壱章 其の参 空の吸血鬼

壱.


そうこうしながら、東雲のナビゲート通りにタクシーが進んで、おおよそ3分程度で

目的の場所へと着いた。目の前には

標高1050メートルの歌舞伎山の登山ルート

入り口があった。

まぁ、登山ルートとは言ってみても、

そもそも殆ど入山する奴がいないのだが、

僕達みたいな物好きじゃないかわり。


「なぁ」


「何だい?」


と軽い調子で東雲は言う。


「ここ、本当に通るの?」


僕は疑問を投げかけた。

目の前にはお札的な紙が至る所に

貼られている鳥居が出迎えていた。

というか木の板で『立ち入り禁止』と

書いていた。正直やはり不気味で

あることは否めない。一応は木が切られて

道のような....?いや道ではないな。

木がないのと、地面の雑草が

基本的に3センチくらいの高度で、

強いて道と言うなら草原道と言えば

的確かもしれない。迷いそうである。

内心行きたくはなかった。

そんな事を思っていた時、東雲がニヤニヤ

しながら、僕の顔を覗き込む。


「ビビってる?」


.....ん?何を言ってるんだコイツ。

僕がビビってるだと?心外である。

僕が、高2にもなった男子が心霊スポット

程度で怖気るとでも思っているのか?

よーし東雲見てろよ証拠を見せてやる。


「んなぁこたぁねえよ....!」


と言って僕は、東雲よりも先に

鳥居の中へと潜る。つまり東雲よりも

勇者だ。へっ!


「あらあら、樹くん。どうやらそんなに

図星だったのか?ムキになっちゃって」


東雲のニヤケ顔は更に増す。

もはや馬鹿にしている。と思う。


「僕は今無性にお前にデコピンして

やりたいよ」


ははっ、怖いな。と軽く流されてしまう。

そうして僕達は歌舞伎山を進んでいく。

15分たった。僕達は未だにグネグネと

木がないことと、地面の草の低さを

頼りに進んでいた。


「なぁ」と僕は問いかける。


「何?」


「こんな噂知ってる?」


「知らないね」


「早い!!まだ言ってないぞ僕は!」


「だって聞くのやだもん」


ちょっと辛辣じゃありません?東雲さん。


「おおかた、最近流行っている吸血鬼伝説

だろ?もう聞き飽きたよ」


知ってるんじゃねぇか!という

ツッコミは心に留めておこう。

にしても、吸血鬼伝説っていうんだ。

初耳である。


「とある男が、夜歩いていたら

吸血鬼に血を吸われて、死にそうに

なったけども、実はよく見たらその吸血鬼は

妹だったて話」


「なんだその小説を書けそうな題材は。

明らかに今脚色したろ!」


「ははっ、そういう類の噂なんて結局ほぼ

嘘なんだから同じじゃないかい?というか

樹くんはこの手の噂は嫌いじゃなかった?」


「いや、別に嫌いってことはないさ。ただ、

折角話すならもっと完成度が高い噂に

したら良いのにとは、おも痛ってぇ!!」


ドカン、と鈍い音と同時に僕の体は

地面に倒れた。どうやら何か足に

引っ掛かったらしい。


「っー。何だよ。ったく」


僕は取り敢えず転んだ元凶を見てやろうと

足の方に意識を移す。そこに置いてあったのは


「.....くつ?」


黒い革靴が二足。埃を被っていて、

それなりに時間が経っているのが分かる。

何でこんな所に?と思った。


「大丈夫かい?樹くん?盛大に

コケちゃって」


と言って手を差し伸ばしてくれた。

本日2度目。ありがたく、その手を掴んで

起き上がる。


「にしてもこんな所に何で靴なんて置いて

あるんだ?」


「んー、それはね多分.....いやいいかな」


何だよ急に歯切れが悪くなった。

そうなると余計に気になってしまうのが

人間の性というものだろう。

だから僕はそのまま問いかける。

2回ぐらい、いやー、とか。でもー、とか

そんな事を言っていたが、流石にしつこく

聞いたら、教えてくれた。


「じゃあ、これから言う事を聞いても、

下山しようとか言わないかい?」


ん?ん?ん?


「ちょっと待て。雲行きが怪しいぞ、

お前。何だよその言い方は?」


「とにかく!....いや、違うなぁ。やっぱり

いいやこのはn....」


「ちょい待て、分かった。約束する。

これからお前の言うことが、たとえどんな

内容であっても、僕は下山するとか、

それに類似した言葉は言わない」


「ふむ。契約成立だ」


と言いながら東雲は指をパチンッ!!と

鳴らした。僕にはここまで綺麗に指を

鳴らすことが出来ないので、羨ましい。


「多分、その靴はね.....」


急に真面目な顔になり、変な間を

入れてくる東雲。それに僕は唾を飲んだ。

妙な緊張感がその場を支配する。


「自殺者。つまり死人の靴だよ」


──え?


と、言葉が漏れた。

今、思えば何故東雲が言葉を

渋ったのか分かった。確かにこれは、

言いにくい。


「ど、どういう事?」


「どういう事もないさ。自殺者。今は死人

になった者の靴だよ。恐らくだけどね」


理解が追いつかない。

というかコイツは核心を教えて

くれていない。何で自殺者の靴と

言うのかが問題だ。と思った時。


「この辺り唯一の心霊スポットで、

人は誰も近づかない。それでもう答えは

出るだろう?」


そういうことか。

つまり──


「つまり、自殺する人間にとっては

最高の首吊りスポットってわけさ。まぁ、

こう言えるのはネットの掲示板に自殺関連

書いてたからなんだけど。あはは...」


さらっと言った。

東雲は当たり前のように

口を開いていく。


「んーとね」


ポケットに両手を突っ込みながら、

脇道に逸れていく東雲。小走りして、

その辺の木を見て回っているようだった。


「あっ、あったあった!おーい樹くん。

これだよこれ!見てご覧」


一体全体僕に何を見せたいのか

甚だ疑問であるが、取り敢えず東雲の

場所まで足を運ぶ。すると、


「下山するわ......」


そこには首を吊ったであろう人間の

死体があった。いや、最早死体と言っても、

何年も経って骸骨になっている。だけれども

骸骨の上には、紺色のスーツを纏って

いたのが、よりリアルで恐しかった。


僕はそのまま振り返って、元来た道を

辿ろうとした。その瞬間。


ガシッ


とおもいきり

肩を掴まれた。


「おいおい樹くん。早速契約違反だよ?」


「いやだー!離せこの野郎。僕は聞いてないぞまさか歌舞伎山が心霊スポットだけじゃ

なくて自殺スポットでもあるなんて!」


「あっははー。死んだ人間と今から死のうと

する人間。大して変わらないし一括りで

心霊スポットで良いじゃないか?」


何があっははー。なのか。

やはりコイツの感性はズレている。


「うるせぇ。不謹慎野郎。生身がある方が

時には怖いことを知らんのか!?」


東雲の拘束を解こうと、体を揺らして

抵抗したが、そのまま足をかけられて

地面に伏した。


「往生際が悪い男は嫌われるよ?」


そのまま僕の制服の襟を掴んで

山道を引きずっていく。ああ、そう言えば

コイツ合気道有段者だっけ.....。

頭にふと忘れていた記憶が呼び起こされた

瞬間、僕は抵抗する事を諦めた。

諦めたが、一言だけ言っておく。


「制服汚れるから、離してくれない?」


弐.


草原道を30分。

時計では30分後を示していても

体感的にはもっと歩いたような気がする

わけで、少し驚いた。やはり同じような

景色が続くと時間感覚もズレていくようだ。

僕は少し前を歩く東雲に声をかける。


「何だい?」


「後何分で着くの?」


「んー?それはねー....もう着くよ」


東雲は左側を指す。

そこに視線を向けた。すると木々に

隠されていてよくは見えないが、

少し離れたところに建物がある。


「あれか、歌舞伎山神社」


「あれだね」


「勝負しない?あそこまでどっちが早くつくか?」


東雲は手を組んで「面倒くさいから嫌だな」

と言う。


「大体、高校生にもなってそんなこと....」


まぁ、確かに正論か。

高校生にもなってそんな子供じみたことを

する事はやはり.....


と間藤樹が考えていた瞬間。

よし、という掛け声が聞こえた。

そしてやはり東雲という男はまるで

当然かの如く動いていた。

体を前に傾けて、脱力からの全力疾走。

傾斜など気にしない程の速度に僕は

驚くとともに


──成る程。

僕はどうやらまだ親友への

理解度が足りてなかったらしい。


「きたねぇぞ東雲ぇ!!」


1歩、どころか5歩ぐらい離されたが、

ほぼ反射的に東雲の後を追って走る。


「あっはっは!勝負に汚いも何もないんだよ。樹くん。そもそも同時にスタート

しようなんて誰が決めたんだい?」


僕は某テレビ番組のハンターのように

姿勢を整えて腕を直角に曲げて、

東雲との間を詰めてi.....離されていく。

単純である。間藤樹という人間は

走るのが超がつくほど得意ではなく、

東雲花蓮という人間は超がつくほど

得意なのである。因みに初めて知った

事実なのだが。


「遅いね樹くん!」


「お前の方が速いなら、尚更抜け駆け

すんなよ!うぉぉぉおおおおおお!!」


最早周りを見なかった。

東雲の姿だけを見据える。

絶対に負けるか!という気持ちで。

段々と心なしか東雲との距離が詰まって

きたかのように見えた。

段々段々と近づく。かなりの差が

埋まってきた。ていうかアレ?

アイツ止まってね?


事実だった。奴はやはり止まっている。

走ってない。そうなると話は簡単である。

今度は東雲との距離が近すぎて止まるまでの

距離が足らずに足の回転が止まらない。

ブレーキが間に合わない。だけど、

それは僕の杞憂でしかない事を思いしる

ことになる。


「おっーとっと。落ち着きなよ樹くん」


東雲は振り返って勢いを殺し切れていない

僕の腕を掴んだ。


「ほいな」


実際喰らったことある経験者なら

分かるかもしれないが、それほど理解は

出来なかった。ただ言うならば、

東雲に掴まれた瞬間突然の浮遊感と共に

世界が逆になっていた。僕の体は

浮いていたわけだ。浮遊している間は

実際には短い筈なのに長く感じるという、

奇妙な時間間隔が逆さまの世界に

あった。何れそれも終わりようやく

元の位置にポンっという静かな音をたてて

落ちる。どうやら文字通り体が

一周していたらしい。


「──あ?え?」


そんな言葉しか出てこなかったし、

今でも体の浮遊感が残っていたが、

東雲はそこまで気にしていないようだった。


「ほら、着いたよ樹くん。ここが

正面だ」


気づいたら目の前には、入山する時にあった

赤色の鳥居と対照的に茶色の鳥居がある。

古いは古いが特に汚い印象はなく立派だと

思った。取り敢えず東雲と2人鳥居の中に

入って、周りをよく見渡す。地面は草原道から

加工された石道へと変わり、建物というか

社殿自体は奥側に巨大な赤色を

基調とした木造物が境内を取り囲む様に

建てられていた。


「面白いだろ樹くん?」


東雲は僕より一歩前へと出て、

僕の方を振り返る。


「何が?」


「この神社そのものさ。目測1haという

なかなか立派な境内で見栄えも良いし、

特段悪い噂が立つ様な風貌じゃない。

大体1430年創建の歴史ある建造物に

誰も興味を示さないのは僕的には

理解し難い。それに神社側としても変だ。

ここには拝殿。つまり参拝客が神様に

祈るための社がなく、本殿のみ。はなから参拝客が来ない前提みたいじゃないか?」


「さあ、そんな事を言われても僕には

面白さは分からないな」


というかそれよりも、誰も来ない神社に

対するお前の詳しさの方が興味あるんだが。今はそんな事よりも聞かなければならない

ことがある。


「んで、まさかその神社の謎が面白さって

言うんじゃなかろうな?」


「まさか、流石に僕もこんなマイナーな

面白さを見せにわざわざ山を登らせたり

しない。もっと万人受けする物さ」


と言って東雲は再び神社の方を向き直して

進む。後に続いて付いて行く。

境内の奥へと入り、本殿へと辿り着く。

やはり目の前までくると神々しさが、

ある。


「おお、凄いな」


と、感嘆してしまった。

因みに唐突ではあるが1分ほど時間を

戻す事にする。折角東雲が神社情報を

教えてくれていたので、読者の皆さんに

提供したいと思う。


「ほら、あれ、屋根の材料が檜を加工した

檜皮葺ひわだぶきで、綺麗な曲線を描いているだろう?あれはね、春日造かすがづくりと言うんだよ。

え、何?あぁ、そうそう。その通りさ。

この造りで有名なのは、そのまんまだけど、

春日大社だ。これはね大社造たいしゃづくりと並ぶ歴史ある造りなんだよ。後、本殿の中央地点に垂れ下がっている縄は、

ここに御神体が鎮座しているっていう

証拠なんだよ?ねぇ聞いてる樹くん?」


らしい。自分の親友がここまで

神社に詳しいと初めて知った。

というか僕はそこまで興味がないので

あまり聞いてはいないが、成る程確かに

知識を踏まえて、神社の本殿を見ると、

何だか、普通の神社より神々しくみえた。


東雲はそのまま本殿の階段を登って

襖のような扉を開けた。後ろから

声をかける。


「大丈夫なの?勝手に扉開けて?」


「大丈夫さ」


東雲の体で中がよく見えなかったので、

横にズレて覗き込んだ。黒く漆塗りされた

木造地面に支柱が刺さっており、全体的に

広い空間が広がっていた。中央奥側には

薄暗くてあまり見えないが、白色の紙を

繋げてフェンスのように、とある一つの

物品を囲んでいる。


僕たちはそのまま中に押し入り、

東雲は迷いなく取り囲まれている物品の

元へと急いで行く。


「これだよ樹くん」


後から追いかけて、僕は東雲の言う

物と初対面する事になった。


禍々しく、捻れ、可憐に、

恐しく、魅了し、鋭利な物体。


「──槍?」


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