第18話
「さてと、どうやってアイツから逃げるべきか……」
なんとか奴との会話で潔癖な性格を知り、そこをついた即興の作戦で逃げてきたはいいものの、まだ安心できる状況じゃないのは確かだ。
見たところ廃工場か何かな場所だとは思うが、俺の記憶の中に日本でこんな立派な場所は無い。
所々が腐食してボロボロな鉄筋やコンクリート。少し離れた場所にはまだ稼働していた頃の名残か、変な機材だとか液体が溜まっていたりしている。
あと、めっちゃ臭い。
まるで、錆びた鉄と埃、更には奇妙な液体が混ざって化学反応的にも似た最悪な異臭をまき散らしているようだ。
この場に長時間いたら鼻がおかしくなりそうだが、サムエルから自身を守るためにはどうあがいてもこの場所に留まる必要あるし、どうしようもないか。
「――つっても、この状況。隠れるのも逃げ出すのも俺にとっては自殺行為。結局のところ、無い頭をフルに活用して打開策を練るしかないか」
今のところこの状況は俺にとって不利なのは間違いない。
逃げ出そうとも俺と奴との身体能力の差は歴然。顔に付着した俺の血液を拭い、怒りに任せに襲い掛かってくるであろう化け物からは逃れられないだろう。
かと言って、隠れるにしても場所も無ければ埃や異臭まみれの嫌な所だ。
息を殺して隠れていても、先に俺の喉がやられて咳き込んでしまう気がする。
というか、奴には魔力探知があるからな。
俺はエレナ曰く”アモンドレイク”の魔力がほんの少しとは言っても漏れてるらしいし、隠れるのも無駄。
となれば
「現状打破として、奴と正面切って戦うしかないってことかよ。無茶苦茶だな」
こんなことなら大人しく奴の拘束に捕らえられたまま、エレナがやって来るのを待っていた方が良かったのかもしれない。
まぁ、そうなっていたなら今以上に最悪な状態になっていたのは目に見えて明らかだろうけど。
「があああ~~ッ! 何処だッ、何処にいる小僧ッ!」
「チッ、もう出てきやがったのかよ」
背後から轟音が響き渡ると同時に、サムエルの怒号が鼓膜を破るのではないかと錯覚するほど俺の耳に木霊した。
怒っているのは獲物を油断させるための餌が逃げ出したからか、それともその餌にまんまと一杯食わされて逃げ出されたからか。
どちらもあるだろうけど、多分後者だな。
そんなどうでも良いことを冷静に考えながらも、俺は視線をそこいらに向けて何か使えるものはないかと探してみるんだが……神は私を見捨てたようだ。
何一つとして奴に有効そうなものはない。
相手はリザードマンだしな。
ファンタジー世界に住む化け物に対抗するなら、重火器かせめて日本刀の一つでも用意しないとこちらがやられるのは当然。
「この際、瓦礫でも使って対抗してみるか? いや、そんなのくらいなら鉄筋の方がマシか……? とにかく、奴に一太刀浴びせられれば」
俺はそこらに落ちてあった包丁サイズの鉄筋を手に取ると尻ポケットに差し込んでから、小声で口にすると同時にその場から走り出す。
奴から逃げるのも隠れるのも封じられた俺に出来る最善の策は戦うことだけ。しかし、馬鹿正直に真正面から戦いを挑んで勝てるかと言えば、確実に不可能だろう。
おそらく奴も今は怒り心頭って言う状態だが、俺を死なせてしまってはエレナの怒りを買うことを心の隅では覚えているはず。
となれば、真正面から戦いを挑んだ結果は、致命傷は避けるがボロボロになるまでは痛めつけられ敗北。
ソレが一番妥当な線だろうな。
ならば、相手の隙を突く卑怯なやり方でどうにか時間稼ぎをする他ない。
「だけど――どうやって!?」
俺にはエレナのように並外れた身体能力は無いし、何かしら使えるものと言えば先程尻ポケットに忍ばせた鉄筋くらいなものだ。
ソレを使うにしたってリーチは短いし、先も大して尖がってはいない。
致命傷に欠けるというものだろう。
そんな感じでいたって普通の少年が私服を身に纏っているに過ぎない状況で、どうやって奴の虚を突いてやれば良いというんだ?
なんてムリゲーなんだろう。
「ソコカァァァアアアーーッ!」
「うひぃッ、見つかっちまったぁッ!?」
奴の視界に納まったことを理解するや口から変な悲鳴が漏れてしまったが、この際それは関係ない。
俺は一目散にただ廃工場内を走り出すが、出口が何処にあるのかも分からず、さらに言えば隠れることも許されない状況で頭がパニックになりそうだ。
悲鳴の一つに気を取られてたら死ぬ。
それを理解しているが故に、俺はただ無我夢中で陸上部時代に鍛え上げた脚を使って全力疾走だ。
「ニガサンッ、ニガサンゾーーッ!」
「声が片言って、こんなにも怖いのかよッ!」
背後から徐々に迫ってくる巨大な足音と、怒号混じりの片言な言葉。
もう逃げるのを諦めて一思いに捕まり、エレナの助けを待った方が良いんじゃないかと思えるくらいだが、どの道俺と言う存在は奴にとっては邪魔者以外の何者でもないんだ。
それ以前に顔に血の煙を浴びせたことに怒り心頭って感じだしな。
捕まればソレでアウトな気がするよ。
「――がっ!?」
とにかく捕まりたくないと逃げ続けていた俺だが、おそらくは追いつかれてしまったんだろう。
背後から強い衝撃を浴びると共に俺の身体は宙を舞い、腐食して変色しているブルーシートに覆われた何かの塊に身体を打ち付け吐血した。
耳に入るのは鉄の塊が地面に落下した時に起きる甲高い無数の音。
身体中に流れる尋常じゃない痛みに堪えながら見据えてみれば、壁に埋め込まれたもの同様に錆びついている無数の鉄筋が確認できた。
「ヤット、ツカマエタ……さっきは……よくも……ッ!」
俺という苛立ちの元凶を目の前に冷静さを取り戻しつつあるらしい。
サムエルは片言だった喋り方から元の落ち着いた口調に戻ると、倒れた俺の胸倉を掴み上げて追い打ちをかけるように顔面を殴打。
悲鳴の一つも上げられずなすすべなく殴られた俺は、再び地面にその背中を強打してしまう。
肺の中の空気を全て強引に吐き出された感覚と、一時的とは言え呼吸困難に陥り俺の頭はパニックどころか失神しかけている状態だ。
これ以上はマズい。これ以上奴の攻撃を受けてたら、絶対にマズいッ!
「お前は出来るだけ無傷で捕えていたかったが、気が変わった。……何一つとして出来ないように、その手足――使い物にならないようにしてくれるわッ!」
そう言うや否や、サムエルは俺の首を掴み上げて残る右腕で俺の左腕を掴むと、下に向けて軽い仕草で引っ張った。
まるで、吊るされた蛍光灯の紐を引っ張るように何気ない仕草でやったソレだが、瞬間俺の腕は嫌な音を響き渡らせて脱臼した。
「があああぁぁぁあああッ!?」
尋常じゃない痛みを味わい、思わず悲鳴が口から漏れる。
今まで捻挫は体験したことはあっても、脱臼は味わったことがないからな。新感覚の激痛に俺は情けなくも涙を目から流し、痛みに耐えるように歯を食いしばる。
「痛いか? そうだろうな。――しかし、この程度で終わると思うなよ? これからお前の四肢全てをこのようにしてやるのだからな」
「はぁ……はぁ……」
奴の言葉なんて半分も耳に入らない程の激痛を左腕に感じながらも、俺は残る右腕を後ろに回し尻ポケットに差し込んでいた鉄筋を手に取ると
「おい……トカゲ野郎」
「あぁ?」
奴の事を皮肉ったらしく呼び手に納まったソレを振りあげ奴の右目に突き立てた。
おそらくは確実に自分が有利な状況に立たされていると思っていたからだろう。
油断し俺のちょっとした仕草すら気にしなかったが故の結果、何の抵抗も出来ずに奴の右目に鉄筋は吸い込まれるかのように突き刺さった。
「ぎゃああああぁぁぁぁああーーッ!?」
右目を襲う激痛にサムエルは悲鳴を上げて俺を投げ飛ばした。
迎えてくれたのはコンクリートの壁。勿論滅茶苦茶硬くて、思わず小さな悲鳴がまたもや口から漏れてしまったよ。
だけど、痛みはあまりない。いや、感じないと言った方が良いんだろうかな。
さっきから鉄筋の塊に叩きつけられたり、左腕を脱臼させられたりで尋常じゃない痛みが身体を襲っているからな。
慣れたというわけじゃ無いけど、多分何も感じない状態になってるんだろう。
しかし、そんなことに安堵している暇はない。
今は奴から離れるのが先決だ。
「こ、こなくそぉ~~ッ!」
全身に残る力を全て使って逃亡を図るが、思った以上に俺の身体は痛めつけられているんだろう。
足の一つも動かせない。
そりゃそうか。
だって痛みのおかげで何も感じない状態になってるんだ。ほんの少しだって動かすことは出来ないだろう。
「――コゾウッ! 貴様ァァァッ!」
「――はは、俺……終わった」
視界に入るのは怒りを露わに鋭い爪の生えた腕を振りあげ、ソレを突き立てようとしているサムエルの姿。
すでにエレナへの脅迫材料に俺を使う考えは消え失せているようで、本気で俺を殺すつもりのようだ。
もう俺にサムエルの攻撃を避けるような力は残されていない。
全てを諦めるかのように呟いた言葉。ソレが俺の口から漏れた瞬間――
「そこまでですッ!」
この濃い一日の中で一番耳にしている澄んだ声が、汚らしい廃工場に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます