第9話

「太陽の下を苦痛無しに歩けるのなんて初めてです」


 俺の買ってきた日傘を差し、笑みを浮かべてエレナはそう言った。

 笑みの中には苦痛なんてものは見当たらず、純粋に嬉しがってるのが見て取れた。


 それにしても、苦痛無しに歩けるのが初めてなんてな。

 そうなるとつまり、異世界では日焼け止めに使える物は存在せず、吸血鬼は昼間の活動を家の中で過ごすしか無い状態にされてるというわけだ。


 不遇だろうな。

 生まれてから昼間はずっと家の中にいるなんて。まぁ、だからこその真っ白で綺麗な肌を実現させてるんだろうけど。


「それは良かったな」


「はいっ! 向こうの世界でも太陽の光は克服できませんでしたから。この日傘があちらでも存在していれば、アモンドレイク様ともっと多く会う機会がありましたのに」


「やっぱり、そのアモンドレイクと会える時間帯は夜だけだったのか?」


「基本的にはそうですね。その他であるなら、太陽の光が一寸も差し込まない曇空とか、大雨の日くらいです」


「なるほどな……」


 それはそれでアモンドレイクも不憫だったろう。

 恋人と会える時間は限られている上に、最悪の場合は雨風にさらされてるんだからな。


 愛さえあればどんなに悪天候だろうと関係ないとでも言うのかな。

 ――とは言っても、相手はドラゴンと吸血鬼。天候なんてブッチャケた話、関係ないのかもしれないけどさ。


「それにしても、私達はついてますね。まさか、この近場に反応を二つ感じたのですから。遠出する必要が無くなったのは嬉しいです」


「まぁな。流石に北海道だとか沖縄にまで行くのは気が引けたし。そう考えれば、確かに俺たちはラッキーだったと思うよ」


「そんなに遠い距離なのですか? 飛んでしまえば直ぐに着く距離だと思うのですが」


「そりゃお前みたいに空を飛べれば問題は無いだろうな。あと、これ見よがしに翼を生やすのはやめろ」


「颯馬様がそう言うのなら」


 エレナは渋々と言った感じで翼をしまう。こう背中に埋もれていくようにとだ。

 しかも、それまでデカい翼が生えていたのにもかかわらず、服の背中部分に穴すら開いていない。


「なぁエレナ。その服翼が生えていた部分に穴が開いていないけど、どうしてだ?」


「あっ、この服は特別製で、吸血鬼の一族に伝わる一張羅なのです。なんと、魔力を少し伝わらせるだけで、汚れや傷がたちまち元に戻るんです!」


 そう言うや否や、エレナはゴスロリの裾の部分を破り捨てるのだが、切り離した部分はそのままにゴスロリ服は瞬く間に修復。元の通りに変化した。


「なるほど、かなり便利だな? んじゃ、コレって洗濯も必要ないってことか?」


「いえ、洗濯は必要ですよ? 汚れや傷は修復できても、臭いまでは取り切れませんから」


「そういうところは俺らのと変わらないのな」


 どうせ元通りに戻せるのなら臭いの方もどうにか出来ればいいのに。肝心なところは普通な服だな。

 しかも、一張羅だし。このゴスロリ服が消えたら確実に衣服に困ると思うよ。


「ところで、エレナ。反応の方はまだ変わっていないのか?」


「う~ん、多分変わっていないと思うのですが……どうやら私達の存在に気付いたみたいで、その……魔力を抑え始めてるみたいなんですよ」


 左手は日傘を持っているため使えないからか、右腕だけを地面と平行になるように上げてエレナはそう告げる。


 ドラゴンだってバカではない。人間社会に溶け込んでいるからこそ、見つかりたくないんだ。

 故に、自分の存在を見つけ出そうと行動している俺達に見つかるわけにはいかない。つまりは、そう言うことだろう。


 俺としてはドラゴンがこの世界に溶け込んでいようがいまいが、別にどうだって良い。

 とにかく全てはエレナが満足してしまえば良いだけの事なんだ。そうすれば、彼女もドラゴンの類から話も逸れて普通の女の子に変わるだろう。 


 ――まぁ、吸血鬼というところは変えられようも無さそうだけどな。







 それから徐々に薄れていく魔力を辿ってドラゴンを探して早三時間。

 結論から言えば、ドラゴンの魔力は途中で完全に途切れてしまい、地図上にも映し出されなくなったことから見つけることが困難になってしまった。


 さらに言えば、エレナは昼間感知したドラゴンの魔力の位置をド忘れしたらしく、本当にお手上げ状態と言える。

 ちなみに俺も記憶力が良いわけでは無いからな。

 魔力の発生源なんて覚えているはずがない。


 そして、現在はというとドラゴン探しをしている間にお昼時となったため、俺とエレナはたまたま目に入った喫茶店に休憩がてら入店していたのだった。


「ふぁ~……建物の中って涼しいですね。すごく心地良いです」


「冷房が効いてるからな。外に比べて涼しいのは当たり前だ」


 机に上半身を預けて顔を緩めるエレナ。

 元々太陽の光を苦手としている吸血鬼と呼ばれる存在は、どうやら熱にも弱いらしい。


 心底落ち着いた表情でうっとりとしているエレナに頬を緩め、俺はやって来た店員さんにアイスコーヒーとトマトジュースを頼むと


「それで? たった一つの手がかりが消えてしまったけど、午後からはどうするつもりなんだ?」


「それは勿論、ドラゴン様の魔力を微量だろうと探し出すだけです! たとえ魔力を抑えようとも、完全には消し去れないのですから」


「まぁ、今はその方法しかないよな」


 結局のところ、今はエレナのこの魔力探知が唯一の方法なんだ。

 それ以外に探そうにも、ドラゴンなんて伝説上の生物が簡単に見つかるはずがない。——というか、いるのがバレてたら日本中パニックだしな。


 そんな会話をしているうちに頼んでいた飲み物がやって来る。

 俺達はそこで一旦会話を打ち切り、各々飲み物を喉に流し込んでいった。


「――んくっ、ふぁっ! それにしても、こちらの人間世界は興味深いですね。外は暑いというのに中はここまで冷えてますし、このトマトジュースとやらもまるでアイスマンのように冷たいですし」


「そりゃ、もう暖かくなり始める時期だしな。暖かい飲み物よりも冷たいものの方が良いだろ? つーか、アイスマンって何?」


「アイスマンとはその名の通り氷人間です。ルフロスの北部を住処としている、雑魚ですね」


「へぇ~、雑魚なんだ」


「はい、相手を凍らせることしか出来ない雑魚です」


 吸血鬼って結構上の位なイメージあるからな。

 そういう存在からすれば、アイスマンとかいう存在も雑魚なんだろうね。まぁ、エレナの場合は魔王の娘でもあるからというのも理由の一つだろうけど。


 そんなことを話しながら何気なく視線を喫茶店の天井辺りに設置されていたテレビに向けると


『次のニュースです。昨日未明、〇×市の葵ヶ丘公園にて男性の死体が発見されました。”男性が一人死んでいる”という通報を受けて駆け付けた警察官の証言によると、男性は首元を何者かに食いちぎられたような状態で見つかったとのことです』


 ソレはニュースではたまに報道されることがある殺人事件に関するニュースだった。

 日本だって平和な国だと思われがちだが、治安の悪いところは何処にだって存在する。この〇×市で殺人事件が起きてもソレはおかしなことでは無いだろう。


「葵ヶ丘公園というと、この付近ですか?」


「そう言うことになるな。――それにしても、えげつない殺され方だな。首を食いちぎられるとか、とてもなじゃないが人間の仕業には思えないよ」


「そうですね。首筋をガブリと行くのは吸血鬼の特権だというのに、どこの誰が真似たのでしょうか」


「――犯人、お前じゃないよな?」


 物騒なことを口走る目の前の美少女にそう告げてみれば、「そんなわけないじゃないですかッ!」とすぐに否定してくるエレナ。

 疑ってるわけじゃ無いけどさ、彼女って吸血鬼だし。首筋を噛むし。

 絶対やらないとは限らないよな?


『葵ヶ丘公園にて見つかった男性ですが、#中尾公孝__なかおきみたか__#四十二歳無職だということが判明しました。彼は&――』


 そんな風に俺達が軽くじゃれ合っている間にもニュースは進行し、画面に被害に遭ったとされる男性の顔が映し出された。

 最初こそ殺人事件だとか暗い話題が嫌だったから無視しようとしていた俺達だったが、別に興味の引かれる何かがあるわけでも無かったからとテレビに視線を戻した。


 そして、画面いっぱいに映し出された被害者の男性を目の当たりにして、俺とエレナはじゃれ合うのを止めて言葉を失う。

 何故なら、彼は昨日#美幼女__エレナ__#を襲っていたホームレス的な格好をした男に間違いなかったからだ。

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