第7話

『はぁっ? 今日の狩猟クエ、行けへんってどないしたんや?』


 エレナが提案したドラゴン探し。

 最初こそ反対していた俺だが、熱意があるというか鬼気迫る勢いでせがんでくるエレナに心が折れたのだ。


 でも仕方ないだろ?

 可愛らしく俺に抱き付いてきて上目遣いでお願いしてくるんだからさ。

 彼女いない歴=年齢の俺には絶大な効果を及ばしてしまったんだ。


 そうでなくとも沙紀さんにエレナを頼むと言われてるからな。もしも、彼女が泣いてるところにあの人が帰ってくれば、確実に俺は悪者。


 この家から居場所を取られる可能性もあるために、仕方なくエレナに協力する事にしたんだ。

 そして、今は親友である良平に断りを入れているところだ。


「それがさ。我が家に今日から匿うことになった美少女が突然変なこと言い始めたから、ソレに付き合わないといけなくて」


『すまん、言うてる意味が分からんのやけど?』


「ホント言葉の通りなんだけど」


 実際のところ、俺は嘘は言っていない。

 我が家に一時避難させた少女エレナが吸血鬼で、そんな彼女が俺のことを恋人であるアモンドレイクと勘違いしているところを除けば、俺は親友である良平を裏切るような言葉は口にしていないんだ。


 しかし、電話越しの親友、名を#岩木良平__いわきりょうへい__#は納得していないようで


『親友の約束よりも大事な用って何やねん? やっぱし、美少女とお近づきになりたいちゅうことなんか?』


「それだけなら良かったんだけどな。ことはそんな簡単なものじゃないんだよ。相手は多分中学生くらいの子なんだけどな? 俺を誰かと勘違いしているらしくて」


『それなら適当に話を合わせてしまえばええやないか』


「それが出来れば苦労してないって」


 どうあっても俺から離れるつもりはない。

 俺の部屋のベッドに腰掛けて、俺を観察しているエレナはその意思を顔で表現していた。


 俺の口から飛び出る美少女という単語を褒め言葉と受け取ってるみたいで、その大きな瞳を輝かせたり頭のてっぺんにあるアホ毛を強く動かしたりしている。

 本当に良い性格をしてると思うよ。


「とにかく、そういう事だから」


『ちょっ、颯馬っ!? 言っとることが理解出来へんねんけど!?』


「良いだろ、別に。お前だって俺が手伝ってくれって言っておいたイベント、急な都合でドタキャンしたことあったろ? これであの時の事はチャラという事で」

 

「確かにアレは俺が悪かったっ! けどそれとこれとは別の話やろ!?」


 電話越しに困ると主張してくる良平の言葉を無視して、俺は電話を切った。

 アイツは俺よりもゲームやり込んでるし、心配しなくとも一人でやれるだろ。


 あわゆくば、イベントで手に入った貴重な素材を分けてくれると嬉しいけどな。


「……あの、まさかとは思いますが、颯馬様が今念話でお話していたのはドラゴン様ですか?」


「そんなわけないだろ? ドラゴンの知り合いなんていないし、そもそも念話とかいう物は使ってないよ。これは携帯電話って言って、遠くの人と話すことが出来る道具なんだよ」


「この世界ではそのような小道具を使わなければ念話が出来ないのですか? ……ちょっと予想外です」


 予想外って、エレナは一体この世界にどのような印象を持ってたんだろうな。

 確かに吸血鬼みたいな存在からすれば携帯電話の必要性は皆無かもしれないさ。


 さっきの『念話』という言葉はよくアニメや小説、さらにゲーム等で何度か聞いたりする単語だ。

 所謂テレパシーというものだが、そんな超能力と携帯電話を比べればそりゃ科学の結晶の方が劣るだろう。


「何にせよ、これで俺の方の用事は済んだ。さっさとドラゴンを探しに行くぞ?」


「信じてくれたのですか?」


「そんなわけ無いだろ。ただ、早く済ませてしまわないと良平がうるさいからな」


 良平は楽観的で面白いやつだが、割と根に持つタイプだからな。


 今日一日をエレナと過ごせば、明後日学校で会う時にしつこくこの事を聞かれるに違いない。

 ならば、早めに事を終わらせて良平とオンラインで合流。そこから普通にゲームをプレイして今日のことを忘れさせるのが一番だ。


「それで? ドラゴンを捜すって言ってるけど、具体的にはどうやって捜すんだ?」


「そこのところは任せてください。私は魔王サタナキア・エフリートの娘。人探しなんて簡単ですよ!」


 大船に乗ったつもりでいろとばかりに、その発育の良い胸を叩くと彼女は両手を胸の高さまで上げる。

 そして、瞳を閉じると同時に手探りで物を探すように両手をゆっくりと四方八方に向け始めた。


「何をやってるんだ?」


「勿論、ドラゴン様の魔力を探知しているんです。龍族は比較的魔力量が高いですからね。いくら力を抑えていようとも、少なからずは魔力を放出してしまっているはずですから」


「なるほど。それで? ドラゴンを探知できるのにどれくらい時間がかかりそうだ?」


「……その、かなり時間がかかりそうです」


「具体的には?」


 俺の質問にエレナは少し間を置いてから片方の手を俺に向けて人差し指を立てる。

 つまり、一分なのだろうかと首を傾げていた俺だったが


「一時間くらいはかかるかもしれません。この世界のドラゴン様、魔力を隠すのが上手いみたいなんです」


「……俺、ゲームやってても良いかな?」


 物探しがそう簡単に終わるとは俺も思ってなかったけど、そんなに時間がかかるのならゲームやってた方が楽なんだけど。


 こんなことなら一時間だけ良平と一緒に狩りしてから途中退場という形で別れてれば良かったな。

 そんな事を考えながら、俺は必死になってドラゴンという空想上の存在を探すエレナをジッと観察しているのだった。




 ※




「……やべ、普通に寝てたわ」


 どのくらいの時間が経っただろうか。

 エレナがドラゴンの魔力を探し始めてから十分程の記憶はあるけど、その後の記憶が全くごさいません。


 大して眠気も無かったはずなのに、ベッドに横たわり奇妙な動きを披露するエレナを見ていたらいつの間にか寝ていたという事だろう。


 無駄に時間のかかる作業を見せられ退屈だったのも認めるけど、その結果二度寝することになるとはな。

 ホント、もう少し早くドラゴンとやらを見つけて欲しかったもんだ。


 この日本に伝説の生き物が存在してるかは知らないけどな。


「ところで、何でお前はここにいる?」


「一応ドラゴン様の大体の居場所は把握出来ましたから」


「なら起こしてくれよ」


 いつの間にか俺と同じくベッドに横たわり、懐へと潜り込んでいたエレナにそう告げる。

 しかし、肝心の本人はゴメンなさいと可愛らしく舌を出して謝ってくるだけ。


 怒るよりも戸惑いの方が大きかった俺は、彼女の身体を押し退けてベッドから立ち上がると


「それで? ドラゴンの居場所は何処だよ?」


「えっ!? も、もう少しゆっくりとしていきませんか?」


「そんなことしてたら時間が勿体無いって。時間は有限なんだ、さっさとするぞ」


 俺はそれだけ口にしてクローゼットから衣服を取り出すと、部屋から出て着替えるのだった。

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