第9話

早朝というのは嫌だなと楓はふと歩く道そう思った。

早すぎる朝。

もう少し寝ていたられたのに、二度寝したらおきれないなど、そんな余計な感情がくっついてくるもんである。

少し前を歩く井上のあとを楓は追う。


『ねぇ……。こんな時間に個室で秘密が完璧に守られる話なんて出来るのはさ……。まさかさ。 』


楓は仏頂面で井上に聞くと井上は久しぶりにあの柔和な笑顔で言った。


『そう、それはここだよ。』


Secret homeと印字されたマンション。

そのマンションの名前からして、まぁ色々と便利なマンションなのだろう。


『ここ…?』


『ここのね、最上階は全て僕の親が契約者でね。

……そうだな、プールがある部屋もあるよ!どうする?』


『あのねぇ……。遊びに来たんじゃないの!もっと真剣にやってよね。』



『僕が真剣じゃないときなんて、楓ちゃんに絡まない事は全て適当だね。』

と井上は軽口を叩いた。


エレベーターで最上階へ。

最上階から長い廊下を進むと1番の角部屋の前に立ち、指紋認証で入室をした。


『すご……。指紋認証……。

ヤバ……。え、ヨーロッパ宮殿みたい……!

それにかなり広いんだねー、わ!夜景も見えるじゃん!絶対綺麗なんだろーな。』


楽しんでいるのは間違いなく楓の方だろう。


『お気に召されましたか?

お姫様。』


そんな事を井上に言われると急に現実に戻りハッした。


『さっさと話し合いなんて面倒なこと、終わらせよ。』


『はいはい。お姫様。こちらのマンション、なんとルームサービスが付いておりまして、今なら紅茶の最高級ブランドのロンネフェルトのお紅茶がご用意できるそうですが、いかがなさいますか?』



『せっかく用意してくれると言うならお願いしたいわ。』


最高級ブランドの紅茶!?なにそれ!なにそれ!

内心大喜びで楓である。


言葉ではつっけんどんだが、それに合わないという表情を浮かべているのに自分では気づけないものなのだろう。人は歓喜のときは表情が大抵緩みまくっているのものだ。



ルームサービスでオーダーした紅茶とお菓子が届いてテーブルを彩る。


『わぁ!すごく素敵な香り!へぇーこれがハイブランドの味かぁ……、すごいなぁ……。』


とついつい口に出てるのも気づかない楓はとても幸せそうだ。


井上は、パソコンから書類をプリントアウトしながら、その優雅なお茶会というのを眺めているだけでこんなにも幸せが爆発しそうな勢いを必死に堪えて平然を装いながらプリントを楓に渡す。


『ここだよね?鈴の宮高等学校。』


『……!!そう!!これ……!!入学費もめちゃくちゃ高くて、その上に正解率1,2%の超難問の問題を平気でめっちゃ受験に出してくると言う!

日本で1番の超難問の高校!』


『いやでも楓ちゃんてばさ、すごいところに目をつけたもんだね。』



『そうかな?だって人生かかってくるもん。実績が欲しい。ま、実績なんてもんは、実力で手にはいるけど……。

さらに言うとさ、この学校、めちゃくちゃ育ちの良い人を優先させてるんだって。

……ほら、私、両親が海外だし、寮に入るにしても出来たら特別なスイートルームみたいな寮に住みたい。』


『おやおや、もうそんなに希望があるなんてね……

これは忙しくなるなー。あっ

ここは早く手をまわさないとなー。

あ!楓ちゃん、ひとつだけ問題んだけど。』



楓はひょこりと首をかしげる。


『この、難問高校さ、授業内容もかなりのハイレベルみたいなんだ。合格通知は100%もらえるけど、授業ついていけるかは、君次第だよ。』


『大丈夫。勉強嫌いじゃないし、レベルが高い授業なんて素敵としか言いようがないじゃない。

あと、あんたさ、勘違いしてない?

私一応、受験は自分でうけるよ。……でも落ちた時の為になんとかしてほしい。』


井上は予想外の返答に思わず声をあげた。


『えぇえ!!?本気で言ってるの??めちゃくちゃ本当に難しいってのに!?』


楓は黙って紅茶を啜りながら井上を見つめる。


『……そうだなぁ、まぁ大丈夫かな!僕がずっと勉強を見ていた時も思ったけど、楓ちゃんは理解力がずば抜けて早いから勉強すればするだけ賢くなるからね。普通はそうはいかないもんだよ。

あ!もしもの保険は任せて、色々書類をちょちょいと、あーしてこーすれば合格になっちゃうから。』


『……まったく。嫌な世界だね。』


自分で頼んだ事だが、具体的に聞くと自分がものすごく悪い人間なんじゃないかと思ってしまう。


『どーしたの?そんなうつむいて。』


『え?』


『そんな顔しちゃって。あ、わかった。』


井上はにやぁと笑う。


『楓ちゃんってば純情なんだから。僕はそこが好きなんだけどね。』


『また始まった。あんたのそーゆーの。』


『いやいや、楓ちゃんが思っているより、世界ってすごくずるいから、平等なんて皆無だから。』


『……確かに平等では無いな。』


『そーそ。だから気にすることないよ。得する人間は得をし続けるもんだし、損をする人間は損をする方法しか知らない。』


『……まぁそれ考えたらきりがないしね。』


『ハイ!じゃ決まりね。とりあえず色々と手をまわしておくよ。その他で僕にやってほしいことある?』


『……わかんない。』


『えっー!!なんでもいいのにー!ピラミッドの上でお茶がしたいーでも、王族のパーティーに参加したいーだの色々あるでしょ!!??』



『……ふざけてる?』




『なんで僕がふざけなきゃいけないのさ!?

もちろん、全部本気だよ。

僕はね、楓ちゃんが望むこと全部叶えてあげたいんだよ。』




楓はティーカップに手を添えながら言う。


『私の望みってなんなのか、いざとなるとわからない。普段の生活にいるときは、あぁだったらいいのに、こうだったらっていつも思いながら生きてたのに……。』



『うーん』



『井上、あんたはさ、なんでも出来る力あるのになんで、家庭教師なんてやってたの?』



『……そこは聞くのか。ふむ。

そうだな、僕はね、多くのことを両親にせがんで生きてきたんだけだね。

あれ欲しいと言うと必ずくれた。欲しいものをレベルの高いものへと変えていっても必ず用意された。

そうしていくうちに、僕はね。物や物事に執着しなくなったんだ。

それが大人になるにつれて、両親から言われた言葉は「お前は政治家になりたいのか、それとも車の会社の社長なるのか、どっちなんだ」と。

僕はどちらもやりたくなかった、興味が無かったんだ。』


『……どうぞ、続けて?』


井上は困ったように笑った。


『まぁそれでだね、両親と揉めに揉めてね。「今までたくさん与えてやったのに裏切る気が」とね。参ったよ。それでとりあえず、社長になることを約束して、今は好きな事をしていいって事になっていてね、家庭教師なんて趣味みたいなもんだったよ。』


『……ふーん。』


楓は2つの感情に苛まれた。


哀れんでやる資格の無い奴だけど哀れみたいと気持ちと、なにそれ、めちゃくちゃ幸せな悩みじゃないと怒りに近い気持ち。



『……井上。あんたが私にした事は一生忘れないし、許すつもりもない。

だから、そんな話を聞いても、なんかよくわかんないや。』



あたふたとして井上が言う。


『いや!もちろんそんなつもりは……!!全然なくて!!嫌な気持ちにさせたなら謝るよ!ごめんなさい!』


至って楓は冷静だ。冷静に考えすぎて答えが迷子になる。


『まぁ、僕はずっと楓ちゃんのお願いは全部聞くからさ。いつでも言ってよ。』


楓はハッとしてもらした。


『……あ……。お父さんとお母さんに会いたい。』

え?私は会いたいと思っていた?

なんて事をいってしまったんだろう……。

楓はすぐに否定した。


『なんでもない。間違えた。』


『間違えてないでしょ。いいよ。行こう。今すぐに……。』


井上は神妙な表情を浮かべた。








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