第3話
家庭教師がついてから1ヶ月がたとうとしていた。
井上との勉強が効いたのか楓の成績はどんどんあがっていった。
いつものようにクッションに井上と二人で座り、勉強を教えてもらっていると、突然井上が突拍子も無い事を言い出した。
『楓ちゃんは、好きな男の子とかいるの?』
楓はギョッした顔をして間が空くことなくいい放った。
『いませんよ!!なんでですか??』
井上は柔らかそうな笑顔でうんうんと頷いた。
『そうかぁー思春期の女の子だからいるのかなぁって思ってね。』
『いません、いません、だって学校の男子って子供だし、興味ないですね。』
楓は少し笑って言った。
『じゃあ年上がタイプとか??』
言いながら井上はボールペンをシュッと楓にむけた。
楓は向けられたボールペンをパシッと掴んでヒラヒラと揺らして見せた。
『そうですねぇー、大人の男性には憧れますよ。そりゃあ。』
『大人の男性ねぇ…。僕は逆に少女のほうが美しいと思うんだよ。』
ん…?この時楓は違和感を覚えた。
『少女…ですか??』
『そう、少女。今楓ちゃんはいろんな事をお勉強して大人の階段を登っている段階だ。
でもね…。大人になると汚れていくものなんだ。』
なんの話をしているの??楓は躊躇い口を閉ざした。
井上は続ける。
『人は生きていけば生きていくほど汚れていく。
それは仕方ない事なんだ。
知らなくて良いことを知り、知らないほうが良いことを知り、どんどん人っていうのは汚れていく。』
恐る恐る楓は聞いた。
『…汚れるってなんですか?』
井上は神妙な顔をしてこちら見て言う。
『それだよ。それ。』
『……なんですか…?』
『君は何も知らない。僕は楓ちゃんを美しいと思う。』
変気な空気だ。おかしい。いつもの井上がかもちだす、柔和な雰囲気はない。
楓を見つめるじっとりとした視線。
楓は即座に思った。
気持ち悪い、と。
『先生、勉強続けましょう?』
井上の顔がハッとしたかのように元に戻る。
『そうだね。楓ちゃん。続けようか。
ここは…こうでね、ここは…こうするんだ。』
楓の頭に井上の言葉が入ってこない。
なんだこれ。嫌悪感か…?
楓のなにかのレーダーにひっかかる。
一緒の空間に居たくない。
でもどうすることも出来ない。
楓は違和感を覚えながらも必死に教科書に向かった。
吐き気がする。
この感情はなんだ。
楓は戸惑いを井上に悟られないようにいつも通りに接して、時間がくるのをただ待った。
『先生、そろそろ9時です。今日もありがとうございました。』
井上は腕時計をチラリと見て少しだけ名残惜しそうな顔をして言った。
『そうだね…。じゃあまた明日だね。頑張ろうね。』
『…はい。』
楓は井上を玄関までいつものように送り、部屋戻った。
なんだ…この違和感は…
相談する相手はいない。
祖父母には心配かけたくない。
井上のあのじっとりとした目付き。
舐めるように楓を見ていた。
明日も…来るのか…。
そう考えると憂鬱になった。
こんな事今まで無かったのに。
私の勘違いかな…?
ちょっと気にしすぎというか、自意識過剰だったりするかな…?
そう思い込もうとした。
大丈夫、きっと私の勘違い。
先生はそんな変な人じゃないよね。
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