第103話 問題発生のようです

「ではお嬢様、お手を上に上げて下さい」


 輝く様な微笑みを浮かべて、迫ってくるメルヴィーに逆らう事なくバンザイしました。

 すると、スッと着せられる淡い黄色のワンピース。


 あの後、無事に温泉を堪能したのですが。

 ふと、僕たちの他に誰もいない事に気づき、皆んなに聞いてみたところ。


「ルーミエル様がお入りになった湯に、一般の者が入るなど許されません。

 他の者たちがここを使えるのは、一度全てのお湯を入れ替えてからになります」


 とは、オルグイユの言葉です。

 さも当然のように言い切ったオルグイユに僕は肯定の言葉を返す事しか出来ませんでした。


 まぁ、僕も身も知らない人と裸の付き合いをする程の勇気はないので、少し助かったのですが。

 取り敢えずは、温泉をゆったりと堪能できたので僕としては大満足です。


「男湯の方はどうでしたか?」


「とても素晴らしいものでした。

 流石にアルテットにある全ての湯を堪能できるだけはありました」


 今サラッとコレールが聞き流せない事を言ったのですが……

 アルテット全ての湯を堪能できる?


 確かに種類は多いし馬鹿みたいに広いとは思いましたが、まさかそれ程とは……リーヴ商会、恐るべしです。


「しかし、水を司る神獣でありながら、その体たらく。

 情けないですよ、エンヴィー」


 そう言うコレールの視線の先には、のぼせてソファーでダウンしているエンヴィーの姿。


「そ、そうは言うけどね。

 ボクは元々、海に住んでいるんだよ?

 冷水なら大丈夫だけど、お湯ってなるとどうにもね……」


 まぁ、エンヴィーの言ってる事もわからなくも無いですが。

 それでもリヴァイアサンが温泉でのぼせてダウンすると言うのはちょっと滑稽で笑えます。


「うっ、我が君まで……」


「すみません、ちょっと可笑しくてつい。

 では、僕たちは行きますけど、エンヴィーはしっかりと休んでいて下さいね」


「我が君こそ、お気をつけて。

 仮にもアルテットはあの国の属国ですので」


「はい、心得ています」


 エンヴィーの言う通り、アルテット公国は公国と付いているだけあって、大国がバックに付いている属国です。


 まぁ属国と言ってもつい最近までその大国と戦争をし、拮抗していたようですが。

 その拮抗も三ヶ月ほど前に大国がある戦力を投入した事によって崩れました。


「アルテット公国、2人の聖女が作った平和な国も今やアレサレム王国の属国ですか」


 アレサレム王国の属国。

 つまり、アレサレム王国が投入した戦力とは勇者達の事を意味しているのですが。


 元クラスメイト達が、戦争に出て人を大勢殺したと思うと感慨深いものが……別に無いですね。


 元々、クラスメイト達とは親しくも何ともありませんでしたし。

 あの時、完全に彼らと僕の袂は分かたれました。


 今更、彼らが何処で何をどうしようが、彼らの勝手ですし。

 そもそも、僕に彼らの行動を制限する権利なんてものは存在しませんからね。


 ただ、勇者であろうと、何処ぞの貴族や王族、神であっても僕の邪魔をするものは皆等しく僕の敵です。

 誰だろうと容赦せずに叩き潰します。


「じゃあ、行きましょうか!」


 まだ勇者達が帰還したと言う報せはありませんからね、時間はたっぷりとあります。

 温泉を堪能した後は、優雅にカジノでゲームを楽しむとしましょう。


「承知いたしました。

 では、フロントにある特別室に転移致します」


 コレールがそう言うや否や、一瞬で視界が切り替わりました。

 全くロスが存在しないこの技量、流石ですね。


 一階にあるフロントすぐ脇に作られているこの広々とした特別室は、何と僕たちがホテル内を移動しやすくする為だけに存在します。


 しかも聞く話によると一階フロントのみならず、全ての階層に特別室は存在するらしいです。

 何故そんな事をしたのかと聞くと。


「以前のフェーニルでお嬢様が倒られた時、私は生きた心地がいたしませんでした。

 ですので、どうか、ご無理だけはなさら無いで下さい」


 と、めっちゃ深刻な顔で皆んなに懇願されてしまいました。

 あの時は皆んなに心配をかけてしまったと言う自覚があるだけに何も言えませんでした。

 そして、その結果……


「では、参りましょう」


 ……過保護が加速しました。

 今もそう言うメルヴィーによって素早く抱っこされてしまいました。

 まぁ、これはもういつもの事なので諦めていますけど。


「だから、そこを如何にかしろと言っているのだ!!」


 扉の向こう、つまりはメインフロントから聞こえてくる怒声。

 ふむ、どうやら問題発生のようです!

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