第6話
「それじゃあ行ってくるわね? 颯くん、私がいないからってエレナちゃんに悪さしちゃダメよ?」
「分かってるよ」
「なら良いわ。それじゃっ!」
彼氏の元へ行けると嬉しそうにはしゃぎながら、沙紀さんは家の扉を開け放って出て行った。
非番の日、あの人は大抵彼氏の所に遊びにいくそうなんだよ。
俺も相手がどんな人か知らないけど、仕事人間に見えなくもない沙紀さんがメロメロになってるほどだ。
それなりに良い人なんだろう。
まだ見ぬ沙紀さんの彼氏に対して多少彼女を頼みますと心の中で頼み込み、俺はその場で振り返る。そして、俺と共に沙紀さんを見送ったエレナを見据えると
「さてと、んじゃ聞かせてもらおうか」
「えっと、私の好みの男性についてですか?」
「違うわっ! 俺が君の探してたアモンドレイクとかいう奴だと言う証拠を教えろ。――ったく、沙紀さんも人が良すぎるだろ。訳の分からない女の子を匿うなんてよ」
結局のところ、エレナの処遇に関しては我が家、つまりこの家で預かることになったのだ。
その理由は単に沙紀さんがエレナのことを気に入ったというだけらしい。
可愛らしい容姿に清楚な佇まい。見るからにお嬢様な雰囲気をかもし出している彼女に愛着がわいたんだろうよ、多分。
――とは言っても、一時的なものらしいけどな。
普通身柄は警察署で預かることになるのだろうけど、今回は沙紀さんが彼女を保護すると言い出したんだよ。
しかも、書類だとかそういうものは全部自分に任せろとか言ってる始末だし。
おそらくはこの箱入り吸血鬼お嬢様が何かしらしたんだろう。
俺が寝ている間に沙紀さんに何をしたのか知らないけど、やけに簡単に彼女を匿う話に持ち込んだものだ。
彼女の『自分は魔王の娘』発言が妄言だったとするなら、今も彼女のお父さんはエレナを探しているはずなんだ。
最悪、死んだってことになっているお母さんも同伴で。
それを理解していない沙紀さんでは無いはずだ。
きっと俺が寝ている間にエレナが沙紀さんに催眠術だとか怪しい魔術を用いて催眠したんじゃないかな。吸血鬼だし。
「とにかく、ここじゃなんだ。リビングでちゃんと話を聞かせてくれ」
「分かりました!」
本当に分かってるんだろうかと本気で思いたくなるほどに清々しい返事をして来たエレナに俺はため息を吐いて、そのまま彼女を連れてリビングへと移動。
それからちょっとした朝食の為にトーストを二枚ほど作り、俺とエレナの前に用意する。
朝飯は基本トーストの俺です。その相棒となる飲み物として用意したのは牛乳一択に違いはないんだが、俺と共に朝食をとる相手は吸血鬼。
ソレが本当なのかどうかは別として、牛乳みたいな白い飲み物よりもトマトジュースみたいな赤い物の方が飲みやすいだろうと、牛乳とは別にトマトジュースも用意した。
「わ、私の為に生き血を捧げて下さるなんて……アモンドレイク様は、やっぱりお優しいですね」
「何で俺が生き血を用意しなきゃならないんだよ。コレはトマトジュースで血ではないよ。――あと、俺は颯馬だ。何度も言わせるな」
彼女が吸血鬼であるのは認めても良いが、俺が彼女の恋人とされるアモンドレイクなる存在であるのは真っ向から否定させてもらおう。
確かに俺だってこれだけ可愛い相手とお近づきになれたらとは思うよ?
だけど、見た目が良くても性格がなんというかね、変なんだよ。
良い意味では清楚な箱入り娘のお嬢様。悪く言えば世間知らずの無邪気すぎる不思議な女の子。
そんな相手とお近づきになってあまつさえ恋人になってしまったらと思うと、なんというか最後まで面倒を見て終わるような気がしてならないんだ。
「そうですね。以後気をつけます、颯馬様」
手元に置かれたトマトジュースをゆっくりと味わいながら喉に流し込み、コップから口を離すと同時に何処から出したのか分からないハンカチで口元を拭う。
たった一言の返事をするだけにどれだけ時間を有しているのか分からないな。
でも、彼女の動きの一つ一つには気品が溢れてるし、なにより礼儀が正しい。きっと、礼儀に関しては厳しくしつけられたんだろう。
そんな彼女の動きに多少の感心を覚えながら俺はトーストにかじりつく。
エレナは真似をするように俺と同じくトーストに小さく口を開いてかじりつく。
それからゆっくりと咀嚼して、初めて食パンを食べたのか雪のように白い頬をほんのり赤く染めて
「美味しいです……。颯馬様はこのような食事をいつもされてるのですか?」
「まぁな。けど、このくらい普通だぞ?」
「けれど、美味しいです。私のためになんて……その、ありがとうございます」
「俺だけ飯食うのはアレだろ? まぁ、とにかく食べろよ。話はそれからだ」
本当は飯を食いながら話を聞こうと思ってたんだが、何処の家庭にも一枚くらいはありそうなトーストで心を躍らせているエレナを見ているとどうもその気にならないんだよな。
それから食事を済ませて食器を片付けることも終えた俺は、エレナと相対するようにテーブルにつき
「それじゃあ教えてくれ。まず、アモンドレイクってのは誰なんだ? 聞く限りでは君の恋人らしいけど」
「はい。アモンドレイク様は私が生涯をかけてまで添い遂げようと思っていた方で龍族、所謂ドラゴンという存在でした」
「なるほど、君が俺をバカにしてるのは十分に分かった。帰ってくれ」
「そ、そんなっ! 私は冗談なんて口にしてはいませんっ!」
「じゃあ何でドラゴンとかいう化け物と俺が同一人物なんだ!? 絶対人違いだって!」
俺の身体にまたしても抱き付いてきて「捨てないで~~っ!」と泣き喚くエレナを引き剥がしながら、俺は告げた。
だってそうだろ?
俺は生まれも育ちもこの日本だし、ドラゴンだなんて空想上にしか存在しない化け物に変化したことなんて一度として無い。
まぁ、目の前に同じく空想上の存在である魔王の娘で、なおかつ吸血鬼な美少女はいるけどさ。
俺の血を大量に摂取した事実もあるから彼女の存在は認めても良いけど、俺がドラゴンだなんて妄言は断固として認めたくは無いね。
「証拠はあるのかよっ!?」
「無論です。颯馬様の血を一滴残らず摂取しようとした私が吸い尽くせないほどの血液の量と、僅かながらも残っていたアモンドレイク様の血の味。そして、極め付けは膨大な魔力! この全てを考えれば、あなたがアモンドレイク様である事は間違いありません!」
「それってお前にしか分からないことだらけじゃないか。全然説得力無いぞ?」
「……な、なら、アモンドレイク様と同じようにカサカサした肌でしょうか?」
「それは普通にけなしてるよな!?」
俺は嘆息してそう告げると立ち上がり、エレナに背を向けて歩き出す。
「あ、あの? 颯馬様、どちらへ行かれるのですか?」
「俺の部屋。もう君の話に付き合ってられないからな。俺はこれから親友とハンティングする約束をしてるんだよ」
化け物を狩ってその素材から防具を作ったりする狩猟ゲーム。今日はその中でかなり珍しいイベントがあるからって良平に誘われてんだよな。
そろそろ行かないとアイツが痺れを切らして電話をかけてきかねないし。
「つーことだから、君は早く俺とは別のアモンドレイク様を探し出してくれたまえ。関係のない僕は、親友との約束があるのでこれにて」
「そ、そんな……あまりにも冷たすぎますっ!」
「だって、聞く限りでは君の話は嘘くさいんだ。確かに君みたいな可愛い娘と恋人になれたら正直嬉しいけど、俺は嘘をつく娘は嫌いなんで」
「わ、私の言ってることに嘘偽りなどありませんっ!」
「なら、俺が納得できるほどの理由を教えて見てくれないか? そうしたら信じてやってもいいよ」
そう告げてみれば、エレナはむむむと顔を少しだけ歪めて考え始めた。
そして、ある一つの答えにたどり着いたんだろう。俺の目の前まで移動してくると
「ならば、これなら……私の身体が証拠と言うのはどうでしょうか?」
「どういう意味だよ?」
「つまりですね、颯馬様の血を飲んだ私の急激な成長。ソレが答えと言うのが私の出した結論です」
確かに、彼女が吸血鬼であり俺の血を飲んだから身体が大きくなった。つまり、栄養を貯えて成長できたということだろう。
だけど、相手は吸血鬼。
誰の血を飲もうと成長できるという可能性は否定できないんだ。故にそれだけでは俺は納得できないな。
「信じていただけませんか……?」
「まあ、血を飲んだってだけじゃあな。説得力に欠けるというか」
「うぅ……な、ならば、もう一度血を飲ませてください。そうすれば必ず颯馬様も納得していただけるかもしれません」
「――また首筋噛まれないとダメなのか?」
アレって大して痛くはないけど気分悪くなるんだよな。
おかげさまで気絶したし、変な夢まで見るで散々な体験をした苦い思い出にしかなっていない行為なのさ。
だが、俺のそんな想いとは裏腹に彼女は早く飲ませろと口にしてくる。
おそらくは意地でも俺を納得させて、そのアモンドレイクに仕立て上げようとしたいんだろう。どうして俺にそこまでこだわるのかは知らないが、当の本人からすれば迷惑でしかない。
それでも彼女に対して厳しく当たらないのは、エレナ自身がかなりの美少女ということと、見るからに俺よりも年下だからだ。
もしも視界に入れるのも嫌なくらいの不細工なら、助けもしないし家に招き入れることも無かっただろうな。
「颯馬様、血を飲ませてくださいッ!」
「そう言いながら唇を突き出しているのは何故かな?」
「先程は首筋だったので、今度は唇から吸うのもアリかと思いまして。大丈夫ですっ! 痛くないようにいたしますから!」
「ソレってただキスしたいだけなんじゃないの?」
ファーストキスを奪った上に、セカンドキスまで奪うつもりかよこの娘。
もしかして、吸血鬼なんかじゃなくてサキュバスなんじゃないのかと思いながら俺は彼女に近づき、その額に軽いデコピンを放った。
ペチッという小さな音と共にエレナが小さく悲鳴を上げたが知ったことじゃない。
俺は額を抑えて抗議するように涙を瞳に浮かばせて可愛らしく睨んでくるエレナの頭に手を乗せると
「もう良いよ。お前の熱意というか執着心は十分伝わったから。――俺は君の探していたアモンドレイクだ。それで良いだろ?」
「全然納得できている風には見えないのですが……?」
「うん。まだ俺自身は認めてないからな」
もう相手にするのが面倒だから彼女の好きなようにさせる。ソレが俺の出した結論だ。
自分の思い通りにならなければ気が済まない相手には、自分が折れてやることで対処する。要は大人な態度を見せてやれば、大抵の問題は解決するもんだ。
まぁ、絶対に認めたくない事を話題に出されたら引く必要は皆無だろうけど。
「それじゃあ意味がないんですッ! 颯馬様はアモンドレイク様で、ドラゴンなのに――あっ、そうだッ!」
せっかく俺が折れてやったと言うのに納得していないエレナだったが、まるで何か良策を考え付いたのか俺に自ら抱き着いてくると
「颯馬様、ドラゴンに会いに行きましょうッ! 他のドラゴンであれば、颯馬様から抜け落ちたアモンドレイク様の記憶を探し出す手伝いをしていただけるかもしれません!」
大きなピンクパール色の瞳をカッと見開き、彼女はそう告げた。
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