第21話 前途は多難です

 善は急げと言いますし、早速帝都に入ろうとした訳ですが……ここで大きな問題が発覚しました。

 こんな重大な点を見落としているなんて……今までに無かった失態です。


 と言うか、少し考えればこうなる事は分かったハズです。

 それ程までに当然の事態の見落とし。


 小さな村などであればいざ知らず。

 一国の首都に入るために、通行料がかから無いはずが無い。


 しかし! 召喚されてすぐに追放された俺が金銭など持っているはずも無く。

 人里離れた場所にいたフェル、コレール、オルグイユの3名は言うまでもありません。


 つまり俺たちは今、一文無しという事。

 通行料が払えないと言う、商人にとってあり得ない状況に陥る大失態。


「コウキ様、こうなっては致し方ありません。

 強行突破致しましょう」


 いたって真面目な顔で、そんな事を言ってくるオルグイユさん。

 美女が真剣にこんな物騒な事を言うものだから超絶怖い。


 けど、オルグイユはまだまともな方です。

 なにせコレールとフェルはと言うと……


「人間の分際で、主様に金を要求するなど許されません。

 ここら一帯の人間達を皆殺しにした方が良いのではないでしょうか?」


「ん、それも、いいと思う。

 でも、焦土の、方がいい」


「焦土ですか……確かに、その方が我らが主様の偉大さが愚かな人にもよく理解できますね。

 しかし、この都は主様に献上すべきなのではないでしょうか?」


「ん、壊れたなら、作ればいい」


「確かに我々ならば、この都よりも素晴らしい物を作る事が可能ですが。

 それでは主様に献上するまでに多少なりとも時間がかかってしまいます」


「むぅ、質を取るか、速さを取るか。

 これは、難しい問題」


「どうしたものでしょうか?」


「コウキに、決めて貰うべき」


「しかし、このような些事で主様を煩わせる訳にはいきません」


 これで2人ともガチで言っているのだから笑えない。

 流石に許容できません。


 しかし、どうしようもない事もまた事実。

 いつまでも迷っていては、フェルとコレールがいつ暴走するかわかりませんし……








 一旦迷宮に帰った方が良いのでは? と考えていた俺に、人の良いおじさんが救いの手を差し伸べてくれるのは数分後の事だった。


 おじさん曰く、魔物の素材をなどを門の隣にある冒険者ギルドの窓口で換金できるらしいです。

 これはまさしく、天が遣わした救いです!

 まぁ、おじさんでしたけど……


 大袈裟かもしれませんが。

 あたり一帯が壊滅した可能性もあったのだから、あながち間違いでも無いと言うこの事実。


「すみません、こちらで魔物の素材を買い取って頂けると耳にしたのですが」


「あら、新人さんかしら?」


 窓口は受付カウンターみたいな造りになっており。

 受付にいる女性、謂わゆる受付嬢に声をかけると、受付嬢は少し驚いたように目を見開きました。


 しかし、それも一瞬の事で直後には人当たりの良い微笑みを浮かべる受付嬢。

 プロですね。

 なぜ、驚いたような反応をしたのかが分かりませんけど。


 どうやら特に俺とオルグイユを警戒しているようですけど……まぁ、別ににやましい事は一切無いので別に良いですけどね。


「はい、そんなところです。

 田舎から出て来たのですが、通行料を払う為の資金を旅路の路銀で使ってしまい。

 路頭に迷っていたところ、この場所の事を教えて頂きまして」


「成る程、確かにここでは魔物の素材や薬草などを買い取らせてもらってますよ。

 冒険者カードはお持ちですか?」


 と、にこやかに微笑んではいますが……その瞳からはやはり警戒の色が窺えますね。

 う〜ん、そんなに警戒されるような事は何もしてい無いと思いますけど。


 まぁ、あの草原ではかなり、やっちゃった感がありましたが……流石にその事はまだ帝都まで伝わってい無いでしょうし。

 転移の瞬間も見られていないハズです。


「いえ、持ってません」


「わかりました。

 ですがその前に……お手数ですが、この水晶に手をかざして頂けますか?」


 そう言って受付嬢が取り出したのは、直径15センチほどの水晶。


「これは?」


「これは、現身の水晶と言う物です。

 皆様はステータスプレートをご存知ですか?」


「ええ、確か古来より現存するアーティファクトだとか」


 一瞬、受付嬢の視線が鋭くなったように見えましたが。

 まぁ気のせい……ではないでしょうね。

 面倒な事にならなければいいのですが。


「冒険者ギルドではステータスプレートを模倣した冒険者カードを身分証としているのですが、これはその簡易版です」


 アーティファクトであるはずのステータスプレートを模倣するって、冒険者ギルド凄すぎませんか?


「冒険者ギルドで買い取らせて頂く場合の原則として冒険者カードを提示して頂くか、こちらの水晶で身元を確認させて頂く必要があるのです。

 お手数ですが、確認させて頂かないと買取は出来ません」


「そう言う事でしたら、構いませんよ。

 これでいいですか?」


 俺がすぐに了承したことに多少なりとも驚いたのか軽く目を見開く受付嬢。


「はい、有難う御座いました。

 もう結構ですよ」


「じゃあ次は、フェル」


「いえ、代表者お一人だけで構いません」


 全員の身元を確認をしないって……これではあまり意味が無いのでは?

 まぁ俺には関係の無い事ですし、こっちとしては手間が省けたので別に構いませんけど。


「では、買い取って頂きたい魔物ですけど、どこに出せばいいでしょうか?」


「えっ」


 驚いたような表情になる受付嬢。

 はて、何にそんなに驚いているのでしょうか?


「どうかしましたか?」


「い、いえ。

 ただ皆様、荷物を持っていらっしゃらないようでしたので」


 あぁ、成る程そう言う事ですか。

 まぁ、俺達が荷物を持っていないのは当然です。

 だって必要なものは全て〝無限収納〟に押し込めてありますからね。


「俺たちが荷物を持っていないのは持つ必要が無いからです。

 必要なものは全て亜空庫に入れていますから」


 まぁ、亜空庫と言うのは嘘ですけど。

 ユニークスキルをいきなり明かす様なヘマはしません!!


「亜空庫ですか!?」


「え、ええ」


 凄い勢いで身を乗り出してまで驚きを露わにする受付嬢さん。

 ちょっとビックリしました。


「あっ、申し訳ありません!

 ただ亜空庫を使える人は、とても貴重な人材ですので。

 では買い取らせて頂く魔物ですが、裏に解体場がありますので、そちらの方で出して頂いてよろしいですか?」


「わかりました」


「では、こちらに」


 そう言って歩き出す受付嬢の後を歩きながら、どの魔物を買い取ってもらおうかと考える。


 流石に、アラクネみたいな魔物を出す訳にはいかないでしょう。

 アラクネがどの程度のランクの魔物なのかは分かりませんが、人語を話す程の知恵がある魔物が下位の存在だとは思えません。

 その証拠に、アラクネが出て来たのは迷宮の後半でしたしね。


 もし俺がそんな魔物を出せば、冒険者でも無い子供がアラクネを討伐出来るハズが無い!!

 と言う感じで、騒ぎになる事は目に見えています。

 目立たないように立ち回りたい俺としては、そんな騒ぎを起こす訳にはいきません。


「では、こちらに出して下さい」


 う〜ん、ここは取り敢えず一番初めに仕留めたあの犬を1匹出しておきますか。


「わかりました」


 ドサリっと音を立て、その場に現れたのは紛う事なき俺がこの世界に来て初めて仕留めた魔物の死骸。

 2メートルを超える巨体の漆黒の魔物。


 あの赤く輝く2対の瞳は、ホーリーで消滅させた頭と共に消えているので首より上が無い状態ですけどね。


「う、嘘でしょ、これは!?」


 魔物の死骸を見て受付嬢が声を上げる。

 やっぱりやってしまったか。

 俺もコイツを出した瞬間にやってしまった! と思いました。


 だってコイツは首から上が無い。

 これでは商品としての価値が、かなり低くなってしまう事は仕方無い事でしょう。


 受付嬢が声を上げると言う事は、それだけ状態が悪いと言うことに他ならないと言う事でしょう。


「ちょっと貴方!

 ギルド長にすぐに連絡をして頂戴!!」


 保存状態を謝罪し、状態の良い個体を出そうとした瞬間、受付嬢が近くにいた男の人に向かって叫んだ。


「皆様にはこれより、お話をお聞かせして頂かないといけません。

 申し訳ありませんが一緒に冒険者ギルドまで来て頂けるでしょうか?」


「は、はい。

 それは別に構いませんが。

 俺達には通行料を払えないのですが」


「そちらはご心配なく。

 我々、冒険者ギルドが手続きしておきますので」


「それは有り難いですが、本当にいいのですか?」


「問題ありません」


「わかりました。

 ではお言葉に甘えさせて頂きます。

 しかし、一体何の話をすればいいのですか?」


「それは勿論、この魔物についてです。

 事態は急を要しますから、こちらに」


 ん? 急を要する事態って、どう言う事でしょうか?


「あの急を要するとは、どう言う事なのでしょうか?」


「あの魔物、ヘルハウンドは災厄級の魔物で、一体でも上位の冒険者でないと太刀打ちできない程の強さを誇ります。

 しかも、ヘルハウンドは群れで活動する魔物です。

 ヘルハウンドの群れが現れたとなれば、それはもう災禍級と言っても過言では無い事態なのですよっ!!」


 少し呆れた様に怒鳴られてしまいました。

 そんな事より、今聞き捨てなら無い事があったのですが……ヘルハウンドが災厄級? 群れだったら災禍級と同等の脅威?


 マ・ジ・デ・ス・カ!

 まさか、あのワンちゃんが、そのまで凄い魔物だったとは思いもしませんでした。

 これでは極力目立たないと言う俺の第一目標が……はぁ、前途は多難です。

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