5

 暗い路地の真ん中に二人の男女が互いに向き合って立っている。二人共に黒髪で、女の子の方は肩に掛るか掛らないかくらいのセミロングだ。

 路地の向こうからは色とりどりの光が満ち溢れてくる。その光に照らされて二人の顔が見えた。高校生くらいだろうか。まだ幼く見える。

 しばらくすると、女の子の方が胸のあたりの服を掴み、苦しみ始めた。どんどん息が荒くなっていく。そして血を吐きながら膝をつき、四んばいになった。

 それと同時に少年の方も膝をつき、吐血した。それから少女、少年の順に地面に倒れ込んだ。

 顔からは血の気が消え失せていき、彼らの間には血溜まりが出来始めた頃、二人は完全に動かなくなった。

 目が覚めると、相変わらず灰色の天井が俺を見下ろしていた。明かり取りの窓はあるのだが、定規で線を引いたみたいにまっすぐにしか光が射し込んでこないので、明るいのか暗いのかよく分からない。恐らく、部屋の壁自体が暗い色をしているのも原因の一つだろう。

 死刑が確定して刑務所に入ってから、もう一ヶ月くらいになるだろうか。裁判は案外早く、二ヶ月程で終わった。もっと時間が掛ると思っていた。

 ということはもう、「期限」まで一ヶ月あるかないかだ。

 このままでは「ルール」を守れなくなる。

 そうなったら俺はどうなるのだろうか。死ぬのか? 人を殺した俺はもう、天国へも、あの声の主のところにも行けないだろう。

 だとしたら何としてでもここから出て行かなければならない。

 どうやって?

 かたんと音がした。扉の下にある小さな扉から朝食の乗ったお盆が入れられた。足音が隣の部屋へと移動して、またお盆を差しこむ音が聞こえた。

 そうだ。扉が開く時に逃げればいい。牢屋の扉は、たまに開く時がある。その時に逃げ出すんだ。

 固いベッドの上で、扉から顔を隠すようにして笑った。

 三日後。待ちに待った日だ。今日、俺は脱獄する。迷ってなんかいられない。もう、時間がない。

 昼食を取った後、監視官が扉についている窓から顔を覗かせた。

「出ろ。体育の時間だ」

 きぃ、と音を立てて、扉が開いた。

 刑務所では、囚人が体を動かして、更正を図るために、外に出てスポーツをする時間が設けられている。

 この時を待っていた。

 ゆっくりと部屋を出る。監視官が扉を閉めて、こちらに振り返る。

 その瞬間、俺は監視官のみぞおちに思いきり肘を入れた。小さなうめき声を上げて倒れこみ、そのまま静かに気を失った。

 監視官の服の中から牢屋の鍵を探しだし、西口の入れられている牢屋へと向かった。

 西口は俺の顔を見るやいなや、騒ぎ出そうとした。俺はそうなる前に西口を制止して、扉の鍵を開けた。

 西口を連れだし、見付からないように出口へと向かった。

 日本の脱獄率は世界に誇れる低さだ。それ故に、最近は警備も甘くなっている。だから、難なく出口の側まで辿り着くことが出来た。

 しかし、外へ出る門の側には警官が一人、立っている。気付かれずに出るのは容易ではない。

 とは言っても他に出口はないし、作戦があるわけではない。仕方なく、西口と一緒に門に向かって、駆け出した。

 門の前にいた警官が気付き、走ってくる俺たちを止めようとしたが、あっけなくはじき飛ばされる。

 俺と西口は走り続けて、近くの山の中に潜んだ。

 山に入ってから警察が追ってくる様子がないことを知り、ほっと一息ついた。とはいえ、下では必死に捜索しているに違いない。見つかるのも時間の問題だ。

 西口は息を切らして、へたりこんでいる。ある程度落ち着くと、俺に話しかけてきた。

「…なぁ、まずいんじゃないか? こんなことしたってどのみち捕まるのがオチだよ。いっそのこと戻っちまった方がいいんじゃ…」

「馬鹿が。戻ったって死刑には変わりねぇじゃねぇか。だったらこのまま逃げきれる可能性に賭けたっていいだろ」

 俺は立ったまま、西口を見下ろしながら言った。

「でもよぉ、どうせ逃げ切れるわけ…」

 俺は舌打ちをして、西口の言葉を遮った。

「誰もてめぇを逃がしてやるなんて言ってねぇよ」

 西口の首を掴んだ。ひぃっと怯えた声を出した。

「てめぇのその情けねぇ根性のせいで捕まっちまったんだからよ、せめて俺の『三人目』として死んでくれよ」

 そう言って、手に力を込めたが、西口はバタバタと暴れながら、俺の手を払い除けた。

 立ち上がって、息を切らしながら西口は走った。しかし、あいつの足で俺から逃げきれるはずがない。また捕まえて、今度は西口の背中の上に乗る。

「いやだぁぁぁっ! やめてくれぇぇ!!」

 そんな声などお構い無しに、俺は傍らにあった自分の拳二つ分程の大きさの石を、西口の後頭部めがけて振り下ろした。

 バキッと頭蓋骨が割れる音がした。再び振り下ろすと、今度は、ぐちゃっと脳味噌を潰す感覚が走った。

 何度も何度も振り下ろす。その度に血と脳が宙を舞う。繰り返していくうちに、西口は声を上げなくなった。

 俺は顔についた血を拭いながら、死体の横に倒れこんだ。

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