第35話 コレールの歓喜

 折角のテンプレを、コレールに奪われてしまいました……

 昨日は1人だけ抜け駆けしてAランクになるし、これは僕も少し怒っていいと思います。


 とりあえず、しばらくコレールとは口を聞きません。

 それにそうですね、コレールには反省してもらう必要があるので……


 そうだ! コレールがいつもやっている仕事を奪ってやるとしましょう!!

 コレールは家事をする事に、かなりこだわってますからね。


 その仕事を僕が奪ったら多少は反省してくれるでしょう。

 うん、それが良いですね、そうしましょう。


 コレールへの罰が決定したのですが……当の本人は何故か、テンプレを運んできてくれた、青年を凄い形相で睨みつけてますね。


 何故コレールがそこまで怒っているのかはわかりませんが……僕には関係ありませんからね。

 放っておくとしましょう。

 触らぬ神に祟り無しです、神獣だけに。


 とは言え……どうしたのでしょうか?

 活気溢れる場所であるはずのギルド内がシーンと静まり返ってますし。

 この居たたまれ無い空気は一体?


 本来であれば馬鹿騒ぎしている、隣接されている酒場にいる冒険者達。

 そんな彼らですら、何故か緊張した面持ちでチラチラとこちらを伺っていますし……


 何かあったのでしょうか?

 ふむ、まぁ別に気にする程の事ではありませんね。

 ふっ! 僕はこの2日で周囲からの視線には多少の耐性を得たのです!!


 とりあえず、受付で依頼を受注してみる事にしましょう。

 そうすれば、何故こんな状況なのか情報が得られるかもしれませんしね。


 そうと決まれば行動あるのみです。

 いつまでも、こうして入り口前を陣取っていても迷惑でしょうしね。


「あの、すみません」


「あ、はい。

 何でしょうか?」


 昨日の受付嬢さんとは別の方ですね……それに、かなり緊張している様です。

 本当に何か、緊急事態でもあったのでしょうか?


「えっと、ですね……」


「はい、どう致しましたか?」


 ま、マズイ事になりました。

 こんなところでも僕の邪魔をするのですか! むぅ、人見知りめ……


 人見知りを発動して、おろおろする僕を見てニッコリ微笑みを浮かべる受付嬢さん……ま、マズイです。

 このままでは変な奴って認識されてしまいかねません!


「あ、あの、依頼を……受けたくて」


 まともに目を合わせれずに俯いて、声も尻すぼみ小さくなりましたが……何とか言い切りました!

 ふっふっふ! やられっぱなしでは無いのですよ!!


「ハゥッ!」


 すると突然、受付嬢さんが変な声を出しめ身を捻りました。

 突然、奇声を出すから少しビックリしてしまいました。

 むぅ……これしきの事で、これではダメですね。


 どうしてでしょうか?

 以前ギルドマスターと話した時や、昨日の受付嬢さん達と話した時は普通に話せていたのに……


 そう言えば、地球でも会議や商談に出席する時だけは普通に話せていましたね……うん、謎です。


 しかし、少なくとも普通に話せる時があるという事は事実。

 努力していけば、この極度の人見知りも克服出来ると言う事でしょう。


 これは頑張って行くしかありません!

 ……それにしても、この受付嬢さん。

 変な声を出して、恍惚そうな表情でくねくね体を捩っていますけど……大丈夫なのでしょうか?


「あ、あの……」


「あっ!

 申し訳ありません、少し取り乱してしまいまして」


 アレは少しどころの話では無い気がするのですが……


「貴女が噂のルーミエルちゃんですね!」


「え? は、はい…そうです」


「噂に違わぬ、いえ、それ以上だわ!

 ルーミエルちゃんは初めての依頼の受注ですね、少々お待ち下さいね」


 最初に何やらブツブツと呟いた後、柔らかい微笑みを浮かべた受付嬢さんは、奥に行ってしました。


 吸血鬼の始祖たる僕でも聞き取れないとは……冒険者ギルドの受付嬢さん、なかなかに侮れません。


 冒険者ギルドと言えば、依頼は依頼ボードやらに張り付けられるものです。

 勿論テンプレ通りこの世界の冒険者ギルドもその類に外れません。


 しかしっ! 最下級である銅等級。

 つまりはFランク冒険者は、受付嬢さんを通して依頼を受けないとダメってルールがあるのです。


 これ少しでも危険を減らして、経験を積ませると言うのが目的でしょう。

 確かに右も左もわからない新人としては、適切な依頼を斡旋してもらえると言うのは有難い話でしょう。


 しかし! 早くテンプレを体験したい僕は別です。

 何としても早くランクを上げなければなりません!


「お待たせしました。

 では、ルーミエルちゃんに薦める依頼は全部で3つです。

 その中からどれを受けるか選んで下さいね」


「わかりました!」


 初めての依頼、楽しみですね!

 一体どんな依頼でしょうか?

 やっぱり最初はゴブリンの掃討でしょうか?

 それとも、いきなりドラゴン退治なんて言うのも魅力的です!


「では1つ目ですが、

 Fランク依頼:ポーション作成に使用する魔草の採取。

 報酬、一株につき銀貨1枚。

 


 2つ目が、

 Fランク依頼:ペットの散歩。

 報酬、銀貨5枚。

 


 3つ目が、

 Fランク依頼:ベビーシッター。

 報酬、銀貨3枚。

 


 この3つになります、どれも安全な依頼ですので安心して受けて下さいね」


 こ、これは僕の期待を見事に打ち破って来ましたね……ハッキリ言って、そんな依頼は嫌です。

 とは言え、現状Fランクである僕が依頼を受ける為には受付嬢さんを通す必要が……


「お嬢様、私とパーティーを組めば宜しいかと」


 む、いつの間にかコレールが僕の後ろに待機していました。

 あの青年はどうなってしまったのでしょうか?


 それよりも、コレールとパーティーを組むと何故この八方塞がりの状況を打破出来るのか?

 聞きたいですが、今はコレールと口を聞か無い期間に入ってますし。

 どうするべきでしょうか?


「確かに、他の冒険者の方とパーティーを組めば、その方が受けた依頼を一緒に受注する事が可能です。

 ですが、それは相手がFランク以上の冒険者であるときに限ります」


 ふむふむ、なるほど。

 つまりコレールとパーティーを組めば、コレールが受けた依頼を僕も一緒に受けられると言う事ですね。


「確かに先程、そちらの方はCランク冒険者であるラグナス君を軽くあしらっていらっしゃいました。

 しかし、幾ら実力があっても、これから登録為さるのなら初めは一部の例外を省きFランクからと言う事になります」


「それについては問題ありません。

 この通り、私はAランク冒険者に御座いますので」


「えっ!?」


 コレールが懐……と見せかけて異空間から取り出した冒険者カードを差し出した瞬間。

 受付嬢さんが目を見開いて硬直しました。

 受付嬢さんだけで無く、ギルド内にいた冒険者達が皆んな一様に驚愕の表情を浮かべています。


 ……確かにAランク冒険者ともなれば冒険者の中でも高位の存在でしょう。

 とは言え、それほど驚く事でしょうか?


「何か不備が御座いましたでしょうか?」


「い、いえ!

 申し訳ありませんが、念のため偽装でないか確認を取らせて頂いてよろしいでしょうか?」


「ええ、構いません」


 コレールがニッコリと爽やかスマイルを浮かべて冒険者カードを手渡すと、受付嬢さんは、再び奥へと行ってしまいました。


 そして、暫くして戻って来た受付嬢さんの隣に立つエメルさん。

 うん、この展開は昨日と同じですね。


「あら、ルーミエルちゃん? なぜ貴女がここに?」


 優しげな笑み浮かべるエメルさんに事情をたどたどしくなりながらも、何とか説明して昨日と同じ部屋に移動しました。


 因みに、受付嬢さんは受付の仕事があるのでこっちには来ていません。

 とても残念がっていましたけど……何故それ程、この部屋に来たかったのでしょうか?


 しかし、その疑問の答えはすぐに判明しました。

 それは、お茶と一緒に僕の目の前に差し出された白き神秘の代物。


 柔らかいスポンジにフワッと雲のようなクリーム、そしてそれらを調和させる赤い苺……


 そう、僕の意識はこの世界に来て初めて目にしたスイーツ。

 ショートケーキに一瞬にして固定されてしまいました。






「コレールさん、お手数をかけて申し訳ありません。

 Aランク冒険者ともなれば誰しもがそれなりに有名人なのです。

 ですので……」


「いえ、私が冒険者になったのは昨日の事なので仕方がありません。

 それよりも、今重要なのは私とお嬢様がパーティーを組めば受けられる依頼が増えると言う事ですので」


「昨日……もしや貴方が火竜ファイアドラゴンを仕留めたと言う……

 コレールさんがルーミエルちゃんとパーティーを組む事自体に問題はありません」


「それは良かったです」


「ですが、何故Aランク冒険者である貴方がルーミエルちゃんと?」


「私は冒険者以前に、お嬢様に仕える執事で御座います」


「執事、ですか……

 わかりました、冒険者の内情を探る事はしません。

 ですが、1つだけよろしいでしょうか?」


「何で御座いましょうか?」


「いくらAランク冒険者である貴方が居るはいえルーミエルちゃんは、まだ駆け出しのFランクです。

 本来であれば彼女が貴方の受ける依頼に同行する事自体に無理があります。

 ですので、無理だけは決してし無い様にお約束下さい」


「ご心配頂き有難いですが、その心配には及びません。

 何せお嬢様は、私などよりもお強いですからね」


「えっ?

 ふふふ、そうですね。

 確かにルーミエルちゃんの強さは凄まじいです」


 冗談めかして笑うエメルの視線の先にはケーキに夢中になっている幼い少女。

 お行儀よく、しかしケーキ以外だけに集中しているその姿は、とても微笑ましくあった。


「お嬢様、どの様な依頼をお受けいたしましょうか?」


「もぐもぐ……そうですね……僕もドラゴンを見てみたいです!」


「っつ! かしこまりました、お嬢様」


 口に含んだケーキを飲み込み、とても楽しそうに笑ったルーミエル。

 その事実に、嫌いと言われて絶望の淵に立っていたコレールは歓喜に震えた。


 その後、非常に機嫌が良くなったコレールによって、腕をへし折られたCランク冒険者ラグナスは腕を治癒される事になる。


 圧倒的に強さ、そして治癒する寛容さを見せつけたAランク冒険者コレール。

 そんなコレールにラグナスは憧れを抱き始めたとか……

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