第20話 何故でしょうか?

「ん、わかった」


 フェルはそう言い軽く頷くと、その大きな翼を羽ばたかせる。

 その反動で周囲にかなりの風が吹き荒れたけど、まぁ気にしない。

 だって、もう既に上空ですし、誰にも迷惑はかけてませんからね。


 しかし、流石に高いですね。

 今なら、人がゴミのようだ! って名言が言えそうです!!


「あ、街あったよ」


 現実逃避していると、気の抜けたフェルの声が聞こえてきました。

 まぁ別に、高くて怖いから現実逃避していた訳では無いですけどね、本当に。


 でも、この小さな猫の身体に、上昇時にかかる重力と風圧に少し驚きました。

 事実、吹き飛ばされそうになりましたし。


「確かに……こんなに近くにあるとは驚きです」


 驚いた事に草原……焼け野原から約20キロ程度の場所にかなり発展した街、と言うより都市がありますね。

 まぁでも、さっき皇帝がいたのだから、近くに首都があるのは当然ですね。

 俺とした事が見落としていました。


「よし、取り敢えず行ってみましょうか」


「ん、わかった」


 この程度の距離だったらほんの数分で到着しそうですね。

 そう考えたら、フェル達が飛ぶ速度って信じられない程に早い。


 風圧とかを遮断する結界を張って無かったら、俺なんか簡単に吹き飛ばされてますね……


 さてと、予想以上に早く第一目標を達成してしまいました。

 問題は街に行った後どうするかですね。


 今までの最優先目標が、生きてあの迷宮を出る事。

 その後の事なんて、何も考えて無かったんですよね……


 追放される時にカッコつけて、後悔するなよって言った気が……今にして思えば赤面ものです。

 特殊な状況下でハイになっていたのでしょうがけど……あぁ〜! 穴があったら入り!!


「何で悶え、てるの?」


「そんなコウキ様もお可愛らしいです!」


「オルグイユ殿、主様に向かって失礼ですよ」


 そんなやり取りにハッと我に帰り顔を上げると、3人の視線がこっちを向いていました。

 これはこれで恥ずかしいですね……どうにかして話題を逸らさなければ!


「オルグイユ、いつ元の姿に戻ったのですか?」


 コレールの背に優雅に腰掛けながら、身を捻って恍惚とした表情を浮かべるオルグイユ。

 本当にいつの間に元の姿に戻っていたのでしょうか?


「上空に上昇した時です。

 あの高度であれば人間の視力では視認できませんので問題無いと判断致しました。

 万が一に備え、結界も展開していますので、私の姿が見られる恐れはありません」


 結界を張ったのは気づいていましたけど、まさかそんな効果まであったとは。

 でもまぁ、確かに彼女の言う通りですね。


「では俺も元の姿に戻るとしましょう」


 猫の姿ではフェルの上に乗るのってちょっと怖いんですよね。

 しかし、そんな俺の言葉に待ったをかける存在が……


「そんなっ!? どうかお考え直しください!!」


 勿論、オルグイユですが……とても悲痛そうな表情で訴えてくるのだからタチが悪い。

 けどまぁ、その気持ちは理解できます。


 かく言う俺も猫や犬と言った小動物は大好きですし。

 と言うか、モフモフが好きなんですよね。

 ささくれた心を癒してくれる至福の時間!


 オルグイユもきっと同じ様な気持ちなのでしょう。

 その気持ちが理解できるからこそ、元の姿に戻る事に引け目を感じますね。


「う〜ん、ではもう少しだけですよ。

 あの都市に着いたら中に入る為にも元の姿に戻りますから、その時までです」


「承知致しました!」


 そう顔を綻ばせて嬉しそうに笑う姿は、伝説に語られる吸血鬼の始祖だとはとても思えません。

 まぁ、あと数分もしないうちに到着するでしょうけど……納得してもらうしかありませんね。


 さて、街に着いた後、本当にどうしましょうか?

 これと言って特にやりたい事なんてありませんし……困りました。


 ラノベ展開のお約束は召喚、追放、復讐・ザマァの三拍子。

 でも、復讐とかハッキリ言って面倒なんですよね。


 折角死んだと思ってくれている人たちに、俺が生きている事を伝える必要はありません。

 あの国の人達は迷宮……処刑場に絶対の自信を持っていたようですし。

 そんな場所から生還したとなれば、命を狙われるか利用しようと付き纏われるかの2択でしょう。


 あっ、でも魔王が復活してしまうとさらに面倒な事になりそうで嫌ですね。

 まぁ俺と一緒に召喚された勇者達がどうにかしてくる……ハズです。


 けど、国王の前であんな啖呵を切った手前、何もせずに手を引くのも癪です。

 かと言って俺の事は公にしたくありませんし。


 う〜ん、こうなったら本当に何らかの組織を作った方がいいかも知れませんね。

 影からバレずに暗躍して表の世界を動かす……カ、カッコいいじゃないですか!?


 知る人ぞ知る謎の巨大組織。

 うん、実に素晴らしいです!

 こう、何と言うか……ガッツリと俺の厨二魂を掴んで来ます。


 窓口として商会でも作ると、資金も手に入りますし。

 〝等価交換〟を使えば、利益を得る事は簡単にできるでしょう。


 財力があれば、ダラダラと自堕落な生活を送ることも可能。

 これはもしや、素晴らしいアイデアなのでは……?


「ん、着いた」


 考え事をしている内に、もう帝都上空に到達したようで、相変わらず無気力なフェルの声が聞こえてきました。


「では、取り敢えず地上に降りるとしましょう」


「しかし、私やフェル殿がこの姿で下に降りれば、大騒ぎになる事は必至で御座います」


 確かに、コレールの言う通りこの姿で下に降りれば大騒ぎになるでしょうね。

 今だって迷彩魔法をかけて無かったら、既に大騒ぎになっているでしょうし。


「その通りです。

 ですから上空にいるこの状態でコレールとフェルと俺は人型に戻ります」


「ん。

 でも、人間が飛んできても、騒ぎになると思う」


 確かにフェルの言う通りです。

 しかし! その解決策も勿論ありますとも。

 俺に抜かりはありません。


「そこで、です。

 コレールに地上の外壁周辺に転移してもらいたいのですが、大丈夫ですか?」


「勿論で御座います」


「しかしコウキ様、それでは余計に目立つのでは?」


 帝都は流石と言うべきか、人の出入りがかなり多い。

 あれ程人目がある場所に、いきなり転移で現れたりすれば確かに目立つでしょう。


 しかし、それは言い換えれば、あの人混みに紛れやすい事を意味します。

 このまま迷彩魔法を解かずに転移すれば、幾人かは違和感はを抱くでしょうけど、バレずに人混みに紛れる事は可能。


「問題ありません。

 今かけている迷彩魔法を使えば、あの人混みに紛れる程度は造作も無いでしょうからね。

 そう言う訳で、行くとしましょう」


「ん」


「御意に」


「かしこまりました」


 さっきのオルグイユを手本に華麗に宙返りをして元の姿に戻ると、同時にコレールとフェルも人間の姿に戻る。


「頼みましたよ、コレール」


「お任せ下さい主様」


 片手を胸に当てつつ優雅に一礼を入れるコレール。

 何処からどう見ても、優秀な執事にしか見えませんね。


 コレールが一度指を鳴らすと……次の瞬間には地上に立っていると言うこの早業。

 うん、流石としか言いようがありません。


 予想通りこの人の多さと迷彩魔法のおかげで、誰にも気づかれる事無く、無事に地上に降りる事に成功したようです。


「取り敢えず、帝都に入るとしましょうか」


「ん、わかった」


「主様の御心のままに」


「かしこまりました」


 フェルがコクリと小さく頷き、コレールが片手を胸に当てて一礼し、オルグイユがニコッと微笑んで一礼する。

 別に変な所は一切無かったと思うのですが……周囲の視線をかなり感じます、何故でしょうか?


 もしかして地上に降りる時に不手際でもあったのでしょうか?

 う〜ん、わかりません。

 これと言って不手際があったとは思えませんけど……


 まぁいいでしょう。

 それよりも今は帝都に入る事が先決です。

 仕入れたい情報も幾つかありますからね。

 気にしない事にしましょう!

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