第15話

「愚問ですね。ワタシが貴女の前に現れた理由。――頭の良いエレナ様ならお分かりいただけていると思っていたのですが」


「おおかた、婚約者候補であるあなたの事です。私の身柄を拘束し魔界に帰ることで、お父様に正式に私の婿として取り入ってもらおうという魂胆でしょう?」


「流石はエレナ様。話が早くて助かります」


 そう言えば、エレナは親の決めた婚約に不満を持っていたからこの世界に渡って来たんだったよな。

 自分が好意を持つ相手ならともかくとして、親に決められた結婚相手なんてまっぴらごめんだということだったはずだが、ソレがコイツだっていうのか?


 まぁ、確かにトカゲ人間ってのはあまり良い印象は持たないよ?

 巨大だし肉食系っぽいし、何より好物がさっきのアルマジロトカゲみたく虫みたいだしさ。俺は間違いなく苦手だろうよ。


 辛うじてドラゴンみたくトカゲのような容姿をしているから魔王もコイツを選んだんだろうけどさ、見た目もさることながら性格も悪そうな感じだ。

 今だってエレナの背後にいる俺を親の仇でも見るかのような目つきで睨んでるからな。


 だが、それと同時にある疑問が浮かんだ。


「なぁ、婚約者候補ってどういうことだよ? 婚約者ってアイツだけじゃないのか?」


 婚約者と言うのならまだ分かる。だが、候補と言われると他にもまだたくさんエレナの婿を狙っている輩が存在するように聞こえてしまうのさ。


 ふと疑問に思ったことを口にしてみれば、エレナは俺に背中を向けたまま


「魔王の娘である私との婚約を熱望する輩は魔界にはたくさんいるんです。――事実、私の夫となることはつまり、次期魔王ということに繋がりますから」


「じゃあ、アイツらみたいな輩は次期魔王を狙って?」


「人聞きの悪いことは言わないでいただきたいな、人間」


 次期魔王を狙っているだけの輩なのかという言葉をサムエルは否定するように告げると、まるでお姫様に対して愛を語る騎士の如く優雅に腕をエレナに伸ばすと


「確かに次期魔王を狙っていることは認めよう。しかし、ワタシが真に手に入れたいと思っているのはエレナ様のお心だ」


「エレナの心?」


「そうだ。――知っての通り、エレナ様は魔王の娘だ。そして、貴様は知らないだろうが魔界では絶世の美女として知られる可憐な花でもあるのだよ」


 エレナが可憐な花?

 本当なのかと彼女を見据えてみれば、不名誉な名前を授かっているからなのか、微妙に嬉しく思っているのか身体を小刻みに震わせている。


 さらに言えば、耳も少しだけ真っ赤になってるんだ。

 怒っているのか嬉しく思っているのか背後にいる俺には分からないが、エレナの美貌が魔界では一番ということには素直に賛成させてもらおう。


 事実、彼女は綺麗だからな。

 まぁ、面と向かって口にしたら襲われかねないし言葉にはしないけど。


「だからこそ、ワタシのような華麗なる騎士には貴女のような女性が相応しいのだ」


「騎士なのか? 剣も持ってないのに?」


「剣を使うのは脆弱な人間だけなんです。魔法や自身の強化された身体を持つ私達魔族には不必要なもの。だからこそ、剣は無くとも彼は魔界では騎士なんです」


「なるほどな」


 脆弱な人間というフレーズがエレナの口から飛び出たのは驚きだが、奴が魔界では騎士の称号を得ている存在だということは理解できた。


 しかし、いくら騎士だろうとこの世界で人間を数多殺しているんだ。殺人者には違いない。

 俺はエレナに少しだけ近づき、奴には聞こえない声量で


「どうするんだ? 奴は化け物だ、ここは逃げだ方が良いんじゃないか?」


「必要ありませんよ。私は魔王の娘です。こんな相手に不覚は取りませんし、負けることは万に一つもありませんよ」


 ハッキリ言って俺はエレナの戦う姿をこの目で見たことは無い。

 見たと言っても、先程奴が身に纏っていたローブを奪う瞬間を少しだけ見ただけ。それだけでは彼女の戦闘力全てを認識することは出来ないだろう。


 強いのか弱いのか、今の段階では分からないというのが俺の判断だ。

 しかし、俺を背に彼女が口にしたのはハッキリとした勝利宣言。自分の方が有利だと確信しているような振る舞いに、不覚にも安堵している俺がいました。


 男の子が美少女に守られている構図はなんとも情けない話だが、俺は普通の人間で相手はトカゲ人間。

 太刀打ちなんて出来ないのは目に見えて分かっているから、ここはエレナに全てを任せるほかないんだよ。


「流石はエレナ様。『自分を嫁にしたければ、自分を瀕死の状態にまで追い込んでみろ』と、婚約者全員に啖呵を切っただけはありますね」


「お前、そんなこと言ったのか!?」


「だって、そのくらいしなければ皆様諦めてくださいませんでしたから」


「いや、確かにソレは分かるけどさ」


 エレナのような美少女の夫になれるのなら、魔族も人間も関係なく婚約者候補が殺到するだろう。

 だが、そんな相手達全員に自分を倒してみろって啖呵を切れるエレナは恐ろしいな。


 よっぽど自分の力が優れていると思っているみたいだけど、力に溺れて過信した奴の末路って大抵の場合ろくなことないぞ?

 そこのところはエレナも分かってるみたいだけど、大胆なことを口にする奴だな。


「それはともかくとして、ワタシの願いは聞き入れてくださいますか?」


「私があなたの提案を受け入れるような態度を見せていないことくらい分かるはずです。今すぐこの場を去り、魔界に帰るのであれば見過ごしてあげましょう。けれど、もし消えないのであれば……」


「消えないのであれば……?」


 エレナの言葉を復唱すると同時に、サムエルの纏っていた雰囲気に変化が訪れた。


 空気が凍るとは今の状態を言うのだろうか。

 この場に立っているだけでも寒気を覚え、サムエルを見ているだけで全身から冷や汗が噴き出てきている。

 まるで、次元が違いすぎる。


 同じ場所に立っているだけだというのにも関わらずそう思えてしまうのは、奴の標的がエレナだけでなく#俺__・__#も入っているからなんだろうね


「私がこの場であなたを消すだけです!」


 戦いのゴングはエレナがそう叫ぶと同時に鳴らされた。

 瞬間、俺の目の前に立っていたエレナは地面を蹴り、再びサムエルとの距離をゼロに変えた。


 昨日の俺がロリコンオヤジとの距離を詰める動作と同じことをしているというのに、目が追い付かない程の速さで彼女は奴との距離を詰めたんだ。

 正直、凄すぎて言葉も出ない。


 だが、事はそれだけでは終わらないようで


「――シッ!」


「――ぐあっ!?」


 距離を詰めたエレナはさっきのように日傘を使うのかと思えば、サムエルの腹部に拳骨を叩きこみ相手を悶絶させたのだ。


 腹部に叩き込まれた拳から発せられた音は、美少女が放った拳とは思えないほどの轟音を周囲に響かせる。

 例えるなら、雷だろうかな。


 自然現象のように輝くことは無かったが、その拳を無防備な状態で受けたサムエルは腹部を抑えて腰を曲げてしまう。

 そんな明らかに無防備な状態となった彼をエレナが放っておくはずも無く


「悪いですが、場所を変えさせてもらいます。ここではいろんな人に被害が……そして何より、颯馬様に危害が加わるかもしれませんから」


 腹部を押さえてくの字に折れ曲がっているサムエルの顔面を蹴り上げると同時に、エレナは少し空中に浮いている奴の顔面を鷲掴みにして


「――てやっ!」


 可愛らしい掛け声と共に投手。

 成人男性よりもはるかに大きな身体を投げたにしてはあまりにも距離が出ているなと思えて仕方ないのだが、そんな俺の心情を察することなくエレナはその背に翼を生やすと


「申し訳ありません。颯馬様、邪魔なトカゲをブチ殺してきます」


「え、笑顔で怖いことは言わないでくれる?」


「ふふっ、じゃあ駆除してきます」


 満面の笑みで告げたエレナは、俺の頬にキスを落としてから跳躍。

 凄まじい暴風を辺りにまき散らしながら天高く舞い上がると、その背に生やした翼を羽ばたかせて彼女自身が投げ飛ばしたサムエルの方向へと飛んで行った。


「はぁ……なんと言うか、凄まじい女の子に好かれちまったみたいだな」


 今更ながら彼女の魔王の娘たる力を目の当たりにしてソレを実感。

 俺は苦笑して彼女とサムエルが消えていった方向を眺めていたが


「――がっ!?」


 不意に感じた後頭部への衝撃で、地面に倒れ伏せてしまった。

 何が起きたのかは分からない。しかし、少なくとも自分にとってもエレナのとっても何か悪いことが起きたに違いないだろう。


 クソ、いったい誰がこんなことをしやがったんだ。

 消えゆく意識の中、後頭部を殴ったらしい存在に対して不満と殺意を感じながら、俺は遠くなっていく意識に身を任せていくのだった。

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