第5話
コレが事の成り行きだ。
朝目覚めて隣に知らない美少女が寝ていて、朝の支度を済ませている間に沙紀さんにいじられ、帰ってきたと思えば美少女に抱き着かれてそのままファーストキスを奪われる。
展開が早いだとかそんなレベルじゃないほどのテンポで繰り広げられた朝の出来事。
昨日のことを踏まえて考えてみても、全くもって何が何やら分からない。ソレが俺の出した結論だった。
未だに俺の唇を奪った少女は涙を流して俺に抱き着いたままだし、どうすればいいのってのが今の状態だ。
強引に引きはがそうとしても彼女の身体に傷を作りそうだし、だからといってこの状態のままを維持していれば俺の理性が音を立てて砕けるだろう。
「――彼女いない歴=年齢の男子には、この状況はなんとも辛いものだな……」
「辛い? ハッ! まさか、アモンドレイク様、お身体の調子が悪いのですか!?」
少しばかり現状に対しての本音を小さく口にしてみれば、ソレを的確に拾ったのだろう。
驚いたように顔を上げて、彼女はそう口にして俺を見据えてきた。
その大きな瞳に映るのは真っ赤な顔をした俺の姿。我ながら不甲斐ない姿ではあるが、美少女に抱き着かれているのだから仕方のないことなんだ。
「も、申し訳ありません! 何か、私が粗相をしてしまったのですか!?」
「い、いや、今のは君のような女の子に抱き着かれたり、キスされたりで戸惑っていただけと言うか……」
「抱き着かれたり、キスしたり……? ……~~ッ!」
正直に答えてみれば、俺の身体から離れてベッドに腰を下ろす彼女。
そして、先程の自分がやった行動に羞恥心を覚えたのだろう。頬に両手を当てて顔を真っ赤に染め上げる始末だ。
うん、かなり可愛らしい姿ではあるな。
美少女が本気で照れている姿はどんな状況でも絵になるものだ。眼福と言っておいて損は無いだろう。
「わ、私としたことがはしたない真似を……。も、申し訳ございませんッ!」
「い、いや別に良いんだよ。俺としては全然辛くなかったんだからさ」
「そ、そうですか……?」
かなり心配なところがあるのか聞き返してくる彼女に笑みを浮かべてみせれば、ホッと息を吐いて安心する彼女。
そして、その小さな手を胸の前で組み、俺に微笑みを見せると
「安心しました。私はもしや、アモンドレイク様の血液を吸い過ぎたのかと思ってしまって」
「人間の血液はちょっと吸っただけで消えるようなものじゃないからな。そう簡単に俺はくたばったりは……今、何て?」
見るからに不安そうだった彼女に落ち着いてもらえるように大げさに笑いながら言葉を並べていた俺だが、彼女の言葉に違和感を覚えて聞き返す。
聞き逃してはいけない言葉。
そんな俺の質問を聞き、彼女は微笑みを崩さないまま自分の首筋を指さすと
「えっと……アモンドレイク様のここのところに、私のマーキングを……きゃっ」
「きゃっ、じゃ無くてッ!」
置いてあった携帯を手に取りカメラモードに変更。
それから自分の首元を撮影してみれば、物の見事に出来ている二本の針にでも刺されたような跡。
クッキリと残っているソレに脱力を覚え、それと同時に目の前の美少女の正体を悟る。
何が起きてたった数時間でそこまで成長したのかは知らないが、確実に本人であるだろうと断定してその場から後ずさりながら
「お前、エレナか?」
「……はい。私はエレナ、昨日アモンドレイク様に命を救っていただいた者です」
少しの間を置いて包み隠さず口にする美少女、もといエレナちゃん。
改めて彼女の容姿に関して昨日の情報を元に比較してみれば、確かに共通点は数多に存在する。
長い綺麗な銀髪はそのままだし、その大きな瞳も彼女と同じ。
そして、極め付けはニコリとワザとらしく歯を見せて微笑んだ彼女の口から見える人より長い八重歯。彼女が身に纏っているゴスロリのドレスなんかは、昨日のままだ。
身長と女の子らしさが増した事を除けば、彼女は昨日俺が助けて……その後血を吸われた女の子その人だった。
「分かっていただけましたか?」
「まぁ、認めたくはないけど。つーか、お前俺を殺そうとしたよな!? どういう風の吹き回しだよ!」
彼女から距離を取りつつ問いただす。
獲物だとか何だとか物騒な事を口走って俺の首筋にガブリと噛み付いて、吸血コウモリのように血を吸われたのはまだ記憶に新しい。
そんな彼女が俺に好意的な態度をとってきているんだ。
怪しすぎるにもほどがあるだろ。
そんな疑問をぶつけてみれば、彼女は申し訳なさそうに両手の人差し指を合わせて
「それは、確かに私は最初……アモンドレイク様、いえ颯馬様の生き血を全て吸い取るつもりでした。言いましたよね? 私は恋人のところへと逃げてきたと」
「あぁ。家出してきてるんだったな」
どうやってこんな箱入りお嬢様のような子が一人でこの〇✖市までやって来たのかはこの際置いておくとしてだ。
彼女の目的は恋人に会う。
それを果たすために栄養源として俺の血を吸ったんだったよな。
「それが俺の血を吸うのとどういう関係があるんだよ? まさか、俺がその恋人とか言うんじゃないだろうな?」
「はいっ、そのまさかですッ!」
大正解とばかりに人差し指を俺に向けて答えたエレナ。
そして、目にも止まらぬ速さで俺との距離を詰めると、再び抱き着いてきた。
服越しに感じる柔らかな肌と、育ちの良い胸の圧力。一瞬にして頭の中がお花畑になりかけるのを必死に我慢して、俺は抱き着いてきた彼女の両肩を掴み無理矢理距離を作ろうと試みるのだが
「――おい、離れろって……何なんだこの腕力は……ッ!?」
「腕力とは失礼ですよ? 私はただあなたの温もりを感じていたい、それだけなのですから。だから、無理矢理引きはがそうとしないでください」
「うるさいッ! また血を吸われたらたまったもんじゃないだろうがッ!」
抱き着いてきた美少女が健全で普通の女の子であれば、俺もそれ相応の態度を見せただろう。
だが、相手が血を吸う女の子であるのなら話は別だ。
一度血を吸われて意識を失い、変な夢まで見させられたくらいだ。もう二度とあんな思いはこりごりなんだよ。
「私は吸血鬼なんですから、血が好物なのは仕方ないじゃないですか。でも大丈夫です。今後はあなた以外の血は欲しません。全てはあなたから摂取しますから~~ッ!」
「なおさら質が悪いわッ! 俺を殺すつもりかッ!?」
確かに無差別に人を襲って生き血を摂取していくよりは俺一人に被害が納まるだけマシだろう。
だけど、そこに俺の安泰は無い。あるのは俺を恋人と言い張り生き血を吸う吸血鬼の美少女に襲われ、スルメイカの如く干からびた俺の姿だけだろう。
そんな風に尚をも抱き着くことを止めない彼女を引きはがそうともがいていた俺だが、女の子にしては強すぎる力に心が折れた。
彼女の肩から手を離して嘆息。
気持ちよさそうに俺に体重を預けてきているエレナを見据えると
「さっきも、俺のことをその……アモンドレイクドレイクとかって呼んでたよな? そもそもソレは誰だよ。俺は龍宮颯馬であって、そんな名前じゃないぞ?」
「はい、ソレは分かっています。けれど、颯馬様はアモンドレイク様なんです。私には分かるんですから」
「君が理解していても、俺には全く理解できないんだけど……?」
彼女が俺を恋人と重ね合わせているのならまだ分からなくもないことだ。
けど、エレナは完全に俺をその”アモンドレイク”なる人物として見ているんだ。
どういうことか全く理解できない。そんな俺の表情にエレナは微笑むと
「そうですよね。昨日から颯馬様は不思議な体験をされてるんですもの。理解が追い付かないのも無理は無いですよね」
「当たり前だ。ちゃんと教えてくれよ。そうしてくれたら俺も君に対しての態度を改めるかもしれないんだから」
「――分かりました」
少しの間を置いてエレナは短く答えると、俺から離れて上品にお辞儀。
上目遣いに俺を見据えて
「私の名前はエレナ・エフリート。夜の眷属である吸血鬼(ヴァンパイア)にして、魔界を統べる王……サタナキア・エフリートの娘です」
「魔界を統べるって、魔王っすか!?」
「はい」
ニコリと満面の笑みで答える彼女に対して、俺の顔は真っ青に変色している気がする。
だって、魔王だよ?
魔王と言えば、ゲームでは最終ボスとして姿を現したり、アニメでは世界を闇で覆いつくすみたいな感じで悪の限りを尽くす極悪人として描かれることが主だ。
そんな相手の娘が俺の前に表れて、あまつさえ恋人を名乗っているんだ。
いったいどういう経緯で俺がそのような存在にならなければならないのか理解できないが、どうやら俺はとんでもない相手を目の当たりにしているようです。
「――あの、エレナさん? もしも、俺があなたに対して失礼な態度を見せたら、君のお父様が怒って世界を滅ぼしたりはしない?」
「私は家出している身です。だから、そのような心配はありません。けど……もしも、お父様が監視ラクリマでこの状況を目の当たりにしていたら、ソレは世界の終わりを意味するでしょうね」
「可愛い顔して怖いこと言わないでくれよッ!」
「そ、そんな……可愛いだなんて、照れてしまいますよ」
「都合の良いところだけ回収するな!」
もうアレだ、この娘の相手はやたらと疲れる。
さっきから吸血鬼だとか魔王だとかファンタジー要素の多い言葉が飛び交っているが、その話の中心にいるエレナを相手してるのが一番辛いわ。
ドッと疲れを感じながら俺は額に手を当てて再び嘆息。
それから未だに”可愛い顔”と言う部分を都合良く耳に入れて顔を真っ赤に染め上げた美少女、もといエレナの腕を掴むと
「もう魔王だとかは良い。肝心の俺がお前の恋人だって理由を聞かせてくれ」
「そんな……颯馬様……そのようなこと……こんな、人が沢山いる場所でなんて大胆すぎますよ……」
「自分の世界に旅立たないでくれる?」
彼女の相手本当にヤバい。
ソレをたった数分で痛感しながら、俺は彼女が現実に帰ってくるまでひたすらエレナに話しかけるのだった。
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