第11話

 沙紀さんへの電話を終えてちょっとした勘違いでエレナが自分の世界に行きかけたあとの現在、俺は彼女と共にドラゴン探しを再開していた。


 ある程度の目星をつけられている我が家は危険地帯だからな。

 そうでなくとも、相手は魔王の家臣。おそらくはエレナと同じく魔力探知で俺達の行動を探ってる可能性が高いと考えたからこその行動だ。


 場所を転々と変えていき、少しでも居場所の特定を困難にさせる。


 ほんの少しの抵抗でしかないが、それでも効果はあるとのエレナの言葉に励まされた結果が今だ。


「それで? 本当にこっちだったのか?」


「無論です! 先程、本当にこちらから凄まじい魔力を二つ感知したんです。間違いなくドラゴン様に違いありません!」


 沙紀さんとの電話が終了したと同時に、それまで薄れてきていたドラゴンの魔力を再感知。

 それも随分と近くでその反応をキャッチしたらしくて、俺達はその二つの巨大な魔力に向けて歩いていたんだ。


「ソレがドラゴンじゃ無くて魔王の家臣の物だとかって可能性は?」


「勿論ありませんよ。私はこう見えても家臣や身の回りにいた方々の魔力は全て覚えています。だから、魔族に関係のある者とそうでない者の区別は簡単です」


「じゃあ、追っ手の居場所も見当ついてるのか?」


「それが、相手もドラゴン様と同じく魔力を抑えているようで……」


「分からない、ということか」


 俺の言葉にエレナは重々しく頷いた。


 相手の居場所に見当がついているのならそこを回避して行動するだけで無駄な危険は回避できる。

 でも、ソレが出来ない以上は慎重に行動して奴と遭遇しないことを心がけるしかないということだ。


 まるで、小さな頃にやった鬼ごっことかくれんぼを合体させた『隠れ鬼』のようだな。


 相手に見つからないように隠れつつ居場所を転々として、時が経ち鬼が諦めるのを待つっていうさ。

 まぁ、今回ばかりは命の危険性もあるから、ちょっとした油断も出来ないだろうけど。


 そんな風に子供の頃の遊びに見立てて危険性を考えていた俺だが、事態は俺が考えている以上に悪いらしい。

 片腕を上げてドラゴンの魔力を探していたエレナは顔を俯かせて重々しい口を開くと


「それに、今の状況下であれば、私達の方が不利と言えるんです」


「不利? なんでだよ。相手も俺達も居場所を断定は出来ていないんだろ? なら、こうやって居場所を転々としていれば……」


「いえ、おそらく相手は私達の居場所を察知していると思います」


「――っ!?」


 エレナの言葉にさっきまでの心の余裕が一気に消え失せる感覚を覚えた。


 相手は俺達の居場所に見当がついている? 何故、どうしてと考えている俺の考えが表情から読み取れたんだろう。

 エレナは上げていた左腕を下ろして、俺の手を取ると微笑む。


 まるで、相手を気遣う聖母のような微笑みに、心の中に渦巻いていた不安と言う感情が薄れていくのを感じた。


「私はまだ未熟者なんです。私の使っている魔力探知。少しだけ欠点があって、微量の魔力を放出してしまうんです。ソレをお父様の家臣が見過ごすはずがありません」


「――だから、相手には俺達の行動が筒抜けってことなのか?」


「はい。おそらくは、太陽の下を私のように歩けないから魔力探知に精を出しているのだと思います。私と違って焦る必要が無いから、それこそ探知されない程の微量な魔力を使って」


 俺を安心させたいがためにエレナは、その鈴の鳴るような澄んだ声で優しく語りかけてくる。

 しかし、内容が内容だ。俺達の居場所は筒抜けで、逆に俺達は相手の居場所を特定できない。


 せめてもの幸運はまだ昼間で、やつら魔族は満足に動くことが出来ないことくらいだ。ソレを除けば、今の俺達の状況は最悪と言っていいだろう。


 そんな絶望的な状況を再確認させてくれたエレナだが、不思議と俺はさっきまでと同じような不安感を感じることは無かった。


 手のひらを掴んでいるエレナの手が冷たくて心地よかったり、彼女の微笑みが凄く綺麗で目を奪われるようなものだったからなのかもしれない。

 とにかく、俺は最悪な状況であるのに落ち着きを取り戻すことが出来ていたんだ。


「颯馬様。大丈夫です……あなたは、私が絶対に死なせませんから」


「けど、相手は大人を一人簡単に殺せるくらいの力を持っている存在なのかもしれないんだぞ?」


 大人の首を簡単に食いちぎることが出来るほどの化け物。

 ソレが相手かもしれないというのに、エレナの表情からは少しの不安も恐怖も感じない。あるのは余裕と、俺の手を取っているからなのか喜びくらいなものだろうかな。


 自意識過剰かもしれないけど。


「私は魔王の娘ですよ? たかが家臣程度に後れを取りはしません」


「でも、お前の見た目は普通の美少女だぞ……? お前みたいな娘が太刀打ちできる相手なのか――」


 俺の言葉はそこで途切れた。

 いや、途切れさせられたというべきか。


 眼前には瞳を閉じたエレナの整った顔立ち。ほのかに甘い香りはこの暑さの中でも健在らしく俺に安心感を与え、俺の口を塞ぐ彼女の柔らかな唇は頭の中から不安感を取り除くには十分すぎるほどの衝撃を与えてくれた。


 二度目のキス。所謂、セカンドキスを俺は不意打ちにも近い形で奪われていたんだ。


「――これで、不安は取り除けましたか?」


「……」


「私のことを案じてくれたのは凄く嬉しいですよ? けれど、心配は度を越すと相手を傷つける事になるかもしれないんです。だから、お口に栓をさせていただきました」


 エレナは悪女のように色っぽく笑みを浮かべると、俺の顔から距離を取るどころか抱き着いてきた。

 胸の辺りに感じるエレナの育った果実の圧力に、俺を抱きしめる女の子特有の柔らかさ。それだけでも理性が吹っ飛んでしまいそうだと言うのに、エレナは息遣いが聞こえるほど迫っている耳元で


「私は死にませんし、颯馬様も死なせはしません。だから……もしも、事が全て終わって颯馬様が私のことを本気で好いてくれるようになったら、続きをいたしましょう?」


 色っぽいどころか、俺の理性をダイレクトに削っていくスタイルでエレナは呟くと、トドメとばかりに俺の耳を甘噛み。

 瞬間、あまりの衝撃で記憶が吹っ飛びそうだった俺は意識を取り戻し、エレナの両肩を掴んで強引に距離を作った。


 まるで、今朝の一幕のようだなと思いつつも、俺は恍惚とした表情で俺を見据えるエレナを真正面から見据え


「――お前って、吸血鬼じゃ無くてサキュバスなんじゃないだろうな?」


「ふぇっ!? こ、こういう雰囲気では、普通『あぁ、全てが終わった後……お前の全てを食らいつくしてやるさ』とかって甘い言葉を返していただけるものではないのですか!?」


「俺がそんなことを口走るようなキャラじゃないのは知ってるだろうが」


 妄想の中の俺はどれだけ恥ずかしい言葉でも口に出来そうだなと苦笑しつつ、俺はエレナの頭に手を乗せて軽く撫でた。

 引っ掛かりなど微塵も感じないサラサラの銀髪は、撫でているだけでも心地よさを覚えるけれど、同時に少しだけ……ほんの少しだけ愛おしさを覚えた。


「ありがとうな。おかげで、落ち着けた」


「うぅ……私としては、この雰囲気の中なのですから颯馬様からのお返しのキスを所望したいのですけど……?」


「俺はお前みたいに好意を全面的に押し出して表現することは出来ないんだ。不器用なもので。だから……これで我慢してくれ」


「な、撫でられるのは好きですが、やっぱりキスの方が……!」


「ソレはダメだ。俺には……俺にはその権利はないからな」


 彼女が好いているのは俺であって”#俺__・__#じゃない存在だ。

 彼女が愛しているアモンドレイクという存在がたとえ俺だったとしても、だからといって俺がエレナを愛する資格は無いだろう。


 何故なら、俺はアモンドレイクでは無く#竜宮颯馬__りゅうぐうそうま__#なのだから。


「……颯馬様?」


 心の中の葛藤が顔に出ていたんだろう。

 先程までの恍惚とした表情から一転して、心配そうにこちらを見据えてくるエレナ。


「――悪い悪い。少しだけ考え事をな。エレナのおかげで元気は出たよ。ありがとうな」


 俺はこれ以上心配はかけさせまいと笑みを作ってエレナを解放。

 さぁ、ドラゴン探しを再開しようじゃないかと、歩き出すのだった。


 その背後で、エレナが我が策成功せしとでも言いたげな意味深な笑みを浮かべているとは知らずに。

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