第1章 神葬・七光-8
そんな締めくくり方は嫌だった。
醒者の自分が何を伝えられるのだろう。それと同時に、どれだけの修練を重ねて自分が醒者となったのかが脳裏をよぎる。
醒者は神子がネフィリムとならなかったもの、神の力を制御し人の身で扱えるようにしたものだ。すべての神子が醒者になれるわけではない。その者の素養を伸ばし、厳しい修練により才を作り上げ、幼い頃から魔物じみた力をその身に封じられた子供たち。それが軛となって神の子を現世に縛り人たらしめるのだ。
自らに与えられた使命を刷り込まれて如何なるものよりも丁重に慎重に扱われて、そのくせ才能を引きずり出され強制的に伸ばされる。決して壊さないように生き永らえさせられ、人の形をした救世主に仕立て上げられる。それでいて人類を憎悪することなく人々を救い、それを使命とする。醒者とはそういうものだ。
彼の親もそれを知っていたからこそ修行をさせたのかもしれない。彼らにできる唯一の方法がそれだったから。人として生かしたかったのか、ネフィリムになる危険があっても自分の側に置きたい感情が上回ったから、というのは感傷的に過ぎるか。
「……じゃあ、どうしてその力を使ったの。諦めがあるならいつでも良かったんでしょ
何故か怒りが湧いてきた。自分勝手な思いとは分かっている。でも、この男の投げやりな様子が気に食わなかった。
『あなたが死んでしまうと自分も死ぬかもしれません。それに、あなたは醒者なのに1人で戦っていて、可哀そうだったから』
憐れみか。それとも実利なのか。それでも。
「わたしのことは放っておけと、1人でもネフィリムを倒すと、言われなかったのですか。最強だから1人でいい、最強だから独りにしておけ、と」
『だからです。放っておけなかった。見捨てておけなかった』
その言葉が胸に刺さった。ずっと独りだったから。誰かの助けも得られなくて、監督者は見ているだけで。だから心地よかった。誰かと戦っていること。助けが得られること。全部初めてだった。刷り込みでもいい。この想いを手放したくなかった。
「では、あなたは、醒者と同じではないですか」
救いたいという思い。才によって力を委ねられ、力を誰かを救うために使う。それが本人の意図せぬところであっても、行いを見れば結果は同じ。為したもののみが至る位。醒者の称号は、その力のみに依り与えられるものではないのだから。
だから、この人も醒者になれる。
「一緒に来ませんか。わたしと組んで、醒者として戦って」
申し出は、しかし拒否された。
『それは無理でしょう。いくらあなたが醒者とはいえ、所詮は人の意思と感情を持つ兵器でしかない。隠れていた醒者を表に引っ張り出すには荷が重い』
「じゃあ、これからどうするの」
『迷いますよ。どこか遠くに逃げて、決心がつくまで』
そう堂々と言われてしまうと呆れることもできない。
『そうそう、もう逃げているので追って来ても無駄です。それの行き先は子供を確保した場所に設定してありますので安心してください』
「……呆れた人ですね」
小さな笑い声。面白いというように、止まらず笑う。
『十数年迷っているんです。もう少しいいでしょう』
「結論を出す気はあるんですか」
『はい。近いうちに』
あなたのおかげですよ、という声が身に沁みる。何かをした覚えは無いけど、彼が自身の力を使う切っ掛けになった。それだけで嬉しかった。
「……じゃあ、わたしは貴方を追います。醒者としての力、連合の力、わたしにできるすべての力を以って貴方を捕まえます。そうして答えを聞かせてください」
『……あなたも大概呆れた人ですね。──いいでしょう。捕まえられるものなら捕まえてみせてください。ただ、答えが出ているかは知りませんよ』
その言葉が終わるころ、機体が降下していく。同時に通信が切れてイリスは一人になる。
着地し、機体から降りると正面はビルだったものの入り口、エントランスホール。掲げた手に虹光を浮かばせて中を照らしてみると、奥の隅に衣に包まれたものがあった。寄って中を見ると子供がくるまれている。外側のコートはシシェーレのものだ。そう思うと無性に寂しくなった。
機体に子供を乗せ、通信機を連合に接続し、相手が出た瞬間に話す。
「こちらイリス・アースウィ。監督者に重大な問題が発生したため醒者が状況を報告する。現在、出現した2体のネフィリムは沈黙。また、戦場で発見された生存者を確保している。生存者は神子。繰り返す、生存者を確保している、生存者は神子。至急応援を寄越されたし」
向こう側の騒ぎが聞こえる。重大な問題とはなんだ、監督者を出せ、神子がどうして。それがひと段落するまで二分。少し上ずってはいるが冷静な女性が通信機から話しかけてくる。
『よろしいでしょうか』
「はい、よろしいです」
『現在そちらに回収部隊が向かっております。秘密保持のため詳細はあとになりますが、今の時点で確認したいことが2点あります。──ひとつ、監督者シシェーレ・ルシャナはどこにいますか。ふたつ、神子の様子はどうですか』
「ひとつ目、シシェーレ・ルシャナの居場所は不明です。わたしがここに戻ってきた時には既に消えていました。ふたつ目ですが、神子は衰弱してはいるもののすぐに死ぬことは無さそうです。外見からも神化の兆候は見当たりません」
明らかな安堵の息が聞こえ、ややあって人が変わる。
『代わりました、アリマ・マツダです』
その名前に驚いた。アリマ・マツダといえば連合企業を牛耳る企業連合の一角、KOZAEIの総代表! それがどうしてここに。
「何でしょうか」
『少し、シシェーレという男を知っておりまして。監督者として有能だったのですが、このたび如何なる理由によって身を隠すこととなったのでしょうか。何か、気づいたこと、おかしなことがあれば教えて頂けないでしょうか。いえ、あなたの状況は理解しております。そう長いこと接触をしていたわけでも無いでしょうから、覚えている範囲でよろしいので、回収部隊が来るまでの雑談と考えていただけたら』
(総代表に名前が知られている?! シシェーレ・ルシャナは一体何者なんだろうか?)
心中の動揺を抑えつつアリマという男を考える。本当に2人が知人だとして、どういった関係なのか。シシェーレが醒者と同じ力を持っていることも知っているなら、彼を追うのにも使えるかもしれない。でも、総代表という力、自分が飲み込まれる可能性もある。
「現場に来て、すぐに戦闘になってほとんど話してはいないです」
『連合に応援を求めた記録がありますね──規定通り拒否していますが。シシェーレはその対応が初めてだったようで、動揺を見せています。何か、言われたことなどありますか?』
「いえ、特には」
嘘を返して、どうして彼が心を変えたのか、詳しくは自分でも知らないことに気づいた。可哀そうだから手を貸して、迷っているから逃げ出した。会話は録音してあるけど過去の話が大半で今の話はほとんどない。
だから、次に会ったときは自分の口から訊きたい。どうして、と。
「わたしも知りたいです。だから、彼を見つけましょう」
一瞬の沈黙。何を考えていたのかは分からないけど、考えが変わったことは声の雰囲気から伝わってくる。
『そうですね。あなたの言う通り、何があったのか聞きたいです。──個人的にもね』
そこで会話は切れた。上空からはティルトローターの回転音。回収部隊が着いたのだ。
隊員が2人降りてくる。1人は飛行用装備を回収し、もう1人はこちらに手を向ける。
「神子をこちらに」
コートを取ってから子供を隊員に渡した。子供は回収部隊の、翼の先に双のプロペラを持つヘリと飛行機の相の子のような機体に乗せられるが、自分はまだ外にいた。
コートを羽織った。大きくて身体に合わずマントのようになってしまっている。しかしシシェーレがいたという感覚がしてどこか心強い。
灰色の空を見上げ思う。追おう。そして、また会うのだ。あの男に。
シシェーレ・ルシャナに。
***
──神を貶め人の身に封じ、人へと堕とす。これは彼らの記録。故に堕神録。その一端を紡ぐものである。
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