第22話 勿論憶えてますよ!
何故こうなってしまったのでしょうか?
ただ帝都に入ろうとしただけなのに、どうしてこんな大事になってしまうのかと、揺れ動く馬車の中から窓の外を眺めながら黄昏て思う。
だってそうでしょう、たかがワンちゃん1匹出しただけですよ!?
それなのに何故か冒険者ギルドに連行されているし。
そのせいで多大なる注目を受けるしで、もう嫌になってしまうと言うものです。
俺は目立つつもりなんて全く無いと言うのに、まぁ商人として目立つのはいいでしょう。
その方が集客効果も見込めますからね。
しかしです、決してこのような形で目立つ事は望んでいません。
もし俺の存在が公にでもなったら面倒な事になる事が目に見えていますからね。
勇者召喚を行なったアレサレム王国側からしてみれば死んだと思っていた俺が生きている事は面白く無いでしょう。
仮にあの王達が俺に、「よくぞ生きて戻った、我々はお前を歓迎しよう」なんて言われたに日には流石の俺もキレてしまうかもしれませんしね。
はぁ、面倒ですね……聞く話によると、あのワンちゃん達は群れで行動する魔物のようですし。
田舎から出てきた設定の俺が、たまたま仕留めたなんて言っても信じてもらえないでしょう。
もしかしたら、亜空庫を使えると言う事で納得してもらえるかもしれませんけど……それだと残りの群れはどうしたのか? と言う事になりますし。
どこでコイツを狩ったのか? と言う質問にも答えようがありませんからね。
まぁ、この世界の人々に通じるのかは不明ですが、俺には黙秘権というものがあります。
最悪の場合は……やりたくは無いけど逃げる手段はあります。
まぁ、そうなるともう後戻りはできないので、したくは無いですけど。
とは言え、この手は目くらましにもなりますからね。
ここで俺が何らかの問題を起こしても後々問題にはなら無いので、楽と言えばそれまでなのですが……
流石に俺の矜持がそれを邪魔します。
この手段は本当にどうしようも無くなるまで、心の内に閉まっておく事にしましょう。
さて、そんな事を考えているうちに目的地に到着したようで、軽く揺れていた馬車が停止する。
「こちらへ」
そう受付嬢さんに言われるまま馬車から降りると、そこには立派な作りの建物。
見た目の雰囲気から、貴族の屋敷などでは無い事は明らか。
では何なのか? それは勿論、冒険者達が集う場所、つまりは冒険者ギルド!!
何と俺の心を擽る素晴らしき響き! これぞファンタジー、これぞ異世界!!
「何をやっているのですか!
早くこちらに来てください!!」
しかし、そんな感動の余韻に浸っている俺に冷たく現実に引き戻す声が浴びせられる。
それに応じてオルグイユとコレールから少し苛立ちと殺気が漏れましたが……気付かれてい無い様なので良しとしましょう。
尤も、2人には後ほどお説教をする必要があるかもしれませんけど。
因みにフェルは馬車の揺れでうとうとていたので、今は俺の服の裾を握って反対の手で目を擦っている。
フェルは超絶美少女ですからね。
うん、凄まじき破壊力です。
こんなの現役ヒキニートの俺にすれば卒倒モノですが、侮るなかれ。
フッフッフ、俺だって成長するのです。
地下迷宮でフェルと過ごした日々のおかげで、この程度では俺動揺もしない程に成長しました!!
地球にいた時からは想像もでき無い程の成長です。
機嫌が悪くなった2人を諌めつつ、受付嬢の後を黙ってついて行くと、応接室だと思われる部屋に通された。
暫く待っていると、初老の男が入って来る。
ずっしりとした体格で筋肉隆々。
その鋭い目には確かな力強さが宿っているのが見てとれる。
この人、あの草原にいた大多数の騎士達より強そうですね。
あの騎士達がこの世界に於ける高水準だとは流石に思え無かったですが……これで確信が持てました。
「ヘルハウンドを仕留めたと言うのは君か?」
「えぇ、どうやらそうみたいです」
厳しい表情で俺を一瞥し、少し驚いたように目を開く男に軽く微笑みを浮かべながらそう答える。
さて、今この人が驚いたのはどっちに対してでしょうか?
ヘルハウンドを仕留めたのが俺みたいな子供だった事か、はたまた部屋にいるのが俺だけだからでしょうか?
因みに俺は今仮面をつけています。
今更かも知れませんが、今後の降り掛かるであろう様々な可能性を考えると……まぁ、これは必須です。
「私の名はギルクス。
現在はここで冒険者ギルド、ネルウァクス帝国帝都支部のギルドマスターをしている」
「俺はコウキと言います」
「しかし驚いたな……ヘルハウンドが討伐されたと聞いた時もそうだが、来てみれば討伐者はまだ少年ときた。
それに彼女の報告では君の他に3人いたはずなのだが?」
ギルドマスターは俺の言動を見逃さないと言った様子で、スッと目を細める。
観察されているのがよくわかる、不躾な視線ですね。
俺が若いからと言って舐めているのでしょうか?
こんなあからさまな、観察する視線に気付かないはずも無いと言うのに。
「彼女とは、俺をここまで案内したあの人ですか?」
「そうだ」
「では、その人の勘違いか何かでは無いでしょうか?
この部屋に案内されたのは俺1人だけですからね」
「それはあり得ない」
「何故そう言い切れるのです?」
「彼女がこの支部の副ギルド長を務める者だからだ。
そんなミスは犯さない」
まさか、あの受付嬢が副ギルド長だったとは。
この人も信頼を置いている人のようですし、俺の言い分を聞き入れる事は無さそうですね。
まぁ、苦しい言い訳なのはわかりきっていた事です。
あの外壁付近では俺達4人の姿を見た人が多数いますし、何故か俺達は目立っていたので証言はすぐに取れるでしょう。
まぁ、だからと言って、3人の事を紹介するつもりはありませんけど。
「まぁ、貴方があの人を信頼している事はわかりましたが、俺には何の事なのかわかりませんね」
俺にはこの場で顔バレしても、どうにかする手段が一つだけありますが……フェル達は厳しいでしょう。
ここで3人を見られる訳にはいきません。
「ふむ、まぁいい。
君が何を隠そうとしているのか、今は追求しないでおこう。
それよりも今はヘルハウンドだ」
口ではそう言いながらも、俺の内面を探ろうとする視線を向けて来るギルドマスターに軽く肩を竦める。
「一つ聞いてもよろしいですか?」
「何だ?」
「何故俺が態々、ヘルハウンドについて話さなければなら無いのですか?」
するとギルドマスターは虚をつかれた様に目を見開く。
全く何をそんなに驚く事があるのでしょうか?
「何だと?」
「ですから、俺が貴方にヘルハウンドについての情報を提供する事で俺に何か利益はあるのですか? と聞いているのです」
「ふざけるな!
ヘルハウンドは一体ですら厄介で、群れで行動する魔物だ。
村や街が簡単に壊滅する事態に発展しかねないのだぞ!!」
「そんな事はわかっています。
しかし、それは俺が貴方達に教える義務はありません。
それとも、貴方は一般市民に命令できる権利でも持っているのですか?」
「そんな事は関係無い、人命がかかっているのだ。
貴様にはそんな事もわからないのか!」
「いえいえ、その程度の事は勿論理解していますよ。
ですがそれは、俺がヘルハウンドについて話さなければなら無い事にはなりませんよね?」
「き、貴様には人の心が道徳心と言うものは無いのか?」
「何を言うのですか、俺はその情報に対しての対価を求めているだけですよ?
尤も、貴方が言う道徳心なん言う物は生きる為に捨てましたけどね」
俺の目を見てギルドマスターが息を飲む。
これで引き下がってくれたらいいのですけどね。
まぁ、非道に思うかもしれませんが、実際にはヘルハウンドなんて何処にも出没していないのだから誰も殺される事は無い。
そもそも俺は地上に出てからヘルハウンドに遭遇していませんし、適当に答えるとボロを出す可能性もあります。
だからこれで、諦めてくれると楽なのですが……まぁ諦めてはくれないでしょうね。
はぁ、どうしましょうか?
最善はこのまま向こうが引き下がってくれる事、次いで実力行使でしょうか?
最悪なのは、俺が持ちかけているこの交渉にギルドマスターが乗ってくる事です。
そうなったら掛け金を際限無く釣り上げていくしか無いのですが……そんな事をすれば俺の評判は死んだも同然ですからね。
ギルド側が実力行使に出てくれれば、正当防衛が成り立つので、俺としてはラッキーですね。
ギルドマスターを叩きのめした後、副ギルド長と一緒に少し記憶を改ざんさせてもらうだけで穏便にすみます。
「どうしても答える気は無いのだな?」
「はい、貴方が相応の対価を提示しないと話になりません。
俺は商人なので情報は高価な商品と同じなのですよ」
「そうか残念だ。
非道な考えしか持てない貴様はやはり吸血鬼と言う事か」
「は?」
えっと、何を言っているのかなこの人は?
吸血鬼? 誰が、俺が?
あっ、確かに今の俺は吸血鬼でしたね……べ、別に忘れていた訳ではありませんからね! 勿論憶えていますよ!
「とぼけても無駄だ。
現身の水晶をどうやって誤魔化したのかは知らないが、その白い肌に赤い瞳、この私を騙せると思うな」
「えっと、本当に何を仰っているのかわからないのですが。
そもそも吸血鬼は日光の下に出られないのでは無いのですか?
冒険者ギルドのギルドマスターである貴方がそんな事も知ら無いなんて事ありませんよね?」
「ふん白々しい、現身の水晶を誤魔化せたのだ、何らかの方法があったのだろう。
しかし、私の目は誤魔化せんぞ。
恨むならばここで私に出会った自身を不安を
恨む事だ」
ギルドマスターのその言葉と共に、部屋の外に待機していた人達が部屋の中に雪崩れ込んでくる。
「茶番は終わりだ、悪しき吸血鬼よ」
部屋に入って来た部下から受け取った大剣を俺に向けながら、ギルドマスターは高らかに宣言した。
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