなものがあるとはね……」

 様子を記録しようとしたが、ここでも機械は作動しない。脳内チップ経由で自分の記憶を読み取って貰わないといけないようだ。

「人間工場。醒者を造り出す場所だよ」

「何のためにこれを」

「信神教会は人が足りないから──というのもあるけど、神子を産みたいってのもあるね。この中で実際に神子になるのは10万人に1人。案外確率は高いだろう?」

「俺もこの中の1人と同じだと言いたいのか」

 ファンドラが醒者だということはもう知られてしまっている。所属すら知られている可能性もある。そんな立場でこれを見せれば、使い捨てだとして裏切りを誘発できるかもしれないと考えたのかもしれない。

「いや、違うよ。ファンはきっと自然に産まれてきた」

「どうして……あ」

 言って、ファンドラは気づいた。この工場1つでどれだけの人を“生産”できるのかは不明だが、それでは人が増えすぎる。加えて、醒者だけを生かすとしても廃棄にかかるコストも莫大だ。小さな団体ならいざ知らず、連合企業にとってはリスクが大きい。しかも地上にある施設を動かすなんて。

「この施設ができたのは30年以上前のこと。再稼働したのは数年前のことだけどね」

「こんなものを見たら誘いに乗らなくなるとは考えないのか」

「いいや、僕は最初からファンが醒者だって知ってたし、これを見たら一緒に来てくれると考えているよ」

 そんなことがあるのか。ファンドラの頭の中では疑念が渦巻いていた。人工的に同類を造り出すことに抵抗感はあまりない。勿論人もだ。どのみち自分たち醒者は人類の道具で、ネフィリムを退治するだけの存在。奴隷と呼ばれるには重要すぎて、兵器と呼んだ方が適切か。

 だから、こうしているのを見てもファンドラには何も感じない。人を造るのも醒者を造るのも同じこと。むしろ、人として生きる道を断ち切られるよりは最初から兵器として産まれてきた方が幸せではないだろうか。

 しかし、聞き過ごせないことをセンターは口にした。

「俺が醒者だと。どうして知っていた」

 情報が漏れていたのか。ファンドラの考えを読んだようにセンターは首を横に振る。

「僕はただ、近くにいればその人が醒者か分かるだけだよ。だいたい、そんな光を放っていたら気づかない方がおかしいと思うのだけれど、他の人には見えないみたいなんだよね」

「光……? 俺は隠していたぞ」

 醒者の持つ固有の光は個人の意思で出したり出さないようにしたりできる。ファンドラが光を出していなければセンターにはそれを感じられないはずだ。しかし、

「君の身体に重なるように、君の内側から光が発せられている。これはどんな醒者も同じだ。醒者が持つ光は決して隠しきることはできないんだよ。君も見方さえ分かればいつでも見られるようになる」

「……そんなことは、聞いたことがない」

「だろうね。多分、僕だけにしかできないことだし」

 それを容易く口にするセンターという男は一体何者なのだろうか。ファンドラの疑念は膨らむばかりだ。

「この施設を見せて俺が司令部に報告すると考えないのか」

「考えるさ。でも、ここを失うよりも君を手に入れる方がよっぽど重要だ」

「っ何を」

「こう言っているのが分からないかい? 僕は、君をここに呼んだんだ。君がここに来るように仕向けてその仕掛けをして。それもこれも、君が欲しいからだ。ファン、君の助けを必要としているんだよ、僕は」

 ファンドラの心が揺らいだ。誰かに必要とされていることはあっても、面と向かってそれを口にされたことは無かったからだ。人類救済、果ては自分が生き残るため。だから連合企業に属して働いてきた。それは苦ではない。しかし、居心地がいいとはまた別の問題だ。

「ファンが望むものは何かな? 全部とは約束できないけど、可能な限り与えよう。君が望むなら信神教会全ては君のものとなる」

「お前は……何者なんだ」

「うーん、それはまだ秘密かな。いや、君になら教えていいかもね」

「おい……」

 苛立って、焦って、ファンドラがセンターに手を伸ばした。その瞬間。

「む?」

 振動音。段々と近づいてくる鈍い音は、ファンドラの意識を切り替えるに充分だった。

「君が消えたから取り戻しに来たんだろうね。こうも直接的な手で来られると僕にはどうしようもないなあ。折角の時間が無くなっちゃうよ」

 爆撃の音。

 人間工場の上の森のさらに上。2人が消えた広場も見えない上空。ファンドラを運んできた輸送機が再び飛翔していた。ただし、今回降ろすものは醒者ではない。より直接的な人類の兵器。誘導弾、空対地ミサイル、爆弾、輸送機1つに可能な限りの攻撃兵器を乗せている。

 ファンドラとの通信が途切れてから5分。作戦室もただ手をこまねいていたわけではない。可能な限りの復旧と再接続をしつつ、輸送機を遠隔で操縦し反応が消えた付近を探査、これまでのデータから見落としが無いかを調査した。そしてファンドラが原因不明の事象に巻き込まれたと結論付けて活動を再開。機器類に異常を発生せしめ醒者を隠匿した者の発見・威嚇・攻撃のために総力を以って抵抗を行う。──大雑把に言えば、とりあえず全力で攻撃をしてみようということになった。

 そんなこととはつゆ知らず、しかし上にあった森ごと地下を攻撃すると理解したファンドラは、一刻も早くこの場所から離れたかった。それなのにこの呑気な男は何を考えているのか。センターの真意を掴めずにファンドラは悶々とする。逃げる算段はつかない。そもそもどうやって入ったのかが不明だ。外に出たとして、地上に出られるとも限らないのだから。

「そうだねえ、君を攫っていくのもいいのか」

「抵抗するぞ」

「それはちょっとなあ、君が自発的にこっちに来てくれないと気分が悪いんだ。だから、今日は勧誘失敗ということにしよう。それじゃあ結論も出たところで僕は帰るとするよ」

「何が失敗って……っあ、待て!」

 ひと際大きく工場が揺れた。

 人間工場の上空。投下された3つの質量は地中貫通型爆弾。2人のいる工場へは到達しないものの、30メートルを掘り進んで発生した爆発は工場を緊急事態へと叩き込むには充分だ。振動によって外殻を損壊させ、同時に放たれた阻害電波と共に電子機器に異常を誘発、人間工場の機能を奪っていく。

 警報によって逃げ出す人々はいない。それだけの人員すら配置されていない。ロボットが緊急シークエンス通りに行動を変え、生存者のいる区画を守ろうと動き出す。

「じゃ、また。ここもそうそう壊されないと思うし、残ってるものは自由に調べていいからね。気が付いたことがあったら教えに来てくれたら嬉しいな」

 ファンドラに背を向けてセンターは歩き出す。どこかに行ってしまう、そう思ったファンドラは咄嗟に手を伸ばし声をかけていた。

 肩を掴んだ手から帰ってくる骨の細さの感触に驚きながらファンドラは警報に負けないように叫ぶ。

「ちょっと待て! お前の目的は何なんだ!」

 センターは振り向いて答えた。くっつきそうなほどに近づいた顔で、

「人類の解放だよ。幼形成熟ネオテニーで地上に繋がれた光持つ者たち、そして光が小さくて行き止まりに入っている者たち。すべての迷える仔らを雲の上に連れて行くことが僕の目的さ」

 人類の救済。途方もない宣言に呆気にとられたファンドラの手をすり抜けたセンターは、ファンドラが瞬きをした瞬間にはいなくなっていた。

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