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 部屋中に青いビニールシートが広げられている。そしてその中心に、麻酔で眠らされた大貫晴菜が横たわっている。

「おい原田、まじでやるのかよ…」

 彼女の横に立っている西口が言った。その手には肉切り包丁が握られている。

「黙ってたけど俺にとって今回の誘拐の目的は金じゃない。彼女を殺すことだ」

 西口は黒目を大きくして俺を見た。

「でも彼女の家族に金を渡せば娘を返してやると言ってしまったからな。だから彼女をこの段ボールに入れて、彼女の家の前に置いてくる」

「だ、だけど…」

「いいから黙ってやれ!」

 俺は大きく怒鳴り声を上げた。

 恵子を殺してから俺の中で人間の価値が変わっていた。いや、正しくは人を殺す事への価値観が変わっていたのだ。だから今は人を殺す事に抵抗を感じない。殺さなければ、俺が死ぬ。

 俺は大貫晴菜の肩と腕の付け根に包丁を置き、ほとんど躊躇することなく力を込めた。刃は皮膚を裂き、ズブズブと内側へ入っていく。切れた皮膚の間から大量の血が溢れ出て、包丁が入っていった場所が見えなくなった。西口は横で口を押さえながらその様子を見ていた。

 こつん、と刃が骨に当たったとき、大貫晴菜が目を覚ました。多量の麻酔のおかげで痛みを感じている様子はないが自分の体が動かない事に異変を感じたのか、横目でこちらを見た。そしてその目が俺から自分の腕に移ったとき、動かせない口の奥から声を絞りだした。

 慌てて西口がタオルで口を塞いだ。それでも彼女は叫び続け、目からは大粒の涙が絶え間なく流れ出ていた。

 そんな声に構うことはなく、俺は包丁を引きながら骨を切りにかかった。包丁を前後に動かすと、血が溢れ出るごとに少しづつ切れていくのがわかった。

 そして固い感触は急に途絶え、その代わりにまた肉を切る感覚が戻ってきた。最後の皮膚も切り終え、腕を彼女から離すと、彼女の泣き声もピークを迎えた。目の前で腕を切られ、自分の身から離されていくのは、やはりかなりの恐怖感があるのだろう。

 切り離された腕は切断面から滝のように血を流し、青いビニールシートを黒く染めた。腕はそのままでは箱に入らなかったので肘から折って入れた。

 この作業を繰り返しながら、腕、足、銅、頭と分けた。首を切る前に彼女は既に出血多量で死んでいた。そしてそれらすべてを段ボール箱に押し込み、ガムテープで封をした。そして夜中にビニールシートの処分をした後、大貫晴菜の入った段ボール箱を彼女の家の前に置いた。

 昨日は夜も遅く、終電の時間もとうに過ぎていたので、西口は俺の部屋に泊まった。

 朝起きると俺の部屋は、ビニールシートも処分したはずなのにまだ微かに血の匂いがしていた。血の匂いというのはなかなか取れないものなのだろうか。

 布団を片付けてテレビをつけると、その音に反応して西口は体を起こした。テレビに映っている時計はすでに十時を差していた。

 二人で遅い朝食を取りながらテレビを観ていると、自分達が起こした誘拐事件のニュースが流れた。もう、昨晩置いた彼女の死体のことが報じられていた。

 その時、玄関の扉がノックされた。俺は玄関に向かい扉を開けると、そこにはスーツ姿の男が二人と制服を着た数人の警察官がいた。ひやりと冷たい汗が背中をなぞって落ちていく。

「原田俊雄さんと西口克則さんですね?あなた達を誘拐及び殺人の容疑で逮捕します」

 スーツを着た刑事の一人が言った。

「何の事ですか」

「しらばっくれないで下さい。昨晩、大貫晴菜の家の前にあなた達が段ボール箱を運びこんでいるところを見た人がいます。ここの隣人から、隣の部屋から叫び声が聞こえると通報もありました。このアパートの裏にあったビニールシートの燃えかすとこの部屋の匂い。すべてがここで事件があったことを物語っています」

 そこまで言うと後ろにいた制服を着た警察官が手錠を取り出した。

 一軒家と違って裏口があるわけでもないし、窓から逃げようにも三階からではそれもできない。第一、仮に逃げられたとしてもすぐに捕まってしまう。逃げ場はない。

 おとなしく俺と西口は連行されることにした。

 手錠をかけられて外に出ると、あちこちから人の視線を感じた。アパートの住人だけでなく、周りの家の窓からもこちらを見ている。

 人々の白い眼差しが胸を貫いていくのを感じながら、俺と西口はパトカーに乗り込み、警察署へと連行されていった。

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