第13話

 俺達を放置して家の中に姿を消した良平。アイツが戻って来たのは、それから数分後の事だった。

 おそらく#ドラゴン__・__#が入っているのであろうケージを持って戻って来た良平だが、俺はそんな彼を心底呆れたように見据えると


「なぁ、良平。お前が言っていたドラゴンって、その中にいるのか?」


「当たり前やろ? 誰が空のケージを持ってくんねん」


 自信満々に答えた良平だが、俺とそしておそらくは背中に隠れているエレナも良平の言葉が信じられなかった。

 だって、良平が持ってきたのは伝説上の生物が入っているにしてはあまりにも小さすぎるものだったからな。


 シンプルに説明するのなら、水槽。

 それも、魚やトカゲとかを飼育する時のタイプの物体だ。

 良平が両手で抱えているからある程度の大きさはあるけど、とてもじゃないがドラゴンが住んでいるにしてはお粗末すぎるだろう。


「――それで、ドラゴンってのは何処にいるんだよ?」


「ほら、ここにおるやろ?」


 ケージを地面に置いてから、良平は俺達に見せつけるようにケージの中に手を突っ込み、ある一点を指さした。

 良く見えないからと近づき、二人して確認してみればそこにいたのは手のひらに納まるくらいの体長しかない小さなトカゲが確認できた。


 トカゲにしては突起している箇所の多いゴツゴツとした鱗に覆われた身体と鋭い眼光。

 小さいながらもプライドの高そうな佇まいのソレが二匹、ケージの中で俺達二人を見据えていた。


「良平、確かにコレはドラゴンに見えなくもない容姿をしてるけどさ、あまりにも小さすぎやしないか?」


「当たり前やろ。コイツはアルマジロトカゲ言う南アフリカの乾燥地帯に生息してるトカゲや」


「ドラゴンじゃねーだろッ!」


 自信満々に連れて来たドラゴンが、普通のトカゲってな。

 いや、俺も流石に良平がドラゴンを飼ってるとは思ってなかったよ? だけど、エレナの自信満々なところもあったから少しばかり期待してしまうのも仕方ないだろ。


「けど、ドラゴンのように見えなくはないやろ? このゴツゴツとした肌に力強い瞳。まぁ、警戒すると尻尾を咥えて丸まるところはヘタレやけど、そこがまた可愛いいんや」


「確かに可愛いけどさ、ドラゴンと言うにはあまりにも小さすぎるって」


「アホ、ドラゴンは見た目で判別するもんやないで。コイツらこないな見た目をしとるクセに温厚な性格やけど、実際凶暴なところはあるんやから」


 そう言うや否や、良平は何処から取り出したのかは知らないが小さな箱を取り出すと、その中からコオロギを数匹つまんでケージの中に放り込んだ。


 瞬間、それまで俺とエレナを見据えて動かなかったトカゲが一転してコオロギ目がけて移動すると、各々獲物を捕らえて捕食していく。

 弱肉強食であるから仕方のない光景だが、基本的に虫が嫌いな俺です。


 正直、長時間見ているのは辛い光景だよ。


「こ、このドラゴン様は虫を食べるのですか!?」


「おう。コイツらの主食はコオロギなんやけど、あまり食事はせぇへん種類らしいねん。せやから、あんまり与えなくてもええらしいんやけど、こんなんじゃ流石にいつか大きくなった時に栄養失調になってしまうかもしれへんからな。大量に上げるようにしとるんや」


「おい、ちゃんとそういう風に教えられてるんならあまり与えるなよ。腹いっぱいで身体壊すかもしれないだろうが」


 何がいつか大きくなった時なんだろうな。

 あまり食べない種類なのなら適度な量で十分だろ。それ以上を与えて過剰な栄養補給のし過ぎで身体を壊したら元も子も無いのに、相変わらず俺以上に適当な所のある奴だよ。


 ゲームの説明書なんかは全く読まずに遊ぶのは勿論のこと、プラモデルだとか料理に関しても説明を見ずに始めることが多い。

 故に起きた大惨事を何度見て来たことか。


「お前な、そんな調子で育てていたらカマキリとか、カブトムシの二の舞だぞ?」


「そないなことにはならへんよ。今回は飼育説明も調べたし、専用の道具も用意した。やけど、コイツらの食事の量に疑問を持ったからこうして虫を増やしとるんやで?」


「そうやって適当な考え方だから、生き物を何十匹もお陀仏させてんじゃないか」


 ケージの中を見てみれば、確かに今まで以上に調べて準備はしたんだろう。

 保温器具とかも用意されてるし、それなりに快適な状況を作り出せてはいたよ。だけど、コレは前回のカブトムシの時もあった。


 良平は快適なスペースと適度な友情関係を築かせようと、雄二匹を同じケージに入れて飼育したりしていたんだ。

 その結果、二匹は友情関係なんか築くことなく喧嘩。共倒れになって翌日には二匹ともお陀仏だ。


 あの時、俺がせっかくネットで調べた知識を教えてやったのに、コイツは聴く耳持たず我が道を行った結果がコレである。

 今回はそんなことにならなければ良いんだけどなと、そう思いながら俺はケージに近づいてトカゲを観察していたエレナを引っ掴むと


「これで分かっただろう? ここは白だ。ドラゴンなんていなくて、代わりにいたのは二匹のトカゲ。さっ、次行くぞ?」


「何や、もう行くんか? 家で少しゆっくりしていけばええやんけ」


「そういうわけにはいかないんだよ。ちょっと、面倒なことに巻き込まれてる身だからな」


 ちょっと適当なところがありはするものの、良平は俺にとって親友に他ならない。

 追われているエレナと、そんな彼女を匿う俺の傍にいたらコイツまで巻き込んでしまうしな。

 

 俺は良平の厚意を断ると、エレナの腕を引いて歩き出すのだが彼女はあのアルマジロトカゲとか言うドラゴンと言うよりは恐竜に見えるトカゲの魅力に見入ってしまったんだろう。

 足取りが重く感じる。


「あのトカゲが気になるのは分かるけど、さっさと行くぞ? 長居していたら危険なのは、お前も知ってるだろうが」


「――は、はい……」


 腕を引くエレナの顔を見ずに言い聞かせてみれば、返ってきたのは感情の籠ってない返事。

 まるで、ゲームに集中していて親の言葉に耳を貸さない子供の様な感じだろうか。


 『ゲームなんかやってる暇があるなら、勉強しなさいよ』とかって口にしている親に対して、視線を向けることなく『分かってる』と返すあのやり取りだ。


「あのな、本当に分かって……」


 気の無い返事に少しだけ疑問を持った俺が振り向き、エレナを見据えてみれば彼女はある一点だけをただ見つめていた。

 それは、先程まで俺達がいた場所。


 しかし、ソレは良平の手元にあるケージではなく、ソレを持ち自宅にその姿を消していく良平の背中だ。


「――良平に何かあるのか?」


「いえ……気のせいだと、思うんですけど」


 エレナにしては歯切れの悪い返事に俺は頭に疑問符を浮かべてしまうが、気の許している良平に限って俺の見えないところで何かしているとは考えられない。

 いや、信じたくない。


「……良平は、無関係だって。さっさと次に行くぞ?」


 俺はエレナにそう告げて、彼女のその小さな腕を引いて歩き出す。


 そう、良平は絶対に今回のことに関して無関係だ。アイツのことは、まだ出会って一年ちょっとの関係だが割と知ってるつもりだし、アイツも俺を知ってるはずだ。


「そうだよ……アイツは、今回の件に関しては絶対無関係なんだ」


 脳内で鮮明に繰り返される#ドラゴン__・__#という単語を耳にして、一瞬とは言っても雰囲気が変化した良平の姿。

 アレ以降、胸の辺りに生まれているモヤモヤというか、気分の悪さを振り払うように俺は自分に言い聞かせるようにつぶやくのだった。

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