第108話 キレちゃっても良いんですよね?

「で、ではグラトニー、早速ですが一つお願いがあるのですが……」


「お願い、ですか?

 私は主人殿の眷属。

 お願いなどせずとも、ご命令頂ければこの命に代えて遂行致しますが」


 これまた、重たい事を言い出しましたね。

 僕の言う事にそれ程までに崇高な意味は全く無いと思います。


「ダメです!

 ここにいる皆んなは眷属ではありますが、グラトニーも含めて全員、僕の大切な家族です。」


 僕は聖人君子では無いので、ナイトメアに所属する全員が家族だとは言いません。

 大切な配下であり仲間である事は確かですが、その中には僕が名前を知らない人も必ずいます。


 メルヴィーとノア、シアの3人は僕が名付け、僕の眷属となりましたが。

 その他の人には直属であるコレール達が名を授けましたからね。


 ナイトメアの運営をコレール達に丸投げしている様に、全てを僕一人で成す事なんて絶対に不可能です。

 でも、だからこそ、僕の手の届く範囲の皆んなだけは絶対に守りたい!


「だから、〝命に代えても〟何て言わないで下さい…」


「ル、ルーミエル様っ!!」


 背後から聞こえて来たオルグイユの声に咄嗟に振り返ると……突然、視界が暗転しました。


 まぁ、その原因は分かっています。

 原因は僕の顔に押し付けられている、この柔らかい物体でしょう。


 この凄まじい破壊力。

 流石は吸血鬼の始祖……戦慄を禁じ得ません、暴力的ですっ!!


「ぷはっ、わかりましたか?」


 何とか自力で窒息を免れて正面を向きました。

 現在進行形でオルグイユが抱きついて来ていますが、まぁ、今更ですね。


「は、はい。

 承知いたしました」


 グラトニーの視線が僕の後ろを見ていましたが……うん、気にしたら負けですね。


「こほん、では改めて。

 僕にその…」



 ドゴオッン!!



 僕の細やかなお願いは、そんな轟音によって掻き消されました。

 音の発生源を見ると、拉げた迷宮の扉が転がっており……


「ひゃっひゃっ! 見事に吹き飛んだねぇ!!」


 そんな事を言いながら土煙の向こう側から、コツコツと靴音を鳴らし姿を現したのは……


「あららっ? こんな場所に先客ですかぁ?」


 白衣を着た、ボサついた銀髪の青年が一人。


 あの、これって僕、キレてもいいですよね?

 なんか妙に間延びした、おちょくる様な話し方に加えてこの人を見下す様な視線。

 そして何より、コイツのせいでネコ耳がっ!!


「あっ、ル、ルーミエル様、落ち着きましょう? ね?」


 僕を抱きしめていたオルグイユには、僕が怒りでわなわなと震えている事がわかった様です。

 ですが、アイツの犯した罪はそれだけじゃありません。


 グラトニーが僕の眷属となった事により、火炎の試練のダンジョンマスターは僕に移りました。

 そして、あの破壊された扉……わざわざ壊さなくても入ってこれたのに。


「僕って、面倒な事が嫌いなんです」


「んん? 誰だねキミはぁ?

 まぁ、別にいいでしょう!

 喜びたまえ、キミはたった今、私の新しい実験体に任命されましたよぉ!!」


 ただでさえ、この人の乱入でネコ耳が先延ばしになってしまったのに。


「扉の修復で更にネコ耳が……

 はははっ! 僕の邪魔をするって事は、僕キレちゃても良いんですよね?」


 〝ムカついたら笑え〟

 何かの格言で聞いたような気がしますが、間違いじゃありませんね。

 無理やりにでも笑顔を作らないと我慢できそうにありません。


「いいねぇ、キミみたいな子が泣き叫ぶのを見るは愉快なんだよねぇ!」


 それって、つまりは了承と受け取って良いって事ですよね?

 そうですよね? はい、わかりました!


「終わったな、あいつ」


「ん、エル、激おこ」


 そんな言葉と共にリュグズールとフェルの哀れみの篭った視線が白衣の男に注がれていますが、容赦はしません!


 この世界は弱肉強食。

 僕の邪魔をした報いは受けてもらいます!!

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