第3話
「ただいま……って、まだ沙紀さんも帰ってないか」
襲われていたゴスロリ少女を抱えて帰って来た俺。
しかし、俺を出迎える人は誰もいないのが現実だ。まぁ、それは仕方のないことだ。だって、沙紀さんの家には俺という居候以外に人は住んでいないのだから。
「恋人いるのに何で同棲とかしないんだろうな」
母さんが何度も口癖のように言っていた言葉を俺も復唱して、抱えた少女と共にリビングへと移動。そして、置いてあったソファーに彼女を横たわらせた。
この家に戻ってくるまでの間に安心と心地よさから寝てしまっていた少女。
さっきのオヤジから助けてもらってから俺に気を許していたのか、完全に無防備な状態になっているのは言うまでもない。
とは言っても、先程のことがあったくらいだ。もう少し警戒くらいはしてほしいものだ。俺がさっきのオヤジと同類じゃない保証は無いんだからな。
小さな子供に言ったところで分かってもらえるのかは分からないけど。
そんなことを考えながら苦笑。
俺は電話の前まで移動して受話器を取ると、ダイヤルを押してある人に……っていうか、この家の主である沙紀さんに電話する。
『もしもし? 珍しいわね、颯くんが仕事中の私に電話かけて来るなんて。どうかしたの? もしかして、何処か友達の家にお泊りとかかな?』
「ゴメン、沙紀さん。そういうわけじゃ無いんだ。……ただ、ちょっと厄介なことに巻き込まれちゃって」
『厄介なこと? それはもしかして、警察沙汰ってことなのかな?』
受話器越しにニヤニヤと茶化すように微笑む警察官もとい、沙紀さんの顔が目に浮かぶ。
しかし、今回ばかりは冗談でもなんでもないので包み隠さず帰宅途中に起きた出来事を彼女に伝えた。
最初こそ『バイトお疲れ様』だとか、『家事お願いね?』とか話の腰を折るような言葉を告げて来た沙紀さんだったが、話が本題に入るにつれて笑い声は消えて真剣に話を聞くようになってくる。
沙紀さんだって大人だ。
冗談で済む話とそうでないものの区別くらいは出来るということだろう。
『なるほどね、分かったわ。お疲れ様、颯くん。私もこれから帰るところだから、その時に彼女の身元について話しましょう? とにかく、今は彼女を家に匿ってあげていて』
「分かったよ。沙紀さんも気を付けて帰って来てくれよな」
『心配無用よ。だって私は強いから』
そんな言葉を交わして電話を終える。
とりあえず、沙紀さんに任せておけばあの娘の事は大丈夫だろう。
今すぐにでも親御さんの所に返してあげたいという気持ちも無くは無いが、俺一人が奮闘したところで時間の無駄というものだ。
なら、警察官である沙紀さんに任せておいた方が確実だろう。
「さてと、とりあえず色々と終わらせるか」
バイトから帰って来て俺がすることは、基本的に家事全般だ。
風呂に入るために湯船を洗い、その後沙紀さんと俺の晩飯を用意する。そして、今朝の間に干しておいた洗濯物を取り込んで収納。
もはや主夫だが、このくらいはしておかないと沙紀さんに対して申し訳ない。
『居候として当然の義務』とは母さんと沙紀さんの言葉だが、俺もそこのところはちゃんと納得しているからな。
先程の厄介事のせいで腕が痛いがここは我慢。
俺は少し疲れ気味の自分に対して喝を入れて家事に精を出し始めた。
※
それからなんやかんやと済ませているうちに数分が経っただろうか。
「風呂掃除も終わったし、洗濯物も取り込んで終わった。あとは……晩飯くらいか」
今日の飯は何にしようか。まず第一に、あの娘も食えるものが良いだろう。
何せ、沙紀さんが帰ってくるまでは家にいるのだ。その間俺達は食べるというのに彼女だけ除け者と言うのは流石に酷い話だからな。
そうと決まればと冷蔵庫から食材を適当に選び抜き、それらを簡単に調理していく。
彼女の好物が何かは知らないが、ここは定番中の定番唐揚げにしておこう。
女の子は揚げ物は太るからと言って苦手だったりするだろうが、見たところ彼女は小学生。育ち盛りと言える年頃だろう。
「――となれば、年頃の男子と同じくよく食べるはずだよな」
鶏のバラ肉と唐揚げ粉を用意しながら、俺は着々と晩飯を作り始めていく。
料理と言うものは最初は苦労したが、要はプラモデルと同じで説明書通りにすれば簡単でかつ安全に出来るものなんだ。
ただ、慣れてきたらソレを自分好みにアレンジしていけば良いだけの事。
何ら難しい事は無い。
「――こ、ここは……?」
晩飯の支度をしていると、ソファに横になって静かな寝息を立てていた少女が意識を覚醒。
そのピンクパール色の大きな瞳を擦りながら辺りを見回すと同時に、知らない場所だと把握したのだろう。
途端に華奢な身体を自らの腕で抱きしめて、小動物の如く震え始めた。
怖いものだよな、見ず知らずの場所で突然目覚めるって。俺も一度小さな頃に目覚めたら病院内だったってことがあったからな。
あの時はインフルエンザのA型とB型の両方に知らないうちにかかっていたらしく、相当酷い状態だったから寝ている間に救急車で運ばれたというのを聞いたよ。
まぁ、起きた時知らない天井が真っ先に見えたのは流石に恐怖だったけど。
幼少期の記憶を思い出し苦笑。
それと同時に手を洗ってから未だ挙動不審に辺りを警戒している彼女の元まで移動すると
「――起きたか? 大丈夫、心配ないよ。ここは俺の家で、さっきのオヤジは絶対姿を見せないからさ」
「あなたの……家、ですか?」
「あぁ。――とは言っても、俺も居候の身だけどな。けど安心していいぞ? ここは、外より絶対安心だからな」
彼女の目線まで屈んで安心するように優しく語りかける。
自分は怪しくないよと笑みを浮かべながら言ってあげれば、彼女は先程助けられたこともあってか少しだけ安心したように息を吐いて笑みを見せた。
「俺は龍宮颯馬。君は?」
「私は……エレナ、です」
「エレナちゃんか。それで、エレナちゃんは何でこんな夜に一人で外にいたんだ? お父さんとお母さんは一緒じゃ無かったのか?」
迷子の子供の相手をするなら、まずは親族のことを聞くのがベストだろう。
よっぽどのことが無ければ子供は親のことを誰よりも信頼しているはずだ。となれば、話題を家族の方面に向ければ大抵は上手くいくはず。
そう思っての話題作りだったのだが、両親のことを聞いた途端に彼女の顔から笑みが消えていくと同時に、大きな瞳に涙が溜まり始める。
「お母様は……もう死んじゃってます。……お父様は、お父様は自分勝手で私の事なんてまるで考えてくれてなくて……だから、家出してきたんです」
「……そ、そっか」
まさかの家出少女だった。
しかも、母親は亡くなってるし、父親はそのせいでダメオヤジになってる状態。つまり、家庭崩壊を引き起こしているということだろう。
うん、まず間違いなく話題をミスったと言えるな。
明るい話題にするどころか、逆に暗いものに向かわせることになるとは思わなかったからな。今回ばかりは仕方ない。そう片付けることにしよう。
ミスしたなら次に生かせばいい。
俺は『ネバーギブアップ』と心の中で呟きながら、ぎこちない状態になってると思える笑みを浮かべて
「そ、それじゃあ、エレナちゃんは何処に向かっていたの? 他の家族の所とかかな?」
「……その、恋人のところ、です」
それまでの泣きそうな氷上から一転。日焼けとは無縁そうなその白い肌を真っ赤に染め上げて、頭からは湯気を出して照れたように告げるエレナちゃん。
手を頬に添えて恥じらうその姿は、何処かのお姫様のように品のある雰囲気を感じるのは確かだ。
見る人が見れば間違いなく悶え狂う姿と言えるだろう。
おそらく先程のロリコンオヤジが見れば確実に襲い掛かる。
つーか、こんな雰囲気を出している女の子だからこそ襲ったんじゃないだろうか。
「へぇ、恋人か。エレナちゃんはもう運命の相手を見つけてるんだな、凄いな。それで、君はその子の何処が好きなんだ?」
「ふぇッ!? え、えっと……強くてたくましくて、それでいて気配りも出来る優しいところですかね。それに、見た目もカッコいいから他の女の子にも人気なんです」
「――強くてたくましくてか……」
ガキ大将的な男の子なんだろうかな?
こんな見るからに箱入り娘みたいな女の子と接点のあるガキ大将は珍しいと言えるだろう。
何せ大切に育ててきているからこそ箱入り娘なんだ。
暴力にものを言わせる性格でないにしても、強いだとかたくましいだとかってイメージのある男に娘を溺愛している父親が合わせるはず無いだろうしな。
それもあったから父親の所から出たのかもしれない。
そんなことを考えていると、小さな腹の音が俺の耳に届いた。
無論、俺の腹ではないのだから消去法的に考えてみれば、目の前のエレナちゃんに絞られる。
「お腹が空いたかな?」
「――は、はい……」
先程までとは違った意味で分かりやすく顔を真っ赤に染めるエレナちゃん。
俺はそんな彼女の様子に笑みを浮かべて「待っててな。すぐ作るから」と短く告げて台所へと移動しようとした。
しかし、そんな俺の動きを止めるように腕を掴まれる感触を覚えた。
見れば何なら物欲しげにおれを見据える美幼女の姿が。
「どうしたんだ? お腹が空いたなら早くご飯を作らないと」
「そ、それはそうなのですが、私……ちょっと好物がありまして」
「好物? あ~、もしかして唐揚げは苦手だったかな?」
好物を作ってほしいというのは分かる。
人間好き嫌いはあるし、食卓に並ぶメニューはどちらかと言うと好きなものの方が良いだろう。
だが、残念なことにすでにメニューは決定しているんだ。
彼女のご期待に応えたいというのは勿論あるが、すでに作り始めているものを放置してまで作るわけにはいかない。
だって唐揚げは俺と沙紀さんの共通の好物だからな。
「ゴメンな? もう作り始めているから、晩御飯はコレで我慢してほしいんだ」
「い、いえ、そういうわけではありません。ただ、その……わたしの好物と言うのはですね、”血”なんです」
「――血?」
聞き間違いかと思って聞き返すと同時に、俺の腕を掴む彼女の力が増した気がした。
どう見ても小学生程度の華奢な身体の何処にそんな力があるのかってくらい強いものだ。
例えるのなら、自分一人に対して五人くらいの男子が一斉に腕を掴んできている状態と言うべきなのか。
とにかく、異常な力であるのは言うまでもない。
「はい。先程は良い感じで獲物がやって来てくれましたのに、あなたのおかげで取り逃がしてしまいましたから。だから……颯馬さん。あなたの血を、一滴残らず私に下さると嬉しいです」
「か、可愛らしい顔して何物騒なこと言ってるんだ? お、お兄さんも怒るぞ?」
「あら。私が冗談を言ってるように見えますか?」
可愛らしく首を傾げるエレナちゃんは、その笑みを崩さないまま俺の腕を引く。
そして、とても幼女がやっているとは思えないほどの怪力で引き寄せられ、体勢を崩した俺の首元に抱き着いてきた。
ふんわりと鼻をくすぐる女の子特有の甘い香りが頭を支配したのは一瞬の事。
「それでは、いただきます」
「ちょっ!」
彼女の食事を開始する言葉と共に首筋を襲う痛み。
とは言っても大して痛くはないんだ。ただ、首筋に何か鋭いものを一瞬突き刺された程度の小さな痛み。
なんだ、この程度なら問題ないなと思いつつも、俺の身体は身動きが取れない。
それどころか、意識すら遠のいている状態だ。
「――かはぁぁ……」
何が起きているのか全く理解できない。
夢なんじゃないだろうかという結論を頭が下したと同時に、俺の意識は完全に途絶えた。
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