第18話 消滅しました
微睡みの中、意識がゆっくりと浮上する様な感覚。
自分は今、寝ているんだなぁ、と何となく分かる不思議な状態。
本当、これだけ深い眠りについたのはいつ以来でしょう?
「お目覚めですか、コウキ様」
「はい、随分とゆっくり寝る事ができました」
さてと、これはどう言う状況でしょうか?
敵意と殺意を複数感じて自動的に目が覚めたのですが……このクセはどうしようもありませんね。
害意に対して敏感になりすぎていて、我ながらちょっと怖い。
「フェルが少し羨ましいですね」
何せ、こんな状況の中であっても寝続けていますし……俺もいつかはこの境地に辿り着きたいものです。
「この子は、この程度の害意など全く気にしないでしょうね」
まぁ、確かにオルグイユの言う通りなのですが。
何せ、フェルはこう見えて十万年前の大戦を生き抜いた猛者ですしね。
フェルにとっては、この程度の出来事は意識する事すら無い些事なのでしょう。
「しかし、コウキ様をお守りする眷属として、これでは困るのですが」
「まぁ、これもフェルの長所ですしね。
それよりも、一体どう言う状況しょうか?」
フェルの翼の陰から少し外を覗くと、コレールが高そうな服を着た人と何やら話していますね。
明らかに一般人では無いでしょう、アレ。
まぁ害意を発しているのは、あの人の護衛と思われる人達ですけど。
「どうやら、この草原は人間の国の領地だったようです。
それで彼らが出向いて来たらしいのです」
「それは……想定外ですね」
まさか草原で寝ているだけで、国家からの使者が来るとは……想定外です。
それにあの護衛の数。
間違い無く、それなりの立場の人間。
追放された身としては、出来るだけ目立ちたく無いんですけどね。
「ですが、あの程度の者達ならばコレール殿にお任せして問題ないかと」
確かにあの人達では全員で束になってもコレールに勝つ事は不可能でしょう。
それに、この状況下で俺が出て行っても出来る事なんて皆無。
むしろ話を複雑にするだけです。
「そうですね……ここはコレールに任せるとしましょう」
暫く見ていると、白い髭を生やしたご老人が前に出て来ました。
まぁアレですね、某魔法学校の校長先生みたいなですね。
「ん? この感じは」
「あの人間、何やら魔法を構築しているようですね。
しかし、この程度であれば我々に傷をつける事すら難しいでしょう」
まぁ、自信満々な様子を見るに、それなりの魔法なんでしょうけど。
あのご老人の魔力から予測して……まぁ、問題ありませんね。
でもこの魔力の感じ……嫌な予感がします。
もし仮に、あのご老人が構築している魔法が炎系の魔法なら……
「あっ……」
得てして、嫌な予感と言うのは当たるものです。
ご老人が構築していた魔法は、やはり炎系の魔法だったようで……コレールと、その直線状にいた俺達までもを、一瞬にして赤い炎が包み込む。
まぁ、はっきり言って実害は一切ない。
この程度の炎ではコレールの鱗にダメージを与える事すら不可能、フェルもこの程度では何も感じないでしょう。
勿論、そのフェルの翼の中にいる俺とオルグイユにも何の効力もないのですが……
「もう、ダメです……」
そう言って俺は力なく地に倒れ伏す。
それはもう、綺麗に膝から崩れ落ちました。
あのクソジジイっ! なんて事してくれんたんだっ!!
「コ、コウキ様!
どうなされたのですか!?」
オルグイユが本来の姿に戻り、介抱してくれるが……これはダメだ。
暫くの間は、自力で立ち上がる事すら出来ないかもしれない。
当然、身体的ダメージは一切無い。
そもそもフェルの翼云々、以前にあの程度の魔法なら常時展開している数多の結界で相殺可能。
しかしだ。
身体的ダメージは無くとも、俺が受けた精神ダメージは計り知れない!!
「俺の、俺のお昼寝スポットその1が……」
未だに地面を焼き続ける魔法。
これでは、この素晴らしい草原はもう……
「報復です。
これは報復が必要ですね」
しかし、ここで目立つ訳にもいかない。
あの人達を皆殺しにしてしまえば、犯人が割れる事はまず無いでしょう。
でも、何処か離れた場所から見られている可能性も捨てきれません。
それに、犯人を特定出来ずとも、要人が殺されたとあっては警備が厳しくなるのは確実。
そうですね……ここはひとつ、あのスキルを活用するとしましょう。
まぁ、実際に使うのは初めてなので、どのような結果になるのかは分かりませんけど。
そのスキルを使うと、次の瞬間には眩い光に包まれ……目を開けると。
「視線が、かなり低くなってますね」
「まぁ! コウキ様、なんてお可愛らしいお姿にっ!!」
オルグイユの歓喜の声が聞こえたと思ったら、次の瞬間には視線が高い位置に。
足が宙に浮いている状態で、そこそこ不安なのですが……
「この艶のある純白の毛並み、なんてお可愛らしい!」
そう興奮するままに、オルグイユの胸に抱きしめられる。
柔らかい……ありがとう御座います。
しかし、ちょっと苦しいですね。
まぁ役得なので別にいいですけど……現役ヒキニートだった俺に、これはハードルが高すぎです。
「苦しいです」
「はっ!? も、申し訳ありません、取り乱してしまいました」
「いえ、別に構いませんよ。
それより、今の俺はどんな姿になっていますか?」
謝りはするも、しっかりと俺を抱っこしたまま離してくれませんでしたけど。
まぁ今は、別に構いませんけど。
問題は今の姿から人間……吸血鬼の俺の姿を連想出来るかどうかです。
まぁ視線の高さの変化からして、恐らくその心配はないでしょうけど。
「それはもう! お可愛らしい白猫のお姿になられております!!」
「白猫ですか」
うん、まぁ、なんて言うか。
オルグイユの新しい一面が見れましたね。
「はい、黒猫となる私を元にして吸血鬼になられたので猫なのでしょう。
何故、黒猫では無く白猫なのかはわかりませんが」
「それは恐らく、俺の体質の問題でしょうね」
まぁ、今の姿が白猫なら、この姿から俺本来の姿を連想する事はまず不可能。
つまりは、あの人達に何かしても、指名手配される心配は無いと。
「さてと、俺のお気に入りスポットを丸焦げにしてくれた報いを、受けてもらうとしましょう」
オルグイユの腕から抜け出し軽やか着地を決める。
流石は猫です。
素晴らしい身のこなしですね。
まぁ、吸血鬼姿でもこの程度は出来ますけど。
「お供いたします」
オルグイユは、そう言うや否や。
発光する事もなく、軽くジャンプした瞬間には黒猫の姿になり。
華麗に宙返りを決めて、俺のすぐ後ろに着地を決めた。
えっ、何あれ?
あんな事も出来るんですか?
今度、挑戦する必要がありますね。
まぁそんな事より、今はあの人達ですね。
炎もちょうど消えましたし。
唯一の不安要素は、上手く喋れるかどうかですね。
「では、いきますよ」
そうして俺はオルグイユを引き連れて、フェルの翼から出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「流石だな爺」
皇帝ウェルス・エル・ネルウァクスは、全てを一瞬のうちに終わらせた臣下に対して賞賛の言葉を送る。
「いえいえ、神獣といえど所詮はこの程度。
少し失望はしたが、それは儂が神獣と聞いて、期待しすぎておっただけですじゃ」
そう返すのは、ネルウァクス帝国が誇る大賢者グラウス・ロドラその人。
「では陛下」
「そうだな、帰るとするか。
何せ時間は無いが、仕事だけは腐る程あるからな」
皇帝の言葉を皮切りに、この場にいる者達が一斉に動き出す。
もうこの場に用は無いと。
皇帝の頭には、処分した神獣2体への興味など既に存在しない。
皇帝の頭の中にあるのは、今回の一件を各国に通達する事で得られる利害のみ。
「祝福が得られなかった事は損失だが。
それ以上に、神獣を討伐した事が大きいな」
「左様ですね。
今回の一件は帝国の力を誇示すると共に、アレサレム王国への牽制にもなります」
そう皇帝の言葉に答えるのは、ニノ剣・アスティーナ。
神災級である神獣、それも2体の神獣に勝利した。
これが意味するところは大きい。
皇帝や他の者たちが考える通り、今回の一件で帝国の名声は更に大きくなり。
勇者を得て勢い付くアレサレム王国への牽制も十二分に果たせるだろう。
本当に勝てているのなら、の話だが……
「どこへ行く、人間よ?」
踵を返し馬車へと向かう皇帝達の背に、重々しい言葉が響いた。
「なにっ!?」
その言葉に慌てて後ろを振り向いた者が、驚愕の声を上げる。
皇帝も十剣達も、大賢者であるグラウス迄もが目を見開き驚きの余り言葉をなくす。
果たして、そこには無傷で佇む黒龍の姿があった。
その事実に最も驚いているのは大賢者グラウス。
しかし次の瞬間には、好戦的で不敵な笑みを浮かべる。
思わぬ実験台が手に入ったと。
新しいオモチャを得て歓喜に震える子供の様な笑みを浮かべながら、再び魔力を迸らせる。
「ほう! あれを無傷で凌ぐとはのぉ、少しはやるようじゃな。
そうでなくては、面白くないっ!」
予想外の事態に取り乱していた皇帝や他の者達も、大賢者グラウスの余裕のある態度を見て冷静さを取り戻す。
魔法を一撃耐えたから何だと言うのだ。
こちらには、十剣が5人に加え大賢者グラウスまでもがいるのだから負けるはずが無いと。
「む?」
その時、最も早く異変に気付いたのは、黒龍を隙なく観察していたグラウスだ。
不意に黒龍の背後にいる霊鳥の陰から2匹の猫が姿を現したのだ。
「あれは……」
その特異な存在に十剣の面々もグラウスに数瞬遅れて気づく。
更に数秒遅れて、その場にいる全ての者が2匹の猫の姿を認識した。
神獣2体とネルウァクス帝国が誇る最高戦力が対峙するこの場に置いて、全くの場違いと言っていい存在。
誰もが一瞬、その場違いすぎる存在に意識を向ける。
しかし次の瞬間には、その意識の対象を強制的に変えさせられた。
黒龍から発せられる魔力、威圧、存在感が物理的な変化を伴って一瞬のうちに膨れ上がった。
黒龍から発せられる魔力が大気を震わせ、渦を作る。
その威圧感がこの場の気温が急激に下がったかの様に錯覚させ。
その存在感で身体が震えて足が竦む。
「こ、これは、どういう事じゃ!?」
そして発せられる、大賢者の慌てふためくその声によって、大きな混乱が舞い降りた。
「我が主人様の眠りを妨げた罪、万死に値する」
黒龍が言葉を発する毎に、まるで重力が倍増したかの様に空気が重くのしかかる。
「これ程までとは……皆の者、撤退じゃ!」
しかし、その言葉に反応する者は誰もいない。
いや、出来ないと言った方が適切だ。
十剣達でさえ皇帝の前に出るのがやっとの状態、返事など出来るはずもない。
しかし、逃げなかった事が幸いし、彼らの命を救う事になる。
「力の差を思い知り、絶望の中に死ぬがいい」
黒龍の周囲に渦巻いていた魔力の奔流が一瞬にしてに静まり帰る。
それによって幾人かの者達が助かったと一息つくが……グラウスは逆に、大きな絶望を感じずにはいられない。
グラウスには、それが意味する事を正しく理解できた。
今まで渦巻いていた圧倒的と言っていい魔力が、完全に黒龍の制御下に置かれたのだと。
グラウスは瞬時に皇帝の前に躍り出て、自身の張れる最大規模の結界を展開する。
その瞬間。
黒龍によって先程グラウスが使った魔法と同じ魔法が放たれた。
しかし、そこに込められた魔力量はグラウスのそれとは比べ物にもならない。
圧倒的な熱量を伴った熱線がグラウス達の頭上を通り過ぎる。
もし直撃すれば一瞬のうちに消え去っていたと断言できるその一撃は、余波だけでグラウスの結界に大きな罅を入れた。
「外れた、のか?」
皇帝が唖然と呟く。
「いえ、奴はわざと外したのですじゃ」
黒龍の放った魔法により巻き上がった土煙が晴れた時。
誰もが唖然とその光景を眺めた。
帝都とこの草原の間にあった森林が丸ごと消滅したその光景を……
そして、この場にいた誰もが理解した。
黒龍が言った、力の差を思い知れと言う言葉の意味を。
圧倒的で絶対的。
争う事すら出来ない程の力の差を、勘違いした愚かな人間に知らしめる為に。
絶望させるためだけに、黒龍は森林を消滅させたのだと言う事を。
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