第3章 神仰・告白-1
珍しく、1日に2回も来訪者があった。リステロ・ハリマルシェはベルの音に一瞬顔をほころばせた。いらっしゃい、の言葉が喉から出てきて、だが来客の顔を見て引っ込んだ。笑顔は変わらずしかし気を抜いた。
「オヤジ、いるかい?」
入ってきたのは若者だ。やや焦げ茶色な黒髪と、少し煤けたような浅黒い顔が微妙に似合わない、しかし顔自体の印象は残らない中庸な青年。身長もやや高いくらいで物腰も静か。
そんな彼に、リステロはため息をつきながら声を返した。
「いるよー。けどさ、オヤジはやめてって言ってるでしょ、キミみたいな年齢の子供を持つトシでもないんだしさ。それで今日は何しに来たの」
「これから出動なんだけど地上に出ろっていうのよ。しかも場所が信神教会だぜ」
「そりゃ大変だ。景気づけに髪でも剃ってく?」
「髪でも剃ってく、じゃねーよ。何か情報無い?」
青年は親しげにリステロに近づいた。リステロも嫌がらずにいる。
「無いこともないけどねぇ。随分前の情報だしあまりアテにならないと思うよ。それに、ここで手に入る情報なんて君にも与えられてると思うんだけど」
「報告書にまとめられていない話はここでしか聞けないさ。文字情報に起こされるとどうにも細かいところが省かれっちまう。俺に回ってくる前に検閲でも入ってるんじゃないのか?」
「そこまでは分からないよー。でも、昔から醒者には開示されない情報とかあるし、不思議でもないよねー。君だってやってるでしょ? 互いに見てみぬフリしないと疑いの種は尽きないし。ほら、シチリガハマの砂と悪事は消えることは無いって」
「聞いたこともねえよ。んで、何かない?」
ばっさりと言い切られたリステロは少し顔をうつむけて、
「……ファンドラはさあ、どんな情報を貰っているの?」
「そんなこと言っていいのかよ」
「曲がりなりにも僕は醒者だからね。情報漏洩は気にしないで」
「……はい」
青年──ファンドラは端末をリステロに渡す。箇条書きで記された計画は、要点と必要な情報しか書かれていないものだ。
「地上にある拠点に殴りこんで、信神教会の教主に繋がるルートを見つけてこい、と。無茶なこと言うねぇ」
「しかも人間工場までだぞ。あんなもの、噂話に過ぎないんじゃなかったのかよ」
「イリスが子供を見つけたって言ったでしょ。あれ、少なくとも人間の母体から出てきたってわけじゃないみたいよ。それに何らかの細工がしてあったみたい」
「……なんだ、結構情報あんじゃねえかよ」
「関係あるかは分からないからね。引っかかるものがあれば出していくよ……と、シシェーレ・ルシャナか」
「最近よく見る名前だよ。管理部からのお達しで探せとさ。これもイリス関係だろ? むしろイリスを囮にした方がいいんじゃないかね」
「アリマ・マツダはきっと別のことを知ってるんでしょ。僕も、変にイリスを動かすのはやめた方がいいと思う」
言いながらリステロは先のことを考えている。
(どうせあの人のことだし正攻法なんて二の次、裏から行くのが正道って考えてるんでしょ。シシェーレ・ルシャナが身を潜められそうな場所は多くない。各地の宗教団体か、統合国家か。きっと本命は統合国家で、宗教団体の方はついでに過ぎないんだろうさ)
「それでだ。俺としては信神教会に行ったところでロクな手がかりは無いと思ってる。地上は子供を送り出すだけの中継点。移動の痕跡を残すようならとっくに捕まえている」
「だけど、今回は自動歩兵までいたそうじゃないか。残骸も回収されているだろう? 何か決定的なものでもあったんじゃない? じゃないと外にまで行かないよ」
ファンドラは口を閉じた。きっとこいつには口では勝てない。どうにも丸め込まれてしまうだろう。それよりも情報が欲しい。
「じゃあ、その何かってなんだと思う。プログラムは出荷時のものに少し手を加えただけ。型番は昔行方不明になったもの。小銃を取り付けたとはいえそれもどこにでもあるものだ」
「自動歩兵を護衛につけるようにした、っていうのが大きいと思うんだ。これまで神子はそのまま放置されていた。でも今回は守る必要があった。何から? 醒者から? でも、基本的に醒者はネフィリムにかかりっきりで神子なんかには気づかない。監督者も醒者を見ているだけだ」
今回ばかりはそうはならなかったけど、そんな予測はできないし、とリステロは笑う。
「すると他の力から。ネフィリムから守るのは本末転倒だし自動歩兵程度じゃあ意味がない。ならば答えは1つ、他の宗教団体からだ」
「ちょっと待て。それは強引じゃないか。たしかに宗教団体には神子を排除しネフィリムを増やさないようにと活動しているところもある。だが、今になって何があるっていうんだ」
「そうだね、統合国家かもしれない。だけどここは連合企業の縄張りだよ。あいつらにそんなことする蛮勇はないさ」
ちょっと失礼、とリステロは飲み物を取りに行く。その間にファンドラは、もう一度指示書に目を通す。
『告 下記の事項を全力を以って可能な限り達成されたし
・信神教会の教主、イビリーヒスィ・ノルグへの接触方法の探索
・信神教会の管理下にある人工人間生産工場の存在確認
・信神教会の地上拠点の確認
・その他、特定危険宗教団体の痕跡確認
・シシェーレ・ルシャナの所在確認
以上』
その他には、場所や時間、期限等の様々な資料が付属している。ただ、
(滅茶苦茶だよなあ……)
いきなり教主や工場を見つけろとかなりふり構わなくなっている感じがしてならない。もしかすると、連合企業の内紛に巻き込まれた可能性すらある。
(連合企業にトップはいない。でも、結成時から派閥争いは続いているし権力差もある。持てる技術差も違えば醒者の保有数も違う。信神教会に接触できれば“加点”だしなあ)
「どう? 他にも面白そうなものあった?」
「いんや。他の宗教団体については何も書いてないわけよ。オヤジこそ思い出したことは無いのか?」
リステロが差し出したコップを取ってファンドラは一口を喉に通す。
「うへえ、なんだこの甘ったるくてどろっとしたのは」
「マンゴーとライチの果肉ジュース。ちょうど果実が手に入ってね、昔馴染みがくれたんだよ」
「俺にもそういう変な伝手があれば情報も簡単に手に入るんだけどなあ」
「簡単じゃないよ。それこそ信頼を築くのは十年以上かかる」
「ハイハイ。俺もどっかで醒者と会ったらそうしますよ」
コップごと残りを押し付けるファンドラに微笑を返してリステロは中身を飲んだ。
「っはー、美味しい」
「今度はただの紅茶でいいからさ」
「インスタントならあるよ」
「ならいらない。そろそろ出ないと時間に間に合わないし」
「修練の時間? 大変だねえ」
「俺もオヤジみたいに醒者をやめて、早く修練もやめたいよ」
「僕の場合は髪を切るのも修練なんだけどなあ」
「なら、仲間でも作ってブレーメンよろしく音楽隊でもやるさ」
ファンドラは立ち上がり、美容院を後にする。その後ろ姿をリステロは店の中から眺めていた。
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