6
目が覚めると、もう辺りは闇に包まれていた。その闇を月が申し訳程度に淡く、照らしている。
異様な生臭さが鼻を刺す。俺が寝る前からずっと同じ体勢で倒れている西口が横にいた。
俺は西口の死体をそのままにし、山を下りていった。この暗さなら警察に見つかるのも可能性も、ぐんと低くなる。
山を下り、しばらく歩くと、商店街が見えた。色とりどりの飾り付けが、商店街のある通り一帯を輝かせている。その光の中でサンタクロースの着て、路上でケーキを売っている人がいる。
そうか、今日はクリスマスか。ということは本当に日がない。
俺は通りに入った。その中にある店に入り、よくキャンプなどで使う、小さめのナイフを購入した。
店を出ると、ふと、あるカップルに目がいった。歳は大貫晴菜と同じくらいだろうか。
カップルはファミレスから出て、少しの間そこで会話をすると、すぐに狭い路地へと入り込んでいった。女の子の方はしきりに辺りを見回していた。
チャンスだ。人気のないあの路地へ入っていったカップルを殺せば、ノルマはクリアできる。
とはいえ、まだ人通りが多い。今、彼らの後を追って路地に入れば、怪しまれてしまうかもしれない。俺は近くのCDショップの視聴コーナーで時間を潰した。
少し人通りが少なくなってきたのを店の窓から確認すると、店を出て、二人が入っていった路地へ向かった。
人のいなくなった通りを横切り、路地を覗きこんだ俺は、唖然とした。
どういうことだ。さっきのカップルが倒れこんでいる。方向は違うが、お互いに相手の方に顔を向けるようにして倒れている。
死んだ?どうして?間に合わなかったのか?
その時、路地の奥に足を向けるようにして倒れている少女が、少年に向けて、手を伸ばし始めた。少年もそれに応えるようにして手を伸ばす。
大丈夫だ。まだ生きている。
俺はとっさに走り出し、懐から、さっき買ったナイフを取り出した。そして、少年の傍らに膝を着くのと同時に、少年の首に刃を立てた。
「がっ!」という声と共に、鮮血が噴き出す。その返り血が俺に降りかかった。
――四人目。
立ち上がると、少女がこちらを見た。その目には、怒りや恐怖よりも、驚きの色が映っていた。
ナイフを振り上げて、言う。
「お前で、五人目だ」
そう言いながら見た少女の顔は、いつか夢で見た顔だということに気づく。倒れこんで死んだ、俺に殺されるはずのない少女。
両手で降り下ろしたナイフは綺麗に少女の首に入り、また真っ赤な血が舞い上がった。
彼らが死んだのを確認すると、俺は膝を落とした。ついに……ついに俺は……。
「やったんだ……。やったんだ!」
そう言いながら、笑みを浮かべる。あまりの嬉しさと達成感でできた笑顔だったから、もしかしたら口の両端が裂けていたかもしれない。
そしてその笑顔のまま、いつの間にかうつ向いていた顔を上げた。
顔を上げた目線の先には、スーツを着た男がいた。その後ろには制服を着た警察官が数人。後ろを振り返ると、さっき俺が入ってきた路地の入口にも数人の警察官がいた。パトカーの赤いランプが路地を照らす。
言葉が出ない。
せっかく、魂が戻ったというのに、またつかまるのか。
とっさに立ち上がり、逃げようとした。しかし、どこへ逃げればいいのかわからない。狭い路地の中、前後を警官に囲まれ、横に並ぶ建物には窓もない。
スーツを着た刑事がナイフを捨てるよう命じてきた。刑事の後ろでは警察官が銃口をこちらに向けている。
逃げ場が、ない。
今度捕まれば、絶対に逃げられない。ただ、死刑を待つだけになる。
「…いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだ……」
泣いた。大の男が情けないが、これしかできない。
「……お袋さんに会ってやれ」
唐突に、刑事が言った。わけが分からなかった。
「あんたのお袋さんがな、ついさっきお亡くなりになった」
今、何て言った? 母さんが死んだ? それじゃあ俺が生きる意味は、ない?
「し……信じるかぁーー!! 誰が信じるかぁー!」
馬鹿言うな。恋人を殺し、母さんを失った俺が生きる意味がない。
そんなこと、あってはならない。だから、そんなのは嘘だ。嘘だ。嘘だ。
俺はナイフを持ち直し、暴れた。嘘をつくやつは、全員死ねばいい。がむしゃらにナイフを振り回し続けたが、その刃はなかなか当たらない。
その時、バンッという乾いた破裂音と同時に、俺の胸に穴が空いた。
自分の胸から血が溢れ、飛び散っていく様を、俺は倒れながら見ていた。どすんと体を地面にぶつけ、仰向けになる。
そんな。俺はまた、赤いランプの光の中で死んでいくのか?
なんで胸を撃った。こういうときは肩を狙うのが当然だろう。
そんな警官達の声が遠くなっていく。
それと入れ代わるようにして、また、あの声が聞こえた。
――運命を変えてはならない――
END
夢~another story~ 新井住田 @araisumita
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