第12話

 少しドラゴン探しから逸れていた俺達だったが、沙紀さんへの避難の呼びかけも終わり、俺達自身が襲われる可能性が昼間は皆無と言うこともあり、再びエレナと俺によるドラゴン探しは再開された。


 と言うのも、不思議なことに沙紀さんへの電話が終わった直後に、二人して探していたドラゴンの反応が再発したんだ。

 それも、反応が二つと言う特典付きで。


 何があったか分からないが、コレは好機と見た俺達はすぐさまその場所へと移動した。

 うん……移動したんだ。


「なぁ、エレナ。本当にここなのか?」


「はい。私の魔力探知では二つのドラゴンの反応はここから発生していましたから」


「――ここに、ドラゴンなんていねぇんじゃないかな?」


 俺達の目の前に佇むソレは、白色を基調とした壁と少し茶色を含んだ黒い屋根。そして、ソレの上にソーラーパネルを敷いているなんとも普通な感じの一軒家だ。

 雨から車を守るカーポートも存在しているし、小さいながらも庭もある。

 何処からどう見ても庶民的な一軒家。


 ここにドラゴンなんて存在がいるかと問われると、確実にいないと断言できるだろう。


「な、何を言いますか!? ドラゴン様は神出鬼没な方々ですし、私達魔族のように姿形を人のソレと同じものに変化させることも出来るんです! だから、このような小さな建物に住んでいてもおかしくはありません!」


「うん、力説ありがとうな。でもここにはいないんじゃないかな、と俺は思ってるんだけど」


 エレナの言葉にドラゴンがこの世界で人に見つからずに過ごせた理由は理解できたよ。


 人間世界に溶け込むのなら、いっそ自分達も人間に変わればいい。ただそれだけで共存は可能なんだ。……まぁ、見つかれば只事じゃないだろうけど。


 しかし、ソレを差し置いても俺はこの家にドラゴンは住んでいないと断言できるつもりだ。

 何せ……この家に住んでいるのは


「この家、俺の親友が住んでるんだけど?」


「親友と言いますと、今朝電話とやらで会話していた方ですか?」


「あぁ、岩木良平。ここ、アイツの家なんだけど」


 門の辺りに作られている表札にもしっかりと『岩木』と書かれてあるし、俺もここには何度か訪れさせてもらってるんだ。


 親友関係にいる俺達だが、知り合ったのは一年前だ。

 同じクラスでたまたま後ろの席にいて、話す機会があったから仲良くなった程度の間柄。ソレが親友関係にまで発展したのは、ただ単に俺と良平が気が合う仲だったと言う他ない。


 まぁ、たまに鬱陶しいと思う時があるけども。


「つ、つまり、颯馬様はやっぱり昔からドラゴン様に縁のある方だったということですね!?」


「そんなわけないだろ! とにかく、ここにはドラゴンはいないって。俺も何度か家の中に上がらせてもらってるけど、化け物が住むにしては小さかったし、一度としてドラゴンにまつわるものを見た覚えもないぞ?」


「そ、そんな……。では、私のこの魔力探知が失敗していると、そう言うことなのですか!?」


 よっぽどの自信と、あとはやっと待ち望んだドラゴンと会える、そんな期待感が一瞬にして崩れ落ちてしまい、エレナはその場で泣き出しそうなほどショックを受けていた。


 それもそのはず。

 現在時刻は五時半を回った辺りだろうか。太陽も西に傾いて行き、あと少しで夜になる一歩手前という状態が今だったんだ。


 所謂タイムリミットが迫っている。そんな状況下の中ようやっとたどり着いた家がまさかの見当違いなところであったのなら誰だってショックは受けるだろう。

 それも、恋人の記憶だとか自分達の命がかかわっていると余計にさ。


「とにかく、もう一度探してみようぜ? もしかしたら、ドラゴンもお前の魔力探知に気付いて場所を変えたのかもしれないし」


「――いえっ、間違いないんですッ! 絶対に、この場所にドラゴン様はいらっしゃるはずなんですよッ!」


 もはや薄暗闇に包まれ始めている現在、日傘の必要性も無くなり堂々と両腕を上げて岩木家を見据えているエレナはここで間違いないと言ってきかない。

 もはや泣きじゃくる子供を相手にしているみたいだよ。


 両腕を前に突き出し、瞳を閉じて何度も集中しているエレナ。

 幾度か腕に力みが見えたりするし、その整った顔立ちにも少しばかり苛立ちが含まれ始めた。


「はぁ……そうやって、腕を突き出していたって仕方ないだろ」


「――ふぇっ!? そ、颯馬様?」


 頑なにここをドラゴンの住処と言い張るエレナの頭をポンポンと軽く叩いて意識を俺に向けさせると、俺は彼女に笑みを見せて家へと歩き出す。

 そして、何度か御邪魔させてもらってるからすでに慣れ親しんでいるインターホンに人差し指を添えると、軽くプッシュ。


 聞き慣れた音と共に数秒ほど待たされることになったが


『はいはい、どちら様やろか……って、颯馬やないかッ! どうしたんや、こないな時間に?』


 もはやあってもおかしくないインターホンの傍にあるカメラ。

 そこから俺の存在を見つけたのだろう。マイクから響き渡る良平の声が、最初は少し面倒くさそうだったものから一気に親し気なものへと変化した。


「悪いな、こんな時間に。今朝電話で話しただろ? ちょっと美少女の頼みごとに付き合ってるって」


『あぁ、そないなことも言っとったな。ほんで? その美少女の頼み事と、俺の誘いを天秤にかけて断ったお前がどういう用件で家に来たんや?』


「その美少女関係で来てるんだよ。悪いけど、その嫌に整ってる面を貸してくれないか?」


『何で喧嘩腰で話してくるんや? まぁ、ええわ、少し待っとけ。すぐに行くから』


 それだけ口にして良平との会話は終了。

 代わりに玄関のドアが開いたと思うと、そこから一人の男が姿を現した。


 金髪の短い髪の毛をワックスを使ってツンツンヘアーにしているところが印象的な男で、顔立ちも整っているし話すと中々に面白いからと学校では割とモテモテな奴だ。

 しかし、コイツはすでに彼女持ち。所謂勝ち組サイドに立つ人間だ。


 俺はコイツの事は親友として信頼しているし頼りになるとは思っているが、負け組からすれば少しだけ妬ましい奴である。


「悪かったな、こんな時間に」


「別にええで。ほんで? お前が美少女とか言っとる女の子に関して相談したいことがあるんやろう? モテモテな俺が女の扱い方を教えてやらへんことはないで?」


「いや、相談って言うわけじゃ無いんだけどさ」


 俺は先程の『美少女』発言で自分の世界にトリップしているエレナを背中に隠すように前に立つと、俺を不思議そうにそのエメラルド色というなんとも珍しい瞳で見据えている良平に対して


「お前の家に……その、ドラゴンとか飼って無いよな?」


「何やて?」


 ドラゴンというフレーズ。

 ソレを口にした途端に、今まで見たことも無いほどに良平の視線が鋭くなるのを感じた。


 もはやアレだよ。今まで猫みたいに気まぐれながらも愛嬌のあった存在が、急に虎に変化したくらいのレベルで雰囲気が変わったと言えるね。

 しかも、見た目はお世辞にも優等生とは言えないし、現に何度か先生に呼び出しを食らったりしている生徒である良平君だ。


 そんな彼に睨まれるような視線を向けられている俺はと言えば、背後にエレナを隠している手前怖気づけられないにしても一瞬恐怖を覚えたよ。


「何で、そう思うんや? もしかして、お前の背中に隠れとる子に関係があるのか?」


「――無くはないとは言えないな。とにかく、あほらしいかもしれないけどさ、教えてくれないか? お前の家に、ドラゴンがいるかどうか」


 親友のあまりの変貌に俺は内心本当にドラゴンがいるんじゃないかと思わされてしまう。

 だって、今の俺の目の前にいるのは良平であるのに良平でない気がするんだもんな。それくらい、正直言って重圧が凄いんだよ。


 いつもの良平ではない。そんな違和感を覚えていた俺に対して良平は睨むのにも近い状態で俺を見据えていたが、その怒っているようにも見えなくない表情を緩めて笑みを作り


「はははっ、何で分かったんや? 誰にもまだ話してへんのに」


「は?」


「おう、お前の言う通り飼っとるで、ドラゴン。待っとけ、直ぐに連れて来たるからな?」


 そう口にして、放心している俺達を放置して良平は家の中に姿を消していった。

 ドラゴンと言う空想上の生物を突然話題に出したというのに、すんなりと受け入れてさらには見せてくれるなんてな。


 まさかとは思うけど、本当に飼ってるわけじゃないよな?

 そんな俺の疑問に答えてくれる存在なんて、当然だけど誰一人としてその場にはいなかった。

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