第2章 幼女誕生編
第17話 エンカウントしました
草原を馬車が走る。
黒を基調とし赤色で装飾された派手な馬車には、ネルウァクス帝国の紋章を記した旗が靡く。
広々とした馬車の中。
そこでは帝国の参謀達によって、今回の一件についての討論が行われていた。
そんな馬車が10台ほどの列を作り、その中央。
最も安全な位置に一際豪華な馬車が一台。
中には勿論、帝国を統べる皇帝の姿。
馬車の中には皇帝以外に3人の人物が乗っており。
魔法師団団長と帝国が誇る10人の騎士、十剣と周辺各国から恐れられる帝国の最高戦力2名が座っている。
皇帝の剣である十剣は、その名の通り序列が最も高い〝一ノ剣〟から〝十ノ剣〟までの10名で構成され、その力は数字が少なくなるに連れて上昇する。
馬車に乗っているのは、そんな十剣の中でも上位に位置するニノ剣と最年少で十剣に任命された天才、十ノ剣の二人だ。
馬車の外にはさらに3人。
三ノ剣、八ノ剣、九ノ剣が皇帝が乗った馬車を護衛する為に馬に乗って併走する。
平時に置いて一騎当千と謳われる十剣の過半数が揃う事はまず無い。
彼らの実力であれば一般の兵士や騎士と連携を取るよりも、個々での戦闘の方がその真価を発揮でき。
10人はそれぞれが帝国各地に散って帝国の平和を守っている。
さらには、十剣は皇帝の直属部隊。
皇帝の勅命によってしか動かす事ができない事もその要因に拍車をかけている。
「それにしても、神獣が来た理由は何なのでしょうか?」
そう皇帝に問いかけるのは齢15歳にして帝国十剣の末席に身を置く少年。
十剣が十ノ剣、神童・クレス。
「どの様な理由かは図りかねますが。
動きが無い事を考えれば、神獣達には少なくとも敵意は無いと見ていいと思いますよ」
そうクレスに優しく答えるのは、十剣・ニノ剣にしてクレスの教育係としてよく行動を共にしている、剣姫・アスティーナ。
「フッ、案外我が帝国に祝福を授けに来たのかもしれないぞ」
「フォッホッホ、それは愉快ですなぁ」
ニヤリと笑みを浮かべる皇帝の言葉に楽し気に嗤うのは、帝国が誇る大魔術師であり魔法師団団長。
見事な白ひげを生やし、世界にその名を轟かせる大賢者、グラウス・ロドラ。
帝国内で剣の頂に位置するのが十剣とするならば、魔法の頂点に立つ存在こそがこの大賢者。
その勇名は十剣と同等か、それ以上に他国に知れ渡っており。
彼一人で一国を落とす事すら可能と言われる大英雄。
そして、それが誇張で無い事を最もよく知っているのは十剣のメンバー達に他ならない。
帝国の誇る皇帝の剣、十剣を育て上げたのは何を隠そうこの大賢者なのだから。
「フン、口にも無い事を言うな爺」
「何を仰る皇帝よ……」
「グラウス様は以前、神獣と垣間見た事が?」
「いや、儂も神獣と会った事は無い」
クレスの問いに答えながらも、その顔には常に余裕のある笑みが浮かぶ。
「じゃが、神獣といえど所詮は獣。
もしもの時は、儂の魔法の実験台になってもらうつもりじゃて」
「お戯れを」
「流石はグラウス様。
私もいつの日か、そう言える様になりたいです!」
本気か冗談か。
イマイチ判断が出来ないグラウスの言葉。
アスティーナは軽く受け流しながらも、この人なら本当にしかねないと苦笑いを浮かべ。
クレスはグラウスの言葉に年相応に目を輝かる。
そんな会話をしながらも馬車は進み、王城を出て約30分程が経った頃。
帝都の外壁を警備する騎士達の見張り台となる塔に着き、小休憩になった。
理由は、皇帝に負担をかけない事など多岐にわたる。
しかし最も大きな理由は、この塔の見張り台からならば草原に現れたと言う神獣の姿を目にする事ができるからだ。
勿論、通常は見る事など到底出来ない程の距離がある。
しかし、今この場には帝国が誇る大賢者グラウス・ロドラがいる。
大賢者をもってすれば常人が見る事ができない距離を見通す事など児戯に等しい事だ。
極論を言えば、大賢者は王城にいながら神獣を確認する事も不可能ではないのだ。
「どれどれ」
大賢者は自らの指を輪にして、その中を覗き込む。
そこに見えるのは森を抜けた先にある草原に寝転ぶ2体の神獣。
黒龍と霊鳥の姿が確かに見える。
「ほうほう、あやつらが例の神獣。
むっ!?」
その光景を自身の魔力に投影し、皇帝達に見せようとした時……不意に黒龍と目があった。
「どうかしたのか、爺?」
普段そうそう見る事が無い、大賢者が驚きの声を上げた様を皇帝は楽しそうに眺める。
「いえいえ、なんでもありませんとも。
さて、これが此度現れたと言う神獣達じゃ」
ニヤリと笑みを浮かべつつ映し出された映像に、アスティーナとクレスが息を飲み。
皇帝は笑みを絶やさず、感慨深そうに神獣を見つめた。
場所は再び戻り、神獣の元に向かう馬車の中。
「しかし、騎士達はよく神獣を発見できましたね」
心底感心した様子でそんな事を言うクレスにアスティーナがこめかみを抑えつつため息を漏らす。
「まったく……教えたではありませんか、帝国騎士団は定期的に帝都周辺の森林に訪れ。
訓練がてらに魔物達の間引きを行なっていると」
「そ、そうでした。
申し訳ありません」
少しムッとした表情で注意する様に言うアスティーナに、クラスは慌てて謝罪する。
そんな様子を他の者達は楽しげに眺める。
そうこうしている内に森を抜けると……そこには既に、目を瞑っている2体の神獣が目視できる位置にいた。
皇帝達は馬車を降り、神獣を下手に刺激しないよう歩いて近づく。
しかしながら、皇帝が先頭を歩くその様は異常と言える。
通常、皇帝は最も安全な場を歩くもの。
しかも現在は神獣を目の前にしてなおの事だ。
しかし、皇帝の歩みに迷いは存在し無い。
一切足を止める事なく神獣に向かって歩みを続ける。
神獣を前にしてこの様な行動に出られる理由。
それは、絶対の自信。
無論、皇帝も全てに勝るとは考えていない。
幾ら帝国が誇る皇帝の剣であったとしても、負ける事もあれば、死ぬ事もある。
しかしだ。
今回、この場には十剣が5人に加えて大賢者グラウス・ロドラすらいるのだ。
いくら神獣と言えども、恐るに足らない。
神獣との距離が100メートルといった程まで近づいた頃。
不意に黒龍がその頭を持ち上げる。
それと同時に、皇帝の後を歩いていた十剣達が皇帝の前に躍り出て、大賢者グラウスは軽く目を細めて、睨む様に黒龍を見つめる。
「私はネルウァクス帝国を統べる皇帝、ウェルス・エル・ネルウァクスと言う。
神獣殿よ貴殿と話がしたい」
皇帝の声は、広い草原によく響いた。
その言葉を受けた黒龍はゆっくりと、まるで音を立てない様に細心の注意を払っている様にその腰を上げる。
そして、ゆっくりとした動作で皇帝達の元に向い悠然と歩み始める。
その様子を大賢者グラウスは観察しながらに思う。
こんなものか、と。
黒龍の姿を直接視界に捉えた瞬間から大賢者は所有するスキルで観察していたのだが……黒龍から発せられる魔力は通常の龍と変わらない。
神獣とはこの程度なのかと。
その事実に軽く失望しつつ、グラウスは軽く落胆の息をついた。
「何用だ人間」
そう言葉を発する黒龍を見て、グラウスは決定付けた。
神獣と言えども所詮は知恵のある魔物や幻獣と変わらないのだと。
「では、改めて。
私はネルウァクス帝国皇帝のウェルス・エル・ネルウァクス。
そしてこの者達が」
「そんな事はどうでも良い。
それより我に何用だ?」
「では、お言葉に甘えさせて頂いて、まずは貴殿らの目的が知りたい。
貴殿らは一体何の目的でこの場に来たのか?」
「ふむ、いいだろう。
我らがこの場に来たのは単なる偶然。
丁度良い場があったからこの場にいた、それだけだ」
「それでは、我が帝国に祝福を授けに来たわけでは無いと?」
「何故、我らが貴様らに祝福を授ける必要がある?
我らに祝福を貰おうなどと、人間風情が烏滸がましい」
その黒龍の言葉に十剣のメンバーが、その剣に手をかける。
「まあ、皆の者落ち着くのじゃ」
それを制するは、大賢者であるグラウス。
「して陛下よ。
これで、こやつの始末は付けて良いのかの?」
「ああ、残念だが」
「ふむ」
皇帝の言葉に頷き、黒龍を見据えるグラウス。
「皆、こやつは儂が貰うが良いかの?」
「グラウス様にそう言われてしまっては、我々に拒否など出来ません」
グラウスの言葉に、この場にいる十剣の中で最も高位であるニノ剣・アスティーナが答える。
その言葉に1つ頷き、黒龍を見据え……
「では黒龍よ。
貴様程度では儂の魔法には耐える事は出来ぬだろうが、せめて効果の確認程度はしたいのだ」
だから、すぐに死んでくれるなよ?
そう言い放つと同時に、大賢者と呼ばれる所以たる凄まじい魔力が迸る。
それを黙って見ていた黒龍の瞳には、大きな動揺が見て取れた。
その様子を見てグラウスは再び黒龍に対する評価を大きく落としつつ。
未だかつて放ったことのない、最高威力の魔法を解き放った。
万の兵を一瞬にして焼き殺すこの魔法は、グラウスが放つ事のできる最高の魔法。
未だかつて放たれた事のなかった超広域殲滅魔法。
僅かな熱風が頬をかすめた瞬間。
一瞬にして黒龍を、そしてその背後で眠っている霊鳥も含め、グラウスより前方の空間が太陽の如き大炎に呑みこまれた。
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