第34話 コレールの怒り

「お嬢様、お目覚めですか?」


 ベッドの上で1人決心を新たにしていると、コレールが寝室の扉をノックしました。


 因みに、このスイートルームですが。

 作りは一軒家の様になっていて、広々したリビングとダイニング、そしてプロが使っていそうなレベルのキッチン。


 それに加えて寝室が3つあり、僕が寝ていた部屋に一番大きいベッドが1つ。

 その他の部屋にそれぞれ4つのベッドが備えられています。

 そんなにベットが沢山あって、一体何に使うんだ、と思いますが……


 コレールの昨日の説明ではここは王侯貴族か御用達の超一流ホテル。

 恐らくは従者の人達の事も含めて、このベッド数なのでしょう。


 僕の身体に比べてベッドのサイズが遥かに大きいので、一緒に寝てもいいと思うのですが。

 コレールはプロ意識の高いですからね、違う部屋で寝ていたのでしょう。


 僕としては、龍形態になって尚且つ小さくなってなったコレールを抱き枕にして寝てみたいんですけどね……


「はい、入ってもいいですよ」


「では、失礼いたします」


 別に僕の許可なんて、一々無くても入ってくればいいのに。

 プロ意識の塊ですね。


「おはようございます、お嬢様」


「おはようございます、コレール」


 やっぱり挨拶は大事ですよね。

 地球時代はこうして誰かと朝の挨拶をする事なんて殆どありませんでした。

 だからか、こうしていると心温まります。


 それにしても、僕の見ている光景は幻覚でしょうか?

 コレールの背後に、視界一杯のメイドさん達の姿が見えるのですが……


「ではコレール様、後は私共にお任せくださいませ」


「わかりました。

 ではお嬢様、私は御朝食の準備をしておりますので、何かあればすぐにお呼び下さい」


 大き過ぎるベットの上で半身を起こした状態で困惑している僕を余所に、コレールとメイドさん達の間で話が進められる。

 そしてコレールはそう言い残して一礼し、戻って行きました。


「あ、あの、これは……どう言う事ですか?」


 マ、マズイっ!


 コレール達、眷属であれば大丈夫ですが……現役ヒキニートで、極度の人見知り。

 そんな僕が、容姿の整ったメイドさん達に囲まれて、まともに受け答えできる筈がありません!!


 遺憾無く発揮された人見知りの影響で声が震えて、たどたどしくなってしまいます。

 今の僕にはこれが精一杯でした。


「かっ、かっ……」


「か?」


 一体どうしてしまったのでしょうか?


「かっわいいっ!!」


 突然メイドさん達が大声で叫びました。

 いきなり大声を出すから、ちょっとビックリしてしまったじゃないですか全く!


「あ、あの……」


「はっ!? 申し訳ありません。

 私共は、ここに勤めているメイドでございます」


 どうやら冷静さを取り戻してくれた様ですね。

 しかしメイドさん、それは流石に見ればわかります。


「そして私共はコレール様より、ルーミエルお嬢様のお世話を仰せつかっております。

 さぁ、ルーミエルお嬢様こちらへ、御髪を整えさせて頂きます」


 そう言って迫ってくるメイドさん達の目。

 このギラギラした獲物を狙う捕食獣の様な目です。

 ぶっちゃけ迷宮の魔物達よりも怖いです。


 お化けや妖怪とかよりも人間が最も怖いと言いますが、今確信しました。

 確かにその通りです。


 迷宮の魔物達が相手なら、臆せず立ち向かえますが。

 フフフって、微笑みを浮かべて迫ってくるメイドさん達を前に僕に出来る事なんて一切ありません。

 身を強張らせて、硬直するのみです。


 眷属の皆んなには恥ずかしくて言えませんけど、余りの怖さに、少しだけ涙目になってしまいました……

 これからは睡魔だけで無く、人見知りにも打ち勝たないとダメなようです。


「ポニーテールも可愛いし、三つ編みも捨てがたいわ!」


 何やら熱狂するメイドさん達の、狂気とも言える雰囲気に飲まれ。

 どんどんエキサイトして行くメイドさん達に解放されるまで、文字通り人形と化していました。


 その結果、冒険者として冒険するにはあり得ない、白を基調にレースの入ったワンピースを着せられてしまいました。


 僕のドレスコードを終えたメイドさん達は、とても良いやり切った顔をしてました。

 まぁ、満足してくれたのなら、別にいいのですが。


 因みに、今僕が着ているワンピース。

 これは毎朝ホテルに呼んでいると言う、行商人から買った物です。

 そこそこな値段でしたが、メイドさん達がこれが良いと言うと、コレールが一括で買ってくれました。


 その他にもメイドさん達が薦めるがままに衣服を数着、靴も購入していました。

 流石は竜を討伐しただけあってお金は沢山持っているようですね……


 あれ? つまり、もう資金稼ぎをする必要は無いと言う事では……よし、考えるを辞めましょう。

 取り敢えず、冒険者をしてみたいのですから、それでいいのです!


「う〜んっ! コレールの作る料理は美味しいですね」


「そう言って頂けて感無量に御座います」


 本当にコレールの作る料理は全て、とても美味しいです。

 それこそ、どこぞの一流シェフか! という程に……ですが……


「コレールは一緒に食べないのですか?」


「従者が主人と共に食事を取る事などあっては従者失格です」


 コレールは一緒に食事を取ってくれ無いんですよね。

 コレールを待たせて、一人で食事を取るのは気が引けるんですよね。


「むぅ……コレールも、これからは僕と一緒に食事を取る事にしてくださいね!」


「しかし……」


「異論は認めません、これは命令です」


 横暴かも知れませんが、みんなで食事を取った方が美味しいですからね。

 これは仕方無い事なのです。


「……承知しました。

 お嬢様の御心のままに」


 やれやれと言った感じでコレールが折れたので、次回からはこの悲しい一人飯から脱却できそうで一安心です。


「本日はどの様な依頼をお受けになられるのですか?」


 コレール謹製の朝食を食べ終え、コレールがカップにお茶を注ぎながら、尤もな事を聞いてきました。

 しかし、どんな依頼を受けるかは考えていませんでしたね。


「そうですね。

 取り敢えず、一番報酬が高いものを受けてみる事にしましょう」


 そうして、意気揚々とホテルを後にし冒険者ギルドへとやって来た訳ですが。

 街中でもそうでしたが、やっぱりこの視線には慣れませんね。


「キミ、可愛いねぇ!

 どうだい? 僕達と一緒にパーティーを組まないかい?」


 周囲からの視線に多少うんざりしていると、青い鎧を纏った金髪の青年が謎のウインクと共に声をかけて来ました。


「えっ?」


「ふふふ、その反応良いね。

 ますます、キミの事を気に入ったよ」


 突然の事にポケェーと呆けてしまったのは仕方ない事でしょう。

 そのせいで一瞬反応が遅れて、躱しきれずに、腕を掴まれてしまいました。

 いきなり腕を掴むとは、礼儀がなってませんね。


 はっ!? もしやこれは……これはあの伝説の冒険者ギルドで絡まれるテンプレなのでは!?

 ふっふっふ! 僕は信じていましたよ、テンプレさん!!


「いきなり失」


「ぐあっ!」


 意気揚々と、いきなり失礼じゃないか、と言おうとした瞬間。

 僕の腕を掴んでいたハズの青年は、そんな悲鳴と共に腕を抑えて蹲りました。


「貴様、死ぬ覚悟は出来ているのだろうな?」


 そして、蹲る青年に浴びせられる重たい声。

 勿論その出どころはコレールです。


 僕が動こうとした瞬間にコレールによって青年の腕がへし折られ、今に至るのですが……またしても! またしても、コレールに先を!!



 突然の出来事に加え、コレールから発せられる確かな怒りと殺気に、ギルド内が重苦しい空気が包み込む。


 そして、誰もが固唾を飲んでコレールと蹲る青年を注視する。

 騒がしかったギルド内を一瞬にして静寂が支配した。


 しかし、その静寂も唐突に破られ終わりを迎える事になる。

 それは誰もが予想だにしない場所から……


「コ……コレールなんてやっぱり嫌いですっ!」


 熟練冒険者達が固唾を飲んで静まり返ったギルドに幼い可憐な声が響き渡った。


「「「……え?」」」


 その予想外の展開に、冒険者達は一斉に困惑の声を漏らし。

 嫌いと言われたコレールはというと……


「……」


 先程まで、この場を完全に支配していた重圧は消え失せており。

 燃え尽きた様に顔を俯かせ佇んでいた。


 昨夜に続き、2日連続で『嫌い』と言われたコレールの精神は重大なダメージを受けた。


 そして、コレールは考える。

 何故こんな事に、なってしまったのだろうか? と。

 そして、コレールの視線が足元にて未だに蹲っている青年を静かに捉える。


 敬愛するルーミエルに嫌いと言われてしまった。

 そのコレールの怒りが、その原因を作り出した青年に向かうのは時間の問題だった。


 そして……


「人間、我の怒りは大きいぞ」


 怒りのあまり、執事としての顔が剥がれ落ちる。

 そして神獣・黒龍の絞り出す様な声は、それは良くギルド内に響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る