まずは
ここはナオヤの家。
「で、バンドを組むって具体的に何すればいいのかな?」
ナオヤは目の前にいるナツキに聞いた。
「知らない」
ナツキは平然と言った。それを聞いたナオヤは気の抜けた声を出した。
「えぇ? 自分から言い出しといてそりゃないよ」
「こういうのはナオヤの方が詳しいでしょ? 任せた」
「僕だってバンドなんて組んだことないからわからないよ」
パタパタとうちわで仰ぎながらナオヤが返す。
ナツキは「貸して」と言って、ナオヤのうちわを取り上げて、自分の顔に風を送った。
「それにしても暑いわね」
二人ともに顔が汗でびっしょりだった。ナオヤが少し呆れた声で言う。
「だからさ…」
「だから?」
ナオヤは自分の家の二階を見上げる。
「部屋の中で話そうって言ってるでしょ…」
そう、ここはナオヤの家…の外。『瀬田』という表札がかかっている門の前だ。ナツキはニヤリと笑みを作る。
「なによぉ。女の子を部屋に連れこんで何する気~?」
「いや、何もしたことないでしょ…」
ナオヤは大きく溜め息を吐いた。
「だって、ナオヤならすぐ答え出してくれると思ってたし。わざわざ上がるのも面倒なのよ」
「日に焼けちゃうよ?」
「そんなこと気にしてるの? 女じゃあるまいし」
「そんな感じのくせに、なんで僕に襲われると思ったのさ…」
ナツキは見た目は良いのだが、女子として粗雑なところが目立つ。
「は?」とナツキが睨み付けるが、ナオヤは構わず玄関へ足を運んだ。
「焼けて痛くなるのは嫌だから、僕は中に入るよ」
そう言ったナオヤの背中を睨みながら、ナツキも後を追った。
ナオヤの部屋のドアを開けると、涼しい風が頬を撫でた。外で話している間かけっぱなしにしていたクーラーは、二人が部屋に入ってくると、また活発に動き出した。二人は部屋に入ると、ふぅっと息を吐いた。
「久しぶりにおばさんの顔見たけどまたずいぶんと小ジワが増えたわね」
「普通、人の親捕まえてそういうこと言う?」
ナオヤの言葉を無視し、ナツキはぺたりと絨毯の上に座った。
「じゃあ、まずはじめに…」
ナオヤも腰を下ろす。
「メンバー集め、かな?」
ナツキが頷く。
「でもどうやって集めるのよ? 誰か知り合いで楽器やってる人いるの?」
「ううん、いないよ。だから、広告を作ってみようかなって」
そう言ってナオヤは立ち上がり、大学ノート程の大きさの紙と筆箱を取り出した。
「じゃあ、とりあえず…」
そう言って紙の上部に「メンバー募集」と書き、その後、ふとペンを止めた。
「そういえばナツキちゃんは何か楽器できるの?」
その言葉にナツキは首を振る。
「ううん、何もできない。歌いたいだけ」
まぁ、そうだろうなと思い、「うん」と軽く頷いた。
「じゃあ、ナツキちゃんはヴォーカルだね。あと僕ができるとしたら…キーボードかな」
「そういえばあんたピアノ習ってたわね。だから貧弱になっちゃったのね」
「なんか、とことんイメージが偏ってるなぁ…」
ナオヤは口を尖らせながら言った。
「できたっ!」
ペンにキャップをはめながらナオヤは体を起こした。横からナツキが「どれどれ」チラシを覗きこむ。
チラシには『メンバー募集!初心者大歓迎!ギター・ベース・ドラムを募集してます。気楽に楽しくやれるバンドを目指してます。連絡は下の番号にお願いします。』と書かれてある。下の方には短冊のように細長く紙が切れていて、その一枚一枚にナオヤの名前と携帯番号が書いてある。
「なんで下の方こんなビラビラさせてるの?」
ナツキはナオヤに尋ねた。
「楽器屋でこうやってるのを見たことあるんだ。そうしておけば、そのチラシに興味を持った人が連絡先の書いてある紙をちぎって持っていけるでしょ?」
ナツキは「へぇ~なるほど」と、手をポンと打った。
「あんたってこういう変なことばっかり知ってるわよね」
そう言った後、「あっ、誉め言葉よ?」と付け足した。ナオヤも、今更この程度で怒ったりはしない。
「あれ?」
チラシを見ていたナツキが素頓狂な声を上げた。「なに?」とナオヤが声の主に聞いた。
「これ、場所がうちの学校の音楽室になってるわよ?」
ナツキがチラシを指差しながら言った。ナオヤも覗きこむ。
「あぁ。だって僕んちじゃあんまり大きな音出せないし」
「でも、これじゃあ私達これからメンバーが集まるまで音楽室に残ってなきゃならないじゃない。てゆうか、学校の許可取ったの?」
ナツキが怪訝そうな顔で聞いた。
「だってこれから練習もしなきゃいけないからどっちみち残らなきゃいけないし、音楽室だって別に使ってないから大丈夫でしょ? 管弦楽部は他の音楽室で練習してるし」
その言葉にナツキはナオヤの顔をじとっと見た。
「あんたも結構いい加減ね」
今度はナツキが小さく溜め息を吐いた。
しかしその後、彼女も「ま、いっか」の一言で事を納めてしまったのだった。
noise 新井住田 @araisumita
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