第8話

その後、適当に用意を済ませた俺は、昨日のゴスロリ姿のままなエレナと共に、ドラゴンを探すため外に出ていた。

 用意と言っても財布と携帯をポケットに入れるだけなんだけどな。


 ドラゴンの魔力とやらを感知するのにも一時間くらいかかったエレナだ。

 これから徒歩で探すにしても時間がかかるのもまた必然。コンビニとかにも寄る時間はあるだろう。


「それで? ドラゴンは何処にいるんだよ?」


「それが、少しだけ厄介な事になってるんです」


「どういう意味だよ」


「ドラゴン様の魔力は確かに感じるのですが、大小様々、居場所もバラバラなようなんです」


 困ったように嘆息してエレナは後ろに手を回す。

 そして、ゴスロリ服の何処に隠し持っていたのかと問いただしたくなるほどの大きな紙を取り出すと、ソレを広げた。


「これ、日本地図じゃないか。何処から持ってきたんだよ?」


「えっと、颯馬様の部屋にあったものを拝借して、少し使わせてもらってるんです。あっ、大丈夫ですよ? ちゃんと使い終わったら元に戻しますから」


「そういうのは本人に許可を取ってからにしてくんない?」


 エレナの頭に手刀を落としたくなる衝動を必死に抑えて、俺は広げられた日本地図に視線を落とす。

 別に何てことはない普通の日本地図だ。


 しかし、地図上のいたる所に青だったり赤だったりと、複数の色で輝く大小様々な光点が存在した。


「これは?」


「私が察知したドラゴン様達の居場所を写し出したものです。あの方達が気まぐれに移動しなければ、多分この辺りにいると思うんです」


「なるほどな。けど、お前よく地図にこんな正確に光点を当てられたな。お前ってその……ルフロスとかって言う世界の住人なんだろ?」


 この世界に生きる俺達なら大抵の場所は把握出来るし、海外に出ようとも地図があれば大体の居場所の確認は出来る。


 けど、所謂異世界からの訪問者からすればここは異世界だ。地図を見たところで居場所を確認出来ないと思うんだよな。

 まぁ、教えてもらったというならおかしくは無い話だけど。


「確かにそうですけど、地図とこの日本という大地を照らし合わせながら探しましたから、無問題です」


「……まるで、日本全体を上空から見てきましたとでも言いたげな発言だな」


「はい! 見てきましたから!」


 そう言うや否や、エレナが瞳を閉じて一瞬身体を強張らせたかと思うと、その背中にまるでコウモリのような巨大な翼が生えた。


 比較的黒を基調としたゴスロリ服に合間って、凄く様になっていると思えるよ。


「何でもありかよ」


「えへへ……愛があればこそ、私はどんな試練だろうと乗り越えてみせます! それが例え、サンサンと輝く太陽の下に出る事だろうとも! ……ゴフッ!」


「おいっ!?」


 つい数瞬まで元気に翼を動かしたりはしゃいでいたエレナだったのに、急に吐血し地面に膝をついてしまう。


 そんな彼女に近寄り身体に触れてみれば、まるで日光で熱されたアスファルトのように熱い体温。

 確実に危険だろうと瞬時に把握出来るくらいには異常だと分かったよ。


「お前な、太陽が苦手なら先に言えよ。一度、家に戻るぞ?」


「お、おのれ……太陽め。こちらの世界でも私と颯馬様の仲を引き裂くつもりですか……っ!?」


「とにかく、行くぞ?」


 そう言えば、吸血鬼って夜の眷属とか言うだけに太陽の光が苦手とかいう話があったような気がするしな。

 最悪の場合、太陽の光が空から降り注いでいる時に外にその身を晒せば、たちまち灰になってしまうとか。


 エレナの場合は流石魔王の娘と言うべきか、灰にならず吐血してるだけで済んでるけど、どうにかしとかないとドラゴン探しどころじゃ無いよな。


 そんなことを考えながら帰宅。

 リビングのソファーにエレナを横たわらせて、その額に氷を入れた袋を乗せて対処。


 ついでに冷えたトマトジュースを差し出してみれば


「も、申し訳ありません、颯馬様。こんなつもりでは無かったのですが……」


「全く、人騒がせな奴だな」


 そう告げてみれば、エレナは割と堪えた様で面目無いと目を線に変えて涙を流した。


「……で? これからどうするんだ? 一応、明日は予報では曇りだし、お前からすれば外に出るには絶好の機会だと思うけど」


「そ、それではダメなんです! 今日、この日が終わるまでにドラゴン様に会わないといけないんです!」


「何でだよ? 別にそこまで急ぐ必要は無いだろう?」


 彼女が俺に向けてくる好意から察するに、早くアモンドレイクとやらと会いたいのは分からなくは無いさ。

 簡単にキスしてきたり、抱き付いたりしてきたりするんくらいだし。


 けど、だからって無理をしても身体が壊れるだけだ。

 俺がアモンドレイクだったら、恋人にそんな無理をしてほしく無いと思うよ。


 しかし、彼女は俺の言葉に首を横に振ると


「約束したんです……今日中にアモンドレイク様の記憶を取り戻さないと……」


「誰と……?」


 俺の問いにエレナは答えない。

 いや、答えられないと言った方が良いのだろうか。


 口を結び吐き出したい言葉を必死に抑えているその姿は、見ている俺からしても辛そうだ。

 何故口に出さないのかは知らない。しかし、俺には聞かせたくない内容なのは理解できた。


「そっか。まぁ、答えたくないなら別に良いよ。今日中にドラゴンを探さないといけないのは分かったからな」


「申し訳ありません……」


「気にすんな。でもまぁ、問題は日光の遮り方だな。アレをどうにかしないとドラゴン探しどころじゃないぞ?」


「そうですよね」


「日焼け止めクリームでもあれば良かったんだけどな」


 生憎と俺も沙紀さんも大して日焼けに気をつけているわけでもないんだ。

 だから、日焼け止めクリームどころか、日傘すら家には置いてない。


 まぁ、沙紀さんが気まぐれで日傘を買ってたら家にある可能性もあるけどさ。


「少し待ってろ。家の中探して使えそうなもの探してみるから」


「あ、はい……あのっ、颯馬様っ!」


「ん?」


 日焼けに使えそうな物を探すためにリビングを後にしようとした俺は、エレナに呼び止められてその場に止まる。

 そして、エレナの方を見据えてみれば、彼女は顔を真っ赤にして俯き


「その……ありがとう、ごさいます。私のために、そこまでしてもらって」


「……っ!? い、いや、別に構わないよ。乗りかかった船なんだし、最後まで面倒は見てやらないとな」


 太陽の光を浴びて少し弱気になっているエレナ。

 俺は結構積極的にアプローチを仕掛けてくる彼女しか知らないからな。こうもお淑やかになられると、調子が狂うというか、とにかくやり辛い。


 素直に言えば、可愛らしくて俺の方がコイツに惚れてしまいそうだ。

 妙に積極的に絡んで来る事を除けば、エレナは美少女だ。更に言うなら、そこいらのアイドルよりもよっぽど綺麗だと言えるだろう。


 そんな彼女に好意的な態度を取られて何も感じないほど俺は鈍感では無いつもりだ。


 とは言っても、エレナが好いているのはアモンドレイクとか言うドラゴン。


 いくら俺がソイツだと言われても記憶がない以上は別人も同然だ。


 故に俺はコイツに惚れられない。

 彼女の隣には俺みたいな平凡な人間よりも、本当に好いているドラゴンの方が良いだろうしな。


「颯馬様? どうされたのですか? ボーとなされてますけど」


「な、何でもない。とにかく、お前はここで安静にしてろよな。ほんの数分で戻って来るから」


「わ、分かりました」


 ?行ってらっしゃい?と笑みを浮かべて口にするエレナに背を向けて、俺はリビングを後にした。


 その後、結局家の中に日焼け止めに使えそうな物が無かったために、近くのデパートまでダッシュで日傘を買いに行ったのは言うまでも無い。

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