第10話
「……エレナ、アイツ覚えているか?」
「はい、私が初めに会った獲物……いえ、人ですから」
テレビに映る奴の姿はこんな風に言うのも何なんだが、汚らしくなくて少しばかり若い。
だけど、奴の顎髭やその顔の形状には面影が残っていて、一目で奴が本人であることは確信できた。
「偶然、だよな?」
「……そう思いたいですけど、偶然にしては殺され方が異常なのではありませんか?」
「まぁな。今時、首元を食い千切られるなんて残忍な殺され方なんて、動物園から猛獣が脱走しない限りは起きないと思うよ」
ライオンだとか、クマだとか。
そういう肉食動物が脱走して人里に現れたのならまだ納得はいくだろう。
だけど、動物園から猛獣が脱走したのならすぐに避難警報だとか、ニュースで報道されるのは間違いない。だって人を殺しかねない動物が脱走したんだ。
放置していたら近隣の住民に多大な被害をもたらすからな。
それが無いとするなら、犯人は猛獣では無いと考えるのが自然だ。
「まさかとは思うけど、俺達が自分達の事を嗅ぎ回っていると知って、ドラゴンが見せしめに殺した……とか?」
「それはあり得ません。私達が行動を起こしたのは今日の午前中からです。いかにドラゴン様が察知能力が高くても、私の存在に昨日の時点で気付くなんて不可能。ソレを踏まえて考えると……」
「考えると?」
「――私を追ってやって来た存在の仕業と考えるのが妥当かもしれません」
重い口を開いてエレナはそう言うと、この世界に来た発端を教えてくれた。
なんでも、彼女がこの世界にそもそも渡って来たのは、親の決めた婚約に不満があり反対したかららしい。
自分にはすでに心に決めた相手も存在したし、親の言いなりになるのはまっぴらごめんだった。それ故に世界の境界線を越えてまでアモンドレイク――つまり、俺に会いに来たというわけだ。
「――で? お前が世界を渡ってまで俺の所に来たのは最初から知ってるけどさ、それとあの変死体がどう関係するんだ?」
「はい。確かに、彼と私は接点なんて皆無。ただ少し出会って、ひと悶着を起こした関係でしかありません。しかし、そのほんの少しだろうと私に接触を果たした相手を、みすみすお父様家臣の方が見逃すとは思えないのです」
なるほどな。
姿の見えない相手さんはエレナを探しているわけだし、少しでもコイツの居場所を知る手掛かりとなり得る相手なら接触を試みるのも理解できる。
あのオヤジを殺害したのも知りたい情報を知らなかったから腹いせに殺したか、それとも別の理由で殺したからだろう。
どちらにしても、エレナの言う通り彼女の家臣の可能性が高くなるな。
「殺された経緯はどうであれ、あの殺害事件はお前のお父さん……つまり、魔王の家臣が起こしたかもしれないってことだよな?」
「その可能性が高いかも……」
エレナは頷き、その口でトマトジュースの注ぎ込まれたコップから生えているストローを咥える。
そして、静かに半分くらいにまで減っていたジュースを飲み干すと
「おそらくは、私の魔力を辿ってこちらにも迫って来ていると思いますし、早々にこの場から去ったほうが良いかもしれません」
「その魔王の家臣が近づいているからか?」
「いえ、魔族の多くは太陽の光を拒む種族ですから。おそらくは、建物の影や日の当たらないところで夜になるのを待っているのだと思います」
つまり、本格的な活動は夜に限られるということか。
流石は吸血鬼である魔王の家臣。夜にしか活動できない魔王に合わせて自分達も夜行性に変化しているってことか。
主思いの良い奴らだな……じゃなくてっ!
結局のところ、今の俺達に安全地帯は日の照らされた昼間か、自宅以外の場所に限られているというわけだ。
あのオヤジが殺された葵ヶ丘公園は我が家からそう遠くない場所に位置しているだろうし、相手もある程度の目星はついているだろうからな。
だが、そうなると……俺やエレナの身の危険と同じく、危うい状態に陥っていると思われる存在が俺の頭に浮かび上がってしまった。
「おい……そうなると、俺の家ってかなり危険な場所なんじゃないか?」
「そう、なります……。私はあの家で一日過ごしていますから、相手も颯馬様の家を重要視して今日にでも襲撃するかもしれません」
「――っ!」
エレナの無慈悲な言葉を耳にして俺は反射的に椅子から立ち上がると、すぐさま店を後にしようと歩き出そうとした。
しかし、そんな俺の行動は背後から伸びて来た白くて柔らかな手に腕を掴まれて強制的に制止させられた。
見れば真剣な表情を浮かべたエレナが俺を見据えているのが確認できた。
その大きな瞳は少しだけ湿り気を帯びていて、気を緩めれば涙を流してしまう。そんな状態だ。
「放してくれないか? 俺は急いでいかなきゃならない場所があるんだよ」
「それは分かっていますッ! けれど、今一番危ない状況下に立たされているのは、#沙紀様__・__#では無くて颯馬様なんですよッ!?」
礼儀正しくよっぽどのことが無ければ声を荒げない。
そんなイメージのあるエレナがそのよっぽどに出会ったらしく、声を荒げて俺に制止するように呼び掛ける。
急に立ち上がり店外へと移動していく男の腕を掴んで呼び止める美少女。
その構図に店内にいる従業員からそれ以外の客全員の視線を一気に浴びてしまうが、そんなこと関係ないくらいに俺は焦っていた。
「分かってるさ、そのくらい。――この世界で一番お前と過ごしたのは俺だ。だから、一番狙われやすいのは分かってる」
「ならっ!」
「けど、沙紀さんは俺の家族だ。見捨てられねぇよ」
俺はそれだけ口にして、エレナの腕を逆に掴み彼女と共に店を後にする。
ちなみにいくら焦っていたとしても常識を忘れるほどではないからな。ちゃんと支払いを済ませてから外に出たよ。
そして、エレナの手を放し手をポケットに突っ込むと携帯を無造作に取り出し、電話帳から沙紀さんの連絡先を表示させると同時にコール。
『はいは~い。家主の沙紀さんだけど? どうしたのかな、少年。もしかして、女の子の扱いが分からなくてお姉さんに相談してきたのかな?』
数回のコール音の後に出てきた能天気な沙紀さんの声に、拍子抜けと同時に焦りまくっていた自分の感情が急激に冷めるのを感じた。
能天気すぎるだろ、この人。
「そういうわけじゃ無いんだけどさ。沙紀さん、今何処にいる?」
『ん~、か・れ・しの所だけど? それがどうしたの?』
「ちょっと変なお願いなんだけどさ、今日はその彼氏のところで待機していてくれないかな?」
『ぶぅふっ!?』
俺の口から飛び出た言葉に電話越しの沙紀さんが何かを吹き出す音が聞こえる。
そんなに驚くようなことは口にしていないとは思うんだけど。頭は先程よりは冷静だし、自分の言葉を脳内で復唱しても何ら違和感はない。
何がおかしかったのかと頭の中で思考を巡らせていると、焦ったようなそれでいて面白いものを耳にしたと言わんばかりに興奮した沙紀さんが
『なるほど……。つ、つまり、出会って数時間で本当に大人の階段を登ると。そういうわけね? それで、家主であり、部外者である私は邪魔者であると』
「――えっ!? さ、沙紀さん、何を言ってるのか分からねぇんだけど!?」
『ふふっ、誤魔化さなくても大丈夫。お姉さんはちゃんと君の意志を知ったから。……それじゃあ、大人の階段を無事に登りたまえ少年ッ!』
確実に勘違いを起こしている。
深く考えなくともその結論に至った俺が訂正を口にする間もなく通話終了。
空しくも通話が切れた音だけがその場に木霊し、何故か俺は無性に泣きたくなりました。
「――一応、これで沙紀さんの方は問題ないと思う。まぁ、多少時間稼ぎが出来る程度だと思うけど。それで、エレナ? これから俺達はどうす……」
「そ、颯馬様……自分の命が危ないと知ってもなお、私とのムード作りのために沙紀様を帰宅させないなんて。……あぁ、お母様。私、今日純白を颯馬様の手によって破られるようですわ!」
「おーいっ、エレナさんっ!? お願いだから、勘違いしたまま自分の世界に行かないでくれッ!」
沙紀さんへの説明が変な方向に向かったためか、近くに立って俺と沙紀さんの通話を聞いていたエレナすらもが勘違いを引き起こしてしまった。
しかも、運悪く店内から少し外に出た程度の場所だったからな。
喫茶店の中からはエレナの言葉を耳にした客や従業員が、顔を赤らめながらもサムズアップを見せてくれてるのが確認できたよ。
「なんか、休憩するために喫茶店に入ったのに、逆に疲れてきたんだけど」
そんな客や従業員たちの『頑張れよ、少年』という意思表示を無視して、俺は未だに自分の世界に入り込んでいるエレナの手を引いて適当な方向へ歩いて行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます