第14話
岩木家を後にした俺達は、再びエレナの魔力探知を利用してドラゴンを探していた。
しかし、時間も時間。
薄暗闇に包まれていた空は真っ暗に染まり、星の光が空から降り注ぐ時間帯になっていた。
「もうこんな時間かよ……」
「そうですね。太陽の光が一寸も降り注がないこの時間。最高の散歩日和だと思いませんか?」
「俺達人間からすれば、散歩は基本的に朝なんだけどな。まぁ、夜の散歩も気晴らしにはちょうどいいか」
とは言っても、基本的に朝に時間の無い人は夜に散歩することもあるし、ジョギングとかを朝だけにする運動だと断定するのはダメだよな。
そんな小さなことを考えながらも、俺は隣を歩くエレナを横目に見る。
夜の冷たい風に当てられて流れる長い銀髪に、前を見据える優し気なピンクパール色の瞳。すれ違うたびに老若男女問わずに彼女を二度見するほどの美少女が、俺の横を優雅に歩いている。
昨日まで女子との接点なんて大したものの無かった俺からすれば、現実味に欠ける光景なのは間違いないよ。
まるで、今もなお夢を見ているような気分だ。
「――どうしたのですか?」
現実味の無さについて頭を動かしていると、いつの間にやら俺の方にその整った顔立ちを向けて来ていたエレナが聞いてきた。
その柔らかな唇を視界に入れるたびに、今朝や昼間起きた出来事を思い出してしまうが仕方ないよな。
だって、今まで俺にはキスの経験なんて皆無なんだから。
そんな俺のファーストキスがエレナのような美少女によって奪われてしまったんだ。気にするなと言うほうが難しいだろう。
「そ、颯馬様……? そんなに口元を気にして……はっ! もしや、私ともう一度キスしたいという意思表示ということなのですか!?」
「どうしてそんな見解にたどり着くんだよ、お前は。欲求不満なのか?」
「無論ですッ! 私がどれだけお預けを食らっていたのか、知らないわけでは無いでしょう!? 十七年も唇を許してもらえなければ、私だって欲求不満になりますよ!」
「だからって、そんなに何度もキスする必要ないだろう!?」
俺は今にも唇を奪わんと迫るエレナの頭を押さえて接触を回避する。
確かに俺もさっきまではエレナの唇を注視していたさ。もう一度キス出来たらとかって、情けなくも思ってしまいもしたよ。
だけど、俺以上に我慢して発情した馬の如く襲い掛かってきそうな淫乱美少女を目の前にしたら、流石にそんな邪な考えはすぐに消え失せた。
美少女に迫られる。言葉にすれば女性と接点のあまりない男子からすれば夢のような状況であるのは間違いないだろう。
だけど、考えても見てくれ。
月の光をバックに自分の目の前で涎をだらしなく口から漏らして、その細く綺麗な指をワナワナと気持ち悪いとさえ思えるような動きで近づけてきている女の子の構図を。
うん、なんか怖いんです。
「お願いですから~ッ! ほんの少し、一分だけでもいいですから~ッ!」
「一分って、無茶苦茶長いぞッ!? 俺を窒息死させたいのかッ!? つーか、お前キャラ変わりすぎだって!」
ついさっきまでのお嬢様的な雰囲気は何処へやら。
目の前の美少女は自分の欲求を晴らすべく、獲物の唇目がけて自分のソレを近づけてきています。何がしたいのか俺にも分からないが、コイツの本性はこちらだということは理解できたよ。
「そ、颯馬様ぁ……お願いです、キス、キスしてください……」
「こんな場所でそんな声を漏らすなよッ! 誰かに聞かれでもしたら……っ!?」
俺達の歩いていた場所は比較的人通りの少ない道だ。
故に、さっきからすれ違う相手は一人としていない。だからこそ、エレナは少しの躊躇もなく俺に迫って来ているのは分かってる。
けれど、いくら人が少なかろうとも、ご近所には俺達の声は筒抜けだろう。
その証拠に、近くの家から騒音というかなんと言うかが聞こえてくる始末だし。
「とにかく、今最優先にするべきはドラゴンの捜索だろう? 俺の唇なんか奪ったって、何の効果も得られないんだからさ」
「いえ、少なくとも私は満足どころか昇天するほど嬉しいですよ?」
「まぁ、そうだろうな!」
真顔に戻って自分がいかに喜ぶかをアピール。
それからエレナは自身の頭を押さえている俺の腕を手に取ると、それまで俺の方へと預けていた体重を後ろへと移動。
おかげでよろけてしまった俺の手を引きその場から跳躍した。
それまでの猛烈なアピールから一転して、急な跳躍に俺は戸惑いを覚えてしまったが
「――エレナ?」
俺の腕を掴んで離さない彼女の顔から、さっきまでの恍惚な様が消えているのを視界に納めてすぐさま非常事態に突入したのを察知した。
「随分と良い趣味をお持ちなのですね。道行く男女が仲良く歩いている様を陰から覗くなんて」
まだ出会って一日経ったかどうかも分からないが、今まで聞いたことも無いほどの冷たい声でエレナは物陰に向かって口にする。
瞬間、目前に迫っていた十字路の影から一人の男が姿を現した。
身長が二メートルを優に超えていると思えるほどの巨体をローブのようなもので覆い、顔は帽子を深くかぶることで隠している。
見るからに怪しい存在。
そいつは一歩足を踏みだすと、その場に片膝をついて
「ご機嫌麗しゅう、エレナ様……。申し訳ありません。貴女のような方の隣に小さなハエがおりましたので、気づかれないように始末しようと思っていたのですが、やはり貴女にはバレてしまったようですね」
まるで、声の枯れた男のようなカサカサとした声で相手はそう口にする。
おそらくは奴の言う#小さなハエ__・__#とは俺の事だろうな。
気づかれないように始末するって言うことは、随分と前から俺達に迫っていたということになるのだろうか。
そんな俺の考えなんてつゆ知らず、エレナは目の前のソイツを冷たく見据えながら俺の腕に自らの腕を絡めるようにして密着してくると
「別に良いんです。この方は私にとって大事な方なのですから、始末する必要はありません。――ソレは、先程からの私の態度で分かり切ってると思うのですが?」
「貴女と言う方がなんという有様でしょうか。そのような下等で愚かな人間ごときにたぶらかされるとは。サタナキア様がご覧になれば、どれほどお怒りになられるか分かりかねますな」
「別に、あの人がどれだけ怒ろうと関係ありません。私は私の意志で颯馬様と共にいるのですから。お父様に何を言われようとも私の意志は曲がりませんよ?」
さっきまでの淫乱美少女は何処へやらと本気で思ってしまいそうな堂々とした佇まいに、俺は乾いた喉を鳴らすと共に見入ってしまった。
と言うか、先程までの淫乱模様は演技だったのだろうか?
ソレにしては迫真すぎるというか、かなり本気で俺を襲いにきてたような気がするんだけど。
「そう口にすれば、ワタシが貴女の前から姿を消すとでも思っておられるのですか?」
「そうしていただければ、私も無駄な殺生をしないで済むと……そう思っているだけです。分かっているんですよ? あなたの正体には」
エレナは「とは言っても、気づいたのはついさっきですけど」と口にして、俺の腕から離れ前に立つと地面を蹴って一瞬で奴との距離を縮める。
そして、今まで何処にしまっていたのか分からない日傘を手に取ると、その先端で奴の身体を覆っていたローブを突くと同時に剥ぎ取った。
「その枯れた声に巨体。薄汚いローブで身体を隠していても、あなたの身体から臭う血の香りは消えません。――おそらく、あの後何人もの人間を狩ったのでしょうね。サムエルッ!」
ローブの剥ぎ取られた巨体。
その下にあったのは、月の光を淡く反射させ怪しく輝く鱗を全身に持ち、丸太のように太い手足と口の間からチョロチョロと垣間見える長い舌が印象的な存在だった。
所謂リザードマンと言うべきなのか。
人間サイズの二足歩行を可能としているトカゲ人間。
吸血鬼の次はドラゴン。そして、今度はリザードマンかよと俺はその場で叫びたくなった。
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