第16話 脱出しました、寝たいと思います
「さてと、では早速地上に行くとしましょうか」
この裏ステージの迷宮から脱出する方法はただ1つ。
ここ迷宮最奥にある部屋の1つに設置されている転移魔法陣を使う事。
たとえ、転移魔法が使えようとも、この迷宮全体に張り巡らされた侵入者を弾く結界に邪魔をされ、脱出する事は出来ません。
結界は大戦時の残存兵の襲撃に備えた物で、超強力な結界が張られているらしく。
コレールでも外に転移する事は出来無いらしい。
まぁ、第1階層にある入り口からも脱出可能ですが。
それは、表ステージにいる場合。
裏ステージに入ったら最後、もう表ステージには戻れなくなりますからね。
俺がこの迷宮から出る為には、ここまで来る必要があったと言う訳です。
それにしても、ここまで長かった。
今思い返してみると、この迷宮にも色々な思い出がありますね。
「では、こちらへ」
オルグイユの案内に従って、俺達3人はその後をついて行く。
尤も、ダンジョンマスターになった事で、既にこの階層内の事は把握済みなのですが……
嬉しそうにスキップでもしそうな雰囲気を醸し出しているオルグイユの背中。
うん、ここはオルグイユに任せるとしましょう。
5つある扉の中央。
その先に設置されているのが、この迷宮から出る為の転移魔法陣。
「これがそうですか」
部屋の床一面に描かれた複雑な魔法陣。
これを使えば迷宮を覆う結界を無視して外に出る事が……あれ?
「そう言えば、迷宮を覆う結界があるのに、何故俺はこの迷宮に転移できたのでしょうか?」
今にしてみれば、謎でしかないですね。
だって、コレールですら転移での脱出は不可能な訳ですし。
「それに関しましては、古に交わされた神々と人間との盟約にあります」
「盟約、ですか?」
「そうです」
俺の問いに、オルグイユが頷き返す。
「かつて、大戦によって疲弊した大神達は眠りにつく前に人間達と盟約を交わしました。
大神達は魔王の手によって荒廃した世界でも人々が生き抜ける様に祝福を与え。
人間達は大神が眠る八大迷宮の攻略する」
「なるほど、話が見えて来ました。
あぁ、だからこれほどの難易度と言う訳ですか」
「その通りです。
迷宮の難易度が高ければ高い程、攻略の為に必要となる魔力量は跳ね上がり、回復の速度効率が良くなりますから」
理にかなっていますね。
尤も、その難易度が高すぎるせいで10万年経っても攻略されず。
回復はしたが、復活出来ないなんて間抜けな事に……
「つまりは、見込みのある者は序盤のアップなんてせずに、早く迷宮を攻略しろって事ですね」
通りで結界を無視して転移して来れたハズです。
何せ、大神達がそう設定して人間に授けたショートカット手段だった訳ですからね。
そんな転移陣をあの国が持っていたと言う事は、王族の先祖が大神達から祝福を与えられたって事ですかね?
10万年もの間、血筋が途切れる事なく続いている事は凄いですね。
地球では、まずあり得ませんね。
尤も、国王達はこの迷宮の事を知らないみたいだったので、侵略して手に入れた可能性の方が遥かに高いでしょうけど。
「では、コウキ様」
「わかりました」
魔法陣に魔力を流す。
すると魔法陣が眩く輝き始め、徐々にその光が増していく。
追放された時の事を思い出しますね。
「では行きますよ」
3人が頷くのを見て、魔法陣に注ぎ込む魔力の量を上げる。
眩い発光の後に一瞬の浮遊感。
そして頬をくすぐる、地下では決して感じる事の無い暖かい風。
ゆっくりと目を開けると……そこは見渡す限り続く草原に、青空に映える太陽。
「改めてお伝えさせて頂います。
コウキ様、今まで10万年もの間、誰一人として達する事が出来なかった八大迷宮・深淵の試練の攻略おめでとう御座います」
「あ、ありがとうございます」
「ん、コウキ頑張った」
「おめでとう御座います」
また大袈裟ですね。
しかし、忘れてもらっては困ります。
長年のヒキニート生活で人見知りが激しいという事を!
長時間、地下で魔物達と死のランデブーを体験してもなお、俺の人見知りは健在です。
こういう風に真正面から言われると、人見知りが発動しますよ、全く。
「それにしても、太陽を見るのが久しぶりだからか、眼が痛いです」
「大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
まぁ、我慢できる程度の痛みですしね。
けどそれとは別に全身が焼けるように痛いんですけど。
「まさか……」
まさかとは思いますけど、俺の体質のせいと言う可能性がありますね。
長い間、日光に一切当たっていないので、そのせいもあるでしょう。
まぁ、地球ではどうしようもなかったこの体質も、この世界では完全に対処法があるんですけどね。
取り敢えず〝等価交換〟で、あのスキルを買っておきますか……
「あ、治りました」
「……」
オルグイユが凄まじいジト目で見てきてますけど、まぁ気にしないでおきましょう。
せっかく始祖種になったのに、体質のせいで太陽が無理だったなんて言えませんからね。
それにしても、アルビノってこんなに焼けるように痛く無かったと思うのですが。
まぁ、吸血鬼になった事によって相乗効果でも出たと思っておくとしましょう。
さて、これからどうしましょうか。
まぁ、まずは近くの町に行く事になるでしょうけど。
それにしても、太陽は気持ちいいですね。
少し眠たくなってきました……
「よし、少し寝る事にしましょう」
「ん、吾も賛成する。
それがいい」
「主様の御心のままに」
「はぁ、まったく……」
オルグイユが呆れたように言うけど、眠たくなってしまったので仕方ありません。
まぁ、あれです。
迷宮から出た事で、今まで張り詰めていた緊張が解けたのでしょう。
それに、フェルも眠たそうにしていますしね。
まぁ、フェルはいつもの事ですけど。
「じゃあ、早速寝るとしますか」
「就寝中の護衛はお任せください」
「あ、はい。
じゃあ、コレール頼みます」
「御意に」
まったく、コレールはやっぱり少し大袈裟ですね。
流石にこんな開けた場所なら、寝ていたとしても敵意が近づいて来たら気付けると思うのですが。
まぁ、コレールが見張り役を買って出てくれると言うのであれば、より安心してゆっくりと眠れそうですけどね。
「じゃあ、吾が守って、あげる」
フェルがそう言うが早いか。
一瞬、彼女を炎が包み、そこから本来の霊鳥の姿に戻ったフェルが現れる。
「ありがとうございます。
ぐっすりと眠れそうです」
「ん、よく寝るといい」
フェルの翼の内側に入ると、程よく日光が遮られて暖かく。
眠気をさらに加速させる環境が出来上がってますね……流石は霊鳥様です。
「では、私も御一緒させて頂いても?」
「勿論です」
では、失礼致します。
と、ヒョイっと姿を見せたオルグイユに思わず絶句してしまう。
「オルグイユ……その姿は?」
オルグイユが黒猫の姿になってフェルの翼の中に入ってきたのですから、俺が驚くのも無理はないでしょう。
「そう言えば、コウキ様にこの姿をお見せするのは初めてですね」
そう言ってオルグイユは俺の膝の上にピョンと飛び乗る。
まぁ、何というか黒猫が話しているというのは変な感じですね。
「むぅ、そこは吾の、場所なのに」
「まぁいいじゃないですか。
フェルはまた今度です」
「ん、わかった、我慢する」
渋々と言った感じでフェルが頷く。
「それでオルグイユの姿の事ですけど」
「ふふふ、吸血鬼は全員なんらかの動物に変身できるのです」
「へぇ、そうなんですか。
俺はてっきり蝙蝠オンリーだと思っていたのですが」
「そうなのですか?」
キョトンと首をかしげるオルグイユの仕草が可愛い!
黒い毛並みを撫でると、気持ちよさそうに目を細めるオルグイユ。
高貴な吸血鬼の始祖とはとても思えませんね。
もっとモフモフな黒猫オルグイユを撫でたいですが……眠気が限界を迎えてますし、そろそろ寝るとしますか。
「では皆さんお休みなさい」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
赤い絨毯が引かれた空間。
中央奥には、国を統べる者が座すに相応しい王座が置かれており。
それはコウキ達を召喚したアレサレム王国のそれとはまた違った場所。
周辺各国から恐れられる、国力と軍事力を持つ大国。
アレサレム王国が勇者召喚を行った最も大きな要因と目される国、ネルウァクス帝国。
本来ならば厳粛な場所であるはずのそこが、今は大きな喧騒に包まれていた。
喧騒の原因は帝国、それも帝都近郊に存在する大草原の一角に突如として確認された強大な存在に起因する。
本日未明。
帝都周辺の警備を担っていた騎士が、大草原に突如として黒龍と霊鳥と思われる存在が出現したと、血相を変えて報告をあげた事が事の発端だ。
「何故ここにそのような存在が?」
「そもそも本当に黒龍と霊鳥などが、その様な場所にいるのかね?」
「しかし、第2軍団の団長殿が確認を取ったと言っているのだぞ」
第1から第9軍団まである帝国の保有する武力は凄まじい。
しかし、それでも黒龍や霊鳥が現れたとなると帝国の存続に関わる程の大事となる。
「取り敢えず、私が直接出向くとしよう」
その一言によって、喧騒に包まれていた謁見の間が静まり返る。
それもその筈、その言葉を発したのは王座に座る人物。
つまりはの 帝国を統べる皇帝なのだから。
「閣下、危険すぎます!」
周囲の者達から制止の声があがるが……
「ふん、もし本当に黒龍と霊鳥が……いや、神獣が現れたと言うのならば、この帝国内のどこに安全な地があると言うのだ?」
と、皇帝が言う。
確かに皇帝の言う通り、黒龍と霊鳥は両者とも神代から生きる、伝説にすら語られる神獣。
2体もの神獣が現れたのであれば、安全な地など存在しない。
しかも、そんな存在が2体。
それも同時に現れたとなると、偶然とは考え難い。
遅かれ早かれ、相見える事になるだろう。
と言うのが皇帝の考えだ。
それならば皇帝である自身が自ら出向き、神獣達を説得する他に道が無い。
「それで、その2体の神獣は何をしている?」
「そ、それがどうやら、草原にて眠っているようです」
その皇帝の問いに帰ってきた返答は皇帝を以ってしても想像し無いものだった。
「眠っているだと?」
皇帝は自身の脳内でその可能性、要因を高速で計算する。
そして、それは何かの間違いだと決定づけた。
「まぁいい、馬車の用意を。
それと、宮廷魔法師団長を呼べ」
「ワシをお呼びになったかの? 皇帝陛下よ」
今までこの室内になかった筈の声が鳴り響く。
「来たか、喜べ爺。
お前が好きそうな事だぞ。
帝都近郊の草原に黒龍と霊鳥が現れたらしい」
「ほう、それはそれは……」
皇帝に爺と呼ばれた魔法師団団長は、その言葉を聞き一瞬驚いたように目を見開き……次の瞬間には嬉しそうにその顔を歪めた。
「陛下、馬車の用意が整いました」
「爺、お前も来い。
もしもの時はお前の力が必要だ」
「ほっほっほ、ワシの程度の力が、かの神獣に通用するとでも?」
「ふん、白々しいぞ。
そう思っているのだろう?」
皇帝のその言葉に魔法師団団長は微笑みを深める。
その笑みが、暗に皇帝の言葉を肯定していた。
「では行くぞ」
皇帝は自身の部下を引き連れて長い赤色の絨毯が引かれた廊下を歩く。
突如として現れた2体の神獣に会うために。
多くの者を引き連れて歩く皇帝の顔には、絶対の自信こそあれど、怯えの色は一切無かった。
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