noise

新井住田

プロローグ

 夏の眩しく光り輝くの太陽の下、一つしかない入場口から大勢の人々がどっと押し寄せてくる。Tシャツ、ジーンズといったラフな格好の人から、モヒカンに革ジャンと絵に描いたようなパンクな格好をしてくる人まで、様々である。

 その人混みの中に一組の男女がいた。眼鏡を掛けた少年の方はだいぶ慣れた様子で人混みの中を歩いていくが、少女の方は少年についていくのがやっとのようだ。少年が立ち止まり、少女に話しかけた。

「大丈夫?」

 少女が少年に追い付いた。額に大汗をかいていて、だいぶ参っていた。

「だ…大丈夫なわけないでしょう。なによこの人混み…」

「かなり混むから覚悟しといてって最初に言ったでしょう」

「そ…それにしたってこれはないわ…」

 少女は、ふうと一息置いて続けた。

「だから私はこんなところ来たくなかったのよ。暑くて窮屈でうるさくて空気が悪くてさ」

 それを聞いて、少年は少しムッとした。

「僕のチケットが一枚余ったから声掛けてみたら『行く』って言ったのはそっちでしょ」

 それを聞いた少女は口の端に笑みを浮かべた。

「あら、ナオヤ君? じゃあそもそもなんでチケットを二枚も取ったのかしら?」

 余裕のある少女の口調にナオヤと呼ばれた少年は、うっと言葉を詰まらせた。ナオヤの代わりに少女が代弁する。

「隣のクラスのかわい~い、女の子を誘おうと思ったのよねぇ?」

「い、いや……」

 今度は彼の額に汗が浮かんできた。

「だけどその子に断られて私を誘ったんでしょ?しかも、その子になんて断られたんだっけぇ?」

 ただでさえ掘り返されたくない事なのに、さらに彼女は嫌味に満ちた、抑揚のついた話し方で問いかける。

「え~と…、その日、デ、デートだからって……」

 そう言った瞬間、少女は天を仰ぎ、大声で笑った。周囲の人々が一斉に声の主と、その側にいる少年の方を見た。

「ちょ、ちょっとナツキちゃん! 静かにしてよ!」

 ナオヤは顔を真っ赤にしながら叫んだ。ナツキと呼ばれた少女はヒーヒー言いながら、少しずつ笑いを抑えていく。

「ごめんごめん。でもあんたが悪いのよ。せっかく好意で来てあげたんだから、もっと感謝してよね」

 ナオヤは、はぁと溜め息をついた。顔色はさきほどとは一転して、真っ青になっている。

「わかったから、もうその話はしないで。お願いだから…」

 断られただけたならまだしも、相手に恋人がいることまで知ってしまった。その日のナオヤは、ずっと放心状態だった。

 今日、二人が来ているのは毎年夏に行われるロックフェスティバルだ。日本でも五つの指に入るほどの大きなフェスで、国内だけでなく国外からも多数のアーティストが集まってくる。

 しかし、普段ポップスやバラード系の音楽しか聴かないナツキにしてみれば、ロックフェスティバルの会場なんてものはラッシュ時の満員電車の中と何の変わりもない。ただうるさいだけだった。

 二人がお目当てのステージに着いて、10分程度でコンサートが始まった。興奮しきって騒ぎだしたナオヤに対し、ナツキは演奏が始まると眉間に皺を寄せた。

 彼女はしばらくそのような様子で見ていたのだが、とあるバンドが出てきて表情が変わった。

「えっ…、女の人?」

 それは女性がヴォーカルを努める海外のバンドだった。

「そうだよ。別に珍しくないでしょ? 日本でも結構いるよ。女性ヴォーカルバンドって」

 ナオヤがそう言ったにも関わらず、ナツキはまだ物珍しそうに見ている。どうやらナツキの頭の中には「ロックは男がやるもの」という定義があったらしい。

 そのバンドが演奏した曲はメロディラインが流れるように綺麗で、メタルなので激しいことには変わりなかったが、とても聴き易かった。そのバンド以降、ナツキがライブ中に眉間に皺を寄せることは無かった。


 ライブが終わり、帰りの電車から二人は降りた。ナツキは道中、ずっと黙ったままだった。

「どうしたの?」

 そうナオヤが声をかけても全く反応を示さない。ただ俯いて、何かを考えているようだった。

 改札を通り、駅を出たところでもう一度、ナオヤは声をかけてみた。

「さて、帰ろうか」

 ナツキが顔を上げた。しかし、ナオヤの声に反応したようではなかった。

 そして、唐突にこう言った。

「ねぇ、バンドやらない?」

 この一言から、物語は始まる。

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