第1章 神葬・七光-4
瓦礫が爆発した。自動歩兵の認識は、最初眼前の光景をあり得ないと判断した。爆発物の使用は感じられなかった。では、あの力はどこから? 判断する間もなくセンサーがヒトを感知する。砂礫の中から飛び出した、その勢いが先ほどとは違う。
自動小銃を速射。ヒトは──避けない。いや、避ける必要が無かった。
機械が示した予測よりも動きは速く弾丸が目標地点に到達する頃にはヒトはさらに前に進んでいた。
それでも自動歩兵には、ビルの上から射撃しているという利があった。速度レベルと脅威度を上方に更新すれば充分対処はできる。そうしてヒトに向かって弾丸を発射。どんっ、と音がした。
着弾音ではない。歩行音でもない。空中だ。いかなる器具を用いてか、その脚力だけを用いて空中に飛び出したのだ。
だが、それはいいマトである。逃げ場も無い空中で何をするのか。自動歩兵は落下を考慮に入れて射撃をすればいいだけである。なので撃った。
着弾は、しかし予測より早い。弾丸は空中で瓦礫に当たって軌道を変えられていた。
投石があったのだ。空中から投下された瓦礫はヒトへの弾道を阻むルートだった。それが当たったのだ、と。
そして、瓦礫は自動歩兵自身にも到達し回避行動も間に合わず脚部を1つ破壊する。明らかにヒトの動きを超えている。ヒトの範囲内で脅威度を見積もっていたのが間違っていたのか。
即座に他の3つの脚で立ち上がる。ここを守るのが指令だ。あのヒトの侵入、ならびにこの奥にあるモノを奪取されることは何としても防がなければならない。それには、あの投石の主を見つけなくてはならなくて──
だんっ、と音がして。地上からの跳躍距離を計算──ここまで跳ぶのに充分だ──その眼前に、再び飛び上がってきたヒトが姿を現した。
「誰かいませんか。──ああ、
言葉と同時に拳が言葉が飛んできて、耐久値を超える衝撃に機体の前半分が破壊された。
***
シシェーレは正面から自動歩兵を殴打した。同時に自動歩兵が銃撃。ほとんどゼロ距離からの弾丸がコートに穴を開けて後ろに一歩たたらを踏む。踏みとどまったが、それでも直撃はつらい。耐衝撃効果もあるコートでもこれでは全く意味を為さない。痛みに耐えて前に出る。ついでに残った前脚を横に蹴っ飛ばして間接から弾き飛ばす。
途端に身体が重くなるのを感じつつも、後退する自動歩兵を追撃する。自動歩兵は前半身を砕かれて尻を上げたような状態で小銃の照準はままならず、対戦車砲はもう撃てないだろう。
ようやくフロアの中に入る。部屋の壁は取り払われたかのように無くなっていて見晴らしがいい。窓などとうに割れているので外の風景も良く見えた。彼方に光の巨人が動いているのを眇めつつ生存者の位置を確認する。
奥だ。自動歩兵が後退して行く方向、壁に背をつけ暗がりにうずくまっている影があった。大きさからしてまだ子供。怯えている様子が見えないのは、眠っているのか、それすらできないほどに衰弱しているのか。
銃弾が天井に当たってかちかちと音を立てる。自動歩兵が、まだ戦えると主張する。子供を守ると間に立つ。
この自動歩兵が何者によってここに置かれたのか、この子供が何を期待されてここに放置されたのか、シシェーレには知る由もない。だが、何にせよ見捨ててはおけない。拳銃を取り出し内部の機械に向かって三発撃ち込んだ。
自動歩兵は動作を停止する。本当に止まったのか確認するため自動小銃を取り外し、対戦車砲をひっぺがし、動力基部を引きずり出して、踏み潰して粉砕。ようやく安心できる。
(さて──こいつをどこまで遠ざければいいか)
子供を見ると寝ているだけだ。まだ息はある。だが、妙な胸騒ぎを感じる。外から見た様子だけでも外傷は無い。
イリスの位置を確認すると、既に800メートルの向こう。1キロメートルも離れていればいいか。
シシェーレはコートを脱いだ。その下には駆動機構に包まれた四肢。俗にPAS《パワーアシストスーツ》と呼ばれるものだ。それに改造を加え出力が最大以上になるようにしている。
だが、今は自動歩兵の銃撃で左胸部と腹部の機械が損傷を受けて停止し、ただの重りと化している。その影響で各部の連携がうまくいっておらず、遠からず他の箇所も停止するだろう。
それでもまだ動ける。まだ動いているPASも出力を落としてバランスを保ち、稼働している間にこの子供を移動させよう。
子供をコートでくるみ両腕で抱え上げる。小さな身体は軽く衰弱していて早急に保護が必要だ。
助走をつけてビルから飛び出す。隣のビルの5つ下のフロアへ着地、次のビルへとまた跳ぶ。
「生存者は確保しました」
『了解』
イリスに伝える。短く答えが返ってそれだけ。会話など交わしている状況ではない。
跳んで跳んで跳んで、地上に降りてまた走って。3分で1キロメートルを走ったか。瓦礫も少ないビルのエントランスを見つけた。子供を奥の隅に寝かせて、いちおう発信機を付けておく。目が覚めて動き出さないとも限らない。
──と、触れた身体におかしなものを感じた。ざらついているとか汗が出ているとか、そんな分かりやすいものじゃない。何か重要なものを見落としている。
コートを取る。違和感が、確信に変わる。
「信神教会ね……」
子供は、上下が一体となった薄青の線が入った白い服を着ていた。目立った特徴こそ無いものの見覚えがあった。ネフィリムを、神の遣いであり神の眷属とみなし、人がネフィリムと成ることを祝福であり喜びとする宗教一派。まるで狂っている。
白い服を剥ぐ。子供の身体には微かな光が漂っていた。青と白の間のような、晴れ渡った冬空の色。神化する兆候がある子供。すなわち
頭を抱えたかった。だがそんなことをしている時間は無い。子供の服を整え再びコートでくるむ。この子を連れて逃げた方がいいのだろう。でも──それで逃げ切れるのか? そもそもあのネフィリムはどうなっているのだ。
「子供を安全な場所に移しました」
────答えが無い。まさか。
「イリス?」
NO SIGNAL。イリスの持つ端末が応答していない。
大丈夫だろうか。様子が気になる。瓦礫で即席のバリケードを作って子供を隠し、PASの出力を最大にして駆けだした。
ビルのフロアを跳ねて乗って、次のビルを昇って行って、15個目でようやく戦場の様子が見えた。
あたり一面光の洪水に包まれているかのようだ。虹光が覆う、光糸が舞う、光の巨人が破壊する。
虹光があるからまだイリスは生きているのだろう。それでも通信が取れないというのは、非常にまずい状況なのかもしれない。
再び走り出す。──その脚がバランスを崩す。左股関節の制御機構が壊れたのだ。もはや自分の身体ひとつで走るしかない。それができるのか?
シシェーレは息を吸った。
ここでやめるのは簡単だ。なに、自分が行ったところでできることなどほとんど無い。イリスの邪魔になるのが関の山だ。信神教会の手がかり、神子の確保、大手柄じゃないか。イリスのことは、管理官も回収するだけでいいと言っていた。離れたところで待っていてネフィリムが消えたら戻ればいい。
それでも、と声がする。イリスがネフィリムを倒せなかったらどうするのだ。あの子供が新たなネフィリムとなるのを見過ごせと言うのか。それに、もしイリスがネフィリムを倒したとしても彼女の命と引き換えだったら。
脳裏に思い浮かぶのは記憶の断片。目の前で神化が起こったこと。目の前で醒者が死んだこと。目の前で誰かが死んだこと。ネフィリムと成ってもネフィリムと成らなくても悲惨な結末は変わらない。それならば。いや、それでも。
息を吐いた。
PASをすべて解除。大きく身体能力を上げる器具だが実際は上限で出せる力が決まっている。シシェーレ本来の力の前には拘束具のようなものだ。
服を一枚脱いだ。PASの負担を軽減するための防護服だったが、本当は必要のないものだ。
固く身体に巻かれていたもう1つの服が姿を現す。これを誰かに見せるとは思いもしなかった。
誇らしくもあり、少し照れくさくもあり。封印が解かれるように服が広がっていく。
風に大きく服をなびかせ駆け出した。足取りは軽く、身体は解き放たれ
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