第8話
人相悪い、いかにもって感じの人だなぁ。
楓は白衣を着た、中年のおっさんの背中を眺めならがら思っていた。
タバコをふかし、背はそんなに高くないけど体格はしっかりしていて鋭い鷹のような目付きをしているそのおっさんの名前…名前なんだっけ?
あの時、忙しなく時間がたったため、忘れてしまった。
それにしてもここ……こんな都会にこんな、いかにもみたいな地下室の廃病院があるんだな。
廃病院というか、まぁ……闇医者の住みかというか、巣窟というか。
かなり傷んだベットに包帯だらけで横たわる井上の顔をそっと覗きこんだ。
……変態は結構しぶといなもんだな、ちゃんと息してる。
『お嬢ちゃん。はい、これ、悪いけどうちにはジュースなんてもんねぇんだ。これで我慢してくれよ。』
中年のおっさんは楓に紙コップに入ったコーヒーを渡した。
『あっありがとうございます……。
頂きます。』
中年のおっさんは奇妙なものを見るように楓を見つめた。
『まったく、なんだってこんなお嬢ちゃんが人殺しとはなぁ……。世間ってのは本当にわかんねぇもんだなぁ……。』
『え!?いや!生きますよ、ほら、だから人殺しでは無いです。』
『あと一歩遅けりゃあの世だったぞ。
それに俺ぐらいの腕がねぇと、あのチンコだってなぁ……。ほんと酷いことするなぁ……。男をなんだと思っていやがる……。女にはわからんかもしれんが、チンコが無くなったらもう死んでるのと一緒なんだよ!!男はな!!』
パイプ椅子に腰かけたおっさんは酷くうなだれた。
『別に……。当然っちゃあ当然の報いだと思ってますし……。そんな事言われても……。あ、そうだ。あの……ごめんなさい、もう一度お名前聞いてもいいですかね?』
『あぁあん!??俺の名前?俺は安藤だ。もう忘れるなよ、お嬢ちゃん。俺は短気なんだぜぇ~。』
『……安藤さん、何て言えば適切かわかんないんですけど……ありがとうございます……?』
『あぁあん!??なんだソリャ!!くそぉ、ガキにまで見下されるようになったと思うと泣けてくるぜっ!!』
『いや!その……見下してるつもりはないんですが、お礼を言うべきか否か少し難しい事情がありまして……。』
『ふん!!そんな知ったことか!!
俺だっていつでも暇してるわけじゃねぇし、たまたま運がよかっただけだからな!』
そんな風に言う割には電話したらすぐに出たし、人が死にそうな事態を説明するとすぐに車で来て、ちゃっちゃと井上を担いで、さらにはあの状況で部屋の血も拭き取ってきてくれたのだ。
部屋をあのままにしたら祖父母が見たら気絶しちゃうだろうし。
助かったと言えば助かったのかな。
この安藤って人、言葉遣いはつっけんどんだし、人相悪いけど、本当に悪い人には見えないなぁ……。
まぁ……。社会的には絶対悪い人なんだろうけど。
楓はコーヒーを啜り、安藤を見ながらそんな事を考えていた。
『お嬢ちゃん、俺は怪我人を治すのが仕事だが、表の人間じゃねえ。だから大体、俺が相手すんのは大体裏の人間だ。
……お嬢ちゃんまだ若いよな?
悪いことは言わねぇからさっさと表の世界へ帰っちまいな!!』
『そうですね、帰りたいです、とりあず。』
『あぁあん!??てめぇ!そんな覚悟でここまでついてきやがったのかぁ!?
あぁあん!?それにこの井上のお坊ちゃんどーすんだ!?厄介事は勘弁だぜ!!』
帰れと言われたから帰りたいと本心を言っただけなのになぁと楓は苦笑した。
『あぁあん!?何笑っていやがるっ!?』
『もうーなんでもありませんよ。なんとなくです。』
『カーーーッ!!これだからガキは嫌いなんだよっ!!なんとなくだぁ!?お嬢ちゃんなんとなくで生きてちゃあならねぇよ!?』
全部まともに受け答えしちゃダメな人だなぁ。
『……安藤さん、あいつはあとどれくらいで目が覚めますかね?』
『あぁ……そうだった、そうだった、出血は酷かったが、傷はたいして深くない。
輸血もちょうどあったし、ばんばいざいだな。
鎮静剤を打ったから今眠ってるだけで、すぐ気がつくだろうな。』
『……そうですか。』
『なんだ、全く嬉しそうじゃあねぇな。』
『ええ、嬉しくはありませんから。ただ、死なれてもめんどうだなと』
安藤はキィィーと顔を赤らめて説教をし始めたわけだが、それに付き合っていたらこちらの体力がもたない為、できる限りの相槌をうち軽く流しておいた。
ふと楓は思い出した。
これって井上を助けた=契約成立って事になるの?
見殺す事も出来たが、何せまだ中学生の身。
あとあと厄介だな、面倒だなと機転をまわし、今横でヤイヤイと言っている安藤に助けてもらったわけだが。
祖父母には急遽、友達の家にお泊まりするとさっき電話をいれておいた。
祖父母はなんの心配もしていない様子で楽しんでいってらっしゃいと、言っていた。
日頃の『良い子』が役に立つなと嫌でも思い知らされたのだった。
時刻はもう深夜3時をまわろうとしていた。
最悪だな。
もうどっちみち面倒な事になってるじゃない。
井上のド変態くそやろうが。
この落とし前ちゃんともらわなくちゃ……。
ん……?
もらえるだっけ?
全部。
そうだった、そうだった。
大事な事まで面倒になっていく所だった。
貰えるんだからもらっとくか。
利用出来るんだったら利用するか。
だって……。
井上を利用すれば、あの有名な高校にも入れるだろうし、寮にだって特別なスイートルームがとれるかもしれない。
大学だって安定だろうし、きっとこの先困ることなんて数少ないだろうな。
こうやって考えいくと、それで本当に良いのだろうか、悪いのだろうかと自問自答して結局、面倒なのだ。
……でもいいのかもしれない。
これで両親の呪縛から解放される。
『良い子』をやる必要無いのだ。
権力とお金で『良い子』なんて仕上がってしまうのだから。
そう思うと気分がいくぶん楽になる。
……別に『悪い子』にでもなれるのか。
『悪い子』になっても誰も文句言わないのだろうか。
いやいやそもそも『悪い子』の基準がわからない。
両親は……どんな私なら興味を持ってくれたのだろうか……。
ふと感傷的になりすぎている。
やめよう。
『安藤さん、ここってシャワーとかあったりしますかね?』
『あぁあん!?シャワー!?そんなもんはそこそう行って、突き当たりを右だ、バーロー!ちなみにバスタオルはこれ使え!!』
安藤は楓にバスタオルをポイっと投げた。
優しいんだか、おおざっぱなんだか。
本当によくわからない人だなぁ。
『あ……ありがとうございます。』
そこそう行って……突き当たりを……みーぎ。
『あった。』
かなり古いシャワーのようだけど使えない事もないだろう。
このモヤモヤする気持ちを少しさっぱりしたかった。
リセットなんて出来やしないのはわかっているが、
とりあえず熱いシャワーで汗と血液を洗い流したかったのだ。
シャワーから出ると、着ていた服が無くなっている。
『……は?』
あれ?そのかわりに……なんでしょうこの上下セットアップのキティちゃんのジャージは。
困惑していても仕方ないので、本当に仕方なくジャージを着てみた。
『派手すぎじゃない……』
楓はバスタオルで髪の毛の水分をトントンととりながら安藤のいる部屋に戻った。
『おおお!ちょうどいいみてぇだな!お嬢ちゃん、小柄だからよ、俺の姪っ子のお古だ。着てきたあの服は洗濯してるよ、落ちるかわからんがな。』
安藤の好意のようだ。
『ありがとうございます。助かります。』
楓がパイプ椅子に座った瞬間
『……楓ちゃん…。』
井上のか細い声が聞こえた。
ん??
今、喋った?
『おーい!お嬢ちゃん!お坊ちゃん気がついたよ!!早くこっち来いよー!』
『……はぁい。』
言われるがまま、井上が横になっているベットの脇に椅子を置いてドサッと座って見せた。
『おはよう。変態。』
井上はゆっくりこちらを向いたと思ったら楓を見るとすぐに飛び起きた
『楓ちゃんっ!!!!!!!』
『バカヤロウ!!傷口が開くだろうがっ!!大人しく寝てやがれ!!』
井上はいてててと身体中を触って見せた。
『楓ちゃん……ありがとう。』
『……許したわけじゃないから。それだけ勘違いするなよ。』
井上は鼻の頭をポリポリとかいてあからさまに嬉しそうに笑った。
『ありがとうございますっ!
楓ちゃん!!これからもっともっとよろしくだよ!
僕頑張るからね!!頑張るぞ!頑張るね!!』
『……はいはい、わかったからもう喋んないで。』
『なんで?どうして??僕は楓ちゃんと話したいことが山ほどあるんだ。』
『うっさいな、また愛だの、恋だの、言われてもウザいから静かにして。』
『まぁ……そうだね!!場所がこんな所嫌だよね!気づかなくてごめんね。
落ち着いた場所に行ってからこみ合った話はしようか。』
わざわざ自ら地雷を踏みに行くのは井上のスタイルなのだろうか。
『あぁあん!?テメー!!命の恩人にもっと敬意ってもんはねぇーのかよ!?あぁあん!?』
案の定、安藤は無自覚なのか天然なのかどっちにしろ色々とヤバイ井上に牙をむいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます